28話 白髪の半妖
side アリス
とりあえず咲夜が念のためにパチュリーを呼んで帰ってきた後、紫苑さんの家に移動した私たちだったが、フードの男――九頭竜という少年を信用出来なかった。
それは現場に居合わせた幻想郷の住人の理解だろう。
フランなんて九頭竜を睨みながら、
「あいつ嫌い」
「どして!?」
ストレートに嫌悪感を出していた。
ここで疑問を持つ辺り、九頭竜の神経の太さに逆に感心した。
紫苑さんの家に入ると、九頭竜はキッチンのテーブル席に腰を掛けた。
今はフードを外していて、白く美しい髪に銀色の瞳が視線を引き付ける。紫苑さんほどではないけど充分美少年の部類に入ると思う。しゃべらなければ絵になる人だ。
紅魔館のメイドが紅茶をいれている間、私たちは九頭竜を注意深く監視していた。また紫苑さんを斬り殺さないとは限らない。
「ったく……死ぬかと思ったぞ」
「それは紫苑の力不足でしょ?」
「お前レベルの不意討ちなんて洒落にならねーよ」
しかし、先程の殺傷沙汰が幻が如く、2人は楽しそうに会話している。
もし紫苑さんという抑止力がなければ、幽香辺りがまた殺そうとしていただろう。
「……どうぞ、紅茶です」
「うん、ありがと。――美味しいねぇ」
「そうですか」
紅茶を飲んで賛辞の言葉を述べる九頭竜だったが、咲夜の表情がとても固い。
命の恩人(他の感情も混ざっているけど)が、目の前で殺されかければ、相手に良い感情は持てないのは当然だ。
一息ついたところで、霊夢が話を切り出した。
「――九頭竜さん、聞きたいことが山ほどあるのだけれど……大丈夫かしら?」
「いいよ。答えられる範囲なら何でも言って」
ニコニコ人畜無害そうに笑う九頭竜だったが、霊夢は警戒しているような瞳を鋭くさせながら問う。
「まず、どうやって幻想郷に来たの?」
外の世界の人間は幻想郷に来る手段はほとんどない。
紫が己の師を傷つける者を率先して入れるわけがないし、何らかの手段を使って来たのだろうと推測。
渋るかと思っていた――が、九頭竜はあっさり吐く。
「結界を斬ってきた」
「「「「「……は?」」」」」
結界を……斬る?
博麗の巫女と幻想郷の賢者が展開する結界を?
「そんなこと出来るわけがないわ! それに結界に綻びが生じたら私か紫が気づかないはずが――」
「気づかれないように切断したんだよ。僕の能力は〔全てを切り裂く程度の能力〕だからね。結界が自然修復出来るように術式を壊さない感じで斬ったからさ」
術式を壊さないように斬る。
そんなの人間はおろか妖怪でも不可能に近い技。
彼はそれを『お腹空いたから林檎を切った』程度の軽さで語ったのだ。
……だから紫苑さんは彼を『切裂き魔』と呼んだのね。
そもそも『切裂き魔』なんてレベルの芸当とは思えないが。
「相変わらず桁外れなことを平気でしやがるな」
「いつものことだったじゃん」
はははっ、と2人で笑い会う。
先ほど自分を刺した相手にも関わらず、紫苑さんはとても嬉しそうだ。それだけでも、紫苑さんと九頭竜が友人関係であることが伺える。
少し……嫉妬してしまう。
霊夢は咳払いをして次の質問をする。
「貴方はどうして幻想郷に来たの?」
「何となく、かな? 特にこれといった理由はないよ」
「理由がないのに来たのぜ?」
「ははっ、何となく、に理由が必要かい?」
魔理沙も同じ疑問を感じたが、九頭竜は笑い飛ばした。
本心を探ろうとする中、その答えに紫苑さんがフォローしてくれる。
「あんまりコイツの言動に理由を見出すことはないぞ。外の世界の住人ではよくあることだけど、感覚とか直感とかで行動する奴が多い。特にコイツのような化物じみた強さを持つ連中が顕著に表れるな。コイツが理由なく来たのなら本当なんだろうよ」
「でも本当の理由を隠してる可能性があるじゃない」
「……まぁ、幽香の考えも否定できないが、未来が素直に目的を吐くわけないから無視した方がいいぜ。力ずくはオススメしない」
ギリッと幽香は九頭竜を睨んだ。神社での一戦で力の差を思い知ったのだろう。
一方の九頭竜は、「おぉ、怖い怖い」と笑いながら対応する。紫苑さんもそうだけど、九頭竜も妖怪というものを畏れないのね。あ、彼は半妖だったわ。
それでも大妖怪の殺気を受け流すなど正気とは思えない。
「最後に聞くけど……貴方はこれからどうするの?」
「どうしよっかなー。今のところは幻想郷に滞在するつもりだよ。もちろん幻想郷にいる間は紫苑を殺さないから安心してね」
「……まるで外でなら紫苑さんを殺すような言い方ね」
「僕はさっきまでは知らなかったけど、『殺人を犯さない』って幻想郷のルールを守ってるに過ぎないからさ。けど外の世界では斬った死んだなんて日常風景だよ? 『紫苑を殺してはいけない』わけではないんだよね。……紫苑がココに永住するつもりだし、そんな機会はないだろうけど」
あれ挨拶みたいなもんだし、と肩を竦める九頭竜。
彼と話していて分かったことは、外の世界の常識で生きてきた九頭竜とは相いれないということだ。もし彼のようなのが普通であるのなら……私には想像がつかない。
何とも言えない表情で顔を見合わせている私達を余所に、紫苑さんは立ち上がった。
「さて、と。晩飯作るか」
「紫苑の晩御飯か。久しぶりだね」
紫苑さんはキッチンへと移動し、入れ替わりとしてリビングに九頭竜が入ってくる。
その様子を見ているフランは咲夜の後ろに隠れて、幽香は視線を彼から逸らさない。霊夢も魔理沙もパチュリーも、もちろん私も九頭竜を警戒している。
それを苦笑いを浮かべながら、九頭竜は私たちの前に座った。
「そんなに警戒しなくてもいいのになぁ」
「……当然のことでしょ」
「ふーん。ま、それほど紫苑が信頼されてるってことか」
九頭竜はキッチンで料理を作っている紫苑さんに目を向ける。
その銀色の瞳は何を思っているのだろう。
「ゆかりんには感謝してるんだよね」
「……紫のことかしら?」
「そそ。――えーと、霊っちだっけ?」
「霊夢! 博麗霊夢よ!」
何度言ったところで訂正しなかったので、私は彼が不思議な呼び方をすることを認識する。
私のことは『アリっち』と呼ぶらしい。
「……貴方は紫に会ったのかしら?」
「うん。引っ越しのときにね。けど、彼女の話は前々から紫苑から聞いていたからさ」
「何に感謝してるの?」
「――紫苑を変えてくれたことさ」
変えてくれた、とはどういうことだろうか?
九頭竜は私たちの疑問を察したのか、遠い過去を思い出すかのような表情で語ってくれた。
――私たちにとっては衝撃的な事実を。
「昔の紫苑は今のように他人とかかわることを積極的にするような奴じゃなかったからね。どちらかと言えば僕達寄り――他人を殺すことに何の感情も抱かないタイプの人間だった」
「お、お兄様が……?」
唖然とするフランに九頭竜は笑いかけた。
安心させるように。
「今は違うでしょ? ゆかりんとゆうかりんの師匠をやってから、紫苑は君たちにとっての『普通』になったのさ。彼女達と会う前の紫苑ってギスギスしてたよ、本当に。まぁ、あんな街でまともに生きていける人間が普通なわけがないけど」
紫苑さんが普通ではない、か。
それは彼が自分のことを頑なに『普通の人間』と称することと関係があるのだろうか?
「そんな紫苑が面白そうな場所に引っ越したらしいから、暇してた僕も幻想郷に来たわけ」
「……と言いますと?」
「僕が紫苑に斬りかかったから勘違いするかもしれないけど、僕を含めた壊神や詐欺師は殺すことに飽き飽きしてるんだよ」
何言ってるのコイツ?という視線が九頭竜に向けられるが、誰もその発言をすることはなかった。
彼の表情――何かに疲弊してしまった表情から、先ほどの発言に嘘をついてるとは到底思えなかったからだ。九頭竜は右手に一枚のカードを私たちに見せた。
無数の剣が描かれたタロットカードのデザインに近いスペルカード。
それに霊夢は気づいたようだ。
「それ、紫苑さんのカード」
「スペルカードルールによって繰り広げられる『いかに相手に魅せるか』を競う遊び――『弾幕ごっこ』。まったくもって素晴らしいよ」
「……あなた方にとっては生ぬるい子供の遊び、かしら?」
「そんなことはないさ。僕たちにとって『殺し』はやりたくてやってるわけじゃない。あくまで『仕事』としてやることが多かったし、遊びも互いが手加減できるような能力じゃないから起こったこと。だから神社の一件も僕たちにとっては挨拶でしかない」
霊夢の皮肉としてとらえられるような発言に、九頭竜は悲しそうに笑った。矛盾していると思ったが、「そりゃそうでしょ。僕達の感覚は壊れてるんだから」と九頭竜の言葉に何も返せない。
壊れているのは……もしかして黒髪の少年も?
「親友と殺し合わない選択肢はなかったのですか?」
「咲ちゃん、それは僕たちに『死ね』って言ってるようなものだよ? ある意味で僕たちの殺し合いは『遊び』であり『練習』だからね。僕たちが命のやり取りをするのは、何も味方だけとは限らないし」
「………」
「だからだろうね……僕たちにとって大切なのは『命』じゃなくて『生き方』に趣が置かれてたなぁ。君たちには理解できない感性かもしれないけど」
咲夜は押し黙った。
紫苑さんは何を思って生きてきたのだろうか?
紫苑さんは幻想郷に住む私たちを見て何を思ったのだろうか?
紫苑さんは……。
「おーい、料理出来たから運んでくれー」
「お、早いね」
「簡単なもので済ませたからな。嫌なら食うな」
「誰も嫌とは言ってないじゃないか」
よっこいしょと九頭竜は立ち上がって紫苑さんの元へと歩いていった。咲夜もそれに続く。
私たちは――葬式のような空気に包まれていた。
「霊夢……魔理沙……」
「……大丈夫よ、アリス。紫苑さんだって幻想郷に来て良かったって言ってたじゃない」
「そ、そうだぜ!」
二人は元気づけるように言ったけれど……私には分からなかった。
紫苑さんは紫の願いによって幻想入りした外来人。自分から望んでここにいるのではないし、もしかして外の世界に帰りたいと本当は思っているのでは?と勘ぐってしまう。
「みんな暗い表情してどうした? このアホが変なこと言ったか?」
紫苑さんが大皿を持ってリビングに入ってきた。
卵焼きを広げたようなものに食欲が増すようなあんかけ?と呼ばれる液体をかけた料理をテーブルの上に置く。紫苑さんはこれを『中華あんかけ』と呼んでいて、霊夢も食べたことがあるそうだ。
咲夜と九頭竜が白米と味噌汁を持ってくる中、紫苑さんは私たちの表情を察して声をかけた。
私は聞くべきかどうか迷ったけれど、どうしても気になって聞いてみた。
「紫苑さんは……幻想郷に来て幸せ?」
「アリスの言う『幸せ』ってのは分からんが、少なくとも楽しいぞ」
紫苑さんは私の頭を撫でた。
「アホが何言ったのか知らんけど、俺は幻想郷に来て良かったと思ってる。これほどの楽園はそうそうないぜ」
「出た、紫苑の無自覚女たらし」
「未来、表出ろや」
紫苑さんの笑顔に言葉に嘘偽りはない。
少なくともここにいるみんなはそう感じたんじゃないかなって思う。
「ところで、霊っちは異変解決に行かないの?」
「え?」
未来「裏話を教えよう」
魔理沙「??」
未来「僕の設定って作者が5・6年くらい前に作ったとか」
魔理沙「そんな昔からあるんだぜ!?」
未来「どちらかと言えば紫苑より古いんじゃないかな。僕の設定って」




