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私が第二公子妃となってから4ヶ月が過ぎた。


季節は麗らかな春から鮮やかな夏へと変わった。


季節の移り変わりを見るのは楽しいものであったが、私は"夏"という季節を甘くみていた。北方のリンドベルク王国とは違い、やや南方のディナトル公国の夏はとにかく暑いのだ。ただ暑いならば多少の我慢はきくが、困ったことに蒸し暑い。ドレスも夏用の薄いものに変わったが、やはり裾が気になる。


しかし暑い暑いとばかり言ってられない。第二公子妃としての公務は山ほどある。ジークハルト様が行っている事業や孤児院などへの視察、貴族たちとの会談。どれも大切で疎かにしてはいけない公務しごとばかりだ。


今日は首都近郊にあるヒュランジィーネという街への視察へ向かうことになっている。つい最近、公国内初の試みを行って成功をおさめたとかで、何かと注目を集めている場所……らしい。


ちなみに、現在は締め切られた馬車の中。警備上・・・の安全も考えて、なのだそうだ。


「リルフィリア様、殿下。そろそろです」


今も変わらず私の側でいてくれるアリサは、公国側の侍女たちとすぐさま意気投合したらしい。アリサだけが「妃殿下」ではなく「リルフィリア様」と呼びつづけてくれている。


「リーファ」


隣に立つジークハルト様がすっと手を差し出す。自然なエスコートに私も手を乗せる。……慣れって怖いと思う。


「……毎回、こうして下さらなくても」


「悪いことではないだろう?」


しれっと言われた私は返答に窮する。最近は出会った当初よりも随分とジークハルト様に対する印象が変わった。


それは嫁いでから2日目の夜以降、共に寝ているからだろうか。寝ると言っても怪しいことはしていない。互いに話し込んでいるだけだ。ジークハルト様の近くで眠ることも慣れてしまった。……やっぱり慣れって怖い。


ぐっ、と僅かに前へ身体が倒れて馬車が停まる。ようやくこの密室から解放される、と私は安堵の息を漏らした。アリサの手によって開けられた馬車の扉から、活気のある宿場町の風が吹き込んでくる。


「「ジークハルト公子殿下!」」

「「妃殿下ー!」」

「「ようこそ、ヒュランジィーネへ!!」」


それと共に馬車を取り囲む大歓声が地鳴りのように私たちを包む。初めての公務のときは足がすくんでしまったが、今では笑みを浮かべて手を振るまでに成長?した。


「ようこそいらっしゃいました、両殿下。私めはヒュランジィーネのおさでございます」


馬車を降り、いくらか進むと初老の長が愛想よく笑いながら近づいてくる。私はジークハルト様の隣で長を観察してみた。杖を持っているが、足取りはかなりしっかりしている。


「温かい歓迎、感謝する」


「滅相もございません。我が街に殿下方をお迎えできるとは、至上の誉れでありましょう」


ポンポンと飛び出る美辞麗句に私は苦笑いしてしまう。すると、私と目があったおさが目を丸くしてジークハルト様に問いかけた。


「まこと失礼ながら…。こちらのお美しい方が妃殿下であらせられる方、でしょうか?」


え?と私が目を丸くする番だった。隣国から嫁いできた王女、という肩書きはどこでも通用したのだが…。


「いやはや、これほどにお美しい方でしたか…!申し訳ございません、ご尊顔を存じておらず…。お恥ずかしいかぎりです」


「ディナトルの日差しのせいで、なかなか外に出してやれないんだ。……まぁ、愛おしいだけなのだがな?」


「ひゃっ!?」


いきなりぐいっと腰を掴まれ、ジークハルト様の腕の中に落ち着く。周囲から若い女性たちの悲鳴が聞こえたのは空耳ではあるまい。薄い夏用のドレスからはジークハルト様の体温が直接伝わってきている。


なぜいきなり!と責めるように背の高いジークハルト様を睨む。しかし本人は涼しい顔だ。たみの前でこういうのはあまりよろしくない。否、不仲だと囁かれるよりはマシなのかもしれない。だが私の心臓が持ちそうになかった。


「やめて、くださいっ…!」


赤くなった頬を俯きがちに隠して、せめてもの抵抗をみせる。しかし力の差は歴然だ。


「……という訳だ。案内を頼む」


平然と私の腰に手を回しながらジークハルト様は歩き出した。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





夏の暑い日。


僕─────────第一公子セドリックはヒュランジィーネ、という街へ2日間のお忍びに出ていた。ジークは暇があればお忍びに行くらしい。(最近知った!)今回のお忍びは、もちろん以前の些細なイレーヌとの喧嘩をチャラにするためでもある。


「セディ!次はあれですわ!」


「だーかーらー!もう持てないって!あと言葉!」


可愛らしい店を指さすイレーヌの藍色の瞳はキラキラと輝いている。先述の通り、イレーヌのご機嫌を直すためのお忍びである為、護衛はピッタリくっついていない。危険があれば僕が守らなくてはならないのに、イレーヌにはその自覚がないらしい。


「うふふふ。見つけま…ゴホン…たわ!一度訪れてみたかったの!」


年頃の女性が好きそうな物で溢れている店内は、たくさんの人でいっぱい……なはずだった。僕とイレーヌが店内に入った時には既に人の気配は全くない。店員の姿があるだけだ。


「失礼、今日は特別なことでもあった?」


僕の質問に店員は腰を浮かす。


やめろ!イレーヌが見えないのかっ!それとも命知らずかっ!


僕の念力テレパシー?が伝わったのか否か、店員は南向きの大きな窓を示して答えてくれる。その先には目抜き通りがあった。


「えーっと。第二公子殿下がいらしてるそうなんですよ?ほらぁ、第二公子殿下って美形で有名じゃないですか。だからここ界隈のお客様がみんなそっちの方に行っちゃってて」


「はた迷惑ですよねー。あ、これって不敬罪?」と店員は笑っているが僕たちはそれどころではなかった。店員に礼を言って店を後にすると、目抜き通りがよく見える喫茶店に入った。


…そして、ちょうどジークが妻の腰を引き寄せる場面を見てしまった。



客観的に見て、この光景はどうなのだろうか。



仲睦まじくヒュランジィーネを視察する第二公子夫妻は、周囲に無駄なピンクのオーラを撒き散らしているように思える。


「………初恋、ですの?恋は盲目といいますし」


隣のイレーヌがおもしろそうに向こうを見ていた。僕は何とも言えずに苦笑いする。


「さぁね。……ジークの初恋、という点には同意するけど」


いつも公の場で表情を崩さない弟が僅かに微笑む姿は、まだ恋の"こ"の字も浮かんでいない少年の様だった。



兄カップルが同じ場所に来ていたのは偶然です(笑)

きっとジークハルトも知らないんじゃないかなー、と思います。

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