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連続で投稿したため、先に前話をお読み下さいm(*_ _)m
「……はぁ」
脱兎の如くジークハルト様から逃げ出した私は、侍女たちの詮索を免れ、就寝の準備をした。先程から気になっている大きな寝台に近寄ると真っ白なシーツが燭台の火に照らされた。
私はため息をついて寝台に見を沈める。ふかふかのべットは柔らかく私を包んでくれた。今日は昨日と違う部屋らしい。何故?と聞いても微笑まれるだけ。その笑みは反論を許さないもので、私はすごすごと引き下がってしまったのだった。
ころごろと私はベットの端から端まで転がって遊ぶ。キングサイズという種類らしいこのベットはとにかく大きい。真ん中で両手を広げて寝転がってもまだ足りるのだ。天井に施された美しい装飾に気付いた私はそれを見上げる。
……先程の、アレは事故だ。不慮の事故。
ぽんっ!とジークハルト様の端正な顔がフラッシュバックする。息づかいまで聞こえてきそうなほど近くいたジークハルト様は、どんな表情をしていただろうか。記憶に間違いがなければ、冴えた黒い瞳は驚きに満ち満ちていたはずだ。
すると。
がちゃりと扉が無遠慮に開き、私はそちらに顔をを向けた。確か侍女たちには「呼ばない限り入ってこないで」と頼んだはずなのだが。そして、入ってきた人物に私は身を竦ませる。先ほどまでぐるぐると考えていた、その人だ。
「……何故、あなたがここに?」
痛いほどの沈黙を破ったのは他でもない、ジークハルト様。
私は身体を起こすと寝台から降りる。
「…ここだ、と言われました。よもや殿下がお休みになられる場所だとは露知らず…。……すぐに退きます」
ぺこりと一礼し、私はストールを肩に掛けた。昨日の今日という訳ではないが、顔を合わせにくい。しかもジークハルト様が休まれる寝台で寝転がるなど以ての外だ。様々な思考が渦巻き、私はぎゅっと目を閉じる。そして、早急に部屋を変えてもらえるように扉へ向かう。…だが。
「……っ、待ってくれ!」
それはジークハルト様の声に遮られた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王女が足早に部屋を退出すると、俺はなんとも言えない気分になった。床には、王女が散らした書類が散らばったままだ。
「殿下、嫌われました?」
えぐるようなその言葉に俺は憎々しげにヒューを見遣る。
「…あぁ」
否定も肯定もしない。…政略結婚とはそのようなものだと思う。国と国という大きな利害関係のなかで、相手を思いやることができるのはごく一部なのだから。しかし、人を、その心を傷付けていいはずは無い。
その点、俺の言動は十二分に王女を傷付けてしまったように思う。これから添い遂げなくてはいけない相手と、ギスギスとした関係にはなりたくないという勝手な持論があった。
「こういう場合、ヒューならどうする…?」
「話し合いするしかないと思いますよ?」
間髪入れず言われた正論に、俺はしばし黙り込む。頭では、理性ではそれが正しいことであると分かる。しかし、妙に意地を張る自分がいることも事実だ。
「時間はそうそう取れませんよ。…空いて4日後ですかね?」
手にした手帳を確認したヒューは、お手上げだとでも言うように両手を上げる。しかし、打開策も提示するのがヒューという男だ。……それが如何なる方法であっても。
「もしくは、夜に妃殿下と仲良くなさるかですねー。あ、別に卑猥な意味じゃないですよ?多少、殿下の睡眠時間が削られるだけです」
だからそれを下世話なお節介と言うんだ、という言葉を飲み込む。あながち、間違ってはいないからだった。
「……王女はどこに?」
夜もかなり更けてきた頃だ。普通なら寝室で就寝の準備をしているだろう。
「ええっ、殿下はいつから寝込みを襲うような男になったんです?!」
「…勝手な思い込みをするな!ヒューの意見を聞き入れただけだろう!」
「……あー」
一気に肩を落としたヒューは「…残念」と小さく呟く。俺はもう一度、騎士団で叩き上げて貰おうかと半ば本気で考えた。そうすれば多少なりとも真人間に更生するかもしれない。しかし、真人間になったヒューを想像できずに俺は考えるのを止めた。
「妃殿下はですね、殿下の寝室にいらっしゃいますよ」
唐突に投げかけられた情報に俺は「は?」と間抜けな声を出す。
「侍女たちが何やら働いたようですね。良かったじゃないですか、またとない好機ですよー」
先日の侍女たちの反応を思い出す。王女を横抱きにして、王女を寝室まで運んだ。…侍女たちは期待に満ちた目でこちらを見てはいなかったか。そういえば、昨日は俗に言う"初夜"だった。
「……あいつら」
しかし幸運でもある。俺は策に嵌ることを理解しながらも、のこのこと自分の寝室に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…っ、待ってくれ!」
ジークハルト様の声に私はびくついた。彼に背を向けながら、怒らせたのかも、と自身を責める。わずかな躊躇いの後、ジークハルト様は意を決したように話す。
「……少し、話をしてくれないか」
思いがけない言葉に私は振り返った。