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嵐の前の静けさ

 あれから、二週間の月日が経った。

 背中の怪我は順調に回復し、今では歩き回れるほどだ。


 そして今はその足で、未だ全快していないセレスの見舞いに行くところだった。

 居館の中を歩きながら、この二週間のことを回想する。


 ――回復するまでの間、多くの人達が見舞いに来た。

 ラルフやリーゼには大泣きされてしまった。

 母には初めて叱られ、頬をぶたれた――親父にもぶたれたことないのに!だ。


 まあ、父が俺をぶたないのは、叱って矯正するより、駄目なら切り捨てるつもりだからだろう。


 俺は嫡男だが、その地位は決して安泰ではない――次男のラルフがいる、それに必要ならセレスやリーゼに婿養子を取ってもいい。


 わざわざ、俺にこだわる必要はない――


 厳しいが、それは貴族としては正しい姿だ――この時代、出来の悪い嫡男が若くして〝原因不明の不審死〟することなどありふれている。

 だから、父の性格というより、貴族としての性質なのだと思う。


 ――領民からすればそんな領主の方が安心でき幸せなのだろう、切り捨てられる方は例え自分に原因があろうと堪ったものではないが――


 ふと、気が付くとセレスの部屋が目の前に見えた。

 ノックして部屋の中に声を掛ける。


「姉上入りますよ」

「……アルス?どうぞ入って」


 ドアを開くと、微笑んでいたセレスがいた。

 改めて彼女を見ると、腰ほどの長さまで伸びていた美しい銀の髪は、今や肩口で揃えられていた。


 ――治療の邪魔になるので短く切るしかなかったのだ――


 その短くなった銀の髪を見るたびに、痛ましい気持ちになる――そして自身の軽率な行動を何度も後悔した――


「……髪はまた伸びてくるわよ」


 俺が髪を見つめていることに気付いたセレスが、苦笑いしながら告げる。


「姉上……すみませんでした」

「もう、髪なんてまた伸びてくるって言っているでしょう」

「いえ、髪だけの事ではなく」


 そう、髪はまた伸びるかもしれない――だが、セレスの背中の傷跡は一生消えることはない。


 そして、その傷跡の方が貴族の令嬢としては、遥かに深刻だった。


 ――セレスの美貌なら上位貴族の側室――いや、正室に収まることだって夢では無かっただろう――


 だが、今回の一件で傷物というレッテルが張られてしまった。


 勿論、背中の傷ぐらいでセレスの美貌が色あせるわけでは無い。

 むしろ、事情を知る俺にとっては、外見だけでなく内面の美しさも際立たせる付加価値すらあった。



 しかし――他人にとって傷はただの傷でしかない――



 〝傷物〟その言葉だけが先行して、周囲はセレスの美しさを貶めようとするだろう。



 だが、それを非難することは出来ない。


 セレスが傷ついたのは、そもそも俺のせいなのだから――




「それも、気にしなくていいのに……だいたい自分で選んだことなのだから」

「ですが――」


 さらに言い募ろうとしたら、それより――と言葉を遮られた。


「アルスの方こそ私のために傷ついたでしょう……ごめんなさい」

「いえ、自分の怪我は元をたどれば完全なる自己責任ですよ」

「なら、それは私も同じよ」

「姉上は、女性ではないですか――男が傷つくのとは意味合いが違いすぎます」

「違わないわ――一人の人間が自分の意思で傷つくことを選んだのよ?そこに差なんてないわよ」


 こうもはっきりと断言されると、後に続く言葉が出なかった。


「それに、アルスが男女を語るにはまだ早いわよ」


 セレスは何処か寂しそうな微笑で語る。



「貴方はまだまだ、私の弟なんだから――」





 俺はその寂しそうな笑顔を直視出来なくて、思わず話を逸らしていた。


「……姉上はどうして、あの時一人で現れたのですか?」


 誤魔化すことが目的だったが、ついでに前々から聞きたかったことを尋ねた。


「ああ、あれは密かに貴方の跡を付けていたのよ」

「私の跡をですか?」

「ええ、貴方が部屋に軟禁されて理由を知るためにね」


 全く気が付かなかった――そんなことをしていたのか――


「素直に聞き出そうとしても、答えて貰えないから」


 ――結局、何が原因か分からなかったからけど――


 最後にそう付け足され、じと目で睨まれる。




 俺は再び目を逸らし、またもや話を誤魔化すことになるのだった。










 それから、何気ない雑談して見舞いを終えたあと、セレスの部屋を後にした。


 自分の部屋に帰る途中にパウルと遭遇する。


「ああ若様!此方にいらしたのですね」

「何だ?何か用か?」

「ええ、お館様がお呼びでした」

「父上が……」


 父からの呼び出し――それを聞くと相変わらず嫌な予感がする。

 だが、無視するわけにもいかない――


「分かった、執務室に行けばいいのだな?」

「はい」


 踵を返して執務室に向かう。



 ――今度はどんな厄介ごとなのかと心の中でため息を吐きながら――

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