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忌避感

「若様、お館様をお連れしました」


 ドアの向こう側からの呼び声で目が覚める。


 ――ん、寝てしまっていたのか――



 知れないうちに仮眠を取っていたらしい。


「入るぞ、アルス」


 父が返事を返す前に部屋に入ってきた。


「……父上」

「怪我の調子はどうだ」

「今のところ大丈夫のようです」

「そうか……」

「ええ……」


 唐突に会話が途切れる。


「……何故、こんな事をしたのか聞かないのですか?」


 俺は沈黙に耐え切れず、再び口を開く。


「下らない理由だと思っているが違うのか?」

「……違いません」


 酷い言い方だが、事実なので反論できなかった。


「そんなことより聞きたいことがある」

「……何でしょうか?」

「あの賊共を瀕死の状態にしたのは誰だ?」


「……私です」


 正直、自分がやったような感覚は無かった――


 しかし、あの時の記憶が無いわけでもないので、誰がやったかと問われれば、そう答えるしかない。


「……まさか三人ともか?」


 その答えに父が目を見開く。


「ええ」

「………」

「私も聞きたいことがあるのですが?」

「……何だ?」

「彼らは死んで無いのですか?」


 そう、父は瀕死と言っただけで、殺したとは言ってなかった。


「一人は、傷がひどく助からなかった――足を怪我した男と、肩から横腹にかけて斬られていた男はこのままなら命に別状はないらしい」


 どうも、死んだのは最後に斬った男のようだった。


 ――そうか、最後に斬った男は死んだのか――


 俺は初めて人を殺したのに、意外なことに何の感慨すら浮かばなかった。


 ――もっと苦しんだりするものかと思っていたが……


 まだ殺した実感がまだないのか――それとも、俺という人間がただ非情なだけなのか――


「なぜ、殺せたんだ?」


 そんな心の内を読んだかのような質問。


「セレスを傷つけられたことによる復讐か?それとも生き残るためか?」


「……正直、自分でもよく分かりません」


 嘘ではない――あの時の事は自分でも考察したが、結局納得のいく結論には達しなかった。


「……そうか、なら一つ教えてやる」


 その言葉に興味を持ち、改めて父の顔を見た。


「三人の男を同時に一人で殺すのは私でも難しい」

「…一人しか殺していません」

「結果的に一人しか死んで無いだけで、実質的には三人殺したのと変わらない」


 確かにそうだろう――あの時、俺は間違いなく殺すつもりで剣を振るっていた。


「それを一人も殺したこともない、それも特別な才能もない子供がやったなど未だに信じられん」

「嘘は言ってませんよ」

「分かっている、後で男達からも事情を聞けば自ずと答えは分かる、なのにお前が嘘を吐くとも思えん、意味もないからな」

「……」

「三人も同時に殺せるなら戦士として一流と言っていいだろう」

「……正々堂々と戦ったわけではありません」


 そうあの時の俺は、ブラフや小細工、賭けなど、あらゆる手段を講じていた。

 だから、とても実力で勝ったとは言えない。


「才能や単純な実力だけが一流の戦士の証ではない、機転や駆け引きも立派な実力だ」


 しかし、父は否定する。


「だがそれ以上に重要なのは、感情の抑制だ」

「感情の抑制?」

「そうだ、死ぬかも知れないという恐怖を克服すること――そして何より、殺しの忌避感に慣れていること……いや、正確には慣れなくてもいい、ただ忌避感を感じなければ」


 しかし、と後を続ける。


「〝普通の人間〟には慣れる以外に忌避感を封じる込めることなど出来ない」


 〝普通の人間〟その言葉が何故か俺をひどく追い詰める。


「だが、アルス――お前にはそれが出来たのだな?」


 いつもの睨め付けるような視線。


「そうでなくては説明できない」


 そして――突き付けられた現実。

 俺は咄嗟に否定の言葉を吐こうとする。


「ち、父上、私は――」

「勘違いするな、責めているのではない、日常生活に支障が無いなのなら――むしろ〝それ〟はこの乱世に置いては何よりも得難い才能とすら言っていい」


 俺の言葉を遮って父は何処か自嘲したように笑う。



「そう、貴族にはこれ以上ないほど好都合のな」





 あの後、父は医者に俺を診察するように指示したあと部屋から去っていった。


 俺は医者とパウルも去り再び一人になった部屋で、身動き一つせずに頭の中で父が言った言葉の数々を反芻していた。



 ――普通ではない――


 中二病である俺からすれば、その言葉はむしろ自尊心をくすぐる褒め言葉のはず――



 なのにいざ言われてみると、ショックを受けている自分が存在していた。







 ――忌避感があっては、あの状況は打開できなかった――


 だが、理屈で忌避感を克服出来ないことは、地下室の一件で知っている。


 ――理屈でもなく慣れでもないのに忌避感なく剣を振るえた、あの時の自分は間違いなく何処か壊れていたんだろう――


 だが、これを壊れていると判断でき、忌避感から人を殺せない自分も確かに存在することは、地下室の一件からも証明できる。



 なら、一体どっちの自分が本当の姿なのか――




 転生して以来、ずっと苦しめられてきた、自分が何者なのかという問い。



 そして、いつもの一節を呟く。



「我思う、故に我あり」




 そして俺は、僅かに自分の存在を証明できるこの言葉にいつもの如く縋りつくのだった。




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