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「俺、最近本当に命の危機を感じるんだが…………」
「だ、大丈夫よ。
一応、手加減はしてるし」
「その割りには1時間ぐらい手足が動かなかったんだが?
おまけに起きたらマジで憲兵所の前にいたし」
今度はちゃんとミリィが説明してくれたから良かったようなものの、危うく来て早々捕まるとこだった。
「連夜は毎回大変そうですね………」
言い争ってる俺とアルティアの後ろを付いてきているクレアがボソッと呟く。
まるで他人事だが、今回のことは元はと言えば、あなたが無策で突っ込んだ結果では?
そうだ、それで思い出した。
「おいクレア、さっきうまそうなもん見つけたから食わせてやる、口を開けてみろ」
「はい?」
何の疑いもなくクレアが開いた口の中に、さっき買っておいた激辛果物を放り込む。
「果物………ですか?
でも全然甘くなーーっっっ!!?」
キョトンと口の中の果物を食べていたクレアだが、突然口を押さえてしゃがみこんでプルプルと震え始めた。
「ちょっと、どうしたのクレアちゃん!?」
「ひゃ、ひらゃい…………」
「何を食べて………って、これレッドフェクトの実じゃない!?
これほんの1ミリ刻んで入れるだけでも辛いのに、丸ごと食べたの!?」
「それそんなに辛いのか?」
「過去に丸ごと食べた人は何人かいるけど、全員1週間ぐらい寝込んだそうよ」
「………………」
クレアがアルティアの話を聞いて涙目で俺を睨む。
「わ、悪い、まさかそんなに辛い物だとは思わなかった」
「レンヤがやったの?」
「あ、ああ。ちょっとした復讐で………」
「可哀想にクレアちゃん。
よしよし、意地悪ねーレンヤは」
アルティアが小さい体でクレアを抱きしめて慰める。
「…………いつもこうなの?」
そんな様子を見ていたミリィがポツリと呟く。
「い、いや、まあ………割りと………」
「……………面白い」
「当人とっては面白くも何ともないんだが………」
全く人の不幸をなんだと思ってるのか。
憮然としつつ歩いていると、ようやく魔法使いギルドについた。
「はー………今日はもう風呂入って寝たい気分だな………」
何で俺ってこうトラブルに巻き込まれるんだろ………とにかくもうこれ以上のトラブルはゴメンだなーー
「あ、お前ら!やっと帰ってきたか!大変だぞ!」
ギルドの門番であるガルネシアさんがそう言ったのを聞いて、真っ先に思いついたのはさっきの人達だった。
「す、すみません………でもあれは不可抗力と言うか何と言うか」
「ん?何の話だ?」
あれ、違ったのか?
「どうしたんですか?」
「そうそう!大変なんだ!
街の外に龍が来たんだ!」
「「「龍…………!?」」」
龍って確かクレアの説明だとチート生物だったっけ?
「そうなんだ!
それで今、龍のいる街道方面への通行が規制されてるんだ。
龍を下手に刺激しないようにな」
「通行が規制されてって、それじゃ困る人がいるんじゃないか?
そっちの方面に帰る人とか」
「しょうがないわよ。
龍を刺激して怒らせるよりマシだもの」
アルティア達の様子を見ていると、ほんとにこの世界での龍は恐ろしい存在なんだな。
「まあ龍は知能があるから、こちらから手を出さない限りは、無闇に人を襲ったりはしないわ」
「ふーん、平和主義なんだな」
「平和主義と言いますか、秩序を重んじるのです。
だから自分から争いを生み出したりはしません」
「まるで龍を知ってるかのような言い方だな?」
「でも確かにクレアちゃんの言う通り、龍は基本的に自分から人間を襲うことはしないわ。
だからそんなに騒がなくても、こっちから手を出さない限り大丈夫よ」
アルティアは何でもないことのように言う。
だが、俺には一つの気がかりがあった。
「その割りには………ずいぶん物々しいな?」
ギルドの中では、戦闘準備を進めている人や、連絡を取っているのか事務の人が慌ただしく動いていた。
それを見たアルティアも怪訝な顔をする。
「あんたたち、これどうしたの?
もしかして龍に挑むつもりじゃないでしょうね?」
「……………」
ガルネシアさんはアルティアの問いに無言で答え、その返答にアルティアが眉をつり上げる。
「ガルネシアさん!」
「…………しょうがないんだ。
龍が出現してから一時間後、領主命令で龍の討伐が命じられたんだ」
「え?」
アルティアはあり得ないという顔をする。
「そ、そんな!
今の領主様はそんなこと…………!!」
「それが今残ってるのはあのバカ息子なんだよ」
「ああ………あのバカ息子ね………」
バカ息子、と聞いた瞬間、アルティアは諦めの表情と納得した表情が混じった顔をした。
「あー……話が見えないんだが、その領主の息子とやらはその、アレなのか?」
「まあ典型的などら息子と言うか、親の権力にあぐらかいて座って威張り散らしてる最低野郎だ」
「おまけに超がつくほどのバカで、他の領主の娘にちょっかいを出して危うく戦争を起こしかけたり、他の領地に不法潜入して鉱山から宝石を盗み出して危うく戦争を起こしかけたりとか」
「…………バカだな」
まさかクレアに匹敵するアホがいあがぁっ!?
「く、クレア!何しやがる!?」
「私はそこまでバカじゃありませんよ!」
「なっ!何故バレた!?」
「やっぱりですか!」
「か、かまかけやがったな!?
クレアのくせに!
というか、間違ってたらどうするつもりだったんだお前!?」
「その時は全力で走って逃げます」
「上等だその時は全力で追いかけてやるよ………!」
「…………二人とも、話を戻して良いかしら?」
アルティアの冷たい声にはっと我に返った俺たちは、互いに掴みあっていた手を離し咳払いをして場を取り繕う。
「あー、ごほん。
で、何の話だっけ?」
「そのバカが街のギルド全体に街道に居座っている龍の討伐命令を出したってことだ」
ついに息子すらつけなくなったガルネシアさんが忌々しそうに言う。
これだけ嫌われてると逆に興味が湧いてきたな、一体どれだけバカなのか。
「あの………」
「どうしたのクレアちゃん?」
「この街の領主様に知らせて止めてもらったらどうですか?」
「それは………」
「それは無理ね」
そう言いながら大人の女性がカウンターの奥の扉から出てくる。
「カティさん?」
「ええ、君たちも災難ねー。
ギルドに入ってすぐこんなことがあるなんて」
「い、いえ。
それより無理とはどういう意味ですか?」
「今、領主様は別の街の領主と会談をしててね、その間は通信魔法でも通信機械でも一切、連絡が取れないのよ」
「それはまたタイミングが悪いですね………」
「そうなのよ。
全く、これでギルドの誰かが死んだりでもしたらあのバカ、思い知らせてやるわ…………!!」
カティさんはまだ顔も知らないそのバカ息子にか、般若のような形相を浮かべて呟く。
恐らく今回の討伐に強制参加させられてるギルド全員が同じことを思ってるんだろう。
「(なあクレア)」
「(はい?)」
「(仮に龍の討伐が成功してもその領主の息子とやらは、無事じゃすまないだろうな)」
「(………そうでしょうね)」
「(…………自業自得)」
ミリィの言う通りだが、俺はほんの少しそのバカに同情した。
「おい、そろそろ集合しろだとよ」
帰ってきた一人がそう言うと皆口々に文句を言いつつギルドを出ていく。
「なにボーとしてるの?
私たちも行くわよ」
「………やっぱり俺たちも行かないとダメか?」
「当たり前じゃない。
レンヤはともかく、クレアちゃん程の戦力は外せないわ。
少しは生き残れる確率が高まるかもしれないし」
「……………」
そ、そう言えばクレアはSSランクの………アルティアと同レベルの魔法使いだと思われてるんだった。
そのクレアのステータスが実はハリボテステータスだと知ったらどんな顔をするのだろうか。
「………SS?」
先程、俺たちのステータスを明かしたミリィが首をかしげる。
俺は慌ててミリィに小声で話す。
「(ミリィ、ミリィ!)」
「(……………なに?)」
「(実はここではそういうことになってんだ。
だから話を合わせてくれ!)」
「(…………分かった。
………大丈夫、私は口は固い方、紙のように)」
「ペラペラじゃねーか!」
「な、なに?どうしたの?」
「い、いや何でもない」
俺は早くも不安な気持ちを抱えながらアルティアたちについて行くのだった。
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「諸君!私の召集によく応じてくれた!
皆の勇気にまずは感謝の意を示したい!」
俺たちは現在、街道前の広場で例のバカ息子とやらの演説を聞いていた。
肩までかかる長い金髪、豪華な金色の鎧を着たその男は、皆の憎しみのこもった視線を気づいてないのか、ものともせず演説をしていた。
『(何がよく応じてくれた、だ。
参加をしないギルドは取り潰すとか言って脅してきたくせに)』
『(そもそもわざわざ龍に手を出す意味が分からん)』
『(どうせどっかの貴族の坊っちゃんと張り合ってんだろ。
どっちが先に龍を倒せるとかなんとかで)』
『(付き合わされるこっちはたまったもんじゃねえなくそったれが)』
「ああ、僕には君たちの勇気ある心の雄叫びが聞こえてくるようだよ」
俺に聞こえてきてるのは主にお前への恨みと不満だがな。
確かにこれは初対面の俺でも分かる、こいつはバカだ、それもタチの悪い方の。
「さあ、勇気ある戦士達よ!
我らの妨げとなっている邪悪な龍を討伐するのだーー!」
バカ息子が号令とともに前進を始め、後ろを嫌そうな顔をしたギルドの面々がついていく。
戦争なんて経験してない俺でも分かる、この戦いは負けると。
というか、むしろ勝てるヴィジョンが思い浮かばない。
前進を続けると、大きい門がありそこには重装備で身を固めた兵士十数人が、街道方面を警戒していた。
「す、すごい警備だな………」
「形だけよ。龍が仮に攻めてきたらあれだけの警備じゃ数秒持たないでしょうね」
「…………」
今さらっと凄いことを言われた気がする。
不安な気持ちがますます膨れるのを感じつつ、街道を少し歩くと、遠くの方に赤い体が見えてきた。
「っ!あ、あれが…………!!」
「ええ、龍ね。
紅い鱗………炎の化身、フレイムドラゴンだわ」
目の前に現れた龍は、俺の想像を遥かに越えるほど、圧倒的な存在感だった。
見た目はゲーム等に出るドラゴンの姿だ。
4本の足、長い尻尾に鉄すら軽々引き裂けそうな爪。
それに何より目立つのは背中にある一対の大きな翼だ。
翼も体と同じく真っ赤で、これが空を飛んでるとカッコいいんだろうなぁ、と場違いな感想を思い浮かべる。
その龍はと言うと、街道脇の湖で座ったまま黙して動かない。
「さて、諸君注目だ!
今回、私は無策にあの強大な龍に挑むつもりではない、ちゃんと秘策がある!」
この場にある全員が「え、秘策あったの?」みたいな顔を
する中、バカ息子は自信満々に後ろにいた騎士達に目配せをする。
騎士達は頷くと布に包まれた荷車二台をガラゴロと三人がかりで引っ張ってきた。
皆がざわめく中、バカ息子は得意気な顔で布に手をかける。
「さあ、刮目して見たまえ!」
そう言いながらバッと布を剥ぎ取る。
そこにあったのは
「大………砲………?」
俺の元いた世界でそう呼ばれる兵器だった。
海賊とかの船に積んである感じの、レトロな雰囲気を感じさせるデザインで、それが二門ある。
「これは………魔装砲?」
「知ってるのかアルティア?」
「ええ、魔力を圧縮して撃ち出す魔導兵器よ。
国でも数十台しか配備されてない最新兵器だけど………」
「今回、パパのツテで特別に二門、貰ったこの兵器があればドラゴンの一匹や十匹、余裕で狩れるさ!」
前でバカ息子が余裕を見せつけるかのように、前髪をかきあげながら言った。
とりあえず、普通一匹や二匹とか言うんじゃなかろうか。
余裕ぶりたい気持ちは分かるがバカ丸出しな発言だな。
「さあ、早速狩りを始めるとしよう!」
そう言うとバカ息子は、騎士達に魔装砲をガラガラと前に出させ、照準を龍に向ける。
「…………って思ったんだが、これで片をつけるつもりなら何でこんなにぞろぞろと連れてきたんだ?」
「自分の新しい玩具を私たちに見せたかったんでしょ」
「……………」
他のギルドの面々も俺と同じことを思ったらしく「こいつ後ろから切り殺してやろうか」というような殺意の籠った視線をバカ息子に向ける。
「………今まで俺、この短時間で心底こいつはバカだな、って思ったことないぜ………」
「私も色んな人間を見てきましたが………ここまで特殊な人を見るのは初めてです」
「…………同情する」
クレア達とひそひそ話してると、準備が整ったらしくバカ息子が高らかに声を上げる。
「さあ、邪悪なる龍よ!
我が裁きの光を受けるが良い!」
「あ、そういえば龍に魔法は………」
「撃てーーーー!」
ドドオンッ!!
そこだけは領主の息子らしい雄々しい号令とともに、魔装砲が龍に向かって放たれる。
「…………で、クレア。
何を言いかけてたんだ?」
「…………いえ、もう遅いみたいです」
魔装砲で放たれた魔法弾は龍に向かって真っ直ぐ飛んでいたが
バチィッ!
と、当たる前に何かに遮られ消えてしまった。
当然、龍は無傷である。
「なっ…………!?」
バカ息子は信じられないものを見たかのように、パクパクと口を動かす。
バカ息子ほどではないものの、ギルドの面々も驚きを露にしていた。
「なっ…………アレは何だ?
まるで壁があるみたいに………」
「アレは龍が持つ魔法障壁です。
パッシブでおまけに人間が扱う程度の魔法ならほぼ無力化します」
「チートや!」
思わず叫ぶも誰も突っ込んでくれなかった。
「じ、次弾装填!
つつつ次こそ当たるはずだ!」
バカ息子は動揺して回らない舌で次の攻撃命令を下す。
騎士達が慌てて準備を始めようとしたその時
『矮小な人よ…………何故我に牙を向く?』
脳に直接叩き込まれてるかのような、重低音が耳に響いた。
「い、今のは………?」
「龍のテレパシーですね。
話しかけてきたみたいです」
クレアの言葉に肯定するかのように、龍がその身を起こし俺たちの方を向く。
「ーーーっ!!」
龍はこちらを見ているだけ、それだけなのに俺は底知れない恐怖を感じ、思わず後ずさる。
「あわわわわわ…………」
ちなみにバカ息子は今にも倒れそうなぐらい震えていた。
『もう一度言う…………何故私に牙を向く?』
龍は静かな声でもう一度さっきの質問を繰り返した。
その質問に俺たちはバカ息子の方を一斉に向く。
龍を討伐しよう!と誘ってきたのはこいつなんだから、こいつから説明するのが筋だろう。
俺たちの視線を追ってか、また龍もバカ息子の方を向く。
この場にいる全員の視線を受けながらバカ息子が放った言葉は
「お、おおおお前が街道付近に居座って邪魔だから討伐しに来たのだ!
大人しくか、狩られるが良い!」
と、完璧に相手を怒らせるとしか思えない発言だった。
「「「「このバカ野郎がああああぁぁぁぁ!!」」」」
この場にいる全員から罵倒を受けるバカ息子。
『このイグニールを討伐するとな?
舐めるなよ、人間ごときが!』
龍はそう言うと体を仰け反らせて吼える。
その場にいる全員が耳を塞ぎしゃがみこむほど、その咆哮は凄まじく龍の怒りをうかがわせる。
「あー完全に怒ってますね…………。
ああなったらもう話は聞かないでしょう」
「あ、アルティア!
一応聞くけど勝てる!?アレ!?」
「良いとこ三割ってところね…………」
「三割!?
くそ、あのバカどこに行きやがった!
一発、いや十発は殴らねえと気がすまねえ!」
「…………ちょっと、ワクワクしてきた?」
「するかぁ!!」
辺りを見回すも人混みに紛れているのかバカ息子の姿は見当たらなかった。
「レンヤ、あいつを殴るのは後にしなさい!
今はこの場を生き抜くことが先よ!」
アルティアに怒鳴られ、龍の方に向き直る。
「って俺、なにすれば良い!?」
「死なないように逃げ回ってなさい!」
「分かった!」
アルティアの言葉に即座に頷く。
情けないことこの上ないが、オール平均以下の俺にできることなんて何もない。
俺はこの場を生き延びたら皆の分まであのバカを殴り倒すことにしよう。
「あの………私も」
「クレアちゃん、期待してるからね!」
「…………はい」
アルティアの珍しい必死な表情に泣きそうな顔で頷くクレア。
『愚かな人の子らよ………自らの傲慢さを後悔するが良い!』
龍が吼え、翼を広げ飛び立ち戦闘態勢になる。
こうして誰も望んでない、不毛で無駄に命を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。
ーーーーーENDーーーーー