13
「いたた…………くそ、何で俺ばかりこんな目に…………」
「誰かさんが私達を見捨てようとした罰ではないですか?」
遺跡から出た俺たちは、ギルドに依頼の完了と、吸血鬼のことを告げ、ギルドにある宿泊施設をタダで利用させてもらえることになった。
割り当てられた部屋で一夜を過ごし、翌日に目が覚めたのだが…………
「お前ももうちょっと早く止めてくれよ…………」
「助けてもらっただけ、ありがたく思ってください」
俺は痛む体をさすりながら言うが、不機嫌なクレアにバッサリと切り捨てられる。
まだあの時、見捨てようとしたことを根に持ってるらしい。
俺は吸血鬼との戦いの後、例のごとく勘違いされ、アルティアとレイアにお仕置きという名の、拷問を受けたのだった。
吸血鬼がやった、と言えれば簡単なのだが、そうすると吸血鬼がクレアの血を吸った経緯まで話さないといけなくなってしまうため言うわけにもいかず、結果二人を止めることができなかった。
途中でクレアが止めてくれ、吸血鬼のことを伏せて違うということを説明してくれたものの、ボコボコにされた体が痛んで仕方ない。
「いたた…………くそ、せっかく特別ボーナスも貰ったのに…………」
吸血鬼を倒したことで俺たちには、依頼の報酬とは別にかなりの額のお金が支払われており、それでアルティア達は街に買い物に行ってるのだが、体が痛くてそれどころではない俺はこうして部屋で横になっている。
「ああ……………日本でゲームしてた頃が懐かしい…………」
日常というものは、失ってからその大切さに気づくと言うが、本当だったんだな………。
俺の言葉にクレアは多少後ろめたそうな顔をするが、こいつが悪いわけではないのは重々承知している。
俺の平和な日常が消えたのも、今こうして痛みに悶え苦しんでるのも、全部元はと言えば原因はあのくそ女神だ、生きて会えたら死ぬほど文句言ってやる。
「あー…………魔法の世界なんだから、パパッと魔法で治してくんないかな…………」
「お医者さんが言うには、一日で治りそうだから魔法もいらない、と言ってましたよ」
「ってことは、一日この痛みに耐えないといけないってことだよな…………?」
考えただけで気分が重くなり、ため息をつく。
「はあ~…………こんな思いしてまで貰ったのがただの写真一枚だもんなぁ…………」
俺は吸血鬼に貰った写真を取り出してまたため息をつく。
「結局これってどこのいつの写真なんだ?」
クレアに聞いてみると、クレアは昔の思い出を懐かしむような顔をした。
「それは……………私が昔いた世界での思い出です。
あの頃の私は神としての威厳に満ちていてーー」
「その割りに情けない姿が写ってるが」
「う、うるさいです!
アレは、本当に辛かったんですから!
激辛をも超越した辛さ、周りの人からは死辛って呼ばれてましたし」
「死辛って……………」
食べたら死ぬほど辛いってことか?
というかよく食べる気になったな、そんな辛いものを。
「興味本意で一口食べただけなのですが……………まさかあそこまで辛いとは思いませんでした」
「周りから死辛なんて言われてる時点で気づけよ…………。
というか、封印を解くアイテムが全部こんな写真だとするなら…………あと六枚、お前のこういう写真を集めるってことだよな?」
ふと思ったことを言うと、クレアはハッとした顔をして、その後、暗い顔で呟いた。
「連夜……………もう、帰れなくても良くないですか?」
「良くねえよ、あっさり心折れてんじゃねえよ」
確かに吸血鬼みたいな奴と戦って貰うのが、こいつのアホな写真だと思うと俺も何もかも投げ出したくなるが。
そういえば
「吸血鬼と言えば、あいつから貰ったコレ、何なんだろうな?」
俺はポケットから吸血鬼に貰った宝石を取り出した。
真紅色をした綺麗な宝石だが、くれたのがあの吸血鬼ーーレフだと思うと素直に喜べないんだよな。
本人は冗談で言ったんだろうが、マジで呪いのアイテムだとしても不思議じゃないし。
「持ってるといずれ助けてくれる………かもしれないと言ってましたよね?」
「ああ、だからお前こういうの詳しそうだろ?
あいつが言ってたことって本当か?
この石から何か力とか感じるか?」
俺が石を手の上にのせて見せるとクレアはそれをまじまじと見つめるが
「うーん…………見たところ普通の石のようです…………」
「なんだ…………」
「あ!待ってください!
今、気がつきました!」
「お、なんだなんだ?」
「この石って私の眼と色が似てますよね!」
「…………………ああ、そうだな」
俺はこいつからはもう何の情報も得られないと判断し、そっと石をしまった。
…………………
「あー…………それにしても暇だー……………」
「文句を言わないでください、私だって付き合ってあげてるじゃないですか」
俺がこうなった責任をミジンコぐらいには感じているのか、クレアは確かに残っててくれているが…………
「…………どうせなら、綺麗な大人の女の人の方が良かったよなぁ」
「……………本人を目の前にしてよくそんなことが言えますね」
「あ、口に出てたか?
悪い悪い、つい本音が」
「連夜、ここが痛いのですかマッサージをしてあげましょう」
「いだだっ!?
ちょ、おま、やめろ洒落にならいででっ!?
やめろってこら!」
クレアが腰を押さえてくるのをやめさせようと腕を掴むと
「あっ」
クレアは掴まれた拍子にバランスを崩して俺の方へ倒れてきた。
もちろん腰が痛い俺に避けられるはずはなく
ドサッ
クレアは俺に覆い被さるように倒れてきた。
そう、今俺とクレアはほぼ密着状態、互いの体温が伝わるぐらい近い。
よくラブコメとかであるシチューエション、男なら一度は夢に見たことがある、そんな状況で俺は
「いでえっ!?
こ、腰が!腰があああ!?」
腰を押さえて思いきり叫び声をあげていた。
ドキドキ感等の甘ったるい感情は一切なく、ただ腰に走った衝撃に悲鳴をあげる。
立っていた奴がバランスを崩して倒れてくるということは、それ相応の衝撃があるということであり、その衝撃はただでさえ腰を痛めている俺にとっては文字通り痛撃になったのだ。
おまけにその衝撃が走った腰に物が乗っかってるものだから、その痛みは収まるどころか強くなってくる。
「れ、連夜すみません。
大丈夫ですか?」
「し、心配するなら早くどいてくれ!」
「ま、待ってください、今から退きますので…………」
クレアが立ち上がろうと上でごそごそし始めた。
もちろん、クレアが動く度に俺の腰は悲鳴をあげる。
「や、やめろぉ!動くな!」
「どっちなんですか!?」
「いや、動け!
動いてほしいけど一切揺らすな!」
「無茶を言わないでください!?」
「良いから早くーー」
ガチャ
「ただいまー。
レンヤ、お詫びに腰に効く薬草買ってきたからこれで許しーー」
バサッ
帰ってきたアルティアが、俺とクレアを見て持っていた荷物を落とした。
「どうしたアルティアど………の…………」
「………………大胆、小心者?」
その後から入ってきたレイア、それにミリィも俺たちを見て入り口で止まった。
「レンヤ…………これは一体どういうこと…………?」
「おい待て!何で真っ先に俺に聞くんだ!?
俺は何もしてねえぞ!」
「じゃあその腕はなに…………?」
アルティアの声にはたと気づく。
そう、あくまで見ようによってだが、俺がクレアの手を無理矢理引いて倒してるようにも見えなくはない。
「納得できたかしら?
さて……………断罪の時間よ」
「待て!いつものごとく勘違いーーーだから何で人の話を聞かねえんだよおおおおおおお!」
俺の怪我の完治は二週間延びた。
ーーーーーーーーーーーーー
怪我が完治した俺は、この間の依頼の報酬で悠々自適な生活を送っていた。
昼前に起き、昼から適当にその辺をぶらついて地理を覚えつつ買い食いし、夜は泊まっている宿で、クレア達と雑談しつつ眠くなったら寝る。
最初はゲームがなくて落胆していたが、ここのゆったりとした生活は俺に合っていたらしく、早々に馴れた。
何より、何時まで寝ていても起こされない、というのが良い、それに勉強に悩まされなくて済むしな。
などと思っていたとある日の午後のことだった。
「レンヤいる?」
「お~…………どうしたアルティア?」
「……………何してるの?」
「いや、今日天気が良いからな、日に当たって今から昼寝でもしようかと」
「すっかりグータラ人間になりましたね…………」
「……………気が緩んで引き締まってる」
「ええい、せめてこっちを向け、寝たまま聞くな」
俺はレイアに無理矢理起こされ、アルティア達の方へ向かされた。
「全く、何だ何だ?
人の昼寝を邪魔しやがって」
「充分寝てるでしょ………。
それより今から出掛けるわよ」
「どこに?」
「ここから街を二つと森を一つ抜けたところにある街まで」
「嫌だ寝る」
俺は最後まで聞かず、ゴロンと横になった。
「おい寝るな!」
「それってどうせ依頼の話だろ?
俺はまだ充分に金はあるから良い、お前らだけで行ってこいよ」
「そういうわけにはいかないのよ。
その街までの道中の護衛は確かに依頼だけど、元々はレンヤに関係するのよ」
「…………どういうことだ?」
「実は、その街に住んでるある人が、レンヤに会いたい、と言ってるのよ」
「…………俺?お前らじゃなくて?」
俺がキョトンした顔で自分を指差すと、アルティアは頷く。
知り合いはこの街の極一部、おまけに名も知られてないような俺に会いたがってる?
「で、その理由がこの間の吸血鬼退治の時、レンヤが吸血鬼の弱点を知ってたでしょう?」
「あ、ああ」
「その話がギルドを通して伝わったらしくて」
「どこに?」
「教会……………正確には対魔教会連合って言うんだけど」
教会…………初めて聞くが字面から予想はできる。
「その対魔ってことは、この間言ってた」
「そう、対魔神官が所属する組織よ。
アンデッドを狩るスペシャリストね」
そんな所が俺をわざわざ指名…………しかも吸血鬼の弱点を知っていた、という理由で。
「あとクレアちゃんも呼んでたわね」
「私もですか?」
クレアは身に覚えがない、というように目を瞬かせた。
俺はそんなクレアに呆れた視線を向ける。
「お前は一応龍を撃退したってことになってんだろうが」
「あ、そ、そうでしたね」
「流石、真の英雄は自分の武勇を見せびらかさない、ということですね」
クレアのそんな様子にレイアが尊敬の眼差しを向けながら言うが、こいつは素で忘れてただけだと思う。
「うん、レンヤの言う通り、龍を撃退したクレアちゃんに会いたいって」
「クレアは分かるが、俺は何で呼ばれたんだろうな…………?」
吸血鬼の弱点を知っていたから、ではわざわざ遠くから呼び寄せる理由としてはちょっと弱い気がする、一人で吸血鬼を倒したならそうだろうが、俺は弱点を言っただけで実際に倒したのはアルティア達だし。
また面倒ごとに巻き込まれそうだから、できれば行きたくないが…………
「あそこの特産品は美味しいって有名らしいわ」
「あ、温泉もあるのですね」
「近くに昔の修行場、か。
中々歯応えのあるモンスターも出るようだな」
「……………とても楽しみ、ワクワク」
そこの街のチラシか何かを見てはしゃぐ女性陣を見て、どうせ俺の意思は聞かれないんだろうな…………と、一抹の悲しさとともにため息をつくのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
俺たちはアルティアが受けた旅団の護衛をしつつ、街を目指していた。
この旅団はちょうどその街を目指していたようで、それなら目的地は一緒だからとアルティアが護衛を引き受けたらしい。
もちろん、SS級二人と、龍を撃退した英雄二人が護衛してくれる、ということで旅団の人達は諸手をあげて賛同したらしい。
「いや、まさかあの名高い“疾風の太刀”に“豪炎の魔法使い”が一緒に護衛してくれるなんてなぁ。
道のりは長いが、怖いものは何もないな!」
一緒に護衛を引き受けた他のギルドのパーティーがそう言って笑う。
「豪炎の魔法使いって?」
聞き慣れない言葉に質問するとアルティアが自分を指差した。
「ほら、私の固有魔法が火だから。
イフリートも自分は豪炎纏いし覇者って名乗ってるし」
「ふーん……………って、待て、あいつ喋るのか!?」
「喋るわよ?」
当然のように返されても。
「私はもうちょっと可愛い名前が良いんだけど…………もうすっかりこの名前で定着しちゃって」
アルティアが肩を落とすが、男がふと思い出したかのように言った。
「ああ、そういえばもう一つ名前があったよな。
確か“小さな女王”だったかーー」
「眠りなさい」
バチイッ!
哀れな男は言葉の途中でアルティアに気絶させられてしまった。
「へえ……………ピッタリなんじゃね?」
「レンヤも久々に食らいたいの?」
パシ、パシ、と電撃ムチを叩きながら言った。
「い、いえ、とんでもない」
俺はニヤける顔を必死に押さえながらアルティアから顔をそらす。
「そ、それにしてもアレだな、結構大所帯だよな」
この旅団は結構な規模のようで、馬車が五台、人数は護衛を入れて三十人は越えてる。
この世界ではこのぐらいの人数で移動するのが普通なんだろうか?
「人が多ければその分、弱い魔物が近寄りにくくなるからな。
まあ人数が多いと逆に呼び寄せたりもするんだがな」
俺の疑問にはレイアが答えてくれた。
「って呼び寄せるならダメだろ……………」
「それでも少ないよりは人数が多い方が、もし襲われても対処しやすいからね」
確かに数人の時に、モンスターの大軍に襲われたらなす術もないからな。
「まあこの辺は魔物はあまり出ないからそんなに心配しなくても大丈夫よ」
と言ったアルティアがふと俺を見た。
「……………誰かさんが引き寄せなければ、だけど」
「おい、その言い方は心外だぞ。
まるで今まで厄介事に巻き込まれたのは俺のせいみたいなーー」
アルティアの言葉に猛然と抗議していた俺はふと、吸血鬼と戦うことになった原因が俺とクレアにあった、ということを思い出した。
……………やべえ、反論したいけど反論できねえ。
「連夜、急に黙り込んでどうしたのですか?」
何も考えてなさそうなクレアが能天気に聞いてくる。
今の話を聞いて何とも思わんのかこいつは。
「………………お前のその能天気な面見てたら腹立ってきた」
「えっ!?いひゃひゃ!
いふぁいれす!いきなりなんふぇすか!?」
腹立ったので頬を引っ張っておく、おー伸びる伸びる。
「レンヤ、クレアちゃんが可哀想でしょ、やめなさい」
アルティアに諌められ渋々、手を離す。
クレアは涙目で頬をさすっていた。
「前々から思ってたんだけど」
「なんだ?」
「あんたとクレアちゃんって仲悪いの?」
「何を言う、仲の良い兄妹のごとく、仲睦まじく見えるだろ?」
「私には質の悪い男に引っ掛かった可哀想な女の子とその加害者に見えるけどね」
何を言う、大体こいつの言動に悩まされてる被害者はこっちだと言うのに。
「……………皆、楽しそう」
「うわっ!?ミリィ、頼むからいきなり背後から話しかけないでくれ…………」
アルティアの言葉にどう返してやろうかと考えていると、ミリィからいきなり背後から話しかけられてビックリする。
背後から話しかけられると、とあるトラウマを思い出すので今後はよく言い聞かせておこう、と決意する。
ちなみにミリィはまだ子供だからということで、五台ある馬車の内の一つに乗っていたはずだが。
「……………楽しくて、こっちに来た」
「寂しかったんだな…………」
「でもミリィちゃん、まだ結構長いわよ?
馬車に乗ってなくても大丈夫?」
「……………頑張る」
グッとミリィは握り拳を作ってそう言った。
その様子にアルティアは「…………無理はしないこと」と言ってそれ以上は言わなかった。
アルティアも案外子供に甘いよな、自分が子供のような外見してるくせに。
「レンヤ?怒らないから今思ったことを正直に言ってごらん?」
「いえ、アルティアさんは子供にも優しくて素敵だなと思いまして!」
アルティアの言葉に淀みなく答える俺。
最近、咄嗟に聞かれても思ってもないお世辞を言えるようになりました。
ふっふっふっ、今やアルティアぐらい簡単にあしらえるぜ。
「そう。ところで私最近、テレパシーの魔法覚えたんだけど」
「げっ!?じゃあバレてんじゃねえかーー」
「嘘だけどね」
「………………」
「今の発言について詳しく聞かせてもらっても良いかしら?」
「嫌ああああ!!
誰か、人殺しです助けてええええええ!!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。
サンダーサークル!」
叫びながら逃げようとした俺の周りにバチバチいいながら何かが形成される。
「な、なんだこれーー」
「縮まれ!」
アルティアの言葉とともにその輪が縮まり
バチバチバチバチッ!!
「ぎゃあああああ!?」
俺を拘束するとともに電撃を走らせる。
「こ、これは…………」
「……………何と…………むごい…………」
クレアとミリィが電撃に焼かれる俺を見てそう感想を漏らす。
やがて輪が消え、俺はプスプスと煙を立ち上らせながらドサッと倒れた。
「うーん…………新しく覚えたのは良いけど、危ないわねこれ。
モンスターと悪人以外には使わない方が良いわね」
俺を見ながらアルティアがそう言うのに俺はガバッと起き上がり文句を言う。
「おい!俺を実験台にするな!
死ぬかと思ったわっ!!」
「大丈夫よ、これ最低出力だもの」
………………え?
「結構、バチバチいってた気がするのですが」
「だから普通の人には使えなかったのよ。
余程の悪人を捕らえる時か、タフな人じゃないと」
「おい、もしかして俺がその悪人かタフな部類に分類されてんじゃないだろうな?」
「レンヤは小悪党でタフな部類ね」
「異議を申し立てるっ!」
「聞かない」
アルティアはべーと舌を出してそっぽを向いた。
こ、この野郎……………!!
「おーい、ちょっと聞いてくれ……………何でうちのリーダーが気絶してるんだ?」
今度幽霊のふりをして驚かせてやろうかと考えていると、さっきの人と同じギルドの人が、倒れている自分のところのリーダーを見て首を傾げる。
それを見てアルティアが顔を横にそらす、まさか自分がやった、とは言えまい。
「ちょっと疲れて眠ってるだけよ。
それより何の用?」
「あ、はい、実は…………」
慌てた様子のその人が口を開こうとした時
ヒュンッ ザクッ
どこからともなくその人の目の前に矢が飛んできて突き刺さり
「俺たちゃ盗賊だ!
命が惜しけりゃ金寄越しな!」
と、テンプレートな台詞を吐きながらゾロゾロと簡単な武装をした男たちがどこからともなく現れて俺たちを取り囲んだ。
「……………盗賊が襲ってきてるんです」
「見れば分かるわよ!」
アルティアは報告しに来た男に怒りながら、杖を構えて臨戦態勢を取る。
「数は……………50程か。
こちらは戦闘ができる者と言えばせいぜい10」
レイアが敵とこちらの人数差を計算する。
「相手は五倍の人数…………おまけに私たちは馬車と民間人を守りながら戦わないといけないわ」
アルティアの呟きを聞いた盗賊の一人がニヤニヤ笑いながら
「そうだぜ?だから大人しく降参して金目の物をーー」
「ま、普通の冒険者ならね」
「……………へ?」
「ストーム!」
アルティアは喋っていた盗賊の一人ごと、風で吹き飛ばす。
「なっ!?
こいつ、抵抗するか!
野郎共、やっちまーー」
「風の型、巻風!」
「ええええええええっ!?」
レイアが盗賊の集団に向けて太刀を振ると、竜巻が発生し何人かを吹き飛ばした。
「くそっ!
魔法使いか!?」
「え、詠唱なしであんな高位魔法を…………!?」
「ば、化け物だ!」
「ストーンランス!」
ゴッ!
「「「ぎゃあああああ!?」」」
「風の型、剛風!」
ゴガッ!!
「「「ひいいいいいいい!?」」」
アルティアが魔法を、レイアが剣技を放つ度に、虫けらのごとく吹き飛んでいく盗賊たち。
それは最早、戦いではなく一方的な蹂躙だった。
何というか、いっそ盗賊たちが憐れに思えるぐらい、アルティアとレイアの強さが圧倒的だ。
「………………」
俺はこれ以上見てられず、そっとミリィとクレアの目も塞ぎ、よりにもよってこの馬車を襲ってしまった盗賊たちに心底同情しながら、自分も目を閉じたのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
あの後、近くの街の憲兵に連絡し盗賊たちを引き取ってもらい、俺たちはさらに歩き続けていた。
哀れな盗賊たちはすっかりこの二人に怯えていて、迎えに来た憲兵達に「よく来てくれた!」「早く俺たちを連れていってくれ!」と抵抗するどころか我先にと憲兵の元へと走って行っていた。
「お前ら、流石にアレはやり過ぎじゃないのか」
「ごめん、この間の吸血鬼戦でストレスが溜まってて…………つい」
「私も少々やり過ぎたな」
「少々、じゃねえよ」
「いや、でもあれだけの規模の盗賊団をたった二人で壊滅させるんだからな!
流石は噂に名高い疾風の太刀と、リトルプリンセ」
「エアバースト」
ドゴッ!
「………………学習能力ってものがないのかあんたは」
アルティアにとっての禁句を言いかけ、また吹き飛ばされる別パーティーのリーダーを見て呆れた視線を送る。
今度は少し手加減したのか、リーダーはよろよろしながらも立ち上がる。
「う…………げほげほ。
す、すまねえ…………いつもそうやって呼んでるからつい」
「ミディアムとレア、どっちが良いかしら?」
アルティアが自分の周りに火の玉を幾つも出しながら言うのに、呑気そうなリーダーも流石に口をつぐむ。
それを見てアルティアも火の玉を消した。
「そ、それよりアルティア。
ひとつ聞きたいんだが」
「なに?」
「俺たちが向かう街って、確か二つ、三つ、街を越えた所にあるんだよな?」
「そうよ」
「当然、どっかで宿取るんだよな?」
「取らないわよ」
「え?」
「え?」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「このペースなら夜には着けるだろう。
宿を取る必要はない」
「だなぁ。まあ、俺たちの雇い主が商品の仕入れをするとかなら別だろうがな」
おまけにレイアと、リーダーまでそんなことを言ってきた。
そこで冗談じゃない、と悟った俺は思わず大声をあげる。
「はあああ!?
ま、まだ一つ目の街を越えたばっかだぞ!?
あとどんぐらいの距離があんだよ!?」
「まあまだ半分もいってないわね」
アルティアの言葉を聞いた瞬間、俺は回れ右をしていた。
「……………どこ行くの?」
「帰る!良いかお前ら!
元引きこもりのオタクを舐めんな!
言っとくがもう俺の足は……………限界なんだ……………っ!!」
「……………情けないことをここまで大袈裟にカミングアウトする人は初めて見ましたよ」
俺と同じくへっぽこな筈のクレアがそう言うのに俺は反論する。
「うるせえよ、何でお前は疲れてないんだよ」
「これでも一応、平均的な冒険者のステータスは持ってますから。
まだまだ余裕はありますよ」
俺にだけ聞こえるよう呟くのを聞いて、グロッキーになってるのが俺だけだと知ってショックを受ける。
俺は元の方向へ向くと、無言で歩き始める。
「……………どうしたの?」
「恐らく、疲れてるのが自分だけだと知って、情けなさと負けてたまるか、という気持ちが」
「ピンポイントで当てんじゃねえよ!
そして言うなよ!」
レイアにこれ以上ないぐらい的確に当てられてしまった。
こういう時は分かってても口に出さないという優しさがあっても良いんじゃなかろうか。
そして当の本人は何か悪いことを言ったか?というように首をかしげているので、俺はもう文句を言うのをやめた。
「そんなことより、このまま歩き続けるということは、ご飯はどうなるのですか?」
俺のプライドに関わることをそんなことで切り捨てた挙げ句、ダメ神様は何よりご飯が気になるらしい。
「食事は歩きながらね。
たぶんそろそろ…………」
アルティアがそう言って前を見ると、旅団の前の方から、皿の上におにぎりのようなものを乗せた俺たちと同い年ぐらいの女の子が、こちらに近づいてくる。
ここの商人の娘だろうか?
黒い髪を一つに束ねてるその子は、乗せているおにぎりを護衛の人達に配っている。
「皆さん、お疲れ様です。
お昼ご飯を持ってきました」
「お、ありがとな。
いや~、これで酒もあったら最高なんだがなぁ」
「まだ仕事がありますよ」
一人の冗談混じりの言葉に笑いながら返す女の子。
その女の子は男達と少し話してから俺たちの方にも来た。
「はい、どうぞ。
後は貴方達だけなので、全部食べて良いですよ」
「わーい!」
「おいこらボケ神、俺たちの分もあるんだぞ」
「わ、分かってますよ」
クレアが皿に飛び付こうとしたのでしっかり釘を刺しておく。
「ボケ神?」
「ああ、こいつの渾名みたいなもんだから、あまり気にしなくて良い」
女の子が首を傾げたのでそう弁明しておく。
その間にもアルティア達は、運ばれたおにぎり?もうおにぎりで良いや、を食べている。
俺も一つ掴んで食べてみる、うん、おにぎりだな、うまい。
俺たちは女の子が持ってきてくれたお茶と一緒に昼飯を歩きながら食べる。
現金かもしれないが、食べたらまた少しやる気が出た、クレアにだけは負けないよう頑張ろう。
ちなみにクレアは残ったおにぎりを全て処理し、女の子に驚かれていた。
まあこいつの見た目からは想像できないからな。
「ごちそうさまでした」
「お前少しは遠慮しろよ…………」
「い、いえ…………残っても捨てるだけだったので良いのですが…………」
女の子はクレアをじーと見つめて信じられないものを見たかのような表情をしている。
軽く10個以上はあったもんな…………。
「おーい、セリアちゃん。
親父さんが遅いから心配してるぞー」
「は、はい!今すぐ行きます!」
女の子はそう呼ばれ、俺たちに「それではまたよろしくお願いします」と頭を下げ、先頭の方へ走っていった。
「礼儀正しい、おまけに良い子だな。
うちのイロモノ集団とは大違いだ」
「ちょっと、それ誰のことを言ってるのかしら?」
「黙れ、小学生」
「私は普通だろう?」
「お前のような化け物じみた強さを持ってる奴は普通とは言わん」
「………………私は?」
「お前はこのメンバーでは割りとマトモだ」
「……………わーい……………?」
「私もですよね?」
「お前は…………………うん、よし皆、無駄話してないで歩くぞ!」
「な、何で私だけ何も言わないんですかっ!?」
「……………俺には、とても真実を告げる勇気はない」
「それはどういう意味ですか?」
「さあ行くぞ!
また盗賊達が襲ってくるかもしれないからな!」
「だからーーーま、待ってくださいーーーー!」
ーーーーーーーーーーーーー
その後、休憩をはさみながら俺たちは歩き続け、目的の街に着いたのは夜の一歩手前だった。
「いやー助かりました!
おかげで馬車も人もみんな無事です!
本当にありがとうございました!」
「いえ、気にしないでください。
私たちもここに用があったついでですから」
お礼を言う雇い主の商人にアルティアがそう返す。
ちなみに俺は
「……………………」
「連夜、しっかりしてください」
「………………重い」
クレアとミリィに抱えられ、屍のようにぐったりしていた。
「いえいえ、報酬だけでは私の気が済みません。
そうだ、ここまでお疲れでしょう、ここの宿の手配をしておきますのでどうぞご利用になってください。
もちろん、お代は出しておきます」
「そこまでしてもらう訳には…………」
「いやいや、人の好意は素直に受け取っておくものですよ。
遠慮も過ぎれば無礼となる、とも言いますからな、はっはっはっ!」
アルティアの遠慮を豪快に笑い飛ばし、雇い主の商人は地図をアルティアに渡して連れと一緒に街へと歩いていく。
あのさっきの女の子も、一緒に付いていこうとし、俺たちに気づくとぺこりと頭を下げて街へと消えていった。
「最後まで良い子だったな」
「ほんと、あの親父さんの子供とは思えないよなあ」
別パーティーのリーダーの言葉にそうだな、と頷こうとして
「え、誰の何だって?」
「だからさっきまでの俺たちの雇い主の娘さんだよ、名前は確かセリアちゃんだったかな?」
「ま、マジか……………」
さっきの肥えた体型の豪快な商人と、あの子を比べて全く似てない親子だなと思う。
特に顔とか、母親似なのか?
「それでアルティア殿、どうする?」
「もう今さら良いです、とは言えないしここは好意に甘えときましょう。
宿は……………ここね、行きましょう」
「じゃあ俺たちとはお別れだな。
ありがとよ、おかげで俺たちも楽して報酬ゲットできたぜ。
また縁があったら会おうぜ、リトルプリーー」
アルティアが杖を振り上げると、慌てて男達は街へと走り去っていた。
「全く……………誰が広めたのかしら。
犯人を見つけたら三十、四十発魔法を撃ち込まないと気が済まないわ」
「いや多すぎだろ」
アルティアがそう言いながら歩き出し、俺はツッコミを入れつつクレアとミリィにずるずると引きずられながらアルティアの後を付いていく。
しかし、クレアとミリィの力ではたかが知れてるので、すぐに二人とも息が上がってくる。
「うう……………重いぃ…………」
「……………潰されそう、浮きそう」
と、そんな二人を見かねてレイアがこちらに来た。
「……………しょうがない、おい二人のためだからな!
断じてお前のためではないからな!」
「そんなに念押ししなくても分かってるよ…………」
「ふん」
レイアは俺を片手で掴み、そのまままるでバッグでも持つかのように、ぶら下げたまま歩き出した。
当然、俺の足は地面についてるので、ずるずると俺の靴は削られていく。
「レイアさん…………凄いです」
「てゆーか、これ、俺完全に荷物扱いじゃねえか…………」
願わくば宿まで靴が持ちますように。
「文句を言うな、持ってやるだけありがたいと思え」
「へいへい、感謝してますよ」
レイアに引きずられつつ前を行くアルティアを見ていると、アルティアはある建物の前で立ち止まった。
「ここね」
「……………ここ?」
「あのーアルティアさーん?
間違いでは?」
俺は目の前にある建物を見上げながら言った。
正面の豪華な作り、ここに来てから初めて見る三階建ての建物、どう見ても高級ホテルといった佇まいだ。
「あら?知らなかったの?
さっきの商人、この辺では一、二位を争うぐらいお金持ちなのよ」
「え!?あの人が!?」
「そうでもないとSS級の護衛二人も雇えないわよ」
アルティアは臆することなく中へ入り、その後に俺たちも続けて入る。
「いらっしゃいませ。
アルティア様、レイア様、ミリィ様、クレア様、レンヤ様ですね。
モルガン様よりお話は伺っております」
入るなり制服姿の男女それぞれ十人ぐらいに一斉に頭を下げられる。
どうやら本当にここがさっきの商人が手配してくれた宿みたいだ。
「お部屋は女性二人ずつで二組、男性一組となってますがよろしいでしょうか?」
「ええ、良いわよ」
「かしこまりました。
それではお部屋の鍵をお渡しします」
そう言うと一人が前に出てきて、アルティアに鍵を二つ渡し、俺にも一つ鍵を渡してきた。
「お部屋は三階にあります、食事や飲み物代もすでに払われてますので用があるときはお部屋の通信機をお使いください」
「はいはい、じゃあ行くわよ」
アルティアは鍵を受け取るとさっさと階段へ歩き出した。
「なあアルティア」
「なに?」
「お前ってこういう所に泊まったことあるのか?」
「依頼主が今回みたいな大物だと時々ね」
「ふむ、私も何回か泊まらせてもらったことがあるな」
アルティアの後にレイアも思い出したかのように言い、改めてSS級のランクの高さを思い知らされる。
「じゃあ私たちは部屋割りどうする?」
「く、クレア殿、私と一緒でどうだろうか?」
「え、ま、まあ良いですけど…………」
「じゃあミリィちゃんは私とね」
「………………何故か寒気が」
四人が話してるのを若干羨ましい気持ちで聞きながら、ぼちぼち部屋に行くまでぐらいなら回復してきたので、レイアに下ろしてもらい(階段で引きずられるのが嫌だったのもある)階段を登っていくと鍵についてる番号札と同じ番号の部屋に着いた。
「ここが俺の部屋か」
「じゃあ明日、対魔神官に会いに行きましょう。
あ、それと私たちの部屋に侵入しようとか考えないように」
「そんな命知らずな真似するかよ…………」
アルティアの言葉にそう返し、俺は部屋に入る。
奥にベッド一つ、後はテーブルと横にバスルームがついてる。
何か思ったより簡素だが、風呂と温かいベッドがあるなら申し分ない、俺は早速ベッドに横になった。
ふとベッドから手が届く位置に、丸い玉が壁にあるのに気がついた。
「何だこれ?」
好奇心から丸い玉に触れると
ピカー!と玉が光り出し
『はい、こちらフロントです。
ご用件は何でしょうか?』
「うおっ!?」
いきなり人の声が聞こえ、思わず玉から手を離す。
『ど、どうされましたか?』
「い、いや、何でもないです」
玉から聞こえる声に慌てて返す。
なるほど、恐らくさっきの説明にあったこれが通信機、というやつなのだろう。
まさかこんな丸い玉で会話ができるなんて。
原理が気になるが、どうせファンタジーな力でファンタジーに繋いでるだろうから、俺には理解できないだろう。
と、いつまでも黙ったままじゃ不審がられるな。
「ええと…………確か食事とか頼めるんでしたっけ?」
『はい、食事は1日3回までですが、飲み物はご自由に注文できます』
「じゃあ…………夕食とお茶をお願いします」
『かしこまりました。十分ほどかかりますので少しお待ちください』
その声とともに、玉から光が消えた。
「あー、ビックリした…………」
元の世界にもホテルとかにこういうのはあるが、まさか異世界にもあるとは思わなかった。
ギルドの受付とかもそうだが、意外とハイテクだよなこの世界。
「この分ならどっかにはゲームとかありそうだよな」
ガチャ
「お待たせしました」
「うおっ!?はやっ!?」
ワゴンのようなのにお茶と食事を乗せて現れた従業員は、食事をテーブルに置いた後、風のように去っていった。
「十分って言ってなかったか…………?」
明らかに十分どころか、五分も経ってない。
まあ早く持ってきてくれる分には良いけどさ。
それにしても…………
「あいつらがいないだけで、こんなに静かとはな」
静かで良いと思う反面、静かすぎて落ち着かないという気持ちも半分ある。
まあどうせ明日また連れ回されるんだろうし、今はこの自由な時間を満喫させてもらおう。
ひとまずはこのうまそうな食事をーー
バアンッ!!
「連夜、助けてください!
お部屋にある玉を触ったら光が止まらなく…………!!」
「一時間も大人しくできんのかお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
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その後、宿の人に平謝りしながら事情を話すと、高魔力による暴走が云々かんぬんとかで、怒られはしなかったが、料理は冷め、ゆっくりするどころか、慌てて個室のシャワーだけ浴びて寝る羽目になったのだった。
前言撤回だ、誰かさらってでも良いからこのボケ神と俺から一週間ぐらい引き離してくれねえかな。
俺は冗談四割、本気六割でそう思いながら眠りについたのだった。
ーーーーーENDーーーーー