まどろみ
「近頃、よく村に来るのだな。」
「あなたが役目を果たさないからよ」
シーリーンは、書斎のソファに腰掛け、外国のチョコレートをつまみながら冷たく答えました。ここは、村の大地主クロンカリー卿の屋敷です。クロンカリー卿は、書机からふっと軽く笑いました。シーリーンは、彼を睨みつけます。
「儒法魔僧の勤めをしなさい、キイル」
キイル、とはクロンカリー卿のファースト・ネームです。クロンカリー卿は、シーリーンの従兄ということになっており、後見人です。育ての親でもあるのですが、近頃、シーリーンはこの従兄に不満がありやや反抗的です。
「よく分かったよ、村の賢女には私から言っておこう。しかし、私は貴女が心配だ。賢女達が姫に批判的になりつつある。」
「構いません、彼女らが悪霊の虜になるよりはましです」
シーリーンはチョコレートをむしゃむしゃと食べつづけました。包み紙に、フランス語で『愛しい者』と書かれている、ドイツ製のチョコレートが彼女の大好物です。
クロンカリー卿は軽く溜息をつきました。
数日前に、村の若い母親が最長老の賢女のところへやって来て、自分の赤ちゃんの目やにがこのところひどくなったことを、相談していました。老賢女は、『赤子が月の光の中で妖精を見たせいだ。夜は月明かりの当たらない暗い部屋で寝かせるように……』と助言しました。しかし、偶然通り掛かったシーリーンがそれを聞いており、こう言いました。『月明かりは関係ない、子供の寝室を清めて動物を近づけないようにしなさい。そして、病院に連れて行くのよ』
若い母親は、老賢女に敬意を示しながらも、すぐにシーリーンの言う通りにしました。医者の診断では、子供は動物アレルギーでした。
その他、いくつもシーリーンは賢女達の助言とは異なる、実際的な解決方法を村人達に教え、その通りにすることで物事はうまく運んでいました。
『妖精の姫』と呼ばれているが、まじないの治療は一切行わない。妖精や使い魔を用いることもない。妖精の国と現世を行き来しているとも聞かない……これらは、皆の勝手な想像だったのですが……。
シーリーンは、皆が知る妖精物語の中の妖精の姫君とは大分異なっており、その理性的な物言いが逆に人間くさい印象を村人たちに与えていました。