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03

「私が、ですか?」


「そうだ。2週間後、この城から出ろ。嫁ぐ相手は第二公子だ」


有無を言わせぬ圧力に私は押し黙る。もうこの男の中では決定事項らしい。歯向かうこともできないわけではないが、母に危害が加わることを避けたかった。


「…承知しました。ですが、私には公子様と釣り合う身分を持っていません」


「お前には第三王女の身分を与えた。問題はない」


「そうですか。…では母の身をどうか開放して」


いきなり語尾の変わった私を叔父は奇妙な目で見た。


叔父は母から愛する夫を、私からは父を奪った相手だ。父が居なくなったあの日から、私はこの叔父を許せない。


あの日、私たち母娘おやこは数名の護衛に護られながら父の用意した国境近くの辺鄙へんぴな地に落ち延びた。そこは本当に落ち着いた風光明媚な場所で、私たちはつかの間の安堵を得た。しかし、所詮はいつか崩れる日々だった。…すぐそこに追っ手は迫ってきていたから。


「もう十分に苦しんだ。あなたがお父様を、殺したときに」


今でも忘れられない。叔父は母と私が泣き叫ぶ姿を見て、どんな表情をしていたのか。


「もういいでしょう!?お父様は死に、邪魔な私は国外へ。お母様を開放しなさいよ!!」


「それはできない」


どこまでも冷たい声。あたたかみの欠片も感じられない、叔父の声。


義姉上ティナルシエはここにいることを望んだ。ならばそれを叶えるのみではないか?」


「……もういい、言わないで。あなたなんて大嫌い!」


そうか、と声を残して叔父は静かに出ていく。無機質な石に叔父の足音が反響する。バタン、と階下の扉が閉まる音がして静寂が室内を支配した。


「……リルフィリア様」


気遣うようなアリサの声に私は弱々しく笑みを浮かべる。


「…やっぱり政略の道具にされるのね。覚悟はしていたけれど」


叔父には2人の娘がいたはずだ。彼女たちを嫁がせたくない為に私を使うのだろうか。それよりも何よりも、あの叔父に娘を可愛いと思う気持ちがあることに驚きが隠せなかった。


「リルフィリア様。私はどこまでもお仕えします」


片膝を付いて瞳に決意の色を宿したアリサに胸が痛む。


「……アリサ、あなたには家族がいるでしょう?わざわざディナトル公国へ来ることもないのよ。それにあなたは私の」


私の言葉にアリサはふるふると首を振る。


「確かに…私はリルフィリア様の監視のためにここへ送り込まれました。ですが、あなたの人柄に触れてみて惹かれない人間ひとはいないと思います。侍女として、友人として…連れて行っては下さいませんか?」


そんなことを言われたら頷くしかできないではないか。行動力には光るものがあると知ったのはいつだったか。


「ダメだ、と言ってもついてくるのでしょう?」


「もちろんです!リーファを1人になんてしませんからね!」


友人としてそう言ってくれたアリサに、私はまたも救われた。





******






間もなくして塔から出された私に用意されていたのは王城の一室。塔とは違って冷たい石造りなどではなく、白壁に金の装飾がなされた綺麗な部屋だ。この部屋から見える塔は、王城から離れていてポツンと寂しそうに建っている。


輿入れまで時間がない、ということで私は急ごしらえ姫君教育を施されていた。教授してくれるのは博識で有名な(らしい)ドロシー・キュリオリア侯爵夫人だ。



「…ではリルフィリア様、あなたはこの内容を理解されたのですね?」


「問題がありましたか……。一体どこなのか教えて下さいませんか?」


きつく金髪を結んだキュリオリア夫人からはひと目で厳しそうな印象を受ける。少々お年を召されてはいるが、若い頃は相当の美人だったに違いない。


「いえ、そうではありません。これは学院の最高学年で学ぶ内容ですので、リルフィリア様がご存じなことに驚いたのです」


学院、とは優秀な少年少女を集めた王国の学問機関である。16歳から入学が許可され5年間を学院で学ぶことが許されている。最高学年といえば入学者のほんの一握りしか進めない学年だ。


「…読書以外にすることはありませんでしたから。読んでいてとても興味深かったですし…。あ、夫人は学院で教授もなさってるとか」


何やら困惑した様子の夫人に私は首をかしげる。


「ええ、一応は…。リルフィリア様のような方が生徒でないとは……学院にとっては大損です」


そんなことないでしょう、と苦笑いしたが、夫人の顔は至って生真面目だ。


「実を言いますと、私がお教えすることはほとんどありません。……リルフィリア様が天才肌なのは、きっとお父上譲りなのですね」


他人の口から出た父の話題に私は目を見張る。叔父の代になってから父のことを話すのは当然ながらご法度だとされていた。そのことを口にするのは夫人の度胸が素晴らしいのだろうか。しかし、滅多に聞けない父の話に私は興味をそそられた。


「……お父様をご存じなのですか」


開いていた本を閉じ、まっすぐに夫人を見据える。


「それはもう…。きっとリルフィリア様が記憶なされているお父上に間違いはありません。……この国にとって惜しい人を失いました」


懐かしそうに目を細めた夫人からは確かに父を悼む気持ちが伝わる。私は夫人に誠意を込めて頭を下げた。


「ありがとう…ございます。きっとお父様も喜んでくれるはずです」


泣き笑いの様な表情かおになってしまったが、なんとか気持ちは伝わったようだ。夫人は穏やかに笑っていた。











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