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三生紀行  作者: にわとり・イエーガー
三生の生きる世界。
29/31

神様のアルバイト。

 朝7時。


 頭にバッタ、横にゼン。


 お供を引き連れて、目指すは最強のかき氷屋。



「来たぞー」


「ああ」



 屋台のパーツを積んだ荷車をコオリが。三生らは付いて行くだけだ。


「お前、パワーあるなあ」


「なんて事はない。中に氷が入っているのだから」


 そういうものなの?



 ゼンは、コオリが冷気を帯びたものを操れるのを知っているので、特に手伝おうともしなかった。



「あ。もしかして、お前、氷は自前か」


「当たり前だ」


 フリとして冷凍庫、クーラーボックスは所持しているが、製氷は完全に自分でやっている。何せ、自分でやれば一瞬なのだから。冷凍庫の冷気は、コオリへの栄養ドリンクのようなものだ。



 着いたのは、湯快山ふもと。そこにある観光商店街。その一角にコオリは場所を持っている。


「明確な開店時間は無い。用意が出来次第、客を入れるぞ」


「おう!」


 とは言え。普段は、コオリ1人でやっている事なのだ。三生らが手伝うほどの大仕事でもなかった。強いて言えば、組み立ては複数人でやった方が楽だった。



 お客さんの入りは、ぼちぼちだった。絶賛夏休み中ではあるが、湯快山の観光スポットはここだけではない。あえて言うなら、温泉街がメインではある。


 だが、コオリのかき氷屋には、リピーターが多かった。


 朝8時前の時点で、地元のお年寄り、ご年配の方々がやって来る。この付近の住民だろうか。まさか長期滞在の人らはこんなには多くないだろう。


 お年寄りが冷たいものとか、大丈夫なのかと思いきや。


 コオリの店には、普通の甘味も置いてあった。


「この冷凍庫、中身は氷じゃないから、何でも置けるのか」


「そういう事だな」


 普通なら、ここには大量の氷が置いてあるはずだが、コオリは瞬時に製氷可能。取り出すフリだけで構わないのだ。取り出した(製氷したと見せかけた)氷は、クーラーボックスへ。


 ゆえに空いたスペースには、アイスクリーム、シャーベットなどがある。


 それらをお団子や小豆あずき、コーンなどと組み合わせ、簡易のスイーツも作れる。


 そして、ぬるいお茶。これが好評だ。


 冷凍庫用の発電機で、ポットを動かし、お湯を沸かす。そしてコオリ特製の氷でぬるめた、飲み頃のお茶、コーヒー。実は、コオリの店のリピーターの半数は、これが目当てだ。もちろん、スイーツもメインだが。



 バイトは、昼食を挟み、午後5時まで。屋台を片付け、撤収。


 そしてログハウスへ。



「楽しかった!」


「そうか」


 この無表情なリアクションよ。本当に、こいつ何考えてんだ。親のゼン並みにわけ分からん奴だ。


「なあ、ゼン」


「ん。うん」


 ゼンは戸惑っている。


 接客は、初めてだったろうしな。いや、おれもだけど。


 それでも、新鮮な感覚だったはず。



「明日も来て良いか」


「歓迎する」


 ちょっと良い反応。



 それでは、と、三生らはおいとましようとした。と。



「ところで、お前の頭の上のクモは何だ」


「今かよ。これは、バッタだ」


「バッタ?」


 いぶかしげだ。まあ、そうか。なんで、バッタ型じゃないのか、おれも不思議だったし。



「なんで、ゼン?」


「その姿が便利かなと思って」



「うお!」


 三生は、驚いた。


 頭の上のバッタから、いきなり重さがかかったからだ。とっさに三生は頭を下げ、前のめりの姿勢で重さを頭から逃した。



「いきなりだな」



「全く」



 コオリのまるで動じない声に応えた声。


 三生は、一時期、毎日聞いていた。


 バッタの声だ。



「バッタ!」


「なんだ」


 こいつも、特に感動とかそんなんないのか!


 三生は自分1人だけが、感情を揺さぶられていて、ちょっと悔しい。




 そしてバッタはゼンと向かい合う。


「お呼びでしょうか」


「いいや?」



 おいおい。


 三生は眼前の修羅場っぽいものに、ちょっとビビっていた。



 バッタの肉体はあの世界のまま。それが人型を取っても。


 何を考えているのか知らんが、バッタは臨戦体勢だった。頭部からは巨大な角が生え、腕部からもやはり巨大なブレード。脚部にも痛そうなスパイク。完全に、何かをやる気満々に見える。


 この世界で、おれが巻き込まれたら、死ぬしかない。やめてえええ。



「三生君が困っているよ」


「はい」


 角は消え、ブレードやスパイクも収納された。すげー便利な体してんな。


「あ、ありがと、バッタ」



 返答無し!知らない内に嫌われてたのか。心当たりはあるけど!


 風呂で体触ったのは、アウトだったかなあ・・・・。



「違うよ、三生君。バッタは、完全に君に付いた。その意思表示だよね。僕と敵対しても構わないと」


 そうなの?三生はバッタの正面に回り、バッタの表情をよく見てみた。分からない。こいつらから、顔色で感情を読み取るのは、不可能だ!


 三生が色々、カルチャーギャップを感じている間にも、2人の話は進んでいた。




「ずっと考えていました」


「そう」


 2人。創造主と創造物。




「私は。世界を見て回りたい。そして、三生に、三生のそばにも居たい」



 三生は、このバッタからの高評価に、反応出来なかった。


 自分が、そこまで買われていたとは、思っていなかった。



「そっか。それも良いんじゃない?」


 ゼンは、あっさりと言い切った。



 その言い方は、不味いんじゃないのか。三生は、バッタの心痛を思ったが。


「ありがとうございます」


 やはり、見た目からでは、心情がよく分からない。


「ゼン。色々、良いのか」


 本当に、色々。


 三生には、全然分からない事まで含めて、色々。


「構わないよ」


 それで、話は終わった。




 そして、寮に戻り。




 最後の夜が来た。

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