ゼン。
ジョウオウ。
それが、僕の生まれ育った「群れ」。
日本列島ではあったけど。まだ、「日本国」が存在しなかった時代。
縄文時代と呼ばれた時代の、ちょっと前のお話。
僕は、天才だった。
知ろうとすれば、何でも分かったし、やろうと思えば、何でも出来た。
だから、きっと、幸せな、全てが上手く行く人生が送れると思ってた。
ある日。
群れは壊滅的な被害を受けた。
別の群れとの戦争に負けたんだ。
僕がその場に居ればなあ。敵なんて、皆殺しにしてやったのに。
僕は子供だったけど、既に最高の狩猟者だったんだ。だから、群れのために別行動をしていたのが仇になったね。
それでね。いくら僕が天才でも、家族を蘇らせたりは出来ないしさ。しょうがないから、生き残った群れと一緒に、別の土地に移ったんだ。
それも、あんまり上手く行かなかったね。食うには困らなかったけど、生き残りが少なすぎた。僕のツガイになれる女の子も居なかったし、群れを増やせる男女も、徐々に減って行った。
最後の若い生き残り。つまり、僕だけになった時。
群れは、無くなり、僕という個体が生まれたんだ。
困っちゃうよね。
僕は、今までずっと、群れのために頑張って来たんだよ?
それ以外の生き方も知らないしさあ。
1人で生きる事は出来たんだ。
でも。
どうして生きているのかは、分からなかった。
その時。
僕の時間は、止まったんだ。
天才だから、じゃないよ。流石に。
それまでも、僕は色々な不思議、としか言いようのない力が使えた。
例えば、様々な道具を作った。例えば、火種も無く火を起こしたり。例えば、氷を作って、ついでに氷室もこしらえたり。
それでね。
その力を全て使って、僕は、新しい僕になったんだ。
力を、自分に向けて使う。
ちょっと怖かったよ。正直に言うけど。
でも、それはあくまで自分だけの恐怖だった。
今まで、皆のために生きて、皆と一緒に生きて来た事を思えば、何て事はなかったよ。だって、失敗して死んじゃっても、結局、僕の群れは、もう無いんだからさ。
それで。
僕は、ゼンになったんだ。
僕の名前は、それまで無かった。
一番若くて賢くてすごい天才、みたいな意味の名前はあったんだけど。群れが無くなると同時に、僕をその名前で呼ぶ人も居なくなってたし。
だから、僕は1人で生きていかなくっちゃならなかった。
僕は、個体で、全。
僕が、群れ。
生きる意味を、作らなきゃいけなかったんだ。
それで。新しい世界を開いた。ウミを作った。カワを作った。四季を作った。
僕は、見事に群れを取り戻した!
・・・んだけど。
僕も、群れも、誰も死なないし、お腹も減らないんだ。
そりゃあそうだよね。
僕は、僕に力を加えた。
今までの僕を超えた、すごい何かになったんだ。
三生君の言う所の神様とかに。
僕はまた、生きるって事が分からなくなっちゃった。
だからね。
人をこっちに連れて来たんだよ。
待っている人が居る、群れに強い繋がりのある人をさ。
その人達を見ていたら、何か分かるんじゃないかなって。
僕ってほら、賢いし、勉強も出来る方だし。
この、救いのない話を聞いて、三生は、どうしようもなさを得た。
生きる実感とやらのために、何人も何人も誘拐したのかよ!
しかし。
ゼンの話が事実として話を進めるなら、縄文時代の法律なんて、知らない。もっと言うと、三生のオリジナル世界の法律の通用する相手ではない。
法も警察も軍隊も、人間しか相手に出来ない。
地球上から、ゴキブリというたった1種の生命を排除する事すら、人類には不可能なのだ。
ゼンを倒すのは、それ以上に不可能な話。
そしてそんな存在は、地球史上にいくつも例がある。
太陽とかな。
太陽には誰も逆らえない。今日は暑いからちょっと弱まってー、とは言えない。先進国である日本ですら熱中症で死人が出ているというのに、誰も抗議しない。
こら太陽!とか、怒ったりしない。
もし怒らせて、じゃーちょっと弱まるよ、と冷えられると、一瞬で人類絶滅にもなるからね。
ゼンは、その太陽並みに手が付けられない。
三生は、困った。
元々、勝てる相手ではない。実力差は、人間と神様ぐらいある。文字通りな。
そしてその上で、相手の事情も知ってしまった。
ゼンの苦境は、三生には解決不可能だ。
群れを作るとか何とか。
手段を選ばないのであれば、適当な男女をさらって、村でも作れば良い。
だが、ゼンはそれをしなかった。必ず、個体でさらっていた。
多分、個体になった事がトラウマなんだろう。それで、そのトラウマを乗り越えるために、他人にも、同じ事をやっている。誰かが越える姿を見て、勉強するために。
努力家と褒めてやれば良いのか?
あ。
三生は、気付いた。
わざわざ、三生の第二の人生を作り出した理由。
それは、三生を、全くバックボーンの無い個体として仕上げるためだ。
ゼンより、更に何も無い。
確かだったはずの過去すら揺らいだ、不確かな人間。
この野郎。
それでも。あの世界で、ゼンにさらわれた事を知った時ほどの怒りは抱いていない。
ゼンの過去を知ってしまった。
縄文人に向かって、人を誘拐するとは何事か!と言い含める無意味さも、なんとなく分かる。
常識とか、全然違うはずだ。
何よりかにより。
つまり、ゼンは、おれ達のご先祖様じゃねえか。
これは三生の無意識の心の働き。何1つすがれるものの無い三生が、やっと見出したバックボーン。
三生と繋がりのあるモノが、最早、ゼンのみであると言う事実。これに、三生は薄っすらと気付いた。
とどのつまり。
三生は知らず知らず、ゼンに媚びたのだ。
ゼンは三生に虫眼鏡でじっと見られている間、律儀に動かず着席していた。
当然、虫眼鏡の能力も知っている。
「どうした。三生」
是無を凝視している三生をいぶかしく思った黒金が、三生の肩を叩く。
「あ。あー」
適当な返事しか返せなかった。
どうする?
皆にも、見てもらうか。
いや。
「黒金。何が見えた?」
「何も?よく分からなかったぜ」
「俺も」
黒金だけでなく、火山花以下、皆が同じ感じだった。
虫眼鏡の力を以ってしても、皆を・・・・・。
皆を?
皆を、どうしたら良いんだ?
あの世界に戻りたくないテツとマナツ。他の奴らは、生きられれば、それで良いらしいが。
じゃあ、他の世界って、どこだよ。
テツも、皆も、どこでどうやって生きるんだ。
おれだってよう。人の事心配してる場合じゃねえよお・・。
ゼンんんん・・・・。難しすぎ・・・・。
割とヘコんだ三生は、テーブルに突っ伏した。ホカホカの体が冷やされて気持ち良い。
三生の頭に乗っているバッタは、それなりに頑張って髪を掴んでいると言うのに。三生はその気配りすら出来ていなかった。周りを考える余裕を失っていた。
コン
三生と同じにテーブルに着いた硬い音。氷の入ったコップ。
フウが気を利かしてくれたコーラだ。
て言うか、おれのだ。冷蔵庫に入れてた奴に違いない。こいつ、自分のコップも用意してやがる。
いつもの事だけど。
ぐびり
美味しく頂いて、更にスッキリ。
ちょいと、頭も冷えたか。
三生が虫眼鏡を駆使している間、是無は、皆と雑談していた。
こいつが、本当に、ゼン、か。
なんで、お前、皆とそんなに普通に話せる。普通の友達みたいに。
お前の「作った」モノじゃねえか。
このおれですら。
・・・・・・・・・・・?
三生は今、とても大事な何かに触れた。




