そして現れたもの。
じゃあねー、と軽い挨拶だけでサカナは帰った。何しに来た?
まさか。いや、それはないか。
三生は、サカナとテツ、マナツが繋がっていたのを思い出し、何かの策略かと思ったが。それはもう、別の計画に変更されたのだった。それに三生を自由に動かしたいのなら、力づくでやれば良い。
三生は、この世界に於いて、全くの無力。舞台が海上ともなれば、尚更だ。サカナが何をする奴なのか知らないが、三生を打ち倒すぐらい簡単だろう。
やっぱ、気ままに動いてんのかな。
こいつもそうだし。
そう。フウは、まだイカダで寝ていた。
こうなると、広い作りになっていて、三生の荷物も全て積載してまだ余裕があるイカダで良かった。テツの腕前とマナツのアドバイスのおかげだ。
三生の考えでは、もっと小さく、持ち運びさえ出来るものにしたかった。いずこかの島に上陸した際、その島を越えて更に海に出た時のために。
だが、マナツは、大型の船を主張した。
大きい方が、かっこいいから。
三生は、何となく救われた気持ちになって、それに同意したのだった。
サカナとの邂逅から、3日が過ぎた。
良い風が吹き、イカダも波に乗っている。かなりのスピードだ。
無論、ウミには出会えていない。
まさか。おれの最後の友達は、フウなのか?
それも、良い。か。
「違うよ」
「起きたか。何か食うか?おれは食わないけど」
「フウは食べない。三生も食べない」
「そか」
違う、って何が違うんだろう。どうでもいいけど。
しかし。フウが居る事で、まだあいつらと繋がってる感覚はあるな。バッタらの知己であるフウが、ここに居る。何となく嬉しい。
「三生は、バッタに会いたい?」
「・・。会いたくない。会えば、おれはバッタを酷い目に合わせる。もう、会いたくない」
「嘘」
「言ったろ。おれはおれだけど、おれだけじゃない」
そう言う事だ。
「そう言えば。お前、ウミさんの居場所とか知らない?」
「知ってる。あっち」
「おお!」
マジか!
三生はフウの指差した方向へ向けて、イカダを変針、力いっぱい漕ぎ出した!
ちゃぷ
「やっと行った。やっぱりフウ任せにすると、何時になるか分からないわねえ・・」
イカダが見えなくなってから、サカナが海中から浮上して来た。
「ウミが、あの子の前に扉を示したなら。その時、ゼンが現れるかも知れない。皆を呼ばなきゃ」
サカナは大急ぎで泳ぎ始め、マナツの国を目指した。
日の落ちる時も無く、日の出る時も無く。
三生は、ただ漕ぎ続けた。
1人増えた、重量の増えたイカダだが、追い風により足は早くなった。
2日と、半日。たったそれだけの時間で、三生は無限の海洋の中のウミに行き着いた。無論、時折のフウの忠告あっての成果だ。
出航したマナツの国の海岸から、優に4000キロは来たか。だが、無限の大海の中では、ご近所ほどの距離だろうな。
そこは、海ではなかった。
大海原のど真ん中に、ぽつんと佇む、10平方メートルほどの岩礁。
その上で、甲羅干しをしている女性が1人。詳しく分からないが、水着姿。金髪で茶褐色の肌。派手な人だ。
「あれか?」
「うん」
フウに確認を取った三生は、岩礁にイカダを寄せる。自分の体に巻いていたロープを解き、イカダと岩を結ぶ。
本当に小さな島だ。フウのアドバイス無しでは、絶対に見付けられなかっただろう。
三生は、岩場に降り立つ。
フウはイカダに乗ったままだ。
「すみません。おれは、切始三生と言います。あなたが、ここと別の世界との行き来の仕方を知っていると聞いて来ました。もし良ければ、それをお願いしたいのですが」
「良いわよ」
ウミは寝っ転がったまま。顔を上げただけで、三生に答えてくれた。
・・簡単過ぎないか。こんなんで帰れるなら、皆もっと早く教えてくれて良かったのに。
釈然としないながら。二つ返事で三生の願いは叶った。
そして三生は、無事、日本に帰還・・・。
出来ていたら。そのニュースは、既に日本国民の多くの知る所になっていただろう。
三生の願いは確かに叶った。
ウミは、三生の目の前に、この世界の扉を示してくれた。
即ち。
ゼンを。
「直接の顔合わせは、初めてかな?三生君」
「え?」
誰?
ウミが何やら呟くと、中空から青年が1人下りて来た。
この世界の人間の唐突さには慣れたつもりだが。初めての男性だ。
「ゼン。この方のお願いを聞いてあげて?」
「分かったよ。ウミのお願いなら、仕方無い」
青年は、微笑み、言った。
こいつが、ゼン?この人を倒すと、この世界が消える?
でも、おれは帰れそうだ。
・・・・何もしないで、黙って帰してもらおう。テツやマナツには悪いが、おれは自分を優先させてもらうぜ。
「三生君。僕も個人的に君には、とてもお世話になった。出来れば、もっと居て欲しいんだが、どうかな?要る物があるなら、もっと用意するよ」
「はあ・・」
三生は、思考した。
要る物を調達する。
調達?
持って来れる?
こいつが。
おれを。
持って来た?
「そうだよ」
ゴ
三生は、全力で右拳をゼンの顔面に叩き込んだ。
「痛いなあ。もう」
全然、堪えてなさそうだ。もうちょっと暴行したい。殴る蹴るしとくか。
いや。殺そう。
三生が殺意を固めた所で、ゼンはにこやかに笑ったままだ。
フウと同じように心が読めるのだろうに。
「そっか。帰る意思は固そうだね。なら、お帰り」
「ゼン。意地悪しないの」
「はは」
こいつら・・・!!
「三生。怒らないで」
いつの間にかフウが側まで来ていた。そして三生をなだめる。
「フウ。あなたが選んだのね?」
「うん。違うよ。皆で選んだ」
海が、波打った?三生の錯覚か?さっきまで、と言うか、今までずっと荒れていなかったのに。
「ウミ?」
「ゼン。私は、こちらに付くわ。ごめんなさい」
オ オ オ
「やべえっ!」
三生は、大急ぎでイカダに戻り、ロープで自分とイカダを巻き付け始めた。
「フウ!お前は飛べ!!」
と、フウを見ると、フウは既に三生の上空に居た。良し。
津波が来た!
「うーん・・」
そしてゼンも当然のように飛んでいる。
このままでは、犠牲は三生のみ。
ゼンは、悩んでいた。
自身の生み出した最高傑作であるウミが、何故このような真似を。
最高、だからかな?
「ひょっとして、ウミ。気付いてた?」
「うん。だから、ね?」
私は、私達のために。ゼン、あなたを倒すわ。
皆で。
オ オ オ
大津波が、三生を襲う!そして大波が島を打ったその時!
「行けえっ!!!」
テツが、マナツが飛び出して来た!!
無数の鉄槍が宙のゼンを襲う!
「むむむ」
だがゼンは、軽くごちただけ。
数百、数千の槍は全てゼンの目の前で凍り付き、時間を止めた。一面の空全体が、凍らされた。
「お仕置きが。必要かな」
「それは、てめえにくれてやるぜ!」
遅れて飛び出た鉄槍にしがみついたマナツが、凍った空を溶かしながらゼンに迫る!
空は、灼熱の炎獄と化した!!
が!
「全く分からないなあ。ウミならともかく。君達2人で何が出来ると思った?」
数百メートル半径に渡る数万度の集熱地獄が、一瞬でマイナス200度の氷結地獄に変えられた!
空に居たマナツも当然、瞬間冷凍だ。
三生は、津波に備えて、お祈りしていた。
飲み込まれれば、水中をもがきながら右往左往する事になる。そして生身で泳ぎ続けるのは、面倒だ。出来れば、オールとイカダの一部分でも残って欲しいが。
オ オ オ
来た!どうか、無事で!
三生のお祈りも終わろうかどうかと言う時。
ビキイ
イカダは、波に襲われなかった。ただ、イカダの周りは、「波の中から」凍り付き、急ごしらえの足場となった。ちょうど、大波のカーテンに包まれた形だ。
波の狭間からやって来た者。
コオリによって。
「待たせたな」
「コオリ?」
なんで?
三生は、まだいかなる事態が生じているのか、まるで理解出来ていない。
ウミとゼンのやり取りから、何故か突然、仲違いが生じた。それだけしか分かってない。
もう、何が何やら。
「久しぶり!」
「ハナさん?」
「お久しぶりですね」
「モミジさん!」
何故か。クジラに乗ったコオリの後ろには、シャチに乗ったハナとモミジまでが来ていた。
ここで、三生は思考を諦めた。何も分からん!
分からないから。
「お久しぶり!皆、元気してた?」
挨拶でもしてみた。
「元気元気。あなたと同じで、もうすぐ消えちゃうけどね」
「は?」
ハナさんが?なんで??
思考を止めたはずの三生ですら、再び脳をフル回転させる話だ。
「私達、どうやら終わりの時が来たようなのです。それで、最後なら、と」
「はあ」
考えても理解出来ん。情報が、知識が全く足りない!
「まだマナツが場を抑えてくれているな。三生。お前の力も借りたい」
「おれの力・・・。いやいや。お前らが動くのなら、おれなんて要らねえだろ」
氷凍の座にかしこまったコオリが、三生に話を持ちかける。イカダの上の三生とは、数メートルの距離だ。
「確かに。お前はただの人間だ。だが、諦めない人間だ。お前は、ハナの国でもモミジの国でも、私の国でも。テツと相対した時でさえ、お前は諦めなかった。手段を模索した。だから、お前が欲しい。お前の手が借りたい」
ゴオウッ!
ゼンの居た範囲の空間凍土が燃え尽き、8千度の炎熱地獄が再び再現された!
「灰にしてやんぜ!!!!」
三生らの場所にも、マナツの生き生きとした声が届く。
「あちらは、まだ大丈夫だな。三生、これを」
「何だ。これ」
三生が手渡されたのは、虫取り網。ただし、オール金属製。重そうって言うか、重い。
「テツの作った元に、私達の力を込めた。使いこなせ。そして、ゼンを倒す」
「・・倒しちゃって、良いのか」
「構わん。このままでは、私達は、ゼンに消される。それなら、動くだけ動いてみようと。そう、ウミに言われてな」
「ウミさん」
だが、そこは問題ではない。会って数分のウミなぞ、どうでもいい。
この場にバッタが居ない。それが、問題だ。
このゼン打倒に、バッタは賛成しなかったのでは。
「バッタは?」
「来ていない。し、お前と一緒に行ってから、一度も顔を見ていないな」
「そうか・・・」
どうする。皆と歩調を合わせるか。
それともバッタに義理立てるか。
どうする、おれは。
「あまり時間は無いが。考えて、出来れば協力してくれ。ではな」
「ま、待て!ゼンとかに、勝てるのかよ!あいつ、ピンピンしてんぞ!」
三生の位置からの距離では、あまり見えない。だが、バッタを苦も無く制圧出来るマナツが、まだ戦っている。まだ、終わってない。
冗談ではない化け物だぞ。
「私達だけでは勝てない。だが」
動きたくなったんだ。お前を見て。
「行って来る。バッタに気を使うのも良い。お前の好きにしろ」
コオリは海水を凍らせ氷路を作り上げ、その上を高速で滑って行った。
「あいつ。こんな温かい気候で動いたら」
コオリは、モミジの国で一度きりでダウンしたのだ。絶対に長くは持たない。
またも凍らされていたマナツの氷像を融解、そして周囲の冷気を自らのコートに引き入れるコオリ。
「私が道を作る。お前が決めろ」
「おおよ!!」
再び自らの肉体に炎熱をまとわせ、マナツが吠える。
コオリがマナツを引っ張りながら、凍結空間を自在に移動、ゼンの目の前まで滑り込んだ。
「コオリ。まさか、君が動くとは思えなかった。僕の頭も、大分鈍ったようだね」
「私自身、驚いている。動くつもりも無かった」
ゼンとコオリは、お互いの氷撃を散らせながら、お喋りに入った。
本当に。
コオリは、動くつもりなど無かった。




