既成概念
「ま、待ってください!いくら何でも若様が軍隊を指揮するのは早過ぎます!」
「そうですぞ!しかもそれを初の実戦で行うなど」
無謀ともいえる決断に、ルッツとマルコを筆頭に他の家臣達も決断を翻すよう詰め寄った。
「――これは、決定事項だ」
しかし、父はそれをにべもなく切り捨てた。
そして此方に視線を向ける。
「アルス――自身の策の責任と領主嫡男の義務を果たせ」
最後にそう言い残して、軍議の間から去っていく。
そして、その場に残され困惑している家臣達。
俺はその様子を見て――敢えて笑ってみせる。
「安心しろ、指揮権はマルコに預ける」
「……それは……よろしいので?」
「よろしいも何も、指揮など訓練ですらやったこともないのだぞ?ここは経験豊富なマルコに預けるしかあるまい」
「しかし、お館様は、若様に指揮権を預けると――」
「ああ、だからこそ、私の権限でその指揮権をマルコに預けているのだ」
そう、別に指揮権を預けられたからと言って、自ら指揮しなければならない理由は無かった。
――父も、本気で俺に直接指揮をさせるつもりは無いはずだ。
ただ、権限を持たせることで、責任の重さを自覚させたかっただけだろう――これが、最初から父の指示したことなら、ここまで自分の責任を自覚できなかった。
それに、直接指揮を執ろうが執るまいが、最終的に責任は自身に帰属する――重要なのは、その責任を取れるかどうかだ。
ゆとり世代といっても、もうこちらで十年も貴族としての教育は受けてきた――それぐらいの事は理解できる。
――まあ、実行できるかどうか、となると話は別だが――
「ルッツは私の側で補佐を、そして、他の者はマルコの指示に従うように」
「「「はっ!」」」
「これより、出陣式の準備が出来次第出陣する」
騎士達は立ったまま右手を真っすぐ斜め右に上げる敬礼で応えたあと、部屋から退出していく。
「若!」
「何だ?マルコ」
敬礼した後も、その場に残っていたマルコが、何処か感激した様子の真っ赤な顔で声を掛けてきた。
「必ずや!ご期待に応え、若の初陣を勝利で飾って見せますぞ!」
「……頑張ってくれるのはいいが、気張り過ぎるなよ」
マルコに期待したのは豊富な経験に裏打ちされた、老骨で堅実な指揮なのだが、気がはやっているのかも知れない――何だか不安になってきた――
マルコは伝えたい事だけ伝えたあと、人の気も知らずに意気揚々と去っていく。
「若」
「……どうした?」
今度は、マルコと共に残っていたルッツが話しかけてきた。
「よくあの様な策を思いつきましたね――一体、いつ策略のお勉強をなされたのですか?」
「……暇な時に、軍略の本を読んでいたんだ」
嘘だ、そんなもの読んだこともない。
「若が自主的に学ばれるとは……軍略や策略にご興味が?」
「まあ、そんなところだ」
本当はあの策を思いついたのも――前世の記憶のおかげだった。
それは俺が中二病だから前世で学んでいた――のではない。
俺には前世でも姉がいたのだが――そいつは何故か孫子の兵法を素面で語れた。
その姉が――
〝我は専にして一となり、敵は分かれて十となれば、これ十を以ってその一を攻むるなり〟や〝善く敵を動かすには、之に形すれば敵必ず之に従い、之に予うれば敵必ず之を取る〟
――などと良く呟いていた。
簡単に意訳すれば、孫子は各個撃破の重要性と有利な状況に誘い出す重要性を提言しているわけである。
――余りに頻繁に呟いていたから、俺まで暗記しているじゃねか――
そんな姉貴を見ていた時は〝お前は一体誰と戦っているんだ?〟と心の中で馬鹿にしていたが、人生どうなるか分からないものだ。
――中二病の姉貴もたまには役に立つ。
「若が策略に興味があるのはありがたいですね、ヴェルシュタインでは私も含めて得意な人間はほとんどいませんから」
「………」
そして、〝失礼します〟と言い残してルッツもこの場から消えた。
今回、俺以外が有効な策を思いつかなかったのは、俺の頭が良かったわけでも、彼らが無能なわけでもない。
単純に既成概念の差だろうな――
現代日本とこの世界で生まれ育った両方の記憶がある俺は、両方の側面から他の人間より様々なことを柔軟に発想できる。
それは自分自身はただの凡人にも関わらず、天才にしか許されない創造の先を見ることが出来るという意味に他ならない。
ただ――前世の記憶があるというだけで――
――まさにチートだな――
だからこそ――それを自身の才能だと勘違いする訳にはいけない――
俺は心の奥底で戒めながら、出陣するために軍議の間を出ていく。