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三生紀行  作者: にわとり・イエーガー
三生の見た世界。
16/31

お前の声が聞こえるなら、おれは行く。

「よう。おれの仇だ。死ね」


 三生はコオリの氷橋の上を、雪上用ブーツで走り、ゼンの前に進み出た。


 そして開口一番、このセリフである。


「?」


 首をかしげたゼンは、ただ手を振った。バイバイ、のように。


 それだけで、三生はこの世界から消えた。




「あ?」



 三生のブーツの裏のスパイクが、乾いた音を立てる。


 コンクリートの上をこすったのだから、当たり前か。



 学校の行き帰りに見る喫茶店。いつも運悪く待たされる信号。行き交う自動車。立ち尽くす自分を追い抜いて行く歩行者。




 ここ、は・・・・・。




 三生は、地面に膝を付き、ザラザラの地面に触れてみた。


 コオリの国じゃない。ハナでもモミジでも、マナツでも。



 街に漂うパンの匂い、見上げれば立ちはだかる近代的な建物。



 おれの世界。おれの街だ。



 おれの街だ!!!!




 帰った!!!!!!!!!




「お、おお!」


 歓喜に吠えたかった三生だが、まずは家族に、そして恋人に連絡を入れなくては!ケータイが使えない今、走る!


オオ!


 三生は全速力で、家を目指した。



ちりん



 三生は、ふと足を止めた。


 手に持ったままだった、コオリから受け取った虫取り網が、鳴いた?風鈴みたいな機能でもあんのか。



ちりん



 ・・・ああ。分かってる。


 ゼンを置き去りにした。奴をブチのめしてない。


 でも、良いじゃん。


 おれ、帰れたし。



 なあ。


 もう痛い目に合わなくて済むし、家族にも恋人にも会えるんだ。



 放っておいてくれよ。




 おれ。




 三生を騒がせる音は、鈴鳴りだけ。ではない。


 血の流れる音が聞こえる。


 あの世界で大量に流れ出し、今も自らの肉体維持に励んでいる、おれの血液。


 その血の隅々にまで行き渡ったこの肉体が。


 虫取り網を、掴んで離さない。



 呼んでいる。


 誰が?




ちりん




 虫の知らせなら。


 1人しか、居ねえだろうが。




ちりん




「・・・おれを。バッタの元へ導け!」



 先ほどまで道路の上でたじろいでいた三生は、またも忽然こつぜんと姿を消した。



 バッタ!待ってろ!




ひゅううううううううう



「おおおおおおおおおおお!???」


 話がちげえ!!陸地に落としてくれよお!



 三生が再び現れたのは、海洋上空200万メートルであった。



ズギイ


「ってえ!」


 風圧で、尋常でない痛みが生じる。両腕から。


「・・帰って来ちまった」


 三生の両腕には、相変わらずあのオオクワガタの角が生えていた。




 100万メートル付近で、三生は腕組みしながら考えていた。


「んー・・・・」


 ちなみに。この状況での落下速度なら、例え海面に落ちても、即死する。三生の肉体でも、復活出来るかどうかは、分からない。完全に潰れても大丈夫なのか?



 分からないから、三生は助かるために動く事にした。



「ゆっくり頼む」


 三生は、虫取り網を振りかざした。すると、落下速度が、ガクンと落ちた。


「う、おお」


 いきなりの速度変化に体がびっくりした。が、これなら、死なずに済みそうだ。



・・・遅い。ふわふわ浮いているのは、確かに助かる。落下速度は、恐らくだが時速10キロ以下。三生自身の全力疾走より遅いはずだ。風圧から推測するに。


 だが。これでは、何時バッタの元に行けるのだ。



「おれを、バッタに。バッタを捕まえろ!」


グン!!


 虫取り網のが伸びた!三生の視界限界を超えたので、三生は更に願った。


「そこまで、おれを連れてけ!」


オン!


 100音速ほどの速度で、三生は虫取り網に引っ張られて行った。


 縮んだその瞬間、三生の内蔵器官は即効壊れたが、到着までには修復されたので問題無い。




りーん りーん


 鈴の音が聞こえる。


 地上に降り立った三生は、この地点をモミジの国と推測。紅葉してるからね。


 そして三生は知っている。この世界に、三生の世界のような野生生物は存在しない。この虫は、バッタが鳴かせている、もしくは。



「バッタ。おれが居なくて、寂しかったか」


りー・・・


「・・・バカを言え」


「待たせた。わりい」


 三生は、突如現れたバッタの手を取り、握手した。そしてそのまま話し始めた。


「おれはゼンを殺す。おれをここに連れて来たのは奴だ。奴を許せない。それに、コオリ達も戦ってる。コオリに借りもあるし。助太刀する」


「そうか」


 三生は、1分待ってみた。


 バッタは、ただ黙って三生の言葉に耳を傾けていた


「バッタ。来い。どうなるか分かんねえけど。この世界は終わるらしい。その時、お前自身がどうするのか。決めやすいだろ、現場に居た方が」


「嫌だ」


「じゃあ、無理やり連れてく」


 三生は、バッタを横抱きにして、虫取り網を天に向け指した。


「おれ達をコオリの元へ!」




 やっちまった。誘拐て、お前。


 三生は大見得を切りながら、自分自身に困惑していた。


 だってさあ。



 バッタが、あんまり気分良さそうじゃなかったんだ。



 何がどうなるにせよ。


 バッタの笑顔も、最後までには見てみたいぜ。


 出来るかどうかは、ともかくよ。




 曲がりしなった虫取り網に導かれ、三生らはコオリの作り出した決戦テーブルの上に無事着陸。


 しかし、そこに無事な者は居なかった。



 凍り付いたコオリ。灰になった誰か。鋼鉄の檻に閉じ込められたテツ。


 そして植物に捕らわれたハナ、身体を腐食させたモミジ。


 カワやウミの姿は見えない。


 きょろきょろ見回してみたが、フウも居ない。



 ゼンは、ただ1人、氷の玉座で一息ついていた。



 三生は静かに話しかける。


「久しぶり」


「やあ」


 三生の語りかけは自然だったし、ゼンも友達のように応える。



 そして殺し合いが始まった。



ゴオ!!


 右手一本で虫取り網を一閃!それで直径数百メートル範囲を横薙ぎに叩き潰す!


 ゼンは平気で受け止めているが、反撃も来ない!


 この機に、一気に終わらせる!


「お お!」


 虫取り網を正確に動かし、吹き飛ばしたゼンに被せる!捕まえた!!!


 なら!



「オオオオオ!!!!!!」


 バケツに放り込む!!!!


 ゼンの動きは、常時虫眼鏡が捉えている。回避なんてさせない!!



 虫取り網から直接バケツに入れられたゼンは、全くの無抵抗だった。そして三生は、バケツをロープでふん縛る。



「終わった?」



 簡単過ぎる気もするが。



「なあ・・」


 三生は、バッタの意見を聞こうとして振り向いた。


 その一瞬。


ゴキン


 バケツの中から伸び来た手が、三生をかばって前に出たバッタの腕をへし折った。


「ぐぅ・・」


「バッタ!!てめえ!!!!」


 三生は、虫取り網を全力で振りかぶり、バケツごと粉砕する!!


ガシ


 三生の意思を汲み取り全開で振った虫取り網の圧力は、数千万トンにも到達していた。


 それを、苦も無く掴み取られる。


「舐めんなっ!!!!」


 掴んだ腕、その手首を思いっきり蹴り込む。虫取り網を離さないまま、更なる攻撃を加える。


 そうして三生自身の攻撃に気を逸らしたなら。


「曲がれえっ!!!!!」


 掴まれたままの虫取り網をそのままに、三生は念じた。全力でしなりを効かせた虫取り網の柄を、体ごと回転させて無茶苦茶な角度で折り曲げ、開放。


ゴオン!!


 バケツと手は、氷の大地にとんでもない速度で叩き付けられた。



 軽く音速を超えた速度で氷橋を叩き壊しながら、バケツは無事にそこにあった。橋の下、最下層の氷土の上に。



「ちょっと。意外だったかな」


 バケツから響く声。


「おれにボロ雑巾にされてるのは、意外でも何でもないぜ。てめえなんぞ、おれにも、してやコオリにだって勝てるわけねえだろ」


「ふふ。そうじゃない。君が、ここに戻って来た事さ」


「ああ・・」


 バケツと大真面目に会話しながら、三生は思案する。


 どうやったらこいつを倒せる?



「君は義理堅い人間だと思うんだよ。だから意外なんだ」


「何が」


 喋るバケツをねじ伏せる方策を考えつつ、会話を合わせる。



「彼女ってさ。別れる予定でもあった?」



 三生の何も考えず全力で振り下ろされた虫取り網は、しかしバケツを転ばせるのが関の山だった。



「あー。ダメダメ。ちゃんと思考しないと、それは応えてくれないよ。虫眼鏡を操っている要領で良いんだ。やってみなさい」


「そりゃあ、ご親切に」


 ゼンをブチのめせ。そう思念しながら振ったら、バケツは大空の彼方へと飛んで行った。



ひゅん


 バケツは相変わらず無傷で、平然と飛んで戻って来た。


「うん。それで良い。で。家族と恋人、何で捨てちゃったの?バッタのが新鮮味があって良かった?その次はコオリかな?酷い話だなあ」


 ゼンを、殺せ。そう願いながら振った虫取り網は。動かなかった。


「ああ。言い忘れてたかも知れないけど、無理な願いは叶えられない。例えば、僕に勝つ、とかさ」


「へえ」


 怒りに打ち震えながらも、三生に出来る事は、もう無かった。



 何も通じない。



「お?」


 ゼンのいぶかしげな声。


 それはそうだろうか。



ガッ



 コオリらの力を込めた虫取り網で好きなだけ攻撃して無傷の敵を相手に。



ゴッ



 素手で殴り始めた。




 ゼンは考える。この戦いが始まって、およそ初めての事だ。


 切始三生君。何を考えている?


 もし、この僕に決定的なダメージを与えたいのなら、その武器をもっと使いこなすべきだ。効く効かないはともかく、君はまだ全力を発揮出来ていないのだから。


 そして、君の身体能力では、1万年経とうが、僕には傷一つ負わせられない。


 何を考えている。三生君。




 何も考えていない、わけではない。


 ただ。


 コオリやテツにもらった、あいつらから受け取った大事な物、このゲス野郎を殴るために使うのは、あまりにももったいない。


 おれの拳で、十分。


 虫取り網では、ゼンに過大評価よ。




 ゼンは、三生の深層意識までを読み取り、やはり初めての怒りを抱いた。


 ここまで下に見られた事は、一度として無い。いや、対等以下に見られた事が、そもそも初めて。



 そしてゼンは、ときめいた。



 己が、誰かに怒りを感じるなんて。


 こんな感覚が、有ったんだ。



すう


 ゼンが、バケツからゆっくりと出て来た。


 分かりきっていた事だが、三生の攻撃は何1つ、痛痒を与えられていないようだ。


 が、ゼンの表情は紅潮していた。



 え。効いた?



 三生の勘違いはともかく。


 ゼンは、ちょっとワクワクし始めていた。



 さあ。どうしようかな。



 ゼンが瞬きを起こしたかどうか。その程度の動きの間に、三生はテツと同じ、鋼鉄の牢獄に閉じ込められていた。


「フッ」


 吐息を1つ。それだけで、三生の虫取り網は、牢獄を「捕らえ」、そしてまとめてポイっと投げた。後には、グシャグシャに丸められた鉄塊のみが残った。



「それは基本機能だね。流石に、そこは使えるようになったか」


「てめえ。さっきから、何で、これを知っている風なんだ」


「僕はゼンだもの。知らないフリも出来ない」


 説明になってねえ。三生はそう思ったが、それ以上の言葉も思い付かなかった。



 三生は更に考える。


 こいつ、あいつら全員を簡単に倒しているのに。


 何で、おれに手こずってるんだ。



 三生は、実力差に関係無く、ブチのめす事しか考えていない。


 だが、それはそれとして。もし三生がコオリに襲いかかったなら、一瞬で冷凍される。


 そしてゼンは、そのコオリを凍らせているのだ。



 何故、おれはそうなっていない。




 突破口かも知れないソレに、三生は拘泥こうでいし始めた。

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