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軍議

 

「アルス」


 ルッツとマルコが執務室から去る。

 俺も退室しようとした時、父に呼び止められた。


「お前はこの戦、従軍するつもりはあるか?」


 父は鋭い視線で問いかける。


「お前は病み上がりだ、今回は強制するつもりはない」


 それに、俺は――


「――私も戦にお連れ下さい」


 父の目をしっかりと見据えて応えた。



 この戦の元はと言えば、俺が襲撃されたことが発端だ。



 ――いや、大規模の盗賊団が領内に存在するなど、安全保障上の理由で許せるはずもない、俺の一件が無くとも、いつかは討伐することにはなっていただろう――


 しかし、この戦のきっかけが自分にあることだけは確かだった。



 それは、つまり――自身の軽率な行動によって〝人が死ぬ〟ということだ。





 なのに――ただ部屋で震えて待っているなど、許されるはずがなかった。



 十歳になったばかりの子供が、戦場に従軍したところで何か役に立つとは思えない。



 それでも、俺には見届けなければならない義務がある。



「そうか……なら、お前も軍議の間に着いて来るように」


 そう告げた父の表情からは、どんなことを思っているのか読み取れなかった。

 





 父と共に軍議の間に入ると、既にヴェルシュタイン男爵家の騎士達が集まっていた。


 ヴェルシュタイン男爵家の騎士は総勢二十名余り。

 しかし、騎士達も領地を所領している領主なので、全員がこの場に集まっているわけではない。


 この場に居るのは、今回のような緊急時に対応するため、交代でヴェルシュタインの街に詰めていた六名の領主達と、息子や家臣に領地を任せ、常にヴェルシュタインで政務についていたルッツとマルコの二人と合わせて八人だ。


「……若様が何故この場に?」

「この戦をアルスの初陣とする」


 ルッツの当然の疑問に父が答えを返す。


「なッ!それは誠ですか!」


 それを聞いてマルコが絶叫した。


「反対か?」

「若はやっと十に届いたばかり、まだ早過ぎますぞ」

「……いえ、私は賛成します」


 反対のマルコに異を唱えたのはルッツだった。


「多いとはいえ、相手は所詮賊です」


 ルッツはマルコ以外にも反対の意見であろう、顔が晴れない騎士たちを見渡して理由を説明する。


「ならこの戦はまず勝てる戦、そう考えれば若様の初陣にはもってこいでしょう」

「だが――」

「確かに、若様の歳では初陣は早いかもしれません――しかし、早過ぎるということは無いはずです」


 それでも、言い募ろうとしたマルコに、ルッツは被せるように後を継いだ。


「それに、若様は殺しの通過儀礼も既に済ましています」

「そうだな……」


 ルッツの正論にマルコは、不承不承で頷く。




 父は、その様子を見て口を開く。


「皆も納得したな?――それでは、軍議を始める」


 こうして、初めての軍議が幕を上げた。






「まず、これが賊共の話をまとめた大まかな地図だ」


 父が羊皮紙を広げ、机の中央に皆が見えるよう置いた。


「北の森にある洞窟を拠点としているらしい」


 地図は、盗賊のアジトである洞窟を中心に描かれていた。


「洞窟から見て、西には大きな川が流れているが、それ以外はただ森に囲まれているだけで地理的特徴はない」

「それに、森の中で戦うので、仮に百の兵を連れて行っても、展開が上手くいくとは思えません――実際に全線で戦うのは五十人ほどではないでしょうか?」

「五十……それだと賊と同数だな」

「同数なら、賊相手に負けることはないだろうが、此方も少なくない犠牲は避けられないぞ」


 口々に意見が飛び交うなか、父が付け足すように口を開いた。


「犠牲は極力避けねばならん」


 何故なら――と後に続けて


「ヘルムート子爵家のことがある」

「……ヘルムート子爵ですか?」


 事情を知らない騎士が疑問の声を上げた。

 それを見てルッツが執務室での出来事を説明する。


 ――しばらくすると、この場の全員が情報を共有することが出来た。


「……なるほど、確かに犠牲が多すぎると、それを好機と見たヘルムート子爵が軍隊を動員する可能性はありますな」


 皆が悩まし気に沈黙して考え込む。


「……何かいい策は無いか?」


 数分が過ぎ、ドミニクが周囲を見渡す。


「……火計はどうでしょう?」


 ルッツが顔を顰めたまま提案した。


「確かに、火を使えば賊は混乱して此方の犠牲は少なくなるだろう――だが、火が広がって、万が一山火事にでもなったらそのあとどうする?」

「そう、ですね……民の生活を考えたら、簡単には使えない」


 ルッツも、その懸念は元からあったのだろう――マルコの指摘に同意する。





 ――戦場に置いては、森などただの障害物でしかない。


 しかし、政の立場から考えるなら――森の木材は立派な資源だ、それに狩猟で生計を立てている領民も領内には少なくない、山火事にでもなった時の被害は想像を絶するだろう。



 戦はただ、勝てばいいというものではない――それが許されるのは一兵卒までだ。


 当然、ここにいる人間に許される発想ではない――常に勝った後どうするか、どうなるかを予測しなければならない。



 誰もがその思考に達したためか、再び重苦しい沈黙がこの場を支配した。




「……アルスに何か考えはないか?遠慮はいらんぞ」


 すると、父が此方に話を振ってきた。




 まあ、本気で何かいい策があるとは思ってはいないだろう――せいぜい雰囲気を変えるために、振ってみただけのはず――





 しかし――






「ありますよ、いい策が」


 俺は唇の端を吊り上げながら、周囲の予想を裏切ったのだった。

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