20話 宴の後
side 紫苑
幻想郷の宴会は本当にフリーダムだってことを身を以て体感している。
こうやって霊夢と紫と一緒に片づけをしているが、俺自身いつ宴会が終わったのか覚えていない。ブルーシートを畳んだりゴミを回収している現在は夜中である。これ以前までの宴会の片付けは霊夢がいつも一人でやってたらしいけど、今回は紫も片付けに参加していた。
紫曰く『師匠もやっているなら弟子の私も後片付けをする』とか。
ちなみに藍さんと橙は博麗神社の台所で皿洗い中だ。
他の連中はどうしたのかって?
みんな帰ったわ。
紅魔館組はレミリアが酔いつぶれて先に帰った。妹であるフランが呆れ返ってたし、どっちが姉かわからなくなる光景だった。
慧音と妹紅は妖精達と一緒に帰った。小さい子には遅すぎる時間かもしれない。
アリスは人形制作に戻ると言って、爆発しない上海と蓬来を連れて帰った。今度、その人形を見せてもらいたいところだ。
マイフレンド霖之助は自分の食べたものは片付けて戻っていった。素晴らしい心がけだと思う。
幽香は背後霊の如くついてきていたが、流石に自分の巣に戻ると言っていた。去り際の『紫苑の家を拠点にしようかしら?』という言葉が聞こえたけど幻聴に違いない。そうだと言って。
左手で持った箒で境内を器用に掃いて塵取りに集めていると、ゴミ捨てに行っていた紫がスキマから上半身を出す。
俺もちょうど掃き終わったところだ。
こうして博麗神社の境内は何もない広いだけの空間に戻った。
「ゴミ捨てお疲れー」
「お疲れ様です、師匠」
スキマから期待した眼差しを向ける紫を労いつつ、俺は縁側に座って一休みをする。
霊夢に頼まれたことは全てやり終えたから大丈夫だろう。
肉体的には全く疲れてはいないが、今日一日で様々なことがありすぎて精神的に疲れている。
「本当に何もせずに帰りやがったな、宴会参加してたメンバー。全員が協力すれば早く終わったのによ」
「普段もそんな感じです」
「お前も普段なら帰るって霊夢から聞いたぞ? 1500年前に後片付けはちゃんとしろって教えただろ」
「そ、そうでしたわね……」
頬をかきながら明後日の方向を向く弟子。
忘れてたな、コイツ。
こういうところは昔から面倒臭がりだった紫。十数世紀経った今でも健在とは、筋金入りと言っても過言ではないだろう。
弟子の無変化に呆れつつ、俺は夜空の星を見上げた。
「にしても……楽しかったなー。異変解決の度にどんちゃん騒ぎやってるのか?」
「花見の時期もやりますね。理由があれば酒が飲みたいか騒ぎたい連中が多いので」
「頭の中がお花畑かよ」
俺は星が輝く空をボーッと眺める。
住んでた街よりも綺麗に見える星は、俺が思っていた以上に美しい。
「――まぁ、嫌いじゃないけどさ」
「紫ー、紫苑さーん? 終わったー?」
「終わったぞー」
「なら神社の中に入ってきてー。お茶淹れたからー」
ちょうど水分が欲しかったところだ。
紫はその言葉を聞いてスキマから出てきて、俺は靴を脱いで神社内に入った。
幻想郷に初めて来たときにも入ったことのある居間には、お茶をちゃぶ台の上に置く霊夢と、先に座っていた藍さんがいた。橙は藍さんの膝でスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
俺は紫と藍さんの間に座った。向かい側に霊夢がいる。
なんと珍しいことに茶菓子も用意してあった。これは……おはぎか。
「紫、紫苑さん、お疲れ様」
「あら、霊夢が労いの言葉をかけるなんて珍しいわね」
「片付けしたアンタの方が珍しいでしょ」
ちゃかす紫とジト目の霊夢。
刺々しい言い方だけど、仲が良いのだろう。あっちでの俺とアホ共の会話を第三者視点で見ているようだ。
その光景を微笑ましく見守りながら、俺が茶をすすっていると、心配そうに藍さんが話しかけてきた。
手のない右腕を己の手で包み込みながら。
「手のない状態で境内の掃除をしていましたが……お怪我はありませんでしょうか?」
「掃除程度で怪我するほど脆くはな――」
確認してみると手に切り傷があった。片付けている最中に紙とかで切ったのだろうか? ちょうど腕の先あたりが血で滲んでいる。
どうやら俺の手は脆かったらしい。
何らかの化身を使いながら掃除すれば傷一つつかなかったのだろうが、そんな一々能力を使う程でもないと判断したのが失態だったかね。
「いつの間に怪我したっけ……?」
「あの、血が出てますが」
「気にしなくていいよ。どうせ唾でもつけとけば治る程度だし」
笑って誤魔化すけど、実際に能力使えば唾つけるより早く治るのは目に見えている。
ただ余程のことがない限りは怪我を自然治癒力に任せているため、切り傷かすり傷は放置している。細菌入らないように洗って消毒するぐらいかな?
どーせ治る治る。
なんて笑っていたら、思いの外藍さんは難しい顔をしていた。どうして彼女の顔を見ていると嫌な予感がするのだろうか。
「唾をつければ治るのですか?」
「え? いや、それは言葉のあやで――っふぇいっ!!??」
後半部分が日本語ではなかったが、それは仕方ないことだろう。
藍さんが俺の右腕の先を舐めていた。
細かく描写すると、右腕の先の傷口を藍さんが艶かしく舐めているのだ。唾でもって言ったせいで、ペチャペチャと音が聞こえるくらい濡らしている。
「……どう、れすか?」
どうって、逆に何て言えばいいんだよ。
思考停止していて『(俺の腕洗ってないし)汚いから止めて』なんて言えるはずもなく、上目遣いで聞いてくる傾国の美女に成されるがまま。R18タグ追加しないとヤバいんじゃね?と思う光景。
これは青少年には刺激が強すぎる。
「ら、藍! 何やってるの!?」
顔真っ赤の紫のツッコミにようやく思考回路が再稼働する。
霊夢なんて顔そらしてるじゃん。
俺だって鏡がないから確認のしようがないけど、十中八九顔を真っ赤にしているに違いない。
「紫苑殿の傷口を舐めていたのですが……?」
藍さんが紫に説教されてある間、俺は頬を赤くした霊夢からタオルを受け取って、藍さんの唾液を拭く。別に汚いというわけではないけど……霊夢から『さっさと拭けよ』ってオーラが出ていた。
俺は悪くないはずなんだけどなぁ。
♦♦♦
side 藍
博霊神社から紫苑殿の家に戻ってきた日の夜中。草木も眠る丑三つ時。
マヨヒガが私たちの家であるはずなのに、紫苑殿の家に帰ってくると安心してしまう自分がいる。妖怪には一瞬のような時間しか滞在していないのに、どうしてこうも落ち着くのか。
紫苑殿は帰ってくるなり二階の自分の部屋に戻っていった。
現在、居間にいるのは私と紫様、寝ている橙だけだ。
テーブルに向かい合うように席につき、紫苑殿から自由に飲んでいいと言われた酒を二人で飲んでいる。
何気もない雑談をしていたのだが、話は私が紫苑殿の傷口を舌で舐めたことの話題になる。
「まったく……いきなり師匠の腕を舐めていたときは驚いたわ」
「も、申し訳ございません……」
彼の傷口を見たとき、心中では柄にもなく焦っていた。
だから、紫苑殿の『唾をつければ治る』という言葉に反応して、深く考えもせずに舐めていた。あとから思い出すと、頬が熱くなるくらい恥ずかしい。
本当に自分はどうかしていた。
反論の余地もなく項垂れていると、紫様は溜め息を溢しながら鋭い目を私に向ける。
「……まさかとは思うけど、師匠に懸想をしているんじゃないでしょうね?」
「そ、そのような……こと……は……」
私は紫様の疑問を咄嗟に否定しようとして――出来なかった。
なぜだろう、これで否と言ったらいけない気がした。胸に何とも言えないモヤモヤとした感覚が残り、それは苦しくのしかかる。
いつまでも続きを言わない私に、紫様は驚きつつもため息をついた。
「……やっぱり、貴女もなのね」
「紫様も、ですか?」
私の方は驚きはしなかった。
むしろ紫苑殿と会ったときに、紫様がなぜ最初から幻想郷を創ることに拘っていたのか氷解した。主の言っていた理想郷のために無謀なことを行うほど、彼女は幻想郷創造に固執していたから。
紫様が紫苑殿を見る目は、霊夢が言うような『狂信』ではなく『愛情』だと。そういえば四季のフラワーマスターも紫様と同じように紫苑殿を見ていた気がする。
そのようなことを考えていると、紫様は呆れながらも口を尖らせて拗ねたように呟く。
「まぁ、別にいいけどね」
「……すみません」
「謝ることじゃないわ。むしろ貴女が人間を本気で愛したことはないでしょう? 嬉しいくらいよ」
「………」
確かに……私が本気で人を愛したことはないだろう。
玉藻の前と呼ばれていたときも、『政治の道具』としてしか男に抱かれたことはないし、紫様の式神となってからは異性と関わったことがほとんどない。そもそも私は妖怪だ。
運命の殿方――という妄想をしたことはあれど、出会いがなかった。
ある意味では初恋なのかもしれない。
黒髪の少年は私の妄想した『運命の殿方』に限りなく近い存在だった。
優しくも芯はまっすぐ。社交的で私を支えてくれるような男性。幻想郷に彼ほどの男が何人いるだろうか? 恐らく存在しない。
「まぁ、打算的な思惑もあるけど」
「??」
「師匠は異性に好かれやすいから、私と藍で固めておけば大丈夫かなって思っただけよ。現在進行形で師匠を狙っている女性はいるし」
「そうなのですか!?」
紫様はグラスに酒を注ぎながら衝撃発言をする。
私が思い当たる節といえばフラワーマスターぐらいだ。
「えぇ。幽香は確実として、まず紅魔のメイドがいい例ね。吸血鬼の妹と大図書館も怪しい感じかしら? 今日見た限りだと人形遣いと竹林の案内人も数えた方がいいわ。そして――霊夢ね」
「霊夢ですか? 彼女が一番ありえないかと」
博霊の巫女ほど他人に興味のない人間はいない。
紫苑殿の家を訪ねてくることは多々あれど、あれは食事目当てであるのは明らか。
しかし紫様の考えは違うようだ。
「霊夢の能力が幻想郷でも上位レベルの力よ。それを恐れる人間は多いし、何より彼女は『博霊の巫女』でもある」
「えぇ」
「他の妖怪も、私たちでさえも霊夢を『博霊の巫女』として見てしまうのよ。そして巫女は妖怪から嫌われ、人からも畏怖される。けど――師匠は違う」
「………」
霊夢の〔空を飛ぶ程度の能力〕は、『何者にも縛られない』と言う意味でも強力だ。それを恐れる人間や妖怪も多い。
だから『博麗の巫女』は孤独であり、彼女にとって魔法使いや人形遣いは貴重な友人なのだ。
しかし――紫苑殿は違う?
「霊夢の能力は異常だわ。でも――それ以上に師匠の能力は桁外れ。だからこそ、師匠は霊夢を恐れず接する。彼女にとっては白黒魔法使いと同じくらい貴重な存在となるはずよ」
「紫苑殿の能力は……それほどのものなのですか?」
「師匠にとって霊夢は『普通』に見えるくらいは強力なの。師匠のいた街で重要職に就くくらい、彼の強さは有名だったらしいわ」
「博麗の巫女に似た仕事、でしたよね」
「そうそう。まぁ、彼は『何者にも縛られない』霊夢の能力ですら意味を成さないことを考えると……霊夢が師匠に恋心を持つのも可能性としてある」
本人は妹感覚で見てるかもしれないけど、と紫様は笑う。
紫苑殿から能力のことは聞いており、その時は『そこまで強くはないけどさ』と笑っていたが、霊夢すらも凌ぐ能力だったのか。
彼は霊夢すらも変えてしまう。
だが疑問に思うことが私にはあった。
「肝心の紫苑殿は……どう思っているのでしょうか?」
「………」
黒髪の少年は私達のことをどう思っている?
その質問をしたところ、紫様は黙ってしまった。
とても珍しい光景だ。いや、紫苑殿が関わると大抵いつもと違う。
数分の後、重々しく主は口を開いた。
「……分からないわ。異性に興味がないわけではないらしいけど、幻想郷の住人の誰かが気になっている様子はないし。ほら、師匠っていつもあんな感じだから」
「……なんというか、ありのままを周囲に曝け出す人ですが、本心を読みにくい人ではありますね」
「直に聞いてもはぐらかされるわ、絶対」
つまりは紫苑殿の本心が分からない今、『どうやって紫苑殿を振り向かせられるか』ということが重要課題となってくるか。
……マズい、一番の難問だ。夜伽なら経験で何とかなるけれど、純粋な恋愛はからっきしな私である。まさか本当に恋するとは思っていなかったため、私に恋愛知識など微塵もない。
紫様も初恋(1500年間続く)であるからして……大丈夫なのだろうか?
「あ、森近霖之助も候補に入るかしら?」
「さすがにそれはないかと」
紫苑「酷い風評被害を受けたような」
紫「そんなことありませんわ」
紫苑「こっち向いて言え」
紫「………」




