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万馬券

作者: サケオ

ファンファーレが鳴り響き、競走馬たちは一頭ずつゲートへと枠入りを進めている。

男は馬券を握りしめ、祈った。

このレースに人生を賭していた。

男はギャンブルが好きなわけではなかった。堅実で真面目な人物である。

一度きりの大冒険のつもりであった。

「面白くない」「まじめすぎる」「パッとしない」

そんなことを言われ続けたが、変える気もさらさらなかった。

が、気を持った相手にいざそれを言われていることを知ると、男は決心した。

少し悪ぶろう、と。

パチンコは煙草臭いし、カジノまで行くのは少々億劫だ。風俗嬢に貞操を渡したくはない。

思いついたのが競馬である。

一世一代の大勝負こそ、男前ってもんだろう。

同僚が宝くじを買うときに決まって言うセリフだ。かれこれ5年間も1万円ほど買い続けているらしい。

一世一代と言って1万円とは少々大げさな気もするが、そんな彼はよくモテる印象だ。

ならば、と男はコツコツと5年間かけて貯めたお金、500万円を引き出し、競馬につぎ込んでやろうと思った。

いざ、下ろしてみると、意外と分厚くない札束に少しがっかりしながらも、口座残高が0なことに足が少し震えた。競馬場にたどり着く前に暴漢に襲われたらどうしようか。そんなことを考えながら歩いていたものだから、挙動不審で警察に止められてもおかしくなかっただろう。

そうこうして男は競馬場にたどり着いた。

馬券の買い方はしっかり予習してきていたが、不安だったので、係員に聞いた。

最初のレースにかける金額を聞かれ、500万を一辺にかける気はなかったので、とりあえず「1万」と答えると、係員はチェックする場所を教えてくれた。

レースはほんの1分足らずで終わった。誕生月の7月の7番を選び、一着に来たので、配当を調べると34倍、実に33万円の儲けである。

男はこれは簡単だ、と思い、当たったレースを即換金できなかったので残りの499万を誕生日の1日の1番の単勝に入れた。

このレースの1番は1番人気、倍率にして2・3倍である。

1000万か、あっという間だったな、と思いながらレースを見ていると、道中先頭に立った1番が最後の直線でまさかの失速。

最後までもつか、もってくれ、もてよ!もってくれよ!

結果1番は9着に沈み、男は目の前が真っ白になった。

調子に乗ったから、一度のレースでこんな大金を・・・。おかしい、こんなこと、ありえない!金を、金を返せ!

頭の中で渦巻く負の感情。その中で一つ、大切なことを忘れていた。男は34万円の当たり馬券を持っていたのだ。


ゲート入りが済む。今回は1-7馬連で買っていた。買い方で倍率も変わってくるそうだ。

場内で新聞を買い、メインレースに残りの34万を突っ込んだ。

新聞では同じ名前ばかり踊っていたが、あるスポーツ紙に大穴!という見出しで一頭だけ違う馬が掲載されていた。その二頭を合わせると、誕生日になるという偶然の一致が男を勝負に駆り立てた。

倍率は何と100倍。当たれば万馬券である。


スタートし、一番人気の7番は快調に飛ばしている、逃げの体制である。

しかし、1番はスタートで躓き、大きく出遅れてしまった。15頭立ての12番人気のこの馬は元々逃げ馬である。もう勝ちの目は薄い。

男は絶望した。そして悔いた。自分のどうしようもない自我を。もし、500万がまだ手元にあるのなら、今は喜んで親孝行に使おう。そうだ、美味しいものをたくさん食べて、それこそ、買おうか迷っていた新しいバックやスーツに使おう。

あー、それだけの資産があれば、ゆくゆくは結婚する時も相手は安心だっただろうな。

もう、やめよう。いい勉強だった。世のおとなたちは一度はこういう経験をするものだ。


「・・・・なんとなんと!12番人気トーテムアローが大きく出遅れたところから一気にまくって1着でゴールイン!2着は1番スカイマーク!勝ったのはトーテムアローです!」


男は耳を疑い、そして歓喜した。人生で味わったことのない絶望から、味わったことのない高揚。

大声で叫び、よし!よし!と連呼する。

換金額は3400万以上、予想外の札束の多さに、にやけが止まらなかった。


「それでは、最終レースのパドックです・・・」


大穴と書かれた新聞にもう一度目をやり、男は次のレースも大穴を予想した同じ人物の馬に賭けた。


「これ、このまま、全部お願いします。」


係員にそう申し伝えると、係員は驚きながらそれを承った。

男はにやつきながら馬券を受け取ると、先程馬券が当たった定位置に戻ると視線を馬にやり、レースを今か今かと待っている。

男が賭けた馬には、なんとなく哀愁が漂っていた。

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