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09


…誰かに横抱きにされている。


ぼんやりとする感覚で感じたのは力強い腕と、規則的な揺れ。確か私は睡魔に負けてしまったはず…。


「……このまま…、連れて行く。…お前達は……いろ…」


聞こえてくるのはそんな話し声。断片的にしか聞き取れないものの、どうやら運んでくれるらしい。


だったらいいか、と私は浅い眠りから再び眠りの底へ沈んでしまった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






結婚式を終えた俺達は、その後の様々な式典や食事会、挨拶周りに奔走した。正式に婚姻を結んだためか、王女を疑わしげに見る貴族はあまりいない。それよりも媚びへつらうような態度が多かった。慣れているはずの俺もげんなりするほどの。


横に並ぶ王女の姿を覗うと、王女の笑顔は少しひきつっていた。たがその対応はしっかりしたもので、一人ひとりに違う言葉で返答していたのだから驚きだ。


「はい、まだまだ未熟者ではございますが…、公国のために尽力する所存です」


公国ディナトルでも高位の貴族にも臆することなく、むしろ笑顔で対応する。その姿をどう思ったのか一部の貴族は好意的にとってくれたらしい。


たが、エスコートのために添えた手は小刻みに震え続けている。無理をして笑みを浮かべていることが痛々しい。明らかに冒頭よりも疲れのある表情に、ずっと側で見守っていた義姉上がすすす、っと寄ってくる。


「……ジークハルト様、もう王女様は限界を超えてますわよ。もう下がっても誰も何も言いませんわ」


王女が気に入ったらしい義姉上は気遣わしげに王女を見つめる。


「ご心配には及びませんわ、セディに働いて貰いますから」


こうもにっこりと笑って悪役じみた言葉セリフを吐けるのはある意味での才能だ。俺はお言葉に甘えて、と一礼すると王女に話しかける。…そういえばきちんと話したことはない。


「そろそろ下がらないか?……疲れたようだし」


ひどく驚いた表情をした王女はぎこちなく頷く。半歩後ずさりして、「そうさせていただきます」と答えた。



再び、王女をエスコートして貴族全員に向かって退出の礼を軽く取る。それが終わればこの場所からは抜け出せる。俺たちが揃って抜け出すには早いが、慣れない王女の為、という理由をつければ問題ない。


会場を後にした俺はすぐさま王女付きの侍女を呼びつけた。


「部屋までご案内してくれ。…彼女が望むものは俺の名を使って取り寄せてくれて構わない」


仰せのままに、と侍女は王女を案内するべく歩き出す。当の王女はというと、心ここにあらずである。離れていく王女の姿を見送ると俺は小さく肩の力を抜く。やはり華やかな貴族の世界は性に合わない。虚偽を潜り抜け、真実を見つけ出すのは骨が折れる。


第三王女・・・・、か」


これもまた虚偽と真実の中に埋もれる謎の一つなのだろう。なぜ、どうして、どうすれば。疑問はさざ波のように繰り返してやってくる。多少酔いのまわった頭をひと振りすると、俺もまた私室へと足を向けた。



◆◇



結婚式だったというのに、この書類しごとの多さは何だろうか。机に溜まった書類は一向に減る雰囲気がない。別に仕事が嫌いなわけでもないのだが、貴族たちの相手をした後というのはさすがに気が滅入る。


「殿下ー、もう夜も更けて……って、この量をほぼ片付けたんですか!?」


ありえないですよ、と言いながら執事を務める男が手に冷水を持って入ってきた。この男は元騎士で、名をヒューと言う。サバサバした性格が災いしたのか、規律を重んじる騎士団では浮く男だった。


「いつもより量は少ないだろう?」


「そう簡単に言いますけどねぇ…」


「…用件は何だ」


延々と続きそうなヒューの無駄話は途中で断ち切らないといけない。ヒューを引き入れた際に俺はそう学ばされた。


「侍女たちが騒いでるんですよ。『殿下がいらっしゃらない!』ってね?」


「…だから?」


あーっ!とヒューは頭を掻きむしる。


「結婚式!花嫁!……と言えば初夜でしょう!?」


ヒューに渡されたグラスを取り落としそうになり、俺は細心の注意を払いながら机に戻す。


「行けばいいのか?」


チッチッ、とヒューは芝居がかった仕草で即座に否定する。


「行けばいい、ってもんじゃあありません。王女様、いや、妃殿下を美味しくいただくんですよ」


あけすけなヒューの言葉に俺は顔をしかめた。美味しくいただくなどヒューではあるまいし、と。


「さぁさぁ!行きますよ!」


ぐいっ、とお構いなしのヒューに背中を押されて廊下へ飛び出る。すると、それを目聡く見付けた王女付きの若い侍女が歓喜に満ちた表情で駆けていく。きっと先輩侍女のところへ知らせに行くのだろう。ヒューの先導で俺は王女の部屋へと歩き出し、諦めを含んだ声音で問いかけた。


「……お前、はじめからこのつもりだったな?」


その問いに答えることはせず、ヒューは勝手に喋りだした。


「…どうでしょうか?あ、でもセドリック殿下から妃殿下に関することをお聞きしたんですよ。妃殿下にもいろいろあるようですよねー。…きっと侍女の目のないところで語り合えば情報はなしは漏れませんよ?」


つくづく気の抜けない男だ。ふざけているように見えても、冷静に見極めている。そんなことを思いながらしばらく歩けば、新たに女性らしく整えられた一角に着く。


「で、殿下がいらっしゃいました!!」


と妙に慌てる侍女の声にヒューは首を傾げる。しかし、いつもなら冷静な侍女たちが動きまわる姿に何事かと訝しんだ。侍女たちの静止に構わず部屋の外から奥へ進めば、その原因はすぐさま判明する。


…妻となった王女は薄い夜着姿で机に突っ伏していた。


「申し訳ありません、殿下。妃殿下をこのようなお姿で眠らせてしまったなど…。もしも病を召されてしまえば、我らの責任でございます」


申し訳ありません、と侍女全員が深々と陳謝する。だが夜遅くまで勤めを果たす侍女たちに非はない。


「かなり時間が経つのか?」


俺の問いに先頭に立つ侍女は「はい」とはっきり答えた。


時間が経っているのなら、わざわざ起こしてしまうのは酷というものだ。王女から"いろいろ"な話を聞き出そうと思ったのだが、今日は無理らしい。


「ヒュー、そこの扉を開けろ」


困惑する侍女とは裏腹にヒューは合点がいったように頷く。そして指示通りに迷わず寝室の扉を開け放ち、俺は王女の身体からだを横抱きにする。えっ、と侍女たちからはさらに困惑するような表情を浮かべる者が多くなる。


「このまま寝室に連れて行く。このままでは風邪をひいてしまうのだろう?明日に備えてお前たちはもう休んでいろ。その方が建設的だ」


と言いながら俺はスタスタと寝室へ向かう。


ん、と王女の眉根が動いて一瞬ヒヤリとするが、その後は穏やかな寝息が聞こえるのみだ。


「ヒュー、あとは頼む」


扉のすぐ近くで立つヒューにすれ違いざま、そう言付ける。ヒューは表面上・・・、執事らしく優雅に一礼するが、その裏で大笑いしているに違いなかった。

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