神様のアルバイト。
朝7時。
頭にバッタ、横にゼン。
お供を引き連れて、目指すは最強のかき氷屋。
「来たぞー」
「ああ」
屋台のパーツを積んだ荷車をコオリが。三生らは付いて行くだけだ。
「お前、パワーあるなあ」
「なんて事はない。中に氷が入っているのだから」
そういうものなの?
ゼンは、コオリが冷気を帯びたものを操れるのを知っているので、特に手伝おうともしなかった。
「あ。もしかして、お前、氷は自前か」
「当たり前だ」
フリとして冷凍庫、クーラーボックスは所持しているが、製氷は完全に自分でやっている。何せ、自分でやれば一瞬なのだから。冷凍庫の冷気は、コオリへの栄養ドリンクのようなものだ。
着いたのは、湯快山ふもと。そこにある観光商店街。その一角にコオリは場所を持っている。
「明確な開店時間は無い。用意が出来次第、客を入れるぞ」
「おう!」
とは言え。普段は、コオリ1人でやっている事なのだ。三生らが手伝うほどの大仕事でもなかった。強いて言えば、組み立ては複数人でやった方が楽だった。
お客さんの入りは、ぼちぼちだった。絶賛夏休み中ではあるが、湯快山の観光スポットはここだけではない。あえて言うなら、温泉街がメインではある。
だが、コオリのかき氷屋には、リピーターが多かった。
朝8時前の時点で、地元のお年寄り、ご年配の方々がやって来る。この付近の住民だろうか。まさか長期滞在の人らはこんなには多くないだろう。
お年寄りが冷たいものとか、大丈夫なのかと思いきや。
コオリの店には、普通の甘味も置いてあった。
「この冷凍庫、中身は氷じゃないから、何でも置けるのか」
「そういう事だな」
普通なら、ここには大量の氷が置いてあるはずだが、コオリは瞬時に製氷可能。取り出すフリだけで構わないのだ。取り出した(製氷したと見せかけた)氷は、クーラーボックスへ。
ゆえに空いたスペースには、アイスクリーム、シャーベットなどがある。
それらをお団子や小豆、コーンなどと組み合わせ、簡易のスイーツも作れる。
そして、ぬるいお茶。これが好評だ。
冷凍庫用の発電機で、ポットを動かし、お湯を沸かす。そしてコオリ特製の氷でぬるめた、飲み頃のお茶、コーヒー。実は、コオリの店のリピーターの半数は、これが目当てだ。もちろん、スイーツもメインだが。
バイトは、昼食を挟み、午後5時まで。屋台を片付け、撤収。
そしてログハウスへ。
「楽しかった!」
「そうか」
この無表情なリアクションよ。本当に、こいつ何考えてんだ。親のゼン並みにわけ分からん奴だ。
「なあ、ゼン」
「ん。うん」
ゼンは戸惑っている。
接客は、初めてだったろうしな。いや、おれもだけど。
それでも、新鮮な感覚だったはず。
「明日も来て良いか」
「歓迎する」
ちょっと良い反応。
それでは、と、三生らはお暇しようとした。と。
「ところで、お前の頭の上のクモは何だ」
「今かよ。これは、バッタだ」
「バッタ?」
いぶかしげだ。まあ、そうか。なんで、バッタ型じゃないのか、おれも不思議だったし。
「なんで、ゼン?」
「その姿が便利かなと思って」
フ
「うお!」
三生は、驚いた。
頭の上のバッタから、いきなり重さがかかったからだ。とっさに三生は頭を下げ、前のめりの姿勢で重さを頭から逃した。
「いきなりだな」
「全く」
コオリのまるで動じない声に応えた声。
三生は、一時期、毎日聞いていた。
バッタの声だ。
「バッタ!」
「なんだ」
こいつも、特に感動とかそんなんないのか!
三生は自分1人だけが、感情を揺さぶられていて、ちょっと悔しい。
そしてバッタはゼンと向かい合う。
「お呼びでしょうか」
「いいや?」
おいおい。
三生は眼前の修羅場っぽいものに、ちょっとビビっていた。
バッタの肉体はあの世界のまま。それが人型を取っても。
何を考えているのか知らんが、バッタは臨戦体勢だった。頭部からは巨大な角が生え、腕部からもやはり巨大なブレード。脚部にも痛そうなスパイク。完全に、何かをやる気満々に見える。
この世界で、おれが巻き込まれたら、死ぬしかない。やめてえええ。
「三生君が困っているよ」
「はい」
角は消え、ブレードやスパイクも収納された。すげー便利な体してんな。
「あ、ありがと、バッタ」
返答無し!知らない内に嫌われてたのか。心当たりはあるけど!
風呂で体触ったのは、アウトだったかなあ・・・・。
「違うよ、三生君。バッタは、完全に君に付いた。その意思表示だよね。僕と敵対しても構わないと」
そうなの?三生はバッタの正面に回り、バッタの表情をよく見てみた。分からない。こいつらから、顔色で感情を読み取るのは、不可能だ!
三生が色々、カルチャーギャップを感じている間にも、2人の話は進んでいた。
「ずっと考えていました」
「そう」
2人。創造主と創造物。
「私は。世界を見て回りたい。そして、三生に、三生のそばにも居たい」
三生は、このバッタからの高評価に、反応出来なかった。
自分が、そこまで買われていたとは、思っていなかった。
「そっか。それも良いんじゃない?」
ゼンは、あっさりと言い切った。
その言い方は、不味いんじゃないのか。三生は、バッタの心痛を思ったが。
「ありがとうございます」
やはり、見た目からでは、心情がよく分からない。
「ゼン。色々、良いのか」
本当に、色々。
三生には、全然分からない事まで含めて、色々。
「構わないよ」
それで、話は終わった。
そして、寮に戻り。
最後の夜が来た。




