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邂逅、或いは無愛想後悔(はつこい)

予めスマートフォンに設定しておいた甲高い調子のアラーム音が耳の奥で微かに響いている。

…もう朝か。

昨夜は日曜日で俺が昔から嵌まっているネトゲのイベントの最終日だったため遅くまで熱中してしまっていたので眠い。

エルドラド・ミトラジーオンライン。

その昔の神話の神様が創った過去文明の黄金郷エルドラドを目指し冒険を続ける冒険者が円卓(ターブルロンド)(ありていにいってしまえばギルド)の一員となり、天国(シエル)地獄(アンフェール)に関する民話(フォルクロール)を各所から集め、冒険者が各々、民話から過去遺産の居場所を特定し、冒険するというオンゲでも特異なMMOだ。

今時のオークを百匹狩れやドラゴンの鱗を持ってこいなどという小学生にでも分かりそうな温いゲームとは違いクエスト内容が曖昧で簡単には解けない所が気が利いていて、気に入っている。

ゲームでの俺の職業は《ランタン持ち(ファロティエ)》。中世ヨーロッパのランタン持ちから着想された職業で、夜中にランタンを持ち街を徘徊し、怪しい人物を逮捕する権限を持っていたいわば警察の補助的存在で、街人の中での評価も高く民話の収集も比較的簡単とあって他のゲームではなかなか聞かないような職業であるが玄人の中では評価が高い職業である。

水面(みなも)!今日学校でしょ?」

キッチンの方から母さんの声が聞こえてくる。微かな肉の焼かれた匂いが鼻腔を刺激する。

俺がまだ疲れが残っていてダルい体をやおらに起こし、キッチンへ行くと母さんがテーブルの上の大皿に盛りつけられていた野菜炒めを食いながらテレビを見ていた。

テレビの画面には相も変わらず、ニュースなのかワイドショーなのかよく分からないような番組がこの頃落ち目のアイドルと自分をアイドルと勘違いしていそうな役者の二人が結婚したというニュースを大げさにやっている。

批評家面した芸能人が二人の結婚について何やら語っている。

そのテレビを横目に席についてご飯を食う。

食べている間も母は食い入るように画面を見つめていて、画面が切り替わって東北辺りで中年の男性が変死体で見つかったのを淡々と語り始めた辺りで俺の方を向いた。

「水面、今日から新学期なんだっけ?もう高2なんだよね。遊ぶのもいいけど受験の事も考えるんだよ?」

「…ん、まあ一応考えてるから心配しないでよ」

「そう?それならいいんだけど。あと最近物騒だから気を付けてね」

「分かった分かった」

数分ほどこんな話を続けて、親という人種は子供を心配しすぎる癖があるなと俺が考え始めた辺りで母さんが立ち上がり「水面、母さんちょっと用事があるから先に出るね。学校頑張ってね」と言い残し先に出ていった。



「ひーだかくんっ!」

如月奏(きさらぎかなで)

学校程行くのが億劫なものもないが慣れというのは恐ろしいもので、なんだかんだで何時もの通学路を歩いていると奏が性懲りもなく、何時ものように、飽きることなく俺に絡んできた。朝から面倒くさい、俺に話しかけるのに飽きろ。いや諦めろ。

「人違いですよ、奏さん。俺は通りすがりの高校生だ。だからあっちいけ」

「あっはっは、日高くん。なにその古典的なギャグ。朝から相変わらず面白いね日高くんは。通りすがりの人間が私の名前を知ってる訳ないじゃない!あははは」

「…俺はいたって面白くはないんだがな。それにネットリテラシーの欠如が叫ばれている昨今、意外に個人情報なんて筒抜けだぜ。俺の友人なんてネットで好きな人を検索したらつぶやいったーにクラスのイケメンとの赤裸々デートの様子が載ってて一週間くらい悶えてた馬鹿が居るんだぞ」

「なにその話!?日高くんは友達も面白いんだね」

だから俺は面白くないって。面白いのはあいつだけだ。

その後馬鹿の話を延々としてやると馬鹿の行動が奏にはよほど面白かったらしく、ころころと奏は表情を変えた。

「日高くん。…日高くんはさぁ、居ないの?」

「居ないって何が」

「その彼女とか…好きな人とか」

ひときしり話終えた後、奏は通学路を行く俺の前に立ち後ろ向きに歩きながら俺に話を振ってきた。

「…別に居ないな。まあ結構昔はそんなのも居たのかもしれんな」

「えっ!?日高くん。好きな人居たんだ」

奏が肩を落とす。

「日高くんなんて、昔から傍には私しか女の子が居なかったのに誰なんだよぉ」

なんてとはなんだなんてとは。

つか…そのなんだ、お前だよ、お前何だよ馬鹿。容疑者が一人しか居ない推理小説で詰みそうになってんじゃねえよ。

「昔の話だ、昔」

「ええっ!?そうなのかい?いやあ奏、てっきりー」

沈んだ顔が、いきなり向日葵みたいな笑顔に変わる。こいつ本当に表情豊かだよな。

てかそのマ○オさんをやめろ。

「ふーん、ふっふっーん。そうなんだ!日高くん!日高くんは今はフリーなんだ!」

くるくると回り始める奏。

その様子を見て、俺は少しだけ笑う。







一瞬のことだった。

通学路、明るい笑顔、青い空、眠たげな猫。

交通量の多い道。不注意な女学生、赤い血、猫すら驚く程の爆音。

くるくると回って道路に飛び出す奏。トラックが突っ込んでくる。奏を引っ張る俺。トラックを避けれた奏。代わりに反動でトラックの前に出る俺。



鮮血。

赤い空。紅い地面。朱い世界。


母さん、父さん、奏。

ごめんよ、本当に。

奏の悲痛な顔が俺が現世で最後に捉えた光景だった。生まれ変わったら、またお前に会えるだろうか。

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