それでも石鹸は必ず完成させるんだ(使命感)
長い間ご愛読ありがとうございました。
――アルス・ヴェルシュタイン先生の次回転生にご期待ください――
――とはならないのが、このゆとりのない世界の辛いところ。
これは異世界転生であっても、フィクションではない。
俺が天才プログラマーでなくとも、そんな発言もしたくなる。
閑話休題
前世の知識は、世界がジャ○アンで溢れていることから使えない。
いや、正確には制限されている――革新的な発明は、それだけで悪目立ちしてしまう。
周囲の諸侯に興味を持たれ、ジャイアニズムを発揮された日には、ヴェルシュタインは存亡の危機に陥る。
――ではどうすればいいのか?
俺は無理ゲーとも思える難題に頭を巡らせる。
――そして、しばらく頭を悩ませたあと、ある重要なことに気が付いた。
待てよ――ジャ○アンはジャ○アンでもたった一つだけヴェルシュタインにとっての劇場版――きれいなジャ○アンに相当する諸侯が存在するではないか……
そのきれいなジャ○アンを上手く利用することが出来れば道は開けるかもしれない。
――無理ゲーとは言わないが、それでも難しい道であるのは確かだ――だが、それをやらなければ俺に――ヴェルシュタインに未来はない。
理不尽な現実を打ち破ってこその転生者なのだ。
「……パウル、やっぱり石鹸を作るぞ」
「本気ですか若様!?」
そして城下町に足を向けた。
慌てて追ってくるパウルを尻目に、これからの計画について思案する。
――俺が注目したのは、やはりと言うべきかテンプレである石鹸だ。
生活必需品であることからのその利便性の高さは、NAISEIの王様――まさに王道といっていいだろう。
この国で、石鹸を製造している貴族は、西部の西岸部一帯を治めるオイゲン伯爵家と南部最大の港街を治めているフェルステン侯爵家だ。
現代人の感覚だと、諸侯――つまり、老舗の大手企業が既に存在する市場なら、これから新規参入しても独占出来ないし、石鹸を作っても意味ないのでは?と疑問を覚えるかも知れない。
現代なら何か差別化できるアイデアか、特別な経営戦略でも持ってなければ、その認識で間違いないだろう。
しかし、何度も言うがここは異世界だ。
飛行機も巨大なタンカーもない、それどころか車もないから現代とは比較にならない程交通網が発達していない。
つまり、輸送費が馬鹿みたいに高くつく。
それはつまり、生産地近辺――東部だけに限れば、初期コストが高くついても輸送距離の差で結果的にその二つの家より安く売れるのだ。
すると、追いついたパウルがすかさず疑問を投げかけてくる。
「若様は、このヴェルシュタインで石鹸を特産品として、お売りになられるおつもりですか?」
「いや――ヴェルシュタインで石鹸を売り出すつもりはない」
「……では、石鹸を製造してどうするおつもりなのですか?」
「それは――いや、それは後でいいな」
先ずは石鹸を作れなければ意味がない。
そう――どれほど計画を御大層に語ろうとも、そもそも石鹸の作り方が分からなければ机上の空論だった。
しかし、ゆとってはいても俺は転生者だ――製造法そのものは知らなくても、石鹸に関する重要そうなキーワードなら知っている。
そのキーワードとは――植物油脂とアルカリ性だ!
――ところで、植物油脂とはなんぞ?
あ、あきらめたらそこで試合終了なんだよ――
まずは落ち着け……落ち着いて考えるんだ。
植物油脂という名前から読んで字のごとく、植物の油……だよな。
いや――石鹸に重要なのは油脂の部分であって植物は重要ではないのか?
訳が分からなくなってきた……取りあえずそれは一旦置いておこう。
植物の油といえば、真っ先に思い浮かぶのが、オリーブオイルだ。
オスヴァルト侯爵領がオリーブ特産の領地だと聞いたことがある。
オスヴァルト侯爵家は、ヴェルシュタインからそう遠くない――まとまった数を手に入れるのは難しくないはず。
次にアルカリ性の方だが……身近なものでアルカリ性を代表するものといえば塩水だろう――中学の時、理科の実験でリトマス紙が青くなった記憶がある。
問題は、ヴェルシュタインは内陸部なことだ。
塩は人の生活には欠かせないため、ヴェルシュタインにも当然運ばれて来るが、どうしても値が張ってしまう。
俺が石鹸をヴェルシュタインで売り出すつもりがない理由は政治的問題の他に、塩を手に入れられない地理的問題もあった。
まあ、今回の目的は大量生産することではなく、試作品一つ作れればいいだけなので問題はない。
しかし、原材料がオリーブオイルと塩だけで石鹸が作れるとは思えない。
やはり何かが足りないのだろう……
俺は無い知恵を絞って、熟考に熟考を重ねる。
――そして、あることを思い出した。
そういえばweb小説を読んでいるとき、灰という単語がしばしば石鹸に関わっていた覚えがある。
――ッ!そうだった石灰水もアルカリ性だ!
灰を作るための原材料である木は、ヴェルシュタインにいくらでもある。
石鹸作りの目途が立ってきたことで、自ずと気分が高まる。
――俺の知識チートも捨てたもんじゃないな――
「パウル、石鹸の原材料を買いに城下町の商店に急ぐぞ」
「若様!待ってください!」
俺は上がったテンションのままその場から駆けだした。
――石鹸作り、意外と簡単そうだな――
……今、何かフラグを立ててしまった気がするが、それは多分思い込みのはず……




