6 咫尺天涯 (しせきてんがい)
咫尺天涯
四文字熟語。
意味――近い場所にいても、遠くにいるかのようになかなか会えないこと。
「咫」と「尺」はどちらも距離の単位で、短い距離のたとえ。
「天涯」は天の果てということから、非常に遠い距離のたとえ。
近いところにいても、天の果てにいるように思うという意味から。
「……んっ、隼人さんなに?」
「……仁和! 目を閉じてくれるか」
「……えっ? でも……」
「お願いだ――」
「……わかった……」
「――ごくりっ」
「……待って! やっぱり恥ずかしい……」
「……俺がちゃんとリードするから」
『ちゅ~~』
「あんた! さっきから何してんの?」
!!!?
ギャ~~~~~。
「いつからそこにいる!?」
「今来たところよ! で、さっきから何してるのよ!?」
「何もしてないけど……」
「してたじゃない! こう両腕を背中に回して、苦しそうに目を瞑って!」
「ああ~~もうやめて~~」
閑静な住宅街にある、とある公園。
隼人は『ハニワ』と名乗る謎のバンパイア美少女と、学校帰りに待ち合わせしていた。
まあ謎のというか、隣のクラスの女子なのだが……これがなにを考えてるのか中二病全開ちゃんで、しかも、隼人のファーストキスを奪った強者なのだ。
先に、この公園に到着した隼人は、得意の妄想をしていた訳なのだが、その場面を、妄想の素材にしていた本人に、バッチリ見られるという失態を晒し、挙句このように追求されてしまっていた。
穴があったら入りたい気分だ……
「ねえ、何してたのよ」
「……」
ここは完全無視に徹する。
今日の花園仁和の服装は、淡い紺色のノースリーブに、赤いタータンチェックのミニスカート、それに赤いサンダルと、全体的にシンプルにまとまっている。
でもやはり、隼人の目は、花園の艶やかな唇へ吸い込まれてしまう。
「ふふふっ! そんなにキスしたいの?」
「えっ? ち、違う……」
隼人はすでに汗が噴き出してしまいそうだった。純情無垢な少年には、たかが『キス』ごときでも、脳みそを沸騰させるくらいの破壊力があるのだ。
ケタケタと笑う花園。今回は木刀は見当たらない。少し安心した。
「今日は半信半疑のあんたに『悪魔の書』を持ってきました」
花園は自慢げに持ってる、大きな編み込みバックを、体の前で叩く。
「そのー花園さん……悪魔の書とやらを、俺が見ても良いものなのか? そのーつまり、悪魔に取り付かれたりしないのか?」
「あんた!」
「はい!」
「私は花園仁和ではない! 何度も言わすな!」
「は、はい……」
う~~早くも尻に敷かれ始めた……
「まあ、立ち話もなんだ、ここに座るとしよう!」
花園……いや、ハニワは二人掛けのベンチを指差す。
「お、おう」
緊張してる隼人をあざ笑うかにように、先に座ったハニワは、空いている隣のスペースを「早く座れ」と叩く。
隼人は、小さくなりながら、そっと腰を落ち着けた。
ハニワはゴソゴソと籐編みのバックから、手帳? らしき物を、何冊か取り出した。
「じゃーん! はい! これ」
そういうと、一冊を隼人に手渡す。
「これが悪魔の書?」
「そうよ!」
まじまじと見つめる。
その手帳らしき表紙には『Diary 中学一年』と書いてある……これって……
「これって日記じゃ……」
「そうよ! 悪魔の書! それは花園仁和の日記よ!」
おいおいおい! いいのかよ? そんな物、他人に見せて……
「……」
隼人は、どうしたものかと、しばし表紙に視線を落とす。
「これで、私が、花園仁和では無いことがわかるでしょ?」
「ん?」
「だって、自分の日記を他人に見せるのなんて、死んでも嫌だもん! あっ……私、死んでるんだった……あはははっ」
そんな笑えないジョークはいらないが、たしかに一理ある。自分の日記を他人に見られる。そんなことは、親、姉弟でも、御免だ……
「ハニワ! でも……いいのかよ、俺なんかが勝手に見て……」
「しかたないのよ! 私が再び、冥府(死後、魂が彷徨う場所)に帰るためには、あんたに悪魔の書を読んで貰って、理解してもらわないと」
「冥府?」
「そうよ、私は気持ちよく冥府で眠ってたのに! 無理やり起こされて迷惑してるのよ!」
「起こされたって、花園さんに?」
「そうよ、この子が『死にたい』って塞ぎ込んで、現実から冥府へ逃げてきたのよ。それで、その心(魂)の隙間に、私が入り込んでしまったって訳よ!」
もう話が飛び抜けすぎて隼人はついて行けなかった……
「花園さんは、そのー……死んだのか?」
「死んでないわ! 冥府で眠ってる。その間は代わりに私が、起きてるのよ! 花園仁和の体でね!」
「そのまま目覚めなかったら死んでしまうのか?」
「毎日目覚めてはいるわ。でも……最近は目覚めてる時間が短くなってきてるのよ……花園仁和が花園仁和として、活動してる時間は……大体一日、4~5時間ね! 後の時間は私が起きてるわ! おかげで寝不足よ!」
つまり、一日の大半は花園仁和ではなく、バンパイアのハニワということか!?
そして、そのせいでハニワは眠れなくて寝不足と。だから助けろ! ということなのか?
しかし、それと日記(悪魔の書)が、なにか関係してるのか?
隼人はバカバカしい中二病と、まだ少し思っているのだが、心の奥では『もしかしてこの件は真実なのか?』と、思い始めていた。
「それで、この日記を、俺が読んだらどうなるんだ? 花園さんが目覚めるのか?」
「それは私にもわからない……ただ、この悪魔の書が目覚める為の、キー(鍵)になってることは確かよ!」
「そうなのか?」
「ええ。花園仁和の部屋にもう一冊悪魔の書があるわ! 私がそれに触れようとすると、拒むのよ。触れないの。バチッて電気みたいのが走って、触らせてくれないの。あれは……『真悪魔の書』よ!」
「真悪魔の書……」
「そうよ、あれこそが花園仁和が冥府に迷い込んだきっかけが書いてある、キー素材よ!」
「でも触れないんだろう? どうするんだ?」
「そこよ!!!」
ハニワは急に立ち上がる。そして隼人の前に躍り出ると、指差して――
「そこで、あんたの出番なのよ!」と一人、頷いている。
「その真悪魔の書は、あんたなら触れるはず! だからあんたが読んで、なぜ花園仁和がふさぎ込んだのか調べて欲しいのよ!」
「なんとなくだが意味は理解した! つまりハニワの代わりにその真悪魔の書を読めばいいんだな!」
「そうね。必ず原因が書いてあるはずよ! でも……困ったことに、真悪魔の書には、南京錠が付いてるのよ! つまりその南京錠を解除しないと読めないのよ……」
ハニワは困ったとばかりに腕を組み、再び隼人の隣に腰掛けた。
魅惑的な見事なボディーが再度、隼人に接近する。自然と息を飲む。
「んーと、どういうことだ。つまり花園さんの家に入って日記帳の鍵を開けて読めばいいのか?」
「そうなんだけど……南京錠の鍵のありかは、この子しか知らないのよ……部屋中探したけど見つからないの!」
「――え?」
「だ・か・ら・今回はわざわざ持ってきた悪魔の書を読んで、花園仁和と仲良くなる方法を見つけ出すのよ!」
「ん?」
「あんたバカなの?」
「はぁ~バカじゃねぇし! バカって言うほうがバカなんだし」
「あら? 口答えかしら? 生意気ちゃんね」
ハニワは、そういうと片方の足を隼人の又の間に挟んできた。
ひぃぃぃぃぃぃ~。色仕掛けで征服しようとするなんて……全くけしからん! が許そう……
でもたしか、16歳と言っていたが……年下にもて遊ばれるとは……
「もう~、あんたにも分かるように説明してあげるから、よく聞いてなさいよ!」
「お、おう、わかった」
挟まる足が気になって仕方ないが、隼人は耳を傾ける。
「まずあんたは、花園仁和と仲良くなりなさい。真悪魔の書の鍵のありかを教えてくれるくらいに、親しくなるのよ!」
「ほ、ほう」
「あんた! 足ばかり見てるけど聞いてる?」
「はい! 聞いてます!」バレてた……
「そのためには、休んでる学校とやらに花園仁和を通わせなければならないわ! で、花園仁和が起きてられる時間を増やさないといけない! じゃないと学校に行けないからね! 私が花園仁和のフリして通っても意味ないからさ」
「増やせるのか? 起きていられる時間を!」
「それもあんた次第と私は睨んでるわ! これ! ここ見てちょうだい」
ハニワは、隼人の手から中学一年の頃の日記を奪い開くと、あるページを指さした。
『6/21 晴天。中学一年。
朝、中学へ向かう途中、変わった男子と出会う。彼は、二羽のカラスに追われていた。大事そうになにかを抱えて。
どうにか追い払うことに成功。頭を数回つつかれたのだろう、ボサボサになっている。
しばらくすると彼は近くで見ていた小学三年生くらいの女の子に近づく。
そして大事に抱えていた物を渡した。どうやらブローチのようだ。キラキラと輝いている。
女の子は満面の笑みでお礼を言うと、走り去ってしまった。
彼はその姿を、見えなくなるまで手を振り見送っている。
カラスはキラキラしたものが好きだという話を聞いたことがある。
彼はあのブローチを女の子の為に守ったのだ! きっとそうだ!
やはり彼は変わってる。そうしてまた彼を目で追いかけてしまう』
「これって、あんたよね?」
「ああ……俺だ……」
昔のことでおぼろげだが、覚えがある。
「次はこのページを見て」
ハニワがページをめくる。
『10/2 曇り。中学一年。
放課後、彼を発見! 公園の隅でしゃがみこんでいる。いったいなにをしているのか、気になってしかたない。
後ろから、そっと近づく。
なんと! 彼は、蟻の行列を見つめていた。やはり変な人だ。片手にチョコレートのウエハースを持ち、細かく砕き、たまに蟻達に配っている。
そして小声で「がんばれ~」て応援してる。思わず笑いそうになる。バレそうなので少し離れた。草むらから彼を見守る。
笑ってる。無邪気そうなあの笑顔。ずるい。
やはり彼は変わってる。ますます目が離せない』
「これもあんたよね」
「さすがにこれは覚えてないが、似たようなことならしてたかもしれない。中学の頃はガキだったから……」
「今もガキだけどね。次ここ見て」
「あーはいはい」
『12/24 雪。中学一年。
返し忘れてた本を返しに近所の図書館に行く。そこで運命の出会いを果たした。
なんと彼がいたのだ。
先に借りていた本を返して、新しく借りようと料理本を取ろうとしたら、偶然同じ本を取ろうとした彼と手が触れてしまった。
「すいませんどうぞお先に」だって。
キャー紳士すぎる。
私は恥ずかしくて下を向いたままお礼を言って逃げちゃった。
でもクリスマスイブの素敵な日に彼に逢えるなんて、運命としか思えない。いえ! そうとしか思わない。
でもなんで料理の本? やはり彼は変わってる。そこが大好きで目が離せない。
これはきっと恋なのかも……?』
「んっ! これもあんたよね?」
「ああ。おそらく……」
「恋しちゃってるよね? 花園仁和」
「ああ。しちゃってるな」
「あんたによね?」
「そうなるのかな……」
マジか~~~~~~~~~。
知らなかったよ~~~~~~~~おかあさ~~~~~ん!
なんだよこれ! 言ってくれよ……咫尺天涯ではないか!
「ニヤついてないで、次行くわよ! 次は中学二年の悪魔の書よ」
「待て、心の準備が……」
「あんたの気持ちとかどうでもいいから。次、ここ読んで!」
「ちゃんとわかりやすいように、付箋してあるのな」
「そうよ寝れないから暇だったのよ。いいから見なさいよ」
「はいはい」
『4/10 晴天。中学二年。
今年も彼と同じクラスになれなかった。残念。
しかし監視は怠らない。
その結果、分かったことがいくつかある。
彼は何かに夢中になると周りが見えないみたいだ。なので近づくのは容易い。
彼は女子生徒と殆ど会話しない。硬派を気取っているのか。でもきっと恥ずかしくて話せないだけだろう。これは憶測だけど。
彼にはとても美人なお姉さんがいるみたいだ。私もお近づきになりたい。美の極意を伝授して欲しい。
もしかしてそのお姉ちゃんを見慣れているから女性へのハードルがあがっているのかも。
これは由々しき自体かも知れない』
「あんたの姉は美人なの?」
「……ああ。身内でこんなことは言いたくないが、ド級の美人だ」
「……あんた……キモいわね! シスコン?」
「ハニワも見れば分かる……後、俺はシスコンではない……と思ってる……」
「まあいいわ、どんどん行くわよ! 次はここね」
――――――――――
隼人は中学生の頃の日記を一通り読んだ。
隼人が登場する場面のほとんどが、一方的に観察されるという内容だった。
無論、隼人はその行為に全く気づいてなく、一人の女の子にここまで見られていたとは、恥ずかしさ極まりない状態に至っていた。
四日前に貰ったラブレターなんて比較にならないほど、この日記には花園からの愛が溢れていた。
「どうよ! 私がキスの相手を、あんたにしたことが、これで分かったでしょ?」
「……ああ」
「この子が、あんたを選んだのよ! 追いかけたのもこの子の希望よ」
「……ああ」
恥ずかしい……いや……嬉しいのか? なんにしても花園仁和という美少女に好かれていた。
花園は高校もあえて、隼人と同じ高校に決めているし、中学三年の後半なんて、毎日のように放課後、隼人を待ち伏せて尾行している。
「でもさ! これさ! やってること『ストーカー』よね!」
「……」
ハニワが痛いところを突いてきた……確かにこれは、いわゆるストーカー行為そのものだ……
「あんたさ~高校でもきっとストーキングされてたわよ。なにか心当たりはないの?」
「……ある! しかもつい最近だ! 四日前……偶然見ていた? 違う! 花園さんはその日もつけてたんだ……それでゆきりんからの……ラブレター……」
「ラブレター? なに言ってんのよ? 私に分かるように説明しなさいよ!」
「――繋がる……ハニワが花園さんに憑依したのもその日……次の日から学校も休んでいる……」
「お~い。ちょっと! 無視すんな!!! バカちん!!!」
「痛てっ」
無視されたハニワが憤慨している。
「ハニワ! 分かってきたぞ! 花園さんがふさぎ込んだ訳が!」
「ほう。聞かせなさい!」
隼人は四日前に起きた『隼人がラブレター貰ったってよ事件』をハニワに話した。
そしてその現場を、花園が偶然に見ていたことも付け加えた。
「間違いなさそうね! この子がふさぎ込んだ理由はそれね! で、そのラブレターくれた子は可愛いの?」
「ファンクラブがあるほどに人気のある幼少女だ」
ふむふむと、腕組みしながらハニワは――
「この花園仁和! 中学の頃から片思いしてるにもかかわらず、あんたごときに告白さえ出来ないとは情けない子ね。でもこれで分かったことがあるわ!」
「ん?」
「花園仁和は、極端に人見知りで、恥ずかしがり屋で、うじうじと根暗なやつね! 友達いないタイプよ。きっと!」
「……」
こいつ……思っても口にしたらダメなやつを言い放ちやがった!
「でも待って! もしそれが原因だとしたらおかしいわ?」
「いやでもよ、俺が可愛い女の子にラブレターを貰ったから、自分に自信のない花園さんは、ふさぎ込んだんだろう? 俺をその子に取られると思って?」
「――あんた、自分で言ってて恥ずかしくないの……?」
「――――めちゃめちゃ恥ずかしいわ!!!」
「あらそう。ならいいんだけど! まるで『俺ってモテモテで困るぜ!』って、勘違いしてると思って殺意が芽生えそうになったわ!」
そこまで言うか……
「でもやっぱり変よ」
「なにがだ?」
「だってラブレターを貰ったことが原因なら、今年の……つまりね、高校二年の悪魔の書がキー素材になるはずでしょ?」
「ん~~確かにそうなるよな」
「でもほら」
ハニワはそういうと別の日記を取り出した。
「これ今年の日記よ。私がこの子に乗り移るまでちゃんと書いてあるもの!」
隼人はまだ、花園仁和が綴った高校の日記を読んでいない。手に取り表紙を見る。
確かに高校二年。今年の日記帳だ!
「じゃ~その真悪魔の書とやらは、いつの日記だ?」
「真悪魔の書は、高校一年のやつよ」
去年の日記なのか……
「あんた。去年、花園仁和となにかあったの?」
「いや、なにもないはず……ん? でも……待てよ……」
去年と言えば、隼人が交通事故に遭った年だ。
隼人はその事故のせいで、記憶を一部失っていた。もしそこに、花園仁和が冥府とやらに迷い込んだ原因ががあるとすれば……
「わああああ」
不意に事故の場面が隼人の脳裏をかすめた。目頭の奥に激痛が走る。
「なになに? どうしたのよあんた!」
「わあああああああああ~~」
「ちょっと! なんなのよ!」
隼人はそのまま気を失ってしまった……
――――――――――つづく。
今回は、ほぼ会話を中心に書いてみました。なほきです。
ハニワちゃん! ツンですね~てかツンしか見せてませんね~。
早くデレも見たいですな~www
次回の予定は『花園仁和学校へ行こう!』をお送り出来たらと、思っています。
今回もつたない文章を読んでいただき、誠にありがとうございます。
尻尾そろそろ、ちぎれるかもwパタパタ~~