36話 道化の誘い
side マエリベリー
昼過ぎの大学のカフェテリアは本当に騒がしい。
どのくらい騒がしいと言えば――私と蓮子の座っていた席に赤の他人が同席しなければならないほどには賑わっていた。
つまり私達が座るテーブルには私を含めて3人。
一人は私の友人・宇佐美蓮子。
白いリボンの巻かれた、黒い中折れ帽を被り、白いワイシャツに長めのスカートを穿いている。一見して女の子らしい服装にも思えるが、赤いネクタイをしているせいなのか男の子に見えないこともない。本人はそのことをあまり気にしていないが。
私と同じ、この大学のオカルトサークル――『秘封倶楽部』に所属しており、専攻分野は『超統一物理学』。知能指数の高いこの世界でも、彼女は飛びぬけて頭がいいのだ。普段はそんな風に見えないけれど。
もう一人は黒髪の長い少女。
同席しても良いかと尋ねられたので特に何も考えず了承したのだが、改めて考えると彼女は初めて見る顔である。深窓の令嬢と言われても違和感のないほどに上品さを漂わせており、紅茶を飲む姿は小説などで見たことのある「貴族」という人々を彷彿させた。
彼女は紅茶を雰囲気に溶け込むが如く嗜んでいた。
さて、説明はそれくらいにしよう。
それにしても初夏に入ったばかりだというのに暑いにも程がある。
私は夏の暑さともう一つのことで頭を悩ませていた。
「――であるからして! 恐らくこの新聞に載ってる神社は心霊スポットだと思うの!」
「蓮子、さすがにカフェテリアでは自重してくれない?」
相変わらず我が道を行く友人だ。
基本的に蓮子の行動に振り回されている私だが、それを不快に思ったことはほとんどない。
それでも時と場所を弁えて欲しいという本音。
私は溜息をつきながら友人を諫めたのが、彼女はどこ吹く風だった。
こんな諫言で直すようなら私は振り回されないか。
「だって明らかに『幽霊います』的な雰囲気を出してる神社だよ!?」
「分かった分かった。その話はサークル棟で聞いてあげるから、その雑誌を早く仕舞って昼食が来るのを待ちましょ。お隣さんに失礼よ」
「あ」
本当に忘れていたのだろう。
いかにも怪しそうなオカルト雑誌を私に向けたまま蓮子は固まった。
そして壊れた機械のように同席している少女の方を振り向く。
呆れているか他人の振りをしているだろう。私だってそうだ。
オカルトなんて科学が主流の現代には流行らない……なんて思っていたけれど、同席していた少女の反応は違った。
「……続けて構いませんよ?」
黒髪の少女は不思議そうに首を傾げていた。
私は驚きながらも疑問を口にする。
「えっと……もしかしてオカルトとか興味あります?」
「私に敬語など使わなくても結構ですよ。……そうですね、興味があるというよりは『神秘』を求める姿勢には心底感心しています」
儚げに微笑む少女に、蓮子は目を輝かせた。
これは予想外だった。
蓮子や私の所属しているサークルはただでさえ『オカルト』を掲げている。だから大学の教授ですら私達と極力拘わらない姿勢を示していたから、彼女の反応は蓮子には嬉しかったのだろう。
しかし――私にはどうにも彼女に違和感を感じる。
黒髪の少女に嘘をついている様子はない。
けれども彼女の言葉一つ一つに何とも言い現わしがたいような感覚を覚えるのだ。このような感覚に陥ったのは初めてだったため、自分でもどう判断すればよいのかが検討もつかない。
あまり彼女を蓮子と近づけたくない。
この感覚をどう私の友人に伝えるべきなのか。
証拠もなく私の感覚だけが頼り。
何か得られるものはないか――と私は彼女を無意識に『視た』。
私と蓮子には誰にも言えない秘密というものがある。
それは私達が科学では立証できないような『能力』を持っていることだ。
私は〔結界の境界が見える程度の能力〕。
蓮子は〔星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力〕。
ある意味では私達がオカルトサークルに所属している理由もこれが含まれるかもしれない。
「――え?」
〔結界の境界が見える程度の能力〕なんて一般人に使ったところで何の意味もないのは私自身が良く知っている。心霊スポットや何かしらの結界の境界がある場合のみに重宝するものであり、人物の正体を見極めるなんて都合の良いことはできないのだ。
それは蓮子の能力にも当てはまることであり、能力なんて地味で日常生活には役に立たない。
だからこそ――彼女を『視て』私は驚愕した。
「何か見えましたか? マエリベリーさん」
心臓を鷲掴みにされるような言葉に我に返った。
いつの間にか黒髪の少女はニコニコと私の方を観察していたのだ。紅茶のカップを持ったまま上品に微笑む少女。
状況が分かって居ない蓮子は目を点にしていた。
「メリー、どうかしたの?」
「貴女は……何者なんですか?」
震える口が押えられなかった。
本当ならばこの場から逃げ出したかった。
だって彼女は――いや、彼は人ではないのだから。
「いやはや……〔結界の境界が見える程度の能力〕を過小評価していましたかね? 私を『視る』ことが出来るとは、さすが賢者と同系統の能力をもつ者……と賛辞を送りましょう」
「!?」
ここにきてようやく蓮子も彼女の異常さに気付いたようだ。
気付くの遅い……とは思わない。
私もこの能力を使わなければ違和感の正体に気付かなかったのだから。
私の能力越しに見た彼女は――黒髪の長身の男性だった。
これも彼の能力なのだろうか? 私たち以外の能力者に会うのは初めてなのでどう反応すればよいのか分からない。
しかし彼は私の能力を知っていた。私は警戒しながら口を開く。
「貴方の目的は……何?」
「目的ですか。ふむ、何と申せばよいのやら。私は上から指示されてここに来たわけであり、私個人に目的のようなものはないんですよねぇ。貴女の言う目的が上司のものであれば――貴女方の勧誘でしょうか?」
「勧誘?」
少女――男性はカップをテーブルに置く。
「近代化の進む日本。科学の発展により人口減少が避けられず、私の同胞や友の仲間ですら自我を保てないくらいに夢のない世界。神秘が陳腐な妄想と成り果てた世界に何の価値がありましょう? 私は嘆かわしくて仕方がありませんよ」
「……まるで過去から来たような言い草ね」
「えぇ、そうですから」
私の皮肉にも彼はあっさり肯定した。
時間の平行移動? 蓮子が絶句しているあたり、それは現代科学では不可能の領域なのだろう。
彼は少女の姿を偽りながら、人差し指を立てて振り子のように振った。
「確かにこの時代の現代科学では立証不可能な現象でしょうね。なんせ貴女方の目前にいる者は、人類が作りだした神秘の産物なのですから」
「私達が作りだした……?」
「神話然り都市伝説然り、憧れ、想い、畏れ……人々の感情や空想によって誕生するものです。だから天使や悪魔、妖怪や英雄などは脚色や時代で書き換えられても、結局は人間の想いがなければ存在すら保てなくなるんですよ。故に、この世界は住みにくい」
「要するに貴方は神様!?」
「ちょ、蓮子!?」
貴方は神様!?とかカフェテリアで叫ぶ単語じゃない。
また変な目で見られるじゃないと思って周囲を見渡し――愕然とした。
私が彼女を注視し過ぎたせいでもあるが、まだ彼女の言葉は信じられるものでもなかった。私の目も勘違いかもしれないし、彼女は私のお名前を偶然知っていた可能性もある。蓮子の食いつく話題に合わせていることも否定できない。
そう、思っていた。
――周囲の人間が一ミリも動いていない現象を見るまでは。
どおりで頼んだメニューが来ないわけだ。
パスタを持って来る店員も、本を読んでいる学生も、空を泳ぐように飛ぶ鳥も、もしかしたら頭上に上る太陽でさえも……ある時を境に動く気配すら見せない。
私の能力を使っても見ることが出来なかった。
私は立ち上がって彼を睨みつけた。
不安になっている蓮子も私のそばに近寄ってくる。
「貴方は何をしたの!? 貴方は誰!?」
「ただ時を止めただけですがね。これを使って」
『少女の姿をした何か』も立ち上がると、懐から鈍色の懐中時計を取りだして開く。
そこには1から12までの数字を刻んだ時計盤……ではなく、天動説に基づいた太陽系があしらわれていた時計。文字盤の中央には地球を表す円盤や球が置かれており、3つの針がカチカチと不思議な音を鳴らす。
それを見た蓮子が「天文時計……」と呟いた。
少なくとも『時を止める現象を起こす時計』という意味ではないと思うが。
「後は私の名前、でしたか? そのうち分かるでしょうが今は本名を教えることはできませんね。まぁ、あえて名乗るのであれば――」
そこまで言葉を切ると『少女の姿をした何か』は立ち上がり、まるで道化が如く仰々しいお辞儀を披露した。そして顔を上げながらニヤリと綺麗な口を歪ませる。
「――詐欺師、と」
流暢な発音で『プロメテウス』の意の言葉を聞いた瞬間、私の視界は脳を揺さぶられたように歪む。
急いで隣の蓮子の方を確認したが、彼女は意識を保てず倒れてしまう。
「……連……子……」
最後に見た顔は――少女の微笑む姿だった。
♦♦♦
side ???
「――えぇ、手筈通りに」
『ご苦労様。これで面白くなりそうだよ』
私はスマートフォンから聞こえる声の主の指示通りにマエリベリー・ハーンと宇佐美蓮子を眠らせた後、仕事上の上司に報告の連絡をした。
そこまで難しいことではなかったが、思惑すら知らされず異方の地に拉致される彼女達に同情はしていた。しかし、私がやらなければ上司は他の者に任せるだろうし、その他の者が彼女達を五体満足で拉致するかも分からない。
だから私は仕事を受けるのだった。
彼女達がアレに目をつけられなければ、このようなことにならなかったのですが……。
そう私は思わずにはいられなかった。
「……少々、横暴が過ぎませんかね?」
『何を言ってるんだい? ボクには彼女達の意思なんて関係ないんだよ。彼女達がボクの駒として使われるのは必然であり運命……だと思ってくれないかなぁ』
私は上司の言葉に溜め息をついた。
唯我独占的思考に一般人なら憤りを感じるだろうが、アレは自然現象のようなものだ。人類が自然現象に逆らうなど不可能に近いし、そのような真似ができるのはせいぜい――神殺ぐらいなものだろう。
『まぁ、後はよろしくね』
「彼女達は幻想郷に――神殺の元へと送ればよろしいので?」
『そんな面倒なことはしなくてもいいよ。幻想郷であれば適当に放置すれば博麗神社の巫女や、私の友が助けてくれるだろうよ』
「……旧地獄でも?」
『前言撤回。比較的安全なところに』
彼女達に死なれたら困るからねー、と何かに集中している風に指示する上司。
幻想郷――まだ私が暗躍していることを彼に知られるのはマズいことを慮って、そこらへんに放置という指示を出したのでしょう。
そこは素直に礼を言っておきましょうか。
『まぁ、そう彼女達が悲惨な目にあうことはないと思うよ』
「そうでしょうか?」
『大丈夫。あの幻想郷には悲劇を喜劇に変えてくれる奴がいるからね』
私は黒髪の少年のことを思い出した。
確かに――彼ならば何とかしてくれるでしょう。
『ところで詐欺師君。吸血鬼とはどのような存在か知ってるかい?』
「帝王のこともありましたから、人並みには知ってるとは思いますが……それが何か?」
『いやいや、聞いてみただけだよ。ふふっ』
また何かを知って隠しているのでしょう。
いつもアレの手のひらで踊らされている感覚を覚えますが、あまりいい気持ちはしませんよ。まったく。
『んじゃ、後は任せたよ~』
「はい」
できるだけ妖怪に襲われない安全な場所に移動させましょうか。
……いや、あえて妖怪に襲われそうな場所に放置して、彼に助けてもらうような演出を作るのも手でしょうか。吊り橋効果とか私の好みですし。
『……どうして素材ドロップしないの!? もう一時間ぐらい狩ってるのに!』
「オンラインゲームしながら報告聞くの止めてもらえません?」
紫苑「これから投稿ペース落ちるそうでーす」
霊夢「どうして?」
紫苑「この章は旧作ではなかったエピソードだから、完全なオリジナルなんだよ」
霊夢「まさか秘封が出てくるとは思わなかったわ」
紫苑「キャラ崩壊甚だしいと思うぜ? なんたって神殺伝って作者の妄想をストーリーにしたやつだし」
霊夢「Σ(・ω・ノ)ノ!」




