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東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】  作者: 十六夜やと
3章 夜刀神の日常~冬の巻~
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23話 魔術師と魔法図書館

side 紫苑


「こんにちはー」


「あら、来たのね」


乱雑に置かれた本の数々に埋もれながら読書をしているパチュリーさんに挨拶をする。

それは押し入れの奥で栽培できそうなもやしを彷彿させる光景で、魔理沙の『紫もやし』の発言にも納得できるとか本人の前では絶対に言えないな。


紅魔館の図書館にやって来たのは昼過ぎのこと。

読書大好き繋がりで図書館に招待された俺は、家で作ったプリンを持って紅魔館に足を運んだ。相変わらずの赤色に黒いペンキを持ってこなかったことを後悔しつつも、門番の美鈴に顔パスで通されて、紅魔館内を咲夜に案内されながら図書館に辿り着いたのだ。

スカーレット姉とフランは絶賛睡眠中とか。

そういえば吸血鬼は寝てる時間だったな。


さて、紅魔館の図書館の話になるのだが、俺が今まで見て来た図書館の中で一番大きかった。

ざっと見ただけでも外の世界では見たことのないタイトルの本が多いので、忘れ去られた本が全てココに集まっているのではと錯覚してしまう。あながち間違っていないかもしれない。

子供みたいに未知の空間を見渡していると、図書館の中央に設置されている椅子に腰掛け、本に埋もれながら俺を微笑ましそうに見つめていたパチュリーさんが尋ねてきた。


「どう? 私の図書館を見た感想は」


「どうもこうも……凄いとしか言いようがないな」


上の空でパチュリーさんに答える俺。

外の世界で表すのなら、画像でしか見たことはないけれどアイルランドにある最大の図書館に似ている。生きている間にそこへ行くことはできず、結構後悔していたのだが、それ以上の図書館に来れたことに心の底から嬉しく思う。


俺は本の山の間を通り、パチュリーさんの元へ行く。

ちょこんと椅子に座る姿は魔女というよりもお姫様に見えた。可愛らしい外見だし。


「想像以上だよ。ここに来れただけでも感激もんだ。あ、これパチュリーさんに頼まれてた本」


「そう言ってくれると嬉しいわ」


紙袋に入れていた魔導書や魔術研究関連資料の紙束をパチュリーさんに渡す。

パチュリーさんの近くにあった作業机には大量の本が置いてあったので、それらを少しどかして場所を作り、空いたスペースに魔導書を重ねて置く。

魔術関連資料を一番上に置こうとしたところで、パチュリーさんがそれに手を伸ばす。

それをパラパラとめくった彼女は、視線を資料に向けたまま俺に告げる。


「読みたい本があれば何冊か借りて言っていいわよ。等価交換と言うほどでもないけれど、貴方なら大切に扱ってくれそうだし。――こぁ、紫苑さんを案内してあげて」


「分かりました、パチュリー様」


パチュリーさんの呼びかけに、赤いロングヘアーの悪魔みたいな美少女が現れた。

彼女も吸血鬼の一種なのだろうか? いや、雰囲気的にそんな感じがしない。


「お言葉に甘えて見て回ろうかな。あ、その本とか紙束は俺の持ってる魔術関連の本の一部だから、また来るときに他のも持ってくるよ」


「……えぇ、ありがとう」


もはや本に集中しているのだろう。これ以上邪魔してはいけない。

俺はパチュリーさんの元を離れ、こぁさんと一緒に図書館を見て回る。


……とは言ったものの、これだけの蔵書を今日だけで見て回るのは不可能だ。

また来てもいいようだし、今回は自分の好きな哲学・宗教学関連の本を中心的に探してみることにした。それだけのジャンルでも一日で確認できるか分からないけど。こぁさんにその旨を伝えると『こちらです』と、俺の探しているジャンルの本棚まで導いてくれる。その本棚も蔵書の数がえげつなかったけどね。

本棚から本を抜き取ってパラパラめくったり、興味深げなタイトルを紙にメモしたりしていると、その様子を見ていたこぁさんが話しかけてきた。


「紫苑様は本が好きなのですね。外の世界の方々は皆そうなのですか?」


「様付けなくていいぜ。好きな人もいれば苦手な人もいるけど、俺の周囲にいた奴らは比較的好きな部類だったな。まぁ、何でもかんでもジャンル関係なく読んでいたのは俺だけだったけどさ」


「そうなんですか……。――紫苑様、ここからはキリスト教系の本ですよ」


「そうか――お、こりゃあ、キリスト教の独自解釈をしたやつの原本か。こういうマイナーな本は外で見ることはないから、本好きにはたまらんなぁ」


あのアホ共も悔しがるであろう本の数々。

ここは天国か何かだろうか。


そんな感じでこぁさんにサポートしてもらいながら本を漁った。

こうやって本を探している時が一番楽しいよね。



   ♦♦♦



side パチュリー


『知識を得ること』は私の生において一番重要なことである。

魔法の森に住む人形遣いや黒白魔法使いも『己の研究』のために知識を欲するし、私はそのために本を読んでいると言っても過言ではない。そもそも魔導を志す者は『知識を得る』というのは共通の理念でもある。

魔法の知識のために魔導書だって何冊読んだか覚えていない。




けれど――




「なんなの……これ……」


異変で初めて遭遇し、宴会で軽いやり取りをした外来人の少年・夜刀神紫苑の持って来た資料を読んでいるうちに――彼の異常さ(・・・)に戦慄を覚えた。思わず手に持っている資料を振るわせるほどには、彼の持ってきたものは衝撃的だった。

確かに彼は魔導書を持ってきたし、この資料も魔法に関係していたのは間違いないわ。




しかし――




「どうなされました? パチュリー様」


「咲夜……」


紅茶を運んできたメイド長の咲夜が、いつもと違う私の様子に声をかけてきた。

彼女達の前で取り乱すこと自体珍しいのだから、咲夜が心配そうにするのも無理はない。


「それは――紫苑様のものでしょうか?」


「……えぇ」


「どのような内容で?」


私は震えた声を絞り出した。






「……人体錬成……邪神召喚……死者の蘇生」






どれもこれも禁術(・・)に相当される魔法の実験を記した資料だった。中には被検体の観察記録までも混じっている。

恐らくは世界中の魔法使い・魔女が畏怖し、または喉から手が出るほど欲する――只人が持っていることがありえないほどの『知識』であった。幻想郷でこの魔法を行使するには媒介となる素材がないため不可能であるとは思うが、それでも私は震える手を押さえることが出来なかった。

そう説明するとメイド長も目を見開く。


「それは……凄いですね」


「凄いって問題じゃないのよ。魔導書からも感じるけど普通の人間(・・・・・)が読んで正気を保てるような本ではないの」


「………」


魔導書とは読んだだけで読者を殺せるようなものもあるし、読者の意識を乗っ取るものもある。私が魔女だからというのも考慮して、ある程度の魔力がある者には影響を受けない魔導書が揃えられてはいるが、それを彼が読んでいることは確かではあるからして、一つの疑問が浮かび上がる。




じゃあ、どうやって彼はこの本を読んだ――?




「パチュリーさーん。本選んだよー」


その後も資料を読んでは見たが、途中で本を5冊ほど抱えた紫苑さんが戻って来る。

私は紫苑さんの様子を違う角度から(・・・・・・)観察してみるけれど、どこか精神に異常をきたしているようには見えなかった。異変後にレミィに放っていた殺気も魔導書に影響されていた、というわけではなかったから……少なくとも彼は正常である。

だから、正直に聞いてみることにした


「ねぇ、紫苑さん」


「どうした?」


「この魔導書や資料、明らかに常人が読んで正気を保てるものじゃないわよね?」


「うん。魔力がある奴しか読めない本だよ」


あっさり紫苑さんは肯定した。

拍子抜けしてしまうほど。


「貴方はどうして読めるの?」


私の質問に紫苑さんは目を丸くした後、彼はしまったと顔を歪める。

彼の琴線に触れてしまったのでは?と私は身構えるが、彼は苦笑いを浮かべて謝った。


「そこを突かれるとは予想外だったな……ごめん、先に言ってなかったから変に勘ぐっただろ?」


「……どういうこと?」


首を捻る私に、彼は本を紙袋に入れながらサラッと秘密を暴露する。






「俺、魔術師だったんだよ」


「え?」






魔術師、とは魔女や魔法使いと同じようなもの……だったはず。

私は目を丸くした。隣にいる咲夜とこぁも驚いている様子。

だとしたら腑に落ちない問題が新たに浮き上がってくる。


「けど貴方、魔力が」


「うん、魔力があるようには見えないよね? でもさ、魔力がないからといって魔力が使えない(・・・・・・・)わけじゃないのさ。こう見えて魔術師としてはイレギュラーな存在だったし」


「そうだったの……」


「アホ共に対抗するための魔術だし、幻想卿で使うことはないだろうなって思ったけどね。まぁ、そこまで万能なことはでいないし、俺が魔術師を名乗っていいのか分からないけどさ」


つまり彼は元・魔術師だったということか。

納得できるような説明じゃなかったけれど、なぜか彼が言うと不思議と納得してしまう自分がいる。イレギュラーだとしても、あの黄金の剣を見せられたら納得してしまう。

そこで「もしかして」と咲夜が紫苑さんに聞く。


「紫苑様はヴァンパイアハンターと呼ばれていたのですよね?」


「え? あぁ、まぁ、そうだね」


「それも魔術師であったことと関係が?」


咲夜の指摘はもっとも。

吸血鬼に効果のある魔法はいくらか存在するので、それの究極形態を紫苑さんが知っていたからこそ『ヴァンパイアハンター』と呼ばれていたのではないか? 資料を見る限り、彼がそのような魔法を知っていてもおかしいことではない。

しかし、彼は首を横に振った。


「いや、吸血鬼対策の魔術は知ってるけど、そこまで強力なものじゃない。俺の〔十の化身を操る程度の能力〕が吸血鬼と相性が良いだけ」


「そうなのですか?」


「俺の能力が拝火教の勝利神が元ネタだってことは話したかな?」


「いいえ」


私は首を振ろうとして彼の言った単語に引っかかった。

……ん? 拝火教の勝利神? 十の化身を操る神?


「まさか――太陽神?」


「お、パチュリーさんは知ってたか。そう、俺の能力の元ネタの神様は、勝利神でもあり太陽神の懐刀でもあった。だから俺の化身の中にも太陽に関係する化身があるんだよ」


ようやく合点がいった。

まさかあの神(・・・)の能力なんて……。あの幻想郷の賢者が〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕と言った理由が理解できた。確かに、あの軍神の名前は『障害を打ち破る者』という意味でもあったはず。

加えて彼の言っていた『イレギュラー』の意味に気付いた。


「もしかして貴方が魔力を使えるのは『山羊』が関係している……?」


「……パチュリーさん鋭すぎない? 確かに俺の十の化身の一つ『山羊』のおかげで魔力が使えるんだ。山羊はキリスト教で異端とされてて、魔術や魔法関連で山羊は重要な意味を持つ動物ってことが由来なんじゃないかな。まぁ、拝火教では神聖な動物なんだけど」


彼の能力を知れば知るほど、その強力さには舌を巻いてしまう。

普通の人間が持っていいような能力ではないし、彼が比較的良識のある人間でよかったと心の底から思う。悪用されれば手に負えない力だ。


紫苑さんは紙袋から本を一冊取り出してページを開く。


「俺の化身って多いから知識ってのは重要なのさ。だからこうやって拝火教の本を読んで勉強を――」


なるほど、自分の能力を理解するために読むのか。

外の世界で忘れ去られてしまった本なら、もっと勝利神の伝承などが得られると考えたのだろう。

こういう知識を率先して得ようとする姿には好感が持てる。


「………」


「紫苑さん?」


本をめくっていた彼は黙って本を私に差し出した。

そして私にウィンクをしながら口に指をあてるジェスチャーを見せてくる。

なんだろうと思って本をめくって――


「――っっっ!!!!!!!????????」


「パチュリー様?」


「な、何でもないわ!」


机の引き出しに乱暴にしまった。

耳まで顔が赤くなっているだろうと自分でもわかってしまう。






――それは私の書いたポエム集だった。






恐らく紫苑さんは『黙っておくよ』という意味だったのだろう。

ありがたいと思うと同時に、見知らぬ赤の他人に読まれてしまったことが死ぬほど恥ずかしい。


「むきゅう……」


私は机に突っ伏したのだった。





紫苑「黒歴史って誰でもあるよね」

パチェ「あら、貴方にもあるの?」

紫苑「うーん……あれを黒歴史と呼んでいいのかどうか……」

パチェ「私のも知ったんだから教えなさい!」

紫苑「えー」

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