フラグ回収
フラグを回収するのに時間はかからなかった。
「――なに、石鹸の作業工程を知らない?」
「はい、私の知り合いにもヴェルシュタインも居ないかと思われます」
目の前で戸惑っているのは、ヴェルシュタインの御用商人であるロルフだ。
彼はヴェルシュタインに数多く立ち並ぶ商店の中でも一番大きな商店を経営している。
そして現在、俺とパウルは石鹸の原材料を買いにその店に入店していた。
原材料はどれも在庫があったため難なく揃った――だが次なる問題が生じてしまった。
その問題とは作業過程を知る人間が居ないことだった。
――ヴェルシュタインに居ないことは想定していた――
だが、ヴェルシュタインの御用商人であるロルフが手がかりすら持ってないことは想像して――いや想像したくなかった。
商人はその職業柄、外の世界に対する人脈が豊富だ。
しかし、前世とは比べようもないほど情報伝達も治安も最悪なこの世界で、街の外との繋がり――延いては今回の様な専門知識を持つ人間とのピンポイントな繋がりを構築するということは商人ですら難しいのか――
通信ネットワークが発達していないこともあるが、それだけ街の外は危険と隣合わせと言うことだ。
――それが、大袈裟な表現でない事は、俺とセレスの背中の傷が証明している――
実際に、ヴェルシュタインの一般市民で一生街の外に出ずに生涯を終える人間も少なくない。
商人や貴族の様に護衛を雇う金も外に出る目的もない一般市民からすれば、それが普通なのだった。
俺は――未だに現実を甘く見ていたことを思い知らされ、再び頭を抱える。
――料理の食材があっても、料理人がいなければ何の意味もないじゃないか――
すると、その様子を見たパウルが不安そうな表情で尋ねる。
「……若様、どうなされるのですか?」
俺にある選択肢は二つ、自力で作るかノウハウを持つ人間を連れてくるかのどちらかだ。
「……一度、自力で作ってみよう」
しかし、連れてくるとなると様々なリスクが生じる。
先ず手持ちの何十倍もの莫大な金に、連れてくるまでに必要な時間、それに第一都合のいい人材が見つかるとも限らない。
つまり、そう簡単に選択出来る選択肢ではない――
ならば一度自力で作ってみよう。
なに――原材料は既に揃っている案外簡単に出来るかも知れない。
――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました――
「出来ない――全然出来ない!」
俺は中庭に設置した大きな鍋から発せれる熱気と、鼻を突く異臭に耐えながら絶叫する。
あれから既に一か月の時が経過したのに、全く進展する気配はなかった。
――どうしてか、石鹸が固まらないッ!
水、塩、灰、オリーブオイル、全て鍋にぶち込んでかき混ぜ、数時間煮込んだあとしばらく放置して冷やす。
――石鹸の製造法が秘密でも人の口には戸が立てられないため〝大きな鍋で煮込んでかき混ぜる〟といったアバウトな工程は皆知っていた。
しかし、所詮それはアバウトな情報でしかない。
――何が間違っているんだ?
工程なのか原材料に足りないものがあるのか?それともどちらもなのか?――何が間違いなのかも今の俺には分からない――
――やはり無謀過ぎたんだ――
そもそも何を根拠に成功すると確信していたんだよ……一か月前の俺は馬鹿なの?ゆとりなの?
「――神様ッ!見てるんだろッ!魔法や特別な身体能力はいらないから、石鹸を製造できるデフォルト設定を俺にくれよッ!」
全く進展しないイラつきから、天に向かって絶叫する。
しかし、当たり前だが、そんな都合のいい物が与えられるはずもない――そもそも俺は無神論者である。
「わ、若様!?頭大丈夫ですか?」
代わりに与えられたのは、パウルからのドン引きな視線。
「……大丈夫だ、問題ない」
こんな装備で大丈夫なはず無かったが、パウルの視線から逃れるにはそう応えるしかなかった。
――こうして俺の石鹸作りは暗礁に乗り上げた。




