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三生紀行  作者: にわとり・イエーガー
三生の歩く世界。
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見るべきもの。

 鉄塊山黒金は、切始三生の幼馴染みである。


 もっと言えば、冒険部のメンバーは、全員が同じ施設で育った。産海延先生すら、同じ施設出身の先輩なのだ。


 その人生は、しかし、暗いものでは決してなかった。


 いつでも気の合う仲間、いや兄弟に囲まれていた。施設を出た今、それぞれの独立した性を名乗り生きているが。狙ったかのように、同じ学校に通っている。



 虫眼鏡を通した視界には、己の過去が見えた。


 川洲かわす福祉施設で過ごした幼少期。小学校で初めての冒険(学校行事のキャンプ)。中学校では、どの部活にも入らず、身内であちらこちら遊び歩いた。徒歩で野山を。


 そして高校では冒険部を創設。火山花と二人三脚、三生、歩生も助力してくれ、大春、小紅がまとめてくれた。泳涼が手伝ってくれ、そして産海延先生が顧問に付いてくれた。


 何の問題も無い、順風満帆な人生。


 上手く行っている。このまま、何もかも。



 何もかも・・・。



 はあ?




 そんなもん、あの頃とおんなじじゃねえか!!



 ・・あの頃?


 あの頃って、なんだよ。施設の時か?


 いや。違う。か。



 それはそうと。おれは、何を思った。



 黒金の人生は、独立独歩。火山花とはひょっとしたら一生付き合っていくんだろうが、三生や歩生とは普通に分かれていくのだろう。それぞれの人生へ。


 そう思っていたはずの己の思考の中に、何もかも、と言う感覚があった事に。黒金は恥を覚えていた。



 そうだ。火山花とは死ぬまでコンビかも知れねえ。でも、それだけだ。


 おれは、1人で生きて行くんだ。



 ・・・なんで?



 施設で育った。川洲の先生に育ててもらった。火山花や歩生、三生、大春、小紅。あいつらと一緒じゃないと、全然楽しくない人生だったろうに。


 おれは、何故、1人に固執している。


 皆でキャンプしたじゃないか。皆で遊んだじゃないか。


 皆と仲良くやっていけば、それで良いじゃないか。もちろん、時々離れる事はあるだろうけど。それが普通の人生ってものだろ?


 おれは、何故。普通じゃ、嫌なんだ?


 普通なんて、知らないはずなのに。おれを作った親すら知らないのに。普通の何が気に入らない。



 これか?三生の言ってた見るべきものって。


 でもこんなの、誰もが人生のどこかで考えるもので、見るべきものも何も。全然、特殊な何かじゃねえよなあ。






 夏緑火山花は、何も考えていない女の子である。


 いやまあ、過言ではあった。ごめん。


 しかし、実際にその行動方針は楽しそうか否か。つまらなそうなら、やらない。



 中学生時代の事だ。


 施設育ちである事を、小紅がからかわれた。クラスメートに、軽く。それでも、同じクラスだった大春がいさめたし、その生徒も一応謝罪はしたのだ。


 だが火山花は許さなかった。その生徒が自力で帰れなくなるまで殴り蹴り、暴行を加えた上で、小紅に向けて、涙ながらの謝罪をさせた。


 当然ながらその生徒と火山花だけの問題では済まず、相手方の親、教職員まで巻き込んだ問題となった。我が子が病院送りになったのだから、そりゃそうだ。


 火山花は1週間の停学処分。一応、言い分、理由はあったとの事で、このような処置となった。


 小紅、大春からはやり過ぎを叱られた。三生、黒金からは1人だけやってズルいと言われた。歩生、泳涼からは特に何も。



 動かなければ、収まらない。火山花の自己認識では、自分はそんな人間だ。


 そしてそれは恐らく間違ってない。


 完全冒険生活を送るつもりの黒金にくっついているのも、そのためだ。いつも動いていたい。躍動やくどうしたい。


 鼓動する肉体に心を任せ、己を燃やし尽くしたい。




 三生は虫眼鏡で見るべきものを見ろと言った。


 しかし。俺に見るべきものなど、無い。


 いつだって、目の前だけで構わない。その向こうは、自分で歩いて見に行く。だから、先の事など。見ずとも良いのだ。


 三生。お前なら、俺を知っているだろうがよ。






 花咲大春は、愉快な人間である。


 人生を明るく楽しく過ごしたいと思い、そう実践して来た。舐めた奴にはツッコミを入れて来たし、身の回りの好きな人間達とは面白おかしくやって来た。


 はっきり言って、悩みとか苦労とか言ったものは全く知らない。


 施設育ちである事も関係ない。むしろ、そのおかげで今のメンバーとも出会えたのだ。人と人との出会いだけは、意図的には不可能。会わずにその人間がどんな人間なのかは、分かるわけもないからだ。


 気の合う者と会えた。この人生の中で、得難い宝物だ。


 冒険部での活動は、大春にとっては、余興。それ自体は別に、園芸部に変わろうが陸上部に変わろうが、どうでもいい事だ。黒金や火山花のように、冒険が目的なのではないのだから。


 皆で楽しめれば、それで良い。それだけで良い。



 今に満足している自分に、見るべきもの?


 三生は相変わらず、変な事を言う。


 黒金や火山花に押されて目立たないが、冒険部で最もヘンなのは、実は三生と歩生だ。歩生が考えている事は誰も知らないし、三生は三生で、要らぬ意地を張ってみたり、火山花に対抗してみたり。あれはあれで偏屈な人間だったりする。悪い人間ではないのは、歩生が懐いている事からはっきり分かるが。






 秋静小紅は、大人しい人間である。


 特別目立つ主張をした覚えもないし、意地を張って自分を押し出した事もない。


 流れに身を任せて生きるを良しとした、事なかれ主義の者だ。



 こう書くと、なんだかあんまり良さげな感じに思えないだろうが。


 このメンバーは、小紅の存在いかんによっては、何度も崩壊の危機に立ち会っていた。小紅がとりなし続けて来たから、なんとかまとまっているのだ。


 三生と黒金。このメンバーでは主導権を握りがちの2人。


 だからこそ、この2人が対立すると大変だ。




 高校入学時。入学式を済ませ、部活動の説明を受けた時の事。


「冒険部だ」


「探検部だ」


 黒金と三生は、明確に対立。完全に敵対した。



 既存の部活では満足出来ないので、新しい部を創設。そこまでは良かった。が、部名で、2人は衝突。


 冒険。挑む事を念頭に置いた黒金。


 探検。知る事に重点を置いた三生。


 どちらが決定的に間違っているわけでも優っているわけでもない。ならば、こんな時、どのようにして決める。


 そう。より強い方が正しい。


 そして部名決定選挙が発動した。


 ・・・結局の所、普通に部員で多数決を取っただけだ。



 冒険部(仮)は、中学から引き続きのメンバーしか居なかったので、総勢7名。


 必ずケリが付く。



 冒険部に投票した者。黒金、火山花、大春、泳涼。


 探検部に投票した者。三生、歩生、小紅。



 この内、大春は部の主軸である黒金の顔を立てなければならないと思い投票。小紅は、大春と対になるべく、三生らの意気を無為にしないために投票。


 この2人の気配りも、そろそろ円熟して来た。



 さて。


 その小紅が見るべきものとは。


 三生がまた、ヘンな事を言い出した。・・・だけの事、でもないようだし。


 歩生が止めなかった以上、何がしかの意味はあると見た方が良いか。






 素明歩生は、フウである。



 歩生は、物心付いた頃から、自分が普通でない生まれをしたのだと分かっていた。


 己の記憶にはっきりとある、テツ、マナツ、カワ、ハナ、モミジ、ウミ、三生の記憶。


 ゼンと彼らの戦いを、遠くから見ていたのが最後の思い出。


 そこから、自分が人間の子供になった経緯だけが不明。いや、自分達が、か。



 そしてコオリとの出会いから、三生の記憶が戻りつつある。


 これから何か変化があるのだろうか。




 その全てが、フウにはどうでもいい事でしかないのだが。




 三生が生きられるように、マンションに登っていた時、風を吹かせないようにはしたが、それまで。それ以上の手伝いをする意思は無かった。




 記憶があろうが、前世があろうが、過去があろうが。




 己の衝動となる風は、まだ吹いていないのだから。




 三生を助ける。仲間を守る。


 風は、吹くべき時に吹く。






 魚区泳涼は、戸惑っていた。



 冒険部の仲間とは、兄弟のように育った。その友らとの共同生活は色々あるが、それでも楽しい。


 その日々の中に飛び込んで来た異物。


 皆は、あの女に従っているように見える。三生なんか、何かに取りかれたように。


 かく言う自分も、従ってはいる。


 だが、それに、その行為に、戸惑いが無いのが、逆に怖い。


 自分達は、今まで自分の意思でここまで来たのではなかったか。


 冒険部だって、やりたいからやって来た。誰かに言われてやったんじゃあない。



 このままで、良いの?


 三生。黒金。


 私達は、これで良いの?






 産海延幕開は、先生である。


 川洲施設の先輩として、学校の先生として、黒金達の指導が出来ていたと思っている。


 それは、同じ施設で育ったと言うだけの理由ではない。


 なぜだか知らないが、自分達には、もっと深い繋がりがあるように感じられる。


 まるで、母になったような気持ち。


 生徒達が子供で、自分は母親。いや、姉にしておこう。年齢的に。



 その関係性が、しっくり来るのだ。生まれてこの方。ずうっと。


 自分より年上の人は、もちろん、いくらでも居る。この世界に、この国に、この街に。


 それでも、自分が年長者で、皆を見守らなきゃって気持ちで、ずっと生きて来た。



 この気持ちの謎も、三生の虫眼鏡で分かるのかしら。


 あの子は、素っ頓狂だから、ひょっとしたら。何かおかしな理路で、おかしな結論に到達したのかも知れない。


 結果的に、正しくも間違ってもない微妙な答えに行き着くのが多かったけれど。


 今度は、どうだろう。





 皆が虫眼鏡を見ている間。


 三生は、是無を呼びに行った。


 まさか、この期に及んで、また人生をやり直し、なんて事は無いだろう。意味が分からん。


 まあ、この今の人生に意味があるのかと問われても困るが。



 意味か。


 そう言えば。



 ゼンは、何故、おれをあの世界にいざなったのだ。


 人間で遊ぶため、ではないだろう。それなら、おれまでの人々を生かしておかない理由が無い。今まで、何千人もが、あの世界に呼ばれ、消えた。


 確かに、ゼンは遊ぶ。おれを生かしたように。


 だが、必要なければ、コオリ達をも消そうとした。




 先生まで見終わった事を確認した三生は、虫眼鏡を受け取り、一緒に食堂に来た是無に、向けた。



 お前、何を考えてる?

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