表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/69

トラックも女神様もいないプロローグ

 ――今日も代り映えの無い一日が始まる――


 四月ももう終わりに近づき、すっかりと見慣れた地元の風景を視界に収めながら、意図せずため息が零れた。

 高校生になれば何か変わるんかもしれないと僅かな願望を抱いていたが、特に目標もなくただ家から近いという理由だけで選んだ高校に、そんなものを期待するだけ無駄だった。


「……まあ、この場合環境どうこうが問題ではなく自身の性格が致命的なのだろうけど」


 ――これが最近問題の無気力、無関心の若者というやつか……

 そんな自問自答を繰り返しながら、今度は自身の境遇を脳裏に思い起こす。


 俺、高島圭一は何処にでもある地方都市の一般家庭に姉弟の第二子として生を受け、気が付けばいつのまにか十六を数えるようになっていた。


 だが、それは特別不幸というわけでは無い。現代日本の一般家庭で何の変哲もない学校に通うということは何不自由してない〝普通に幸せな生活〟と言うことだからだ。

 それにも拘らず、周囲の同年代の人間たちの例に洩れず、緩慢的不満を抱き、あらゆる物事に無関心だった。


 『何不自由しない生活と幸福はイコールではない』


 しかし、それを理解していても行動に移すだけの気力は端からなく、それでもなお、降ってわいてくるはずもない刺激と幸福を期待せずにはいられない。

 それが思春期特有の欲求不満ではなく人間の根源的欲求だとするなら、人間とは如何に愚かな生き物であるのか分かろうというもの。




「ニヒリスティックな絶頂の人々が生の意味に対する問いに、最も絶望的なのは『生きる意味などない』と答えることにあるのではなく、完全な絶望のあまり、この問いをもはや提起しないことにある」


 これはフランスの社会学者エミール・デュルケームが残した言葉。


 思考停止こそ真の絶望というのなら、こんな愚かな思考ですらもやめるわけにはいかなかった。



 ――それこそが愚かなニヒリストに許された最後のあがきなのだから――



「……とまあ、御大層なことも並べて語るだけなら夢想家の中二病にも出来るのだけどな」


 思わず呟いた独り言に反応して、すぐ目の前で登校していた女子生徒が怪訝な表情で振り返った。

 羞恥心から咄嗟に視線を逸らし、速足で彼女を抜き去る。

 そのことで人の目が気になり、いつもとは違う人通りの少ない通学路を選んだ。





 しばらく住宅街のはずれを歩いていると、突然日光が遮られ雨雲が出来はじめていることに気が付く。


「おかしいな、今日の降水確率はゼロパーセントのはず……」


 朝の天気予報で今日この地域の天気が崩れることはないと話していた、気象予報士の言葉を思い出す。


「まあ、天気予報も万能ではないってことか」


 気を取り直し、帰りの天気に思いを馳せながら心なしか速足で学校に急ぐ。


『ああぁぁ!むしゃくしゃする!』


「――ッ!?」


 その時、視界が真っ白に染まった。


「……かッ、はぁッ」


 一瞬遅れてきた激痛、辺りに轟く轟音。


 雷に打たれたのだと理解したのは、その場に崩れ落ちた後からだ。

 そして、目の前いっぱいに広がる無機質な灰色を認識しつつ、最後に意識を手放した。








 『ん?何か手ごたえが……』


 その〝人影〟は何処からともなく、突然圭一のすぐそばに現れる。


 『あーやっちゃったか……この人間が将来の偉人だったりすると辻褄を合わせるのが面倒なんだが』


 すると、その〝人影〟はしばらくの間沈黙した。


 『……大丈夫みたいだな、この人間は何処にでもいるその他大勢のようだ』


 目の前で人が死んでいるのも〝人影〟にとっては些事なことでしかないようだった。


 『あとは後始末だが、転生先は何処にするか……』


 そして、再び活動を停止する。


 『よし、この世界軸には空きがあるな……それと多少色を付けてやるか』


 私に出会った縁でな、と〝人影〟。


 『私に殺されて運が良かったな人間、君の人生では本来ならその生まれからはスタート出来ないんだぜ』


 すると、何か思い出した様子。


 『ん?こういうの君たちの言葉で何だったか……異世界チート転生?』


 反応を伺うように圭一に問う。


 『まあ、チートと言っても私に出来るのは生まれを少々いじれる位だが……才能や能力をいじるのはそもそも管轄でないからな』


 ああ、そういやもう聞こえないのだったな、と呟く。


 『それではいい旅を人間』


 そして〝人影〟は姿を消した。












 『あ、記憶消すのを忘れた』


 最後に、そんな一言を残して――








「――おめでとうございます。男の子です、旦那様」


 産婆を務めた侍女が赤子を大事に抱きかかえながらお祝いの言葉を口にした。


「遂に、嫡男か……でかしたぞ、ニア」


 赤子の父が僅かに緩めた口元から、自身の妻にねぎらいの言葉を告げた。


 ――赤の他人から見れば、待望の我が子が生まれたばかりなのに、その反応は余りに冷たいと評されるであろう。しかし、普段からその立場故、感情を表にしないよう努めていることを知っていた男の妻は、僅かに緩めた口元から内心では喜んでいることを察する。


「ありがとうございます……ですが、泣き声を上げません」

「……確かに、何処か体に異常があるのだろうか」


 一同の顔に緊張が走る。


 ――その場に暗雲が立ち込めようとした、その時――


「……キャッ、キャ」


 赤子の笑い声が響いた。


「……大丈夫そうですね」

「泣き声より先に、笑い声をあげるとはおかしな赤子だ」


 安堵を浮かべた妻とは対照的に、夫は尚も厳しげな表情で呟く。


「しかし、我が子ながら難儀な時代に生まれたものだ」




「――このベルトキア王国歴、史上最大の乱世に――」











 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!


 『俺は雷に撃たれて死んだ――はずなのだが……気付いたら突然、赤ん坊になっていた』


 な…何を言っているのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった……


 これが転生した当初の心境だ、実際にはジョジ○ネタ使うほど当時は冷静ではなかったが、あの時の心境を説明するとポル○レフ状態になってしまう不思議。


 今は六歳になったが、転生したと確信したのはつい最近だ。周りの言語を理解し、この世界の歴史を学び異世界転生だと確信した。

 いや、正直未だに信じられない、異世界転生なんてフィクション現実に起こるものなのか?

 ……そもそも、これは現実なのかも今一つ判断できない。

 だが、事実なのは俺がweb小説などで描かれている、フィクションに似たものを現実と認識して追体験しているということだけだ。


 そこで、いつもの負のサイクルに陥ったことを自覚し、気分を変えるように他の事を考えた。





 第一なぜ死因が落雷なんだ?

 DI○様だか女神様というよりデ○ノートで削除される程の悪夢どころか理不尽だろ……

 そもそも、web小説の異世界転生はトラックからの轢死が様式美だろ?

 オプションで猫だか女の子を助けた日には尚よしの……


 様式美ぐらい守れよ……いや、別に轢死したかったわけではないんだが……


「――やっぱりここに居たのね」


 ヴェルシュタインの城壁に設けられている一つの塔から西洋情緒溢れる街並みを眺め、支離滅裂の理屈で自身をこんな境遇に追いやった〝何か〟に対して怒りをぶつけていると、背中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには僅かに十に届かんばかりの少女の姿があった。


 母譲りの美しい銀の髪を腰まで届かせ、未だ幼さはあるもののこちらを見据えるその瞳からは理知的な印象を受ける。

 将来は美少女と称えられることになるであろうことは想像に難くなかった。


「……姉上」


 彼女が今の自分の姉になるセレス・ヴェルシュタインだった。


「アルスはこの場所が好きなのね」


 ――アルス、そう呼ばれて続け、もう六年が経つというのに未だに違和感を覚えることがある。

 そのたびに現代ではもはや見ることのかなわない中世ヨーロッパ風の光景を一望できるこの塔に来て、これは紛れもない現実だと言うことを受け止めた。

 ――だから別にこの場所に好きで来ているわけでは無かった。


「……どうかしたの?」


 こちらの顔を伺うようにセレスが覗き込んでくる。


「……いえ、何でもありません」

「はあ……相変わらず他人行儀ね」


 彼女の言う通りだろう、前世の記憶から未だに周りの人間と距離を取って接してしまうことがある。


「貴族として恥ずかしくない振る舞いを心がけているだけです」

「そう思うなら、いくら領内とはいえ貴族の嫡男が黙って屋敷を抜け出すような行いはしないことね」

「……ところで姉上、何か用事ですか?」

「そうだったわ、父上が貴方に話があるって」

「父上が?」


 話を誤魔化すと思いもよらなかった人物の名前が出た。


「ええ」

「……分かりました、そろそろ屋敷に戻りましょう」


 そしてこの世界の新たな姉に手を差し出だした。









 この前世とは異なる異世界という現実においては、あらゆる形而的な物事すらも疑わなければならない。


 自分以外の――否、アルス・ヴェルシュタインと高島圭一という二人の記憶を持つ意識的な存在者である〝私〟からすれば、アルス・ヴェルシュタインも高島圭一という一個人すらも疑えることになる。


「我思う、故に我あり」


 近世哲学の祖であるルネ・デカルトが提唱した認識論におけるもっとも有名な一つの方法論として、こうして意識することを心がけていた。


 〝自分は本当には存在しないのではないのか?〟




 ――こうして懐疑の海に浸ることでしか、今の自分を証明するものを感じられないのだから――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ