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三生紀行  作者: にわとり・イエーガー
三生の生きる世界。
28/31

再会、再開。

 夏の朝は、涼しく過ごしやすい。


 早朝5時。まだ朝ごはんも食べていない三生は、1人で寮を出て、近所の河原に足を向けた。


 1人で、と言ったが、頭にはバッタも乗っている。三生が起きた時には、既に机の上で、糸を編んでいた。何をしていたのかは知らないが。


 三生が着替えを済ませると、普通に腕に登って来たので、一緒に連れて来たのだ。




 尻が痛くないようにゆっくり腰を落ち着ける。陽光は、とうに川面を輝かせている。その近くに居る三生やバッタも。




 おれは、あいつらに、「見るべきもの」を見ろと言って、虫眼鏡を渡した。


 そうして見えたのは、あいつらの過去や心境。だったらしい。



 なら、「見たいもの」や「欲しいもの」、「取りに行くもの」だったら、どうなったんだろう。


 おれは、そうたずねるべきだったか。





 いいや。



 そんなの。



 聞かない方が、楽しいに決まってる。




 いつか。見せてもらうんだ。


 あいつらが、それを手にした時に。





 三生は、上った太陽に照らされながら、寮に帰る。朝ごはん、食べなきゃ。


「お前は、虫とか食べるの?」


 つっつかれた。バッタは、どうやら普通のクモではない。よく考えると、三生と出会った時も、クモの巣を張っていなかった。アレが無いなら、バッタは自分で走ってエサを取りに行くタイプのクモであるはずだが。その気配も無い。


 食事が、要らない。つまり。


 バッタだけは、あの世界の肉体のままか。


 それがなぜ、人型ではなく、クモ型なのかは分からないのだが。


 ゼンの気まぐれ、で良いのか。それとも、何がしか、意味があるのか。そう、コオリだけが、記憶を持っていたように。


 ん?コオリの意味?


 そう言えば、なんであいつだけ覚えてるんだ。



 ゼンの野郎、本当に何を考えてる。


 ・・あ。コオリには、虫眼鏡を使わせてなかったけど・・。もし、あの世界の肉体のままなら、使えないんだよな。多分。



 バケツ。ロープ。虫取り網。あの世界で使った道具も、もう手元には無い。虫眼鏡だけ・・・。



ずい


 三生は、おもむろに虫眼鏡をのぞき、それら道具のを想った。


 方角は、西。西の方に、何か見える。あっちは、川洲施設の方だ。なるほど。



 寮に戻り、朝食。味噌汁、卵焼き、ご飯、海苔、お漬物。今朝は和風っぽい。


 一緒に取った是無に、今日は朝からお出かけと伝え、寮をまた出る。




 久しぶり、でもないか。去年の年末に大掃除の手伝い、今年も正月にお邪魔したしな。


 皆を呼ばなかったのは、どうだろう。でも今日の用事には、皆を付き合わせる意味は無いんだよなあ。


 施設前にて、再度虫眼鏡で確認。やはり、ここだ。


 バッタはどうしたら良いんだ。帽子でもかぶるか。まあ、良いや。来ちゃったし。



 玄関を普通にくぐり、先生の部屋へ。施設の子供達は、もう遊びに出ているか。


 先生は、居た。


 川洲かわす 恋運れんうん。おれらを本当に小さい頃から見てくれているのに、まだ全然若い。今でも、20台くらいの年齢にしか見えない。


「せんせー。ちょっと聞きたい事あんだけど」


「はいはい。って三生君!っ久しぶり!」


 抱きつかれた。相変わらず、暑苦しい人だ。ここを出て高校の寮に入った時も、涙の別れをしたっけ。歩いて30分かからない距離なんだけどなー。


 ついでに頭の上のバッタにも驚かれたが、可愛がっているペットと紹介して事なきを得た。やはりバッタにつつかれたが、しょうがないじゃん。許してくれ。




「んでさあ。おれらが使ってたような虫取り網とか、バケツとか、あとロープ。こういうのって、まだある?」


「虫取り網?今度は、昆虫採集部でも始めたの?」


 先生は、冒険部の事も知っている。


「いや、そうじゃないんだけど。ちょっとね」


「ふうん。でも、三生君達の使ってたのって、もうほとんど壊れてると思うけどなあ」


 そう言いつつ、先生は施設端の倉庫に案内してくれた。ここには、外で遊ぶ道具や、先生達の使う掃除道具なんかが入れてある。この屋根に登って怒られるのは、黒金と火山花の専売特許だった。おれや歩生は、たまにだけだ。


 今居る奴らも、おれらと同じ道具で遊んでるはずだから、ひょっとしたら、虫取り網もぶっ壊れてるか。


 まあ、それが物の正しい使い方だしなあ。



 あった。やっぱ、壊れてる。虫眼鏡でも確認してみたが、間違いなく、この穴の開いた網のこれが、おれの虫取り網。


 倉庫の外で、日の光にかざす。


 使い込んでる。持ち手、網、全てに細かい傷が走っている。よく覚えてないだけで、おれもずっとこいつを付き合わせてたんだろうなあ。



 無類の使い勝手の良さと破壊力を発揮した、あの虫取り網が。子供のオモチャになって、その役割を終えた。


 寂しい気持ちもあるけど。これが正しい姿か。


 しかし、よくこんなボロボロをしまっておいたな、先生。普通に捨てるような気がするんだが。



「せんせー。なんで、これ置いてたの?もう、ボロボロじゃん」


「んっとねえ」


 先生は、何やら考えている。


「なんでだろうねえ?」


「えー・・」


「なんかね。これは、とっても大事な物だなって思い出があったのよね。きっと、皆の遊んだ物だからね!」


 思い出は正解。


 でも、理由は多分。そうじゃない。


 そうじゃないけど。


 せんせーは、やっぱり、正しい。おれらの先生だ。



「ありがとう、せんせー。これ持ってって良い?それとも、今の子供らも使ってる?」


「ううん。今の皆は、新しいのを持って行ってるよ」


「そっか」


 新しい時代には、新しい道具。そりゃそうだ。それが普通。


 そうなんだよな。




 施設を辞して、今度はコオリの元に。


「またねー」


「はーい。皆にもよろしくねえ」


 今度は皆で来るよー、と川洲先生とはお別れ。次はまた年末かな。



 残りは、バケツとロープ。


 ボロい虫取り網を肩に担ぎ、三生はぷらぷら湯快山を目指す。コオリの住んでいたログハウスは、確かふもとからかなり近かったはず。装備は、全く要らない。


 手の入っていない野山であれば、草刈り前提で入山しなければならないが、あそこは観光用の山だ。靴さえしっかりしていれば、問題無い。


 かと言って、三生のように半袖半ズボンもあまりオススメは出来ないが。



 暑い。流石に日差しがキツくなって来た。


 バッタは大丈夫か。


「お前、直射日光でも平気?」


 頭の上に話しかけてみる。通行人が居るとヘンな光景だろうが。


 特にリアクションは無かった。平気らしい。



 到着。そう言えば、何も考えずに来ちゃったけど、あいつ居るのか?あいつの性格なら・・。


「なんだ」


 やっぱ居た。確か、氷塔でも、ずっとそこに居たんだよな。究極的にインドア派なんだなあ。



 チャイムを鳴らすと、コオリは普通に出迎えてくれた。三生は遠慮なくお邪魔する。



「久しぶり」


「昨日会ったばかりだぞ」


「まあ、気分の問題だ」


 だって。おれと「お前」が出会ったのは、16年ぶりなんだぜ。


「これ」


 テーブルの上に、虫取り網を置く。


「お前にもらった奴。こんなんになっちまってた。悪かったな、もっと早くに思い出せてれば」


「そうか」


 コオリは、まじまじと虫取り網を眺め、手に取り確かめている。



 私達の力を注ぎ込んでも、これほどのダメージを負うとは。強度はテツのお墨付き。冷気、炎気も、私とマナツの最大温度まで耐え、腐食、圧力にも強い。


 そのように作ったはずだが。


 一体、何が起きて、このような有り様に。



「まあ、道具は道具だ。お前達より大事なものでもない」


 言葉通り、コオリは気にした風ではない。


「それなら良かった。それで、ここに来たのは、ここにロープかバケツか、お前にもらったものがあると思ってさ。虫眼鏡で来たんだ」


「ここか」


 なら、調べようという事で、コオリの家を捜索する事に。コオリ自身は知らないようだ。


 コオリは家の中。おれは外。


 家の周囲、ホウキやらのある場所を重点的に探す。ロープなら、中かなあ。バケツは、外だろうな、多分。


 虫眼鏡で更に調べても、この家の周囲としか分からない。ぼんやり、ログハウス付近が輝いて見えるのだ。これ以上は詳細には分からない。



「んー」


 分からん。一周してみたが、特に何もない。


 と言うか、何も無い。


 普通、水道やそれに付随してホース、じょうろなんぞが有って良いはずだが。


 何より、花壇もない。純粋にログハウスのみ。


 いかにもコオリらしい住まいではある、か。


「なんか、見えたか?」


 バッタからも答えはない。



 三生は何も無かった事を確認し、ログハウス内へ。


「こっちは無かった・・・って」


 三生が戻った屋内、テーブルの上には、ロープとバケツ。


 2つ共あったのかよ!


「あったぞ。キッチンの戸棚の中に」


 なんで、ご家庭のキッチンに、ロープとバケツが・・・・。


 まあ、良いけど。あったんだから。


「私は、しまった覚えはないのだが」


「そんなもんだろ。おれも虫眼鏡をずうっと持ってたのに、全然それと気付かなかった」


 すごく手元にあっても。毎日そばに居ても。気付かなきゃ、無いも同じなんだな。



 ロープとバケツの状態は良かった。流石にピカピカとは行かないけれど、ホコリをかぶってるだけで、使うには申し分ない。



「お前は、ここにずっと住むの?」


「ああ」


「他に、例えば北極行きたい!とか、ロシア良いな!とか、スウェーデンかっこいい!とか。無いの?」


「確かにそれら地方は、昔の私には住みやすかっただろうが。今の私には、辛い」


「マジか」


 コオリが、寒冷地方を避けるだなんて。


「え。じゃあ、お前、完璧な人間なのか。仕事とかしてるの?」


「完璧な人間かどうかはともかく。観光地でかき氷屋を営んでいる」


 そう言うと、コオリはログハウスの奥へ案内してくれた。


 そこには組み立て式の屋台とかき氷器。


「すげえ。実は、お前、氷をそのまま食べて生きてるのかと思ってた」


「それは、その通り。私は冷気さえあれば、生きて行ける」


「あれ??」


 じゃあ、なんで北極とかダメなの?


「昔を思い出してしまうのだ。どうしても、氷塔を建てたくなる。だから、この温かな国で生きている。無論、お前のそばに居るのが得策だとも考えていた」


「ああ。そうか」


 そうだよな。


 お前も、失っているんだよな。


 おれだって、恋人の居た大昔の地元に今住んでたら、頭おかしくなっちまう。



 その後。コオリの保険証とかも見せてもらった。


 ちゃんとここで生きてるんだ。すげえ。


 おれは、あっちの世界で、ちゃんと生きられてたか?



「これって」


「ああ。ゼンの家だ」


 コオリの名前。夢現ゆめあらわ 凍林こおり


「私は、この世界でずっとゼンの庇護の元で生きて来た。私には、奴が何を考えているのか、全く分からん」


「だよなあ」


 ゼンがコオリを消すなら、こんなまどろっこしい事は何の意味もない。どころか、完璧な無駄。


 多分。ゼンは。




「また来て良いか」


「ああ」


 コオリの表情は、やはり変わらない。


 相変わらず何も考えてないんだろうか。


「三生。お前、暇か」


 帰り際、呼び止められた。


「ん?」


「かき氷屋では、助手を求めている。かと言って、知らない人間と一緒にやるのも気後れする。どうだ」


「もうかってんのか」


「まあまあだ」


 こいつ。雑談を覚えてる。


 前のコオリなら、何円~て具体的に言ったはずだ。


 変わってないように見えても、ちょっと違う。


 そりゃそうだ。



「夏休みの間なら、手伝えるぜ」


「なら、当てにさせてもらおう」


 再会の約束は、案外早かった。




 コオリの家を後にして、寮に戻る。もう、お昼だ。


 今日は、そうめんかな。



 三生は鍋にお湯を沸かし始め、そうめんを用意した。2人分を。今日は是無も寮に居る。2人で食べれば良い。



ずるずる


ずずず


 音を立て、そうめんが口に消える。わさびが効く。つゆが美味い。



「なあ」


「ん?」


 三生はゼンに話しかける。食堂には2人。向い合って座る三生とゼンのみ。



「お前、冒険部に入らない?」


「なぜ?」


「楽しいから」


「僕は、冒険なんてしなくても、何でも知ってるよ」


「これは?」



 三生が取り出したのは、部で作った、キノコのしおり。


「見た事ある?」


「ある。けど、この形は知らない」


「だろうな」


 あんまり、綺麗じゃないからな。


「おれはお前に比べれば、何も出来ないし、何も知らない。正直、足元にも及んでないと思う。でも。お前の知らないものを、1個作れた」


 三生は、是無にニヤけた笑みを向けた。あんまり素敵な微笑みとは、言ってやれない顔だ。


 だが、ゼンはその顔に、引き寄せられた。


「お前も作ってみろよ」


「僕は」


「でも、作った事は無い」


「うん」


 ゼンなら、確かに完璧なしおりを作れると思う。



 でも、やってない。



 それだけで、三生に劣っている。



 例え三生が100点満点で、5点のしおりしか作れなくても、ゼンは0だ。作ってないのだから。




「お前も、作ってみろ。面白いから」


「・・・」


 ゼンが、答えにきゅうした。三生も初めて見る光景だ。



 ゼンは何も作ってないわけではない。人格を持った生き物を平気で作れる器用さがある。




「ほんのちょっとの時間だけどな。考えた」


 三生は喋り続ける。必死、ではない。


 普通に。


 ただの雑談のように、この世界で最も手の付けられない男に語りかける。



「お前。実はちょっと、学生生活楽しいだろ」


「うん」


 素直!


「中に入ってみれば良かったんだよ。自分で楽しめば、まあまあ楽しいぜ」


 三生も、勉強が楽しくてたまらないとまでは言えないので、言葉を濁しつつ。




「お前が取り戻したいのは、お前自身が狩猟者として「生きていた」時代なんだろ。多分」



 三生は、三生自身が冒険部の一員として楽しめている現状から、ゼンの心理を推測した。



「マジでお前が神様並みにすげえんなら、時間を巻き戻したって良いと思うぜ」


 その場合、三生らは消え失せ、この現代社会も消失するが。


 しょうがない。


 ゼンの群れを消したのもまた、おれらのご先祖様。


 おれらのごうなんだろ、分かんないけど。



「明日。図書館じゃなくって。かき氷屋に行くぜ」



 三生は、強引にゼンを連れて、バイトに。

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