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アルスの策

 ――今までなら、わざわざ口を挟むことは、無かっただろう――


 当主にもなってないのに、子供が出しゃばって疎まれたくなかったからな。



 しかし、既に俺は街の外に一人で出かけるという、暴挙に走ったことで、家中での評価は地に落ちていた。


 これが前世なら〝俺は落ちこぼれだ〟という自虐で済ましても良かったが――この異世界では、貴族の嫡男という立場だ。


 〝お前、落ちこぼれだから勘当な?〟とか、〝何処かで子供でも作られたら、お家騒動の元だから、死んでくれ〟などと、言われたらたまらなかった。



 何度も言うが、嫡男と言えど――否、嫡男だからこそ安泰ではないのだから――




 そのためには、自分の存在価値を証明しなければという打算があった。



「此方が大軍で戦えないなら、相手側に少数になって貰えればいいのです」

「言うのは簡単だが……具体的にはどうするつもりだ?」


 父が困惑した様子で、話を促す。


「火を使うのですよ」

「若!火を使うのは危険だと――」

「――何も森に火を付けなくても、大規模に火を使う必要性もないんだ」

「どういう意味ですか?」


 その言葉に意味が分からずルッツは疑問の声を上げる。


「まず、盗賊団の洞窟から見て、東に十クース(九七二メートル)の位置で、十数か所に焚き木をばらけて燃やす」


 俺は地図を指さしながら説明する。


「確かに、森に火を付けるよりずっとリスクは少ないが……それでも火の番は必要だぞ?」

「ええ、ですから領民の猟師を雇いたいと思います」

「猟師?」

「火の番はおまけで、主な目的は道案内です」


 この世界にも既にコンパスはあるが、それでは大まかな方角しか分からない。その為、詳細な道を知ってそうな猟師に目を付けた。


「ですが、焚き木を燃やした程度では狼煙ほどの煙しか上がりません、それでは賊達は混乱しないでしょう」

「勘違いするな、火を使うのは盗賊達を混乱させることが目的ではない」


 ルッツの言葉を否定する。



「私の目的は盗賊達を分散させることだ」


 混乱させないために、約一キロという、近すぎず遠すぎずの距離を選んだのだ――まあ、近すぎたら、気付かれることもあったが――


「複数の煙が昇っていることで、盗賊達は火の手が上がったと判断する――」


 複数の煙ということから人為的な工作と気付かれるだろう、しかし、この場合あまり関係がない――むしろ、そのことに気が付くことで、自分たちを森ごと焼き殺すのか、と推測するだろうからな。


「盗賊団の頭は最初に、略奪して蓄えているお宝を避難させることを考える」


 山火事では森が燃え広がるのは一瞬だ、盗賊達も森を拠点にしている以上、そのことは肌身を持って感じているはず。


 だから、自分たちが溜め込んでいる金銀財宝を最初に守ろうとするのは当然なこと。


「そして、まず間違いなく西の川沿いに避難させる」

「……なるほど、火の手が迫っても安全な川沿い、しかも火の手が上がった東と反対側なら、選択肢は実質一つしかありません」


 俺は、ルッツの言葉に頷く。


 これが、西以外の全方向に火の手が上がったら、罠だと判断するだろう――しかし、東以外にも、選択肢があれば特に疑いもなく西に向かう。


 よくある初歩的な思考誘導だ。


「そして、森の中を溜め込んでいた荷物を抱えながら川沿いに避難できるルートは限られる」


 西の方角で一番大きな道幅のあるルートを指す。


「ここだ、この場所で待ち伏せする」



「盗賊達は荷物も抱えている為、実質的戦力は半減、そして奇襲が成功すれば、此方の被害はほとんど無い」

「……賊が最初にどの程度の火種なのか確かめるため、東に斥候を放つ可能性はないか?」


 父が懐疑の声を上げる。



「十分に考えられるでしょう――しかし、問題はありません」


 盗賊達にとって、略奪してきたお宝は何よりも重要なはず、斥候を放つにしても優先順位はお宝の避難が先になるか、同時進行かのどちらかだろう。


「それに猟師達の傍に護衛として兵を置いておけば、どちらにせよ盗賊達を各個撃破することが出来ます」


 森という地理的条件下のため、局地的な戦場では一定数しか戦えないだけで、戦力そのものは元々こちらの方が多いのだ。

 相手が戦力を分散するなら、此方の戦力も分散しようと、相対的に優位になるのは我がヴェルシュタインだ。




「つまり、森での戦闘なら分散すればするほど、我々の優位になるということです」



 そう結論付けたが、誰からも異論は上がらなかった。





「――アルスの策に、反対の者、意見がある者はいるか?」

「天候に左右されるところはありますが、主導権は我が方にあるのでタイミングを図れば問題無いでしょう、良き思案かと」


 ドミニクの問いかけに、ルッツが同意の意を示すと、他の者も口々に賛同した。


「では、アルスの策を採用する」



 父が家臣たちに宣言したあと、今度は此方を見てこう後を続けた。




「そして――今回の戦の指揮権をアルスに預ける」






 俺は――それを聞いて、ただ唖然とするしかなかった――


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