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三生紀行  作者: にわとり・イエーガー
三生の見た世界。
13/31

三生に吹く風。

 涙も。鼻水も乾ききった頃。


ビュウ


「風?」


ギイイ


 イカダが揺れる。さっきまで順調な航海だったのだが。


「ええー・・。嵐の予定は無かったぜえ・・・」


 予定に無いから、備えも無い。


 いざとなれば、ロープで自分とイカダをくくり付けてお祈りするのみ。


 そして三生の前には、島も岸辺も無い。


「死ぬかな。死ねないかな」



ズキン


 オールを動かす度に響く痛み。三生を三生として生かしてくれるアクセサリー。


 バッタにもらった、オオクワガタの角。


「・・・もらったもんなあ」


 バッタは、おれを助けてくれている。今も。


 たもとを分かった今でさえ。



「死ぬかよお!嵐でも台風でも、来てみろあ!」




 ・・・・・・。



 三生は気付かない。


 三生に声をかけようとして近付いたは良いが、その大声にビビって、また遠く離れた影に。




「お。風が止んだ。ラッキー!」


ギ、イイイイイイ


「おおおおおお!??」


 いきなりの突風。三生は急ぎオールを手元に引き寄せ、放さないようにしっかりと掴む。自分の体の方は、さっきからずっとロープでくくりっ放しなので、心配してない。



イイ・・・・



 ・・・収まった?


「・・・何なんだ、この天候。嵐の海域とか言うなよ」


 何も出来ないぞ。



「嵐じゃないよ。フウだよ」


バッ


 三生は全力で空を見上げた。


 女の子が、飛んでいた。



 ボサボサの赤い髪を無造作に流しつけ、茶色の半袖半ズボンに身を包む。よく見ると、衣服をちゃんと留めてない。



「ど・・・どうも」


「うん」



 だ、誰?


 こいつが、皆が言ってた、フウって奴か。



「そう。フウはフウだよ」



 心を読みやがった。


 何だ、こいつ。



「フウは、フウ」


「お、おお。おれは、切始三生。初めまして」


「うん。三生は、三生。覚えたよ」



 ・・・掴めない。どう扱えば良いんだ、こいつ。



「扱う?フウは、扱わない」



 マジで読めてるのか。


 なら、遠慮は要らないか。



「なあ。いきなりで悪いけどよ。この世界から、別の世界へ行く扉みたいなの、知らない?」


「知らない」


 終わった。


 おれの方はお前に用事はもう無いけど。お前は、何かある?答えてくれた礼に、何か答えるけど。



「三生は、なんで帰ろうとするフリをしているの?」




「・・・・・・・・・・・・・・フリ、じゃあねえんだ。帰れないと、もう、分かった。だからって、絶対帰れないわけでもない。んなこたあ、誰も知らねえ。コオリもバッタも、マナツもテツも。誰も知らなかった。だからおれが知れば、帰れるじゃねえか。な?」


「ふうん」


 分かったのか分かってねえのか。本当に、掴めねえ奴。



「確かに。おれは諦めてるぜ。こんな無茶な体、もう帰れるわけねえじゃねえかよ。絶対、何かヤバい事になってんだろうが。でも。帰るんだよ」


 諦め。それは三生の心に、いつの間にやら巣食い、そして心の中心に根差してしまっているもの。


 だが。


 三生に、三生の心に、三生と言う男に、屈服する回路は無い。



 諦めなる、己の心であろうが。


 誰が従うかよ。



 おれは帰りたい。


 なら、帰るんだよ。



「帰れなくったって。帰るさ」


「三生は、三生じゃない?」


「かもな。人間なんて、昨日言ってた事と今日言ってる事がコロコロ変わっちまう生き物だからなあ。カレー食いてえええってなってたのに、1回食っただけで、もう甘いもんが食いたくなっちまう。テキトーなんだよ。おれも」


「三生は、三生だけど、変わる」


「おお。テツの言ったの。ちょっと感動したよな。手伝ってやりたかったよなあ。でも、バッタは大事な仲間だからなあ」


「大変」


「そ。あちらを立てればこちらが立たず。両方、おれのやりたい事なのにな。だから。おれはおれでおれだけど、別のおれも居るんだよな」


 お前は?


「フウは、フウ。1人だよ」


「なのに、おれに話聞いてんのか。お前だって一緒だろ」


「違うよ?」


「違わねえ。お前が永遠に変わらないのなら、おれと会話なんてしないはずだ。だって、完結してるんだからな。もう、得るものも失うものもない。完全な状態。それが変わらないって事だと思う。なのに、お前はおれに声をかけた。そりゃ、お前に好奇心があるから、だろう。好奇心の根源は、欲求。お前も、おれと同じ。何かを欲しているんだ」


「よく。分からない」


「おれも。テキトーぶっこいたけど。実際は、分かってねえんだ」


ははは




ギイ



 あれから。風の収まった海を漕いで漕いで。


ふわ


 付いて来る影が、1人。


 暇なのかな。



「おうい。お前、イカダ漕いでみるか」


「うん」


 やっぱ暇なのか。


 三生は、予備のオールをイカダから取り外し、フウに渡してやった。


「逆だ逆。ほら、回転してるだろ。・・そう、おれと正反対に、鏡写しに漕げば。そうだ、良いぞ!」


「うん」


 フウは、意外に不器用だった。ちょっと可愛い。



 なんか。こいつには、色々いらない事を喋りまくっちゃったけど。


 苦手意識も生まれないもんだな。ヘンな奴。



「ヘンなのは、三生」


「・・っくく。この世界に、おれほどの常識人は居ねえ」


 文字通り。おれ以外に、常人は居ない。全く笑い話だ。




 何も見えない海を、2人のイカダは行く。


「お前、普段はどこで住んでるんだ?」


「フウは、フウだよ」


「いや、うーん。まあ、そこらか」


「うん」


 まあ、空飛んでたぐらいだしな。本当に、この世界のどこでも生きてけそう。



 そう言えば、クジラとかイルカとかトビウオとか見ないな。海がテーマのテレビ番組とか見てたら、必ず出るんだけど。


 ここじゃあ、水は純水なんだよな。



 あれ?じゃあ、何で、潮の匂いがするんだ。海水は、一応海水なのか。



 消えるまでの航海。だが、どうせなら楽しい方が良いに決まってる。


 何なら、ホエールウォッチングでもしてみるか!



「なあ、魚とか見ないか?」


「サカナはサカナ。1人だけどいっぱい居るよ」



 何を言っているのか、全然分からん。あいつら、こいつと普通に付き合ってんのか。すごいな。



 その数時間後。漕ぎ続ける三生と、イカダの上でブラブラしているフウ。彼らの前に、ついに魚群が現れた。



「・・・・・・・」


 三生は、言葉も無い。


 こんな光景、見た事ない。



オ オ オ オ オ オ



 サメが、跳ねている。何万と言う数のサメの群れが、まるでトビウオのように跳ね跳びながら、イカダの前方数百メートルの所を移動している。


 感無量。三生の数十倍の重量の魚が、数万倍の数で動き続ける。とんでもない迫力だ。



 2時間、経過しただろうか。最後のサメが泳ぎ消えてから。その間、三生は泳ぐ手を休めて、ずっとサメの群れを眺め続けていた。


「すごかったなあ・・・」


 その感動を共有しようと、フウに声をかけてみた。が。


すう


「何で、こいつは、このシチュエーションで、寝てんだ・・・」


 万が一、サメに襲われでもしたら、どうすんだよ。ほんっとうに、掴めない奴。



「ふふ」



 またか。


 三生も、もうこの展開にも慣れて来た。この世界の住人は、どいつもこいつも気配を消して現れやがる。


 そんな三生の前に現れたのは。



「フウが、こんなに無防備に寝ている。珍しい事もあるものね」


 どえらい美人だった。腰まで伸びる緑色の髪、全身を覆う緑色のドレス。


 妖しいお姉さんだ。


「ええっと。初めまして。おれは切始三生。あなたは、トカゲとかワニとか、そんな方ですか?」


「いいえ。私はサカナ。あなたとフウのお話にあったサカナよ」


「ああ・・」


 どうしてもトカゲをイメージしてしまうが。海水の中で生きているワニみたいなものか。


「サカナさん。おれ、この世界から帰りたいんです。どこか、怪しげな場所を知りませんか」


「知っているわよ」


「ええ!!!」


 三生は、素直に超驚いた。


 こんな返事は初めてだったし、諦めに浸ってからの奇跡的な展開に、精神が追い付かなかったのもある。


「ウミに頼みなさいな。何でも叶えてくれるわよ」


「ウミさん?」


「そう」


「その、ウミさんはどこに行けば、お会い出来ますか?」


「さあ?」


「お願いします!教えて下さい!」


「意地悪してるんじゃなくてね。私にも分からないのよ。ウミはこの海のどこかに居る。どこかにね」


「・・・参考までに、この海って、陸地より広いんですか?」


「無限よ」


「はは・・」


 無茶言うな。


 無限、とは恐らく誇張表現ではないんだろうなあ。


「どうも。ありがとうございました」


「諦めちゃった?」


「それは最初からっす。いやでも、何とか探してみますよ」



 死ぬ気で頑張るつもりは無い。だからと言って、諦めきったわけでもない。


「おれが動く限り、この角がぶっ刺さってる限り」


 オオクワガタの角を撫でる。


「その、ウミさんとやら。探し出して見せますよ」


 それまでに、消えてしまうのだろうが。


 やってみるさ。



 三生は1人きりになったが。


 目的を1つ見出した。

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