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内政?

 

 戦争とは、どう言い繕うとも選別行為でしかない。


 家族や領民を守るためという大義名分を掲げようとも、要約すれば〝お前は、俺達に取って都合が悪いから死んでくれ〟ということに他ならない。

 だから、例え罪のない領民だろうと切り捨てなければならないことは理解できる。


 そうでなければ、命の危険を承知でここまで付き従ってくれた兵達を否定することに繋がるのだから――



「……若?」


 マルコが再び声を掛けてくる。


「――ッ!構わぬ!賊の頭をと――」


 だが、返事が返ってこないことに痺れを切らし、代わりに指示を下そうとした。


「――待て!」

「若ッ!いい加減に――」

「違う!私が指示を下すのだッ」



 ――分かっている、選択肢などありはしないことぐらい――


 そして、それは他人任せにしていいことではなく、自分の手で決断しなければならないことも――



「――その男を」


 号令を掛けようと右手を振り上げ口を開いた、その時――人質の女と目が合った。

 ――彼女の瞳が〝見捨てるのか〟と訴えかける、そんな責めるような視線。


「――ッ、賊を捕らえろッ!」


 その視線を振り切るように指示を下した。



 ――俺は生涯、その瞳を忘れることは無いだろう――








 あれからもう一週間が過ぎた。


 あの後、人質を突き飛ばし逃げようとした男を難なく生け捕りにした。人質だった女も無事に保護することに成功し、そのあとルッツと合流、それからは何事もなくヴェルシュタインの街に帰還することが出来た。

 結果だけ見れば、敵である盗賊団を壊滅、その頭を捕虜としたのに対して、此方の被害は負傷者はいても戦死者はゼロという華々しい戦果で、俺の初陣は終わったことになる。






 そして現在、俺は感傷に浸る間もなく、父、ドミニクの執務室に呼び出されていた。


「――ここにグルマス金貨が五枚ある」


 父は俺に見せるように皮袋からグルマス金貨五枚を取り出す。



 ――この国には三つの貨幣が存在する。

 グルマス金貨、ドエルト銀貨、オスロマ銅貨の三種類だ。

 貨幣の単位は、正式名の頭の文字が来る。

 例えば、今回の五枚のグルマス金貨を表す場合には〝五グル〟と表現するように――

 そして貨幣の交換比率はだいたい〝金貨一枚=銀貨二〇枚=銅貨四〇〇〇枚〟といったところだった。


「この金で、何かしらヴェルシュタイン家に貢献してみせよ」

「……は?」


 俺は漠然とした父の要求に、訳が分からず間抜け面を晒した。


「……父上、意味が分かりません」

「例えば、特産物を作るなり、我が家に利する情報を仕入れて来てもいい、他にもヴェルシュタインに貢献できる人材を雇っても構わない」

「……たった五グルでですか?」


 ヴェルシュタイン家に務める侍女の月収が、銀貨一〇枚と聞いたことがあるので、日本人に分かりやすく現代価値に換算すれば一ドエ(銀貨)約一万円と言ったところだろうか――


 つまり、今回の金貨五枚は日本円で約百万円だ。


 ――百万と聞けば、一見大金に見えそうだ――


 確かに、これを十歳の子供のお小遣いとして見るなら、この百万は間違いなく大金である。


 しかし、百人余りの社員を抱える大企業としての目線ならどうだろう?

 この百万が、新商品を作り出すための開発費だと社長に告げられた時のプロジェクトリーダーの気持ちと、今の俺の気持ちは一致しているはずだ――


 ――ふざけるなよ――


 更にふざけたことに、目の前の男はそれを十歳の子供に言っているのである。


「パウルを相談役につける、それと期限は特に設けない――とにかくやってみせよ」


 父は一方的に言い捨て、俺に五グルの入った皮袋を押し付けてくる。

 そして要は済んだとばかりに、書類を手に取り自分の仕事に戻った。




 俺は最初どうすればいいか分からず、しばらくその場で立ちつくした。

 しかし、父がもう自分の相手をする気はないことを理解し、諦めて執務室から出ていく。







 バタン、と後ろ手でドアを閉じたところで一度足を止めた。


 ――どうすればいいんだよ――


 受け取った皮袋を見つめながら途方に暮れる。


「――若様」

「……パウルか」


 すると、遠くからパウルの姿が確認できた。


「……既にお聞きになられましたか?」


 執務室の前に佇んでいる俺の様子を見て、そんなことを伺ってくる。


「ああ、たった今聞いたところだ」


 俺はパウルに金貨の入った皮袋を見せつけるように持ち上げた。


「……お館様は、若様に期待されているのでしょう」

「……」

「ですから、早くから様々な経験を積ませようとお考えになられて――」

「――この無理難題もか?」


 そんな言葉を言い捨てて、パウルを置いていくように歩き出す。


「それは……若様が、将来内政をする時のために」

「もっと他に遣り様があるだろう」


 慌てて追いかけてきた、パウルの弁解を即座に否定する。


 ――例えば、領内の視察や会議に参加させることなど――





 執務室から居館の外にまで歩いたところで、一度冷静になった。


「……八つ当たりして悪かった」

「いえ、お気になさらず」


 パウルは顔色を変えることもなく応える。


「それで、内政のアイデアは浮かびましたか?」


 それで思いつけば苦労はしない。

 だが、何も考えない訳にもいかないので、一度真剣に思案してみる。


 ――内政、ね――内政と言えば――





「――そうだッ!石鹸を作ろう!」


 パウルがその言葉に驚愕の叫びを上げる。


「若様!?石鹸の製造法を知っていらっしゃるのですか!?」

「当然だろ?」


 ――俺は転生者だぞ?石鹸の製造法ぐらい、知って……






「……石鹸ってどうやって作るんだ?」





 俺の内政計画は一歩目で躓いたのだった。

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