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02


その日までの私は………自分で言うのもアレだが、とにかく恵まれていた。


身分はリンドベルク王国第一王女。


王として接するときは厳しいけれど、優しい父。慈しみの心を持った、思慮深い母。王と王妃の第一子として生まれた私はとにかく周囲からも溺愛されていた。


身分も申し分なく、将来はほとんど約束されていたようなものだった。




………今でもうなされる、あの日まで。



*******


『私の……私たちの愛しい娘』


震える声でそういった父のことを当時の私はどう感じただろうか。きつく抱きしめられたことは憶えている。父の何処か儚く消えてしまいそうな姿に、胸が苦しくなったことも。


『よく聞きなさい、リーファ。これはお前を守ってくれるものだ』


そう言って見せられたものは、父がどんな時でも持っていた美しい指輪だった。光を当てる角度によって、見る者に異なる色を見せてくれる虹色の鉱石で造られた国宝級の逸品。以前は欲しいとせがんでも与えてはくれなかったのだ。


『わぁ…!おとうさま、これ、くれるの?』


単純に喜んだ私に父は苦笑する。父は指輪に軽く唇を触れされると、チェーンを取り付け、私の首にかけた。


『……もうリーファのものなんだよ。ほら、お行き。お母様が待ってるだろう?』


『ありがと、とうさま!…とうさまも一緒に行かないの?』


悲しげに、寂しげに私の頭を優しく撫でる父に私は首をかしげた。


『……ごめんな…。でもリーファのことはいつでも見ているよ』


『変なとうさまだね』


なかなか父の側を離れない私に痺れを切らしたのか、母は自らこちらへやって来る。父と視線を交わした時、母の目には涙が浮かんでいた。


『……リーファのこと、任せたぞ』


『はい、あなた』


互いを固く抱擁すると、2人は離れる。母に手を引かれて廊下を走る最中さなか、後ろから父の声が聞こえたような気がした。


『さよなら、二人共』


父の口から紡がれた言葉であることを確認する前に、父がいた場所から火の手が上がった。


『……とうさまぁッ!!!!』


母は混乱して泣き叫ぶ私を抱えると、自身も涙を流しながら走った。


『いやぁっ!かあさま、とうさまが!!!とうさまがっっ!』


あらかじめ撒いてあったらしい油にどんどん火は燃え広がる。父のくれた虹色の指輪は、毒々しい赤になって輝いていた。




********





「お父様!!!」


そう叫び、同時にハッと頭が覚醒する。強ばっていた身体から力が抜け、徐々にズキズキと頭が痛み出した。柔らかな朝の光に差されて目を眇める。




目を背けたいようなあの出来事から10年。


私は今もあの日のことを夢に見る。こんなにも大切なものは儚く失われるのか、と幼いながらに絶望したものだ。


「リルフィリア様!どうかなさいましたか!?」


バターン!と寝室の扉を開け放って侍女兼友人のアリサが飛びこんで来る。元気印の侍女アリサは私の心の支えでもある。感傷に浸っていても、お構いなく駆けつけて心配してくれるのはちょっと嬉しい。


「…なんでもないの。お父様の夢を見ただけだから」


さすがのアリサも表情を固くした。淡々と言ってしまった私をアリサはどう思うだろうか。


ふいに、父に貰った虹色の指輪を朝日にかざしてみる。キラキラと明るく輝いた指輪は、あの日以来、チェーンを通してペンダントとしてリルフィリアの首元を飾っていた。父の遺品でもあるし、一応は国宝級のシロモノだから。



この指輪は代々の国王が身につけたもの。本来ならば、もう王族籍から抹消されたであろう私が持っていてもよいものではない。聞いたところによると、今はもうない鉱石なんだそうだ。


私が暮らしているのは塔の上。俗に言うと、幽閉されている…らしい。確かに、容易には塔から出たためしもなく、私から何かを知り得ることはほぼ不可能だ。行動範囲も寝室と私室、そしてバルコニーと限られている。しかし、そのことに関して悲観することはあまり無い。10年も閉じ込められていたら感覚だっておかしくなる。でも、唯一の例外があった。


「ところでリルフィリア様。母君からお手紙が届いておりますから、お着替えの後にお渡ししますね」


「……ありがとう、アリサ」


それは1週間の間隔で届けられる母からの手紙。母も同じように幽閉されていると聞いている。手紙での会話が、もう10年程続いていた。


「御髪をととのえますね」


そう言ってアリサは私を鏡台の前に座らせる。丁寧に寝乱れた髪を櫛でき、右の横髪を薄青のバレッタで留める。手紙を読んでいた私は母の女性らしい優美な筆跡に私は心が慰められた。


「お待ちください!の方はまだ…!」


いつも階下で門番をしている兵士の慌てふためく声がした。この慌てようは……。


「入るぞ」


ぞわりと背中に悪寒が走る。無遠慮に入ってきた男は椅子に座ったままの私を一瞥した。


「……珍しいですね。叔父様がここへいらっしゃるなんて」


もう何年も、と皮肉を込めてそう言うと叔父は薄い笑みを浮かべる。


「何かと忙しかったのだ。お前のおかけでな」


私は眉をひそめた。何を、と。


「お前は嫁げ。─────────ディナトル公国へと」


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