4 優柔不断 (ゆうじゅうふだん)
優柔不断
四文字熟語。
意味――いつまでもグズグズと、物事の決断がにぶいこと。
「んっ……まだダメよ」
「……いいだろう」
「もう……そんなに早くしたいの?」
「……ああ、我慢できない」
「……なら、ちゃんとつけてくれる?」
「……つけなきゃダメか?」
「つけて! それからちゃんとお願いして……」
「……わかったこれでいいか?」
「昨日は、すまなかった! 神谷~~」
襲撃のファーストキスを経験した次の日、案の定寝不足の隼人は、高校に着くなり、神谷と出くわした。
そして、昨日起きてしまったもう一つの『神谷と抱き合っておでこにキスされちゃった』事件を必死に謝りまくっていた。
神谷の座っている、その前で、きっちりと両腕も頭も床につけて、超土下座をしていた。
「たのむよ! 神谷! 昨日のは事故だ! 仲直りしてくれよ! このとうりだ!」
「はぁ~~あんたってほんと…………わかったわよ! あれは事故! で、いいんでしょ? もう恥ずかしいからやめていいわよ」
「ほんとか! ありがとう神谷」
隼人は神谷の両手を掴み、ブンブンと振る。
「もう、また事故るよ。まったく~」
神谷は少しだけ頬を染めた。
『神谷真由美』隼人と同じクラスの同級生。しかも席も隣になることが多い。隼人が唯一、気がねなく話せる女子だ。
健康的に日に焼けた肌。ピンと張った背筋が今日は一段と凛々しく見える。
それにいつもスポーティーに見えるショートボブの髪が、今日は内側にふわっとカールしており、なんだか可愛らしい。
もともと綺麗な顔立ちなので、隼人も少し見とれてしまった。
「なあ神谷! なんか今日の髪型、可愛らしいな! おまえに似合ってるぞ!」
隼人は、極稀にこういうことを口にする。狙ってる訳ではなさそうだ。
「えっ――あ、あ、ありがとう……」
小さくなった神谷は首まで赤くしながら――
「わ、わたし、喉渇いちゃった。ジュース買ってくる」
「もうすぐ授業始まるぞ!」
「すぐ戻る~」
神谷は行ってしまった。(なんだあいつ、どうしたんだ?)
――――――――――
この日の昼休み。
休み時間のたびに、隣のクラスを覗いては『花園仁和』を探したが見つけることが出来なかった。すでに昼休みになってしまった。
ちなみに隼人は2年1組で、隣のクラスとは、2組のことである。
今も、覗いているが見当たらない。
「今回も無駄足か……」自分のクラスに戻ろうとした。
そのとき隼人はふっと視線に気づいた。そういえばこの子も、隣のクラスだった。
お昼の賑やかな教室の片隅で一人、小さなお弁当箱を広げて、小さな女の子が座っている。
そして、少し距離をとり、ピンクのお揃いのTシャツを着た男子数名が、その女の子を取り囲んでいた。
胸には『ゆきりんLOVE』と、なんとも恥ずかしい文字が並んでいる……
「あははははっ……」
あれが噂の親衛隊だろうか……そのスペースだけ、異彩を放っている。
この女の子はなにをトチ狂ったのか、隼人にラブレターを送るという偉業を成し遂げた本人である。
その偉業にまだ返事を返してない隼人は、ちょいと気まずいのである。
女の子は真っ直ぐに隼人を見つめていた。
『樫野由紀』隣のクラスの女子。女子というか見た目は幼女に近い。
身長も140cmくらいかとても小さく華奢だ。可愛らしい洋服を着せたら、間違いなく小学生に見えてしまうだろう。
黒髪のツインテールが、とても良く似合う。顔立ちも幼く、シマリスにどことなく似てる気がする。
ロリコン野郎には、たまらない逸材なのだろう。目の前の光景がそう思わざるを得ない。
隼人は目が合うと動けなくなってしまった。ここで踵を返したら、樫野を傷つけてしまいそうな気がしたからだ。
テクテクと樫野が近づいてくる。
隼人はまだ、樫野への返事が定まっていない。心臓がグッと縮まる。
「わ~~おにいちゃん! わたしのおへんじまだなのですか~~?」
なぜか、樫野は隼人のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ。
舌足らずの甘えたような声。しかし……この背徳感は、なんなんだろう……
「……」
「ぶぅ~~もう~まてませんよ~! 今日こそはおへんじきかせてくださいね~~むぅ~」
頬を膨らませて怒っているのか? にしても全然怖くないw、むしろ可愛らしいんですけどww
「ちゃんとお手紙読みましたか~~?」
「ああ、読んだよ! 読ませてもらいました!」
「そうなのですか~『ゆきりん』はうれしいです」
樫野は胸の前で軽く拍手しながら飛び跳ねている。
「自分のこと、ゆきりん! って呼んでるのか?」
「最初にそう呼んだのは私じゃないですよ。初めてちゃんとしたあだ名なので、少し気に入ってますけどね」
樫野は振り返り、一人の親衛隊を指さした。
なるほど! 彼がゆきりんの名付け親ね!
指さされた男子はとろけているが、他のピンクTシャツの皆様は、『くぬぬぬ!』と、ご立腹気味だ。
無理もない、他のクラスの男子とmy姫が、楽しそうに話してるのだから、穏やかに見ていられないのだろう。
「樫野さん! 返事は少し待ってくれ」
そのただならぬ様子に気づいた隼人は、今度こそ戻ろうとする。
ガシッ! ん???
幼女が、突然の来客で恥ずかしいのか、母親の影へ逃げるように隠れる。あんな感じで樫野が隼人の腕に張り付いている。
――――だ・か・ら・背徳感が半端ないから!!!
「樫野さん???」
樫野は何食わぬ顔で見上げてきた。
「お兄ちゃんこっち!」
隼人の腕を引っ張る。どうやら、どこかに向かうらしい。
無理やりUターンをさせられ、廊下を歩き出す。
その間も、親衛隊は『くぬぬぬ!』と怒りをあらわにしていた。
「樫野さん! これ以上はまずいって! 彼らに殺される……」
「お兄ちゃんは、平気なのです!」
いやいや可愛く言われても……親衛隊はすでに身を乗り出し、追いかける気満々ですが……
「樫野さん! とりあえず腕は離そうか!」
「ぶぅ~~嫌なのです! 離すと、お兄ちゃん逃げてしまいます」
「逃げない! 逃げないから! 後ろ、後ろ見てよ――」
樫野は首をかしげながら、振り返る。そして――「皆さんは、ついてきたらダメなのです! ここからは、ゆきりんとお兄ちゃんだけで過ごすのです! 大人しく席に戻るのです! でないと~~プンプンなのです!」言い放ちやがった――これで隼人の死刑は確定された……
念のため、首を振り否定するが、親衛隊の顔は皆、ピンクを通り越して、真っ赤に染まっていた。
それでも誰も追いかけてこないところは、流石と言うべきか! 隼人の腕に掴まる姫に、絶対の忠誠心をもっているのだろう……
そんなことはお構いなしで樫野は、鼻歌交じりで歩き出す。
その様子を見て隼人は「はぁ~」ため息一つ。そして観念して歩き出した。
――――――――――
いっぽうその頃、女子トイレの一角では、一人の女子がニヤついていた。
「可愛いって言われた……私、隼人に、可愛いって言われた――」
朝から顔を合わせればいがみ合ってばかりの隼人に、今日は少しだけ褒められた。
それだけなのに『神谷真由美』は、一日、隼人の顔すら見ることができなかった。
昨日の事件を、どっぷりと意識してしまっているのだ。
一瞬とはいえ、事故とはいえ、抱き合い、おでこにキスしたのだから仕方がない――早起きして、薄く化粧もして、髪も念入りに時間をかけた。
その成果が早くも出たのだから、喜びもひとしおなのだ。
「どうしよ~緊張して顔が見れない……でもそういえば、あいつ休み時間のたび教室にいなかったけど、どこに行ってるんだ?」
独り言も、どこか声が弾んでいた。
お色直しも終わり、制服のスカートのウエスト部分をもう一段内側へ折り込む。するとニーソからの絶対領域が、さらに広がった。
「短すぎるか!? でもライバルは樫野さん! あんなに可愛い子なんだから、このくらいしないと勝てないわ!」
神谷は、鼻息荒く、女子トイレを後にした。
「樫野さん! どこに行くの~??? 引っ張らないで!」
ん? 隼人の声?
神谷はトイレから出ると、偶然、隼人の姿を見つけた。なんと、恋のライバル樫野由紀と一緒ではないか……しかも、仲良さそうに腕まで組んでいる……
「な? むぅううう~」
この状態で、つけるな! というほうが無理な話だ!
神谷は迷わず後をつける。
「それにしても近すぎない? なによ! 隼人のあの顔! デレ~としちゃって!」
先程まで、陽気な鼻歌を口ずさんでいたのに、今は、ベートーベンの『運命』が頭に鳴り出した。
「樫野さんにラブレターの返事するのかな……?」
『愛の告白』それは好きな相手に勇気を振り絞り、自分の気持ちを伝える行為。
どんな形であれ(ラブレターなど)最初に勇気を見せた者が有利だ。なぜならそこでうまくカップル成立してしまえば、次の者に順番は巡ってこない。
早い者勝ちとよく使うけれども、恋もまたしかり、なのだ。
神谷が、隼人への恋心に気がついたのは、去年の夏休み、皮肉にも隼人が交通事故に遭ったからだった。
その前まで、ただのクラスメイトでしかなかった隼人だったが、連絡を受け病院へ向かった先で、ベットに横たわる姿を見た瞬間、涙が溢れた。
そして、こんなにも隼人を愛おしく思った自分に驚いた。三日後、目を覚まし微笑む隼人を見て、また涙した。『ああ~私、こいつのこと好きなんだ~』と……
「私にも、もっと勇気があれば……」嫉妬と後悔が神谷の心を、じわりと染める。
優柔不断……
二人は(隼人と樫野)校舎の四階へ上がり、理科室へと入る。
神谷は、忍び足で近づき、ドアの前で聞き耳を立てた。
――――――――――つづく。
今回は少し短い章になってしまいました。流れで、ここで切ったほうが良さげ! と、勝手に思ったからですw
それともう一つ、今回は、神谷さん視点での話も盛り込みましたw
ん? と、なっちゃったらごめんなさい……
今回も最後まで読んでくださいまして、ほんとにありがと~!
ちぎれそうに尻尾ふりふりです!