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05


「……ィリア様、……リルフィリア様っっ!」


アリサの大声に私は文字通り飛び起きた。それと同時にふわりと上質なシーツが舞い上がる。


「おはようございます、リルフィリア様」


にっこりと笑うアリサは既にきっちりと侍女のお着せを着込んでいる。私はとても朝に弱いが、アリサは朝に強いのだろう。スッキリとしない頭を抱えて窓の外を見遣ると、陽も昇りきっておらずほの暗い様子が見えた。


「……まだ起こさないで」


ずるずると引き出されたシーツに包まるが、アリサはそれを許さない。


「何を仰ってるですか…。今日はお輿入れの日ですよ?忘れたとは言わせません」


そんなこともあったっけ、と頭の隅でアリサの言葉を反芻する。「もうちょっと…」と往生際悪くシーツに縋るがそれはアリサに阻止された。


 

そして私が準備に追われて悲鳴を上げるまであと僅かだった。




******





真上に日が昇る時刻、私たち一行は王都をぐるりと囲む城壁の東端に来ていた。


「それでは、叔父様。行ってまいります」


ここからまっすぐに街道を進めばディナトル公国へ向かえるのだ。王都に属するというのに、ここから先は延々と田園地帯が続いている。見送りになど叔父は来ない、と気を緩めていた私は本人の登場に内心慌てふためいていた。見送りには王国の中枢を占める人が叔父についてきているらしく、その中にはキュリオリア夫人もいる。


私が踵を返すと、それに合わせて薄青のスカートが揺れた。馬車での長時間の移動になるため服装は極めて軽い。


「あぁ。……先方あちらの大公殿下にこれを渡しておいてくれ」


「承知しました」


手渡されたのは封筒に入った手紙だ。さしずめ、王女わたしを差し出した対価に関する親書か何かだろう。政略結婚とは餞別代わりにこんなものまで持たされて輿入れするものなのだろうか。だが今更、餞別なんてものは期待すらしてないし、貰ったら貰っただけ困惑するだけだ。


では、といい加減馬車に乗り込もうとステップを登るものの「待て」と引きとめられた。今度は何が…、と思いっきり顔をしかめてやる。


「指輪───────宝珠はどうした」


逃げきれると思っていた話題はなしに私は昇りかけのステップを降り、真正面から叔父を見据える。珍しく叔父の父によく似た蒼い瞳が揺れていた。


「あれはがお父様から頂いたものですよ。返せと言われても困ります。それと、私は王位にはもう干渉すら出来なくなります」


「…そういう意味ではない」


会うたびにそのことを言って来たくせに、と思った。あの指輪───────正式名称は虹色の宝珠という─────────は王位の正当性を示すものだ。それを先王の娘が持っていては自らの治世に影響が出かねない、と考えてのことだろう。そして、それが他国へ渡ることの危険を危惧してのことか。


私が口を開きかけたその時、「リーファ!!」と呼ぶその声が聞こえた。叔父の後方には夫人と…。


「……お母様…?」


夫人に支えられるようにして立つ姿は10年を経ても変わらない。が、元々細かった線はさらに細くなり、嫌でも10年という月日が母に与えた影響は大きいと感じさせられた。


フラフラとその傍へ歩み寄ると、私は何も言わない母に抱きしめられる。ぬくもりは10年前と何ら変わりなく、優しく私を受け入れてくれた。


「……お母様、ですか?これは夢ではない……?」


混乱して呆然とする私とは違い、母の瞳からは大粒の涙が臨界に達したように落ちている。熱い涙がはらはらと、それこそ溢れるように。


「最期にでも会えてよかった…。小さなリーファとは全然違うのですもの、驚いたわ」


最期、という言葉に胸が締め付けられる。私だけに聞こえるような小さな声だったが、一言一句には大きな重みがあった。


「私はね、ドロシーの……キュリオリア侯爵邸にお世話になっているの。…だから心配しないで」


夫人を見ると、「心配ない」と言うように口元に小さく笑みを浮かべている。


「……それならば安心しました。夫人はお母様のことをとても気遣って下さったの」


そう、と母は私の頭を優しく撫でる。そしてさらに小さな声でささやく。


「あなたの叔父が言っていた宝珠について必ず知ってほしいことがあるの。……ディナトル公国へ着く前に、これを読んでおいて」


身体が密着した状態を利用して、少し離れた叔父からは見えない私のスカートの隠しへ手紙らしきものをねじ込んだ。ぎゅっ、と強く私を抱きしめると何事もなかったように叔父たちの方へ向き直る。


「ヴィフレスト、娘にもう一度会わせてくれたことを感謝します。私はもう開放されたということでよろしいのね?」


母の上からの言葉と態度に廷臣たちが色めき立つ。廃された先王の妃が何を、と。そんな彼らに母は実に妖艶な笑みを見せた。様々な苦しみを知り、それを乗り越えたものにしかその哀しみはわかるまい、とでも言うように。


「キュリオリア侯爵夫人」


唐突な主の声に廷臣は静まった。はい、と落ち付いた声と動作で夫人は叔父の前までやってきた。


「……先王の妃、ティナルシエをそなたの屋敷に匿っていたことを不問に処する。…義姉上を好きにしてくれて構わない」


その場はなんとも言えない雰囲気に包まれた。王の決定に異を唱えることはできないし、母は公爵家の人間であり、元王妃。王妃でなくなったとしてもその発言力は未だ大きいからだ。


「リルフィリア、定刻を過ぎている。…出立せよ」


全く状況を無視した命令に私は困惑する。せめて、もうちょっと感傷に浸ってもよいのではないだろうか。言い返そうとするも、御者に馬車の扉を開かれる。察しが良いのは御者として素晴らしいのたが、私の心象的には開けてほしくなかった。


「……。はい、行ってまいります」


数瞬の間に込めた思いを受け取ってくれたらありがたいと思う。


私はディナトル公国へ一歩を踏み出すべく、今度こそ振り返らずに馬車のステップを昇った。




連続更新は5話でストップします。


長ければ1ヶ月程更新出来ないかと思われます(´ω`;)





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