12
吸血鬼が最初に狙ったのはーー俺っ!?
「ちょまっうわっ!?」
迫る吸血鬼の槍の刺突を身を屈めて避ける。
吸血鬼は突進した勢いのまま真っ直ぐに進み、背中の羽を羽ばたかせ空中にとどまった。
「ちっ、鈍そうな割に意外と避けおったな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
なんでいきなり一番弱そうな俺を狙うんだっ!?」
「お主は興味ないのでな、早々に退場させてやろうという余なりの気遣いだったのじゃが」
「そんな気遣い要らねえ!」
「というわけでとっとと死ぬのじゃ、後の奴等は余がゆっくりと相手をしてやるからの」
「そんな理由で主人公が死ぬとでもーーーあ、ヤバイヤバイマジで死ぬ!?」
逃げ続けるがすぐに壁際に追い詰められ、槍を突き出される。
一回目は何とか避けるが、続く二回目は避けられない、しかもマジで俺の心臓をピンポイントで狙ってる。
「さらばじゃ、無礼な男よ」
「せめて名前でっーーーー!?」
確実に死を意識し、頭が真っ白になりかけるが
ガキインッ!!
「む?」
間一髪でレイアが槍を太刀で受け止める。
「れ、レイア!!」
「余りにも情けない姿だったのでつい助けてしまった…………」
「それでも良いですありがとうございます!」
「ええい、さらに情けないことを言うな。
と言うか、さっさと逃げろ!」
「あ、す、すみません…………」
俺はレイアの後ろからこそこそと這い出て、吸血鬼から距離を取る。
「くっ、何故邪魔するのじゃ!?
せっかく邪魔者を片付けて楽しもうと言うのに!」
「邪魔なのには同意するが、今は貴様の方が危険人物だ!」
レイアが太刀を振り抜き、吸血鬼を肩から一閃する。
「おおっ!?やったか!?」
しかし、吸血鬼は不敵な笑みを崩さない。
見ると、レイアが斬った所は身体が霧のようになっていた。
「手応えがない…………!?」
「ふっふっふっ、余は身体を霧に変えれるのじゃ。
一部も、全身もな!」
そう言うと吸血鬼の身体が完全に霧になり、霧のままレイアから離れる。
黒っぽい霧が向かうのはーーーやっぱり俺かよっ!?
慌てて逃げようとするも、その前に霧が俺の前に来て、人の形を作る。
「そろそろ死ね」
「段々言葉が簡素になってきて怖いーーーー!?」
俺の前に移動した吸血鬼は言葉通り、無感想に槍を振りかぶる。
「ファイアウォール!」
ゴオオッ!
「ぐっ!?」
しかし今度はアルティアが炎の壁で俺と吸血鬼の間を遮った。
助かった………が、問題は炎の壁は俺にもダメージを与えるということだ。
「あつっ!服、服にも燃え移った!?」
「ファイアアロー!エアカッター!スプラッシュ!」
「おおっ?
お主、人間にしてはやるのう?」
「お褒めいただきどうも!」
「じゃがそんな弱い魔法では余は倒せぬぞ?」
その言葉通り、吸血鬼は迫る魔法を避け、或いは槍で叩き落としている。
やはり遺跡を気にしてるのだろう、崩れれば俺たちも生き埋めになるからな。
「というか、あまり魔力を使わないで欲しいのう。
味が落ちてしまう」
「そんなの知らないわよ!」
アルティアは遠距離攻撃が効かないと見るや、電撃鞭を二本手に出す。
反射的に身をすくめるが、アルティアは鞭を使って吸血鬼に直接攻撃を仕掛ける。
「ほう?魔法使いは接近戦は苦手かと思っていたが」
「ソロでクエストをこなす魔法使いには、近接戦闘もできないと話にならないのよ!」
「なるほどの、じゃが………」
吸血鬼はアルティアが繰り出す鞭を、槍で絡めとり上へと跳ね上げた。
「あっ!?」
アルティアの手から一本の鞭が引き離され、手が届かない所に転がっていく。
「所詮は非常用の手段であろう?
余には効かぬぞ」
「……………そうね、私は魔法使いだもの。
元々、近接戦闘なんて得意じゃないし。
だからーー本職に頼むことにするわ」
「はあっ!」
「むっ!?」
アルティアとの戦いに気を取られていた吸血鬼の背後に、レイアがいつの間にか回り込み太刀を降り下ろした。
「くっ!」
吸血鬼はそれを何とか槍で防ぐが、レイアの力に耐えきれず後ろへ飛んだ。
「速い速い…………流石、人間のみならず“疾風の太刀”と言われるだけあるのう…………」
「よそ見をしている余裕があるのか?」
「なにっ!?」
吸血鬼は声に驚き、慌てて背後を振り向く。
しかし、レイアはその一瞬でさらに背後に回り、さらに斬撃を繰り出す。
「何じゃお主は…………!?
余の目にも捉えられぬ程速いと言うのか!?」
「答える義理はない!」
吸血鬼は攻撃を防いでいたが、一旦距離を取るためか身体を再び霧にし始めた。
「お主は別格じゃな…………先に仕留められそうな者から仕留めることにしよう」
「っ!?待てっ!!」
レイアが霧に向かって太刀を何度も降り下ろすが、ことごとくすり抜けてダメージを与えられない。
吸血鬼はそのまま、また俺を狙うかと思いきやミリィの方へ向かっていく。
「ミリィ!」
「もう遅いわ!」
霧になっても話せるのか、吸血鬼が高笑いしながらミリィの前まで接近、人の姿になり槍を構える。
「安心せい、殺しはせぬ。
ただ、少し眠っていてもらうぞ!」
「ミリィ!」
吸血鬼が槍をミリィの頭に降り下ろすーーー
「反転、方向」
その槍をミリィが触れ、呟く。
すると槍は、ヒュンッ!と何かに弾かれたかのように後ろへと戻り、吸血鬼の頭にヒットした。
「いた!?こやつ、何をしおった!?」
「……………反転、方向」
戸惑いつつも再び槍を降り下ろす吸血鬼。
だが、ミリィがまた手を触れると、槍はゴンッ!と吸血鬼の頭に吸い込まれた。
「まさかこやつ、余の槍を弾き返して…………!?
くっ…………!」
吸血鬼はミリィを諦め、翼を羽ばたかせて距離を取った。
「まさか今のは…………反転の魔法…………。
人間に使い手がいるとはな、これは驚きじゃ」
「ならとっとと諦めてもらえないか?」
「ふっ、冗談ではない。
むしろ、ますます血を吸いたくなったーーー男以外はな!」
「それわざわざ言うことかなぁ!」
「こうなれば物量作戦じゃ!」
吸血鬼がパチンと指を鳴らすと、骸骨達がわらわらと出現し、俺たちに向かって津波のように押し寄せてくる。
その数はさっき俺たちが追いかけられていた倍はいる。
「ひいいっ!?
き、キモい!」
そして骨が大量に迫ってくる光景は、とても恐怖心を煽られる。
「殺してはならぬぞ!
なるべく傷つけに生け捕りにせよ!
あ、男は別じゃからな」
「だからわざわざ口に出すな!」
「ゴー!」
吸血鬼の号令と共に骸骨が押し寄せてくる。
「ど、どうしましょう!?」
「クレア殿、ここは私にお任せを」
そう言うとレイアは骸骨達の前に立ち塞がり、太刀を構える。
あの構えは…………!
「風の型一の太刀“疾風”」
先程と同じくレイアの姿がかき消え、その一瞬後、骸骨達はバラバラになって倒れていた。
「バカなっ!?」
初めて焦ったような声を出す吸血鬼の背後に、レイアが回り込んでいた。
「はあっ!」
「ちぃっ!」
レイアの体重を乗せた一撃を、落ちるように体を下げてかわすが
「待ってたわよ…………!
フレイムプリズン!」
アルティアが魔法を発動させると、吸血鬼を取り囲むように炎が噴き出して、吸血鬼を中に閉じ込めた。
「くっ…………!?
だがこの程度ならすぐに脱出して…………!!」
「残念ながらそうはいかないわ。
監獄に囚われた罪人は死、あるのみよ」
アルティアは手をスッと持ち上げた。
何が起こるのかを本能的に察したのか、吸血鬼は焦った声を出す。
「ま、待てっ!」
「エクスキューション!」
持ち上げた手を振り下ろすと、炎の監獄が見る間に小さくなり巨大な火の玉となる。
もちろん、中にいた吸血鬼がどうなったかは想像に難くない。
「お、おいおい…………殺したのか?」
「しょうがないじゃない、殺らなきゃ殺られるんだから」
アルティアは平然と言うが、いくら化け物とは言え、人の姿をしたモノを殺す、というのはスッキリしない。
しかも見た目は幼い女の子だったんだ、せめてむさ苦しいオッサンとかムカつくイケメンとかだったら良かったのに。
まあ俺も命を狙われてたんだ、ここは命が助かって良かった、としておこう。
「終わった…………のですか?」
俺の後ろに隠れていたクレアが燃え盛る火の玉を見て呟く。
「つか人を盾にしてんじゃねえよこの野郎」
「連夜なら主人公補正で大丈夫かと思いまして」
「お前、俺の運の悪さ知ってんだろ?
主人公補正も吹っ飛ぶステータスだぞ俺の運の悪さは」
「それ自分で言っちゃうんですか…………」
「ふう……………子爵クラスなら専門家と戦ったことあるけど…………流石に伯爵クラスは段違いの強さだったわね」
「専門家?」
「対魔神官って言うんだけど。
吸血鬼やさっきのスケルトンみたいなアンデッドを狩るスペシャリストよ。
まあ吸血鬼を狩るのは、AやS以上の人達になるけどね」
なるほど、火には水を、アンデッドにはエクソシストを、ってことか。
その専門家の人がいれば少しは楽になってたかもな。
「まあとにかく終わったんだ、さっさと帰ろうぜ」
道を塞いでいた骸骨達は、糸の切れた人形のようにーー
カタ
「お、おい誰だよ妙なイタズラするのは?」
「?何のことです?」
「今、何か音だしたろ?」
「私は出してませんけど………」
アルティア達の方を見ると、緊張した面持ちで入り口付近の骸骨達を見ていた。
まさか…………
カタ…………カタ…………カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!!
倒れていた骸骨達が一斉に音を鳴らしながら起き上がる!
「人間じゃと思って舐めていたが……………どうやら、お主らは人間の中でも我らに近い存在みたいじゃのう」
それと同時に声が聞こえ、その直後火の玉が真っ二つに切り裂かれた。
その中から出てきたのは、見たところ何のダメージも負っていない吸血鬼の姿だった。
「そんな…………!?
アレを食らって無傷だなんて…………!!」
「残念じゃがこの遺跡を気にしながら放った魔法で余は倒せぬ」
そう言う吸血鬼の両目は先程より紅く、輝いていた。
「なるべく傷つけぬようにと思っていたが………逃げられては元もこもないからのう。
今からはちょっと本気を出させてもらうぞ、人間」
そう言うなり吸血鬼の姿がかき消えた。
「どこに…………っ!?」
「後ろだ!」
ギインッ!!
姿を見失った俺たちの背後から襲おうとしていた吸血鬼は、間一髪気づいたレイアの太刀に阻まれた。
「ほう?今のについてこれるか。
お主、並の戦士ではないな」
「くっ……………!」
吸血鬼は片手、レイアは両手と体重を乗せて押しているというのに、逆にレイアの方が押され始めていた。
「ふんっ!」
「ぐっ!?」
吸血鬼が槍を振り、レイアを吹き飛ばし、さらに片手を上に掲げる。
するとバチバチと音を立てて、手のひらに半透明な紅い槍が出現した。
「なっ…………!?」
「ブラッディスピア!」
形成した槍をレイアに投擲する吸血鬼。
空中で何とか態勢を立て直そうとしているレイアめがけて、槍が真っ直ぐに飛んでいく。
「ま、間に合わない………!?」
「ストーンウォール!」
槍が達する前にアルティアがレイアの前に岩の壁を築く。
「よし、これでとまーー」
ドゴオオオオオオンッ!!
何と槍は少し勢いを弱めただけで、岩の壁で止まるどころか、岩の壁を貫通しさらにレイアに向かう。
「ふっ!」
何とか態勢を立て直せたレイアが、槍を太刀でそらし地面に着地する。
「今ので止まらないとはね…………!
皆、あの槍に気をつけなさい、当たったら体が吹き飛ぶわよ」
「ああ、言われなくても分かる…………!」
というか基本的に俺はどの攻撃でも即死だが。
「まだまだ、この程度で終わりではないぞ?
レッドムーンスターダスト!」
吸血鬼が魔法を発動させると、俺たちの周りに赤い球体が幾つも出現し、取り囲まれる。
「弾けよ!」
「疾風!」
球体が膨張を始める前に、レイアが一瞬で球体を全て破壊する。
「なに?魔法じゃぞ?
どうやったのじゃ?」
「最近は対魔剣も珍しくない、この程度我々では常識だ!」
「……………とか言ってんだが、一般的なのか?」
「そんなわけないでしょ」
「ふむ、そういうことか。
慣れない魔法は使うものではないの…………やはり、これじゃな!」
吸血鬼は再び槍を構えてこちら突っ込んでくる。
「させん!」
その前にレイアが立ちはだかる。
「風の型、鎌鼬!」
レイアが太刀を振るとともに、風の刃が出現し突っ込んでくる吸血鬼に向かう。
「ほう?お主、魔法も使えるのか」
「魔法?これは剣術だ!」
「だがやはり勢いがないな!」
吸血鬼は風の刃を避け、大きく円を描くようにレイアに接近する。
「叩き落とすっ!」
「残念、こっちじゃ」
レイアが太刀を振り上げた瞬間、吸血鬼はいつの間にかレイアの背後にいた。
ゴッ!!と凄まじい音がして、レイアが大きく吹き飛ばされる。
「レイアさん!
この!!」
アルティアが大量の火の玉を吸血鬼の周りに出し、それを吸血鬼に同時に放つ。
威力が弱くてもあれだけの数だ、当たったらタダでは済まないだろう、しかも四方八方からの攻撃、避ける術もない。
絶体絶命だというのに、吸血鬼は薄く笑ってーー
カカカカカカカッ!!
「……………は?」
手に持った槍で迫る火の玉を全て叩き落とした。
「どうした?
人間でもこのぐらい、できる奴はいるじゃろう?
それよりーーー余所見しててよいのか?」
「しまっーーー!!」
アルティアが振り返ると同時に、吸血鬼は回し蹴りをアルティアに叩き込んでいた。
吹き飛ばされ地面に叩きつけられるアルティア。
「アルティア!」
「うっ…………ごほ、げほっ!」
慌てて駆け寄るとアルティアはフラフラしながらも何とか立ち上がった。
「とっさに防御魔法を張ったか…………良い判断力じゃな」
吸血鬼は楽しそうに笑いながら槍を手に近づいてくる。
「アルティア!
逃げるぞ、動けるかっ!?」
「うっ………無理………足、挫いたみたい………」
アルティアは苦悶の表情を浮かべながら絶え絶えに呟く。
その間にも吸血鬼はゆっくりと、こちらの恐怖を煽るかのように近づいてくる。
「くっ………!クレア、手を貸せっ!」
「は、はいっ!」
クレアと二人がかりでアルティアを抱え、吸血鬼に背を向けて走って逃げようとするが
「どこへ行く?」
吸血鬼はいつの間にか俺たちの背後に回り込んでいた。
吸血鬼は槍を振りかぶり、俺に振り下ろす。
「…………させない」
「ミリィ!」
「むっ、お主か」
俺たちを守るように、ミリィが前に立ち、吸血鬼の槍に触れる。
「……………反転、方向」
グンッ!と槍は反対に反り返る。
また吸血鬼の頭にヒットする……………
「ふぬぬ……………反転、確かに強力じゃが…………まだ、使いこなせては、おらぬ、な!」
吸血鬼は何と、反転させられた槍を力で無理矢理、それを押し止めた。
「……………っ!
……………そんな………」
「ミリィ!避けろ!!」
「もう遅いわ!」
吸血鬼は戻した槍を勢いのまま、ミリィに叩きつける。
ドゴオンッ!と轟音とともに衝撃波が発生し、アルティアとクレアと俺は地面を転がる。
「いてえ…………くそ………」
頭をさすりつつ起き上がった俺は目をむいた。
吸血鬼の槍が叩きつけられた場所に大きなクレーターができていたからだ。
「む、予想外に抵抗が強くてつい力を込めてしまった。
惜しいことをしてしまったのう……………」
「そんな…………ミリィ…………」
やはり特異な魔法を持っていても、子供をこんなところに連れてくるんじゃなかった……………!
「すまない、ミリィ…………!!」
「……………呼んでない?」
「……………は?」
声に振り向くと、ミリィが俺の後ろでポンポンと肩を叩いていた。
「なっ…………!
お前、いつの間に…………?」
「……………私の隠された力が発動したりしなかったり」
「私が助けたんだ」
ミリィの側に立っていたレイアが訂正する。
まあ、横にこいつが立ってた時点で大体予想はついてたけどな。
「それよりどうする?
奴の強さは予想以上だ…………正直、今の私たちが勝てる相手ではないぞ」
レイアは吸血鬼を睨みつつ苦々しげに言った。
「何か弱点とか知らないのか?」
「知らないわ。
吸血鬼に関する情報は対魔神官の奴等が握ってるもの」
アルティアの言葉に肩を落としそうになったが、俺はふと思い出した。
俺が元いた世界にも吸血鬼と呼ばれる存在がいて、そしてその弱点もあったということも。
もちろん、異世界に俺の世界の常識を当てはめるのは危険だ。
だがこのままでは、俺は奴に殺され、アルティア達は奴の食糧にされてしまう、なら賭ける価値はある。
「思い出せ…………幾つかあったはずだ…………」
「レンヤ、何してるのよ!?」
アルティアの言葉にハッと頭を上げると吸血鬼が目の前で槍を構えていた。
「余の前で考え事とは余裕じゃのう…………その余裕が死を招く!」
「ま、待て待て!
タンマタンマ!!」
俺は青くなった顔でタンマを繰り返す。
せっかくこいつを倒す方法が分かったのに、それを考えていたせいで殺されるなんて本末転倒も良いところだ。
吸血鬼はそんな俺を哀れむような笑みで見下ろす。
「お主は、こういう場面で待ってくれる奴を見たことあるか?」
「確かに見たことないけど!
待て、待てってーーー!?」
必死に叫び続ける俺を無視して吸血鬼はトドメを刺そうとしーーー横から割って入ったレイアに邪魔される。
「ちっ、つくづく悪運の強い奴め!」
見た目小学生の吸血鬼に毒を吐かれ、食らってもないのに胸にダメージを負うがとりあえず危機を脱し、ホッと一息をつく。
「レンヤ!
いきなりボーとしてどうしたの!?
死にたいの!?」
「わ、悪かったから怒鳴らないでくれ。
実はあいつを倒す方法が分かる………かもしれないんだ」
「え?
対魔神官しか分からない吸血鬼の倒し方を知ってるの?」
「あ、あくまでも多分だぞ多分!」
アルティアの期待するような視線に慌てて予防線を張る。
「それでも良いわよ。
それで、あいつの弱点は何なの?」
「えーと、ちょっと待てよ…………」
太陽の光…………は無理だよな、地下だし、よく壊して太陽の光を浴びせるってのがあるが、ここでそれをすると、俺たちごと生き埋めになりかねない。
あと杭で心臓を打つ………でもアレは寝てるときしか出来ないよな…………。
俺はレイアと激しく切り結んでる吸血鬼を見て思う。
にんにく…………この世界に、にんにくってあるのか?
「アルティア」
「何か思いついた?」
「にんにくってある?」
「……………聞いたこともないわ」
「うん、すまん、ありがとう」
アルティアの返答を聞き、別の弱点を思い出す。
「あと有名どころでーー」
そう呟いた俺の脳裏に、ある形が思い浮かんだ。
「十字架…………!」
「十字架?」
「そうだよ十字架だ!
吸血鬼は十字架によわ」
「食らえ!」
「当たらん!」
ゴッ
「ぎゃああああ!?」
レイアが放った衝撃波を吸血鬼が避け、俺にヒットして吹き飛ばされる。
「レンヤ…………あなたが命を賭けて伝えてくれた弱点で、あいつを必ず倒すわ!」
「いや…………まだ死んでないから…………回復して………」
「でも十字架って…………何で作れば…………」
「……………これ使う?」
悩むアルティアにミリィが地面に散らばっているある物を指差した。
それはスケルトンの骨だった。
アルティアの顔が引きつってるのが見なくても分かる。
「そ、それ…………使うの………?」
「……………これしかなさそう」
確かに他に組み合わせられそうなものはなさそうだ。
「さ、触らないと………いけないのよね?」
「……………早くしないとレイアがピンチ、余裕で」
見ると、レイアが段々と押され、吸血鬼の攻撃が当たり始めている。
「う、うう……………や、やってやるわよ!!」
アルティアは目をつむりながら骨を二本拾い、それを十字に組み合わせる。
「フリーズ!」
氷の魔法でくっついたのを確認すると、目を開けて吸血鬼の方を向く。
「ほれ、動きが鈍くなっておるぞ!」
「くっ…………このままでは…………!」
「えーーーい!」
アルティアは骨の十字架を振りかぶりーーー吸血鬼に向かって投擲した。
十字架はブーメランのように回転して飛んでいき
「さて、そろそろ動かないようにぐあっ!?」
スコーンと音を立てて吸血鬼の頭に直撃し、吸血鬼はドサッと倒れ込んだ。
「じゅ、十字架ってそういう使い方じゃないと思うんだが」
「だ、だってあまり触りたくなかったんだもん!」
「もん、って……………」
普段のアルティアなら絶対に言わないような台詞を言うぐらい嫌だったのか…………。
「今、何をしたのだ?」
一方、レイアは何が起きたか分からないといった顔で、説明を求めるように俺たちの方へ来た。
「いや、吸血鬼の弱点が十字架、ってのを思い出したからそれを伝えたんだが…………」
「なに?対魔神官しか分からない吸血鬼の弱点を?
貴様、何者だ」
チャッとレイアが太刀を俺の喉元へと突きつける。
「ま、待て待て、ステイ、ステイ!
たまたまそういう本を見たことがあるってだけだ!」
「ほんとか……………?」
レイアは90%疑っている顔をしながらも、渋々太刀を納める。
「もしかしたら、レンヤは前対魔神官か、その関係者だったかもしれないわね」
「いやー…………それは分かんないなー………」
もちろん、実際は違うのだが異世界人です、とは言えないので曖昧な笑みで誤魔化しておく。
「こ、今度こそ倒したんですよね…………?」
クレアは恐る恐る吸血鬼に近づき、骨の十字架でツンツンつついたりしている。
「多分な。
十字架は弱点………の筈だし………」
そう言う俺の前で、吸血鬼がムクッと起き上がった。
「いたた…………まさか直で投げてくるとはのう…………少し不意を突かれたわい」
「………………ピンピンしてるように見えるんだけど?」
「ば、バカなっ!?
十字架は弱点だろ!?」
「元はアンデッドの骨で作った十字架なぞ余に効くわけないじゃろう。
余を倒すには、少なくとも3ヶ月清めた素材を使った十字架を使わんとのう」
「って言ってるわよ」
「いや、素材が悪いんだ!
俺は悪くねえ!!」
俺はかの有名な公爵家の跡取りの台詞を口にするが、周りからのジトーとした視線に耐えられず「………ごめんなさい」と頭を下げた。
ルー〇、あんたすげえよ………。
「さて、これで悪あがきは終わったじゃろう?
そろそろ大人しくしてもらえると助かるのじゃが?」
吸血鬼は余裕の表情で、俺たちに投降を促してくる。
「ど、どうする?」
「どうするも何も投降はあり得ないでしょ」
「で、でも他に打つ手ないぞ?」
「…………いや、まだある」
ひそひそと話していた俺たちの前に出て、レイアが太刀を構える。
「風の型一の太刀…………」
「むっ?」
「疾風!」
フッとレイアの姿が消える。
そうか、まだあの技があったか!
一瞬で骸骨の大軍を斬り伏せるあの技なら吸血鬼も………!
「なるほど…………大した技じゃ。
だが!」
吸血鬼は槍を手放し、素手で構える。
そして何も無いところに手を伸ばすと
ガシッ
「くっ!?」
突然、レイアが太刀を振り上げた状態で現れ、その腕を吸血鬼に掴まれていた。
「特殊な移動方法で瞬間移動のごとく、相手へと接近し斬る…………タネが分かれば単純じゃが、単純ゆえに強い、中々の技じゃな。
じゃが、余には効かん!」
ドゴッ!!
「ぐあ…………!!」
吸血鬼は掴んだ腕を支点にレイアを投げて、地面に叩きつけた。
「レイアさん!」
アルティアが魔法で牽制すると、吸血鬼は宙へ飛び魔法を避ける。
「レイア、大丈夫か?」
「ああ、しかしやはり見抜かれるか…………」
「やはりって………見抜かれるのは分かっていたのですか?」
「ああ、あいつの前で少なくとも三回見せてしまったからな」
三回…………?
さっきの骸骨達で一回、魔法を斬るのに一回、もう一回は…………
「まさか上でやたら敵が寄ってきてたのは…………」
「恐らく、あいつが偵察か何かで放ったのだろう」
やっぱりか、スケルトンを操れるという話で半ば予想はしていたが。
しかし、現在の最大戦力であるレイアの攻撃が防がれた、となるともう俺たちにはあいつに通じそうな攻撃はない。
「こうなったら相討ち覚悟で…………!!」
「ま、待て待て!落ち着け!」
隣でアルティアが魔力を迸らせているのを見て、慌てて止めに入る。
「このままタダで死ぬぐらいならあいつも道連れにするわ!」
「だから待てって!
なあレイア、あいつの動きが止まれば何とか出来るか?」
「あ、ああ。
それはどうにかできるが」
「……………何かあるの?」
「いや、まだだ。
もうちょっとで思い出せそうなんだが…………」
さっきの弱点以外にも、最近知った意外な弱点がーー
「この!この!」
「ふはは、当たらぬわっ!」
アルティアが放つ炎や風の刃や水を、槍で弾き避け余裕の表情を見せる吸血鬼。
やっぱり攻撃は効いてないか、現に余裕で防がれてるしーーー待て、何でわざわざ避ける必要があるんだ?
弾けるだけの力があるならわざわざ避ける必要はない、全て叩き落とせば良いだけの話だ。
もちろん、気紛れの可能性もある。
これは確かめる必要があるな。
「くっ……………!
やっぱり弱いのじゃ効かないわね。
やっぱりここで強力なやつを……………!!」
「だから待てこら。
それよりもう一回、俺の言う通りに攻撃してみてくれ」
俺は吸血鬼に気づかれぬよう、アルティアの耳元でボソボソと話す。
「え?別に良いけど…………それで良いの?」
「ああ、この戦いに勝つためには必要なんだ」
真剣な顔で頼むと、アルティアは頷き、杖を振り上げた。
「アクアカッター!エアカッター!ストーンブラスト!」
魔法を次々と発動し、吸血鬼へと放つ。
「じゃから無駄じゃと言っておろうが」
それを吸血鬼はやはり槍で弾き、そしてーーーある攻撃だけ避けた。
やっぱり……………!!
これで確信した、やっぱりアレが弱点だ。
「アルティア!
奴の弱点がーー」
「さっきから何を話しているか知らぬが、また余計なことを教えられても困るな」
吸血鬼がバチバチとさっきの凶悪槍を出した。
ま、マズイ!何か防ぐ手は…………
「そうだ!アルティア!
さっきのを出してくれ!」
「さっきのって?」
「ほらアレ、あの石の壁みたいなやつ!」
「え?でも…………」
「良いから早く!」
「ブラッディスピア!」
吸血鬼が槍を投擲、槍は真っ直ぐに俺を目掛けて飛んでくる。
さっきの威力を思い出し、顔から血の気が引く。
「は、早くしてくれ!」
「わ、分かったわよ。
死んでも出てこないでよ!ストーンウォール!」
ゴッと音を立てて、石の壁が出現する。
これだけじゃさっきは確かに貫通した、だが
「ミリィ!」
「……………私の退場?」
「今からが出番だ!
この壁を反転してくれ!」
「……………?良いの?」
「ああ、やってくれ!」
「……………反転、性質」
出てきた石の壁にミリィが手を触れて呟く。
「何をしてるの!?
それじゃ柔らかくなるだけじゃ…………!」
「それで良いんだよ」
槍はミリィが触れたばかりの壁に突っ込み、ズブッと音を立てて刺さった。
そして……………刺さったまま止まった。
「何じゃと!?」
吸血鬼は信じられないものを見たかのように、目を大きく見開いていた。
「これは……………刺さってる…………というより、埋まってる?」
「固いのでダメなら柔らかいものだ。
まあ、止められるかどうかは賭けのところもあったがな」
貫通するものを止めるには、固いものより柔らかいものの方が良いとかどっかで聞いたので、やってはみたものの半信半疑だった。
もしもこれでダメだったら今頃あの槍は俺の体を…………いかん、寒気がしてきた、この先を考えるのはやめよう。
「ちっ…………ならば、直接刺すまで!」
吸血鬼は自分の槍を持ち直すと、翼を羽ばたかせ突進してきた。
「悪いが、ここからは俺たちのターンだ!
アルティア、さっき言ったのを頼む!」
「分かったわ!
アクアウォール!」
アルティアは水の壁を吸血鬼の目の前に出現させた。
今までなら槍で破壊していただろうそれを、吸血鬼は
「ちっ!」
と、舌打ちをし、わざわざ一度止まって、方向転換をしてまで避けた。
「やっぱりな…………吸血鬼、それがお前の弱点だ!」
ビシイッ!と指を指して言ってやる、ふ、決まった。
さしもの吸血鬼も、焦りを顔に浮かべている(ように見える)な。
「対魔神官しか知らぬ筈じゃが……………お主、ただの雑魚ではないようじゃ」
「そういうことは思ってても口に出すんじゃねえ!」
失礼千万な吸血鬼の発言に怒りの表情で返す。
「おい、どうなってるんだ?
弱点って…………アレがか?」
レイアは信じられない、といった表情を浮かべ、水の壁を指差している。
「そうだ、吸血鬼は水………確か流水が弱点なんだ。
理由は知らんけど」
正直、俺もつい最近知ったばかりで、真偽も定かではなかったのだが、さっきアルティアが出した魔法の中で、水の魔法だけ避けていたのを見て、本当だと確信したわけだ。
「じゃが分かったところで、どうする?
確かに余は水には触れられん。
ならば、触れぬよう全て避けるだけじゃ」
弱点を暴かれてもなお、吸血鬼の余裕の表情は崩れない。
確かに、アルティアが今使っているような規模の魔法だけでは、吸血鬼に直撃させるのは難しいだろう。
この部屋全体を埋め尽くすような規模の魔法も、アルティアは使えるんだろうが、それをすると自分達まで巻き添えを食ってしまう。
だから俺たちに当てる術はないーー
「ーーとでも思ったか?」
「なんじゃと?」
「確かにそのまま当てることは難しいがーーこうすればどうだ?
アルティア!」
「分かったわ!
フリーズランス!」
アルティアは小さな氷の槍を放つ。
「そんなもの叩き落としてーー?」
槍を構えた吸血鬼は怪訝な顔をした。
氷の槍は吸血鬼を狙ったものではなかったからだ。
吸血鬼の側を通り過ぎた氷の槍は、そのまま広間の天井全体に広がるように突き刺さった。
「外したのか?」
「いや、狙い通りだ」
俺がニヤリと笑うのと同時、アルティアが次に大量の火の玉を召喚した。
「それはさっきもーーー」
呆れ顔で俺たちを見ていた吸血鬼は、ハッと何かに気づいたように後ろを見て叫ぶ。
「まさか貴様…………!?」
「やれ!アルティア!」
「ファイアボール!」
アルティアが放った火の玉は、氷の槍を直撃するように広がって放たれていく。
ジュウッ!と音がして次々と氷の槍が溶け、その直後
ザーーー!!
まるで中に雨雲ができたかの如く、溶けた氷が雨のように降り注いだ。
吸血鬼は焦って逃げようとするがーーー広間の全域に降り注いでいる雨を避けきれるはずもなく浴びてしまう。
間もなく雨も止み、
「ぐ………………!!
おのれ、人間…………があ!」
吸血鬼は全身ずぶ濡れで、よろよろと槍を杖がわりにして立っている状態になっていた。
ちなみに俺たちももちろん、ずぶ濡れである。
俺たちもずぶ濡れである、大事なことなので二回言いました、理由は紳士諸君なら分かってくれると思う。
「へぷし!うう……………さ、寒いです……………」
「うん、地下で日が差さないから思った以上に……………寒い!」
最初こそニヤニヤしながらアルティア達を見ていたが、すぐにそんな煩悩すらたち消えるほどの寒さに襲われる。
「レンヤ、温かいのと突風とどっちが良い?」
「後者は不吉な予感がするから温かい方で!」
「分かったわ、ファイア」
俺の要望に応え、アルティアは火の玉を出してくれた………………俺に直接。
「ぎゃああああああ!?
燃える!燃えるってあついあついあつい!!」
「ちょっと、動かないでよ。
服が乾かないじゃない」
「俺を焚き火代わりにするな!」
地面を転がってやっとの思いで火を消すと、アルティアが冷たい目で「次はないわよ」と呟く。
しっかりバレてらっしゃる…………。
「くっ…………またしても余を無視して漫才をしおって…………だが、余はこの程度では倒れぬぞ」
槍を杖がわりにしてよろよろしていた吸血鬼が、そう言ってバチバチとあの赤い槍を形成する。
確かにまだまだ動けそうだ、流石はあの龍たちと同等の存在、だが
「その様子ではこれは避けられまい」
レイアが太刀を吸血鬼に向けて構える。
それに気づいた吸血鬼が慌てて防御体勢を取るが
「一の太刀、疾風!」
ヒュンッ ズバアッ!
それより早く動いたレイアが吸血鬼の体を真っ二つに斬り裂いた。
「ふ、…………ふふふ、……見事…………にんげ………ん………よ…………」
吸血鬼は微笑を浮かべた表情のままーーー霧のように消えていった。
それと同時に入り口を塞いでいた骸骨たちも倒れ、二度と動き出すことはなかった。
「今度こそ………終わったな」
「ええ…………つっかれたーーーー!」
アルティアはぺたんと地面に座り込んだ。
クレアやミリィ、そして俺も座り込み、レイアは座り込みはしなかったものの壁に寄りかかった。
「はー……………めちゃくちゃ強かったですねぇ…………」
「ただの掃除のはずだったのに………………えらいモノと遭遇しちまったなぁ…………」
「他人事のように言わないでよ……………真っ先に見捨てようとしたくせに」
「……………この恨み、いつか返す、貰う」
「お前らだって俺を巻き込んだだろうが!
俺だけだぞ、命の危機に直面してたのは!」
吸血鬼の攻撃から命からがら逃げたことを思い出し、今更ながら青くなってくる。
本当、どの場面で殺されてもおかしくなかった。
「そん………なの………しら………な………」
「お、おいアルティア?」
アルティアは言葉の途中でパタンと倒れた。
「……………ね…………む…………い…………」
「……………急に…………眠気が…………」
アルティアだけじゃない、ミリィやレイアも床に倒れ、寝息を立て始めた。
「お、おーい、疲れたのは分かるが、お前ら背負って戻れないぞ~?」
それに俺だって疲れてんだ、お前らだけ先に寝るのはズルいじゃないか。
「うーん………おかしいですね」
「何がだ?」
「何故この三人だけ上へ上がるのも我慢しきれずに寝たのでしょうか?
アルティアさんやミリィさんだけでなく、戦闘慣れしてるはずのレイアさんまで」
「そりゃ戦って疲れたからじゃないか?
俺たちは…………言っちゃ何だが何もしてねえしな」
アルティアは遺跡を崩さないよう配慮しながら戦ってたし、ミリィはほぼ戦闘慣れしてないのにいきなり吸血鬼だし、レイアだってこの中で一番タフとは言え、一番吸血鬼と戦ってたしこれが普通じゃなかろうか?
俺の言葉にクレアは納得いってなさそうな顔で首を傾げる。
「ほら、それよりお前も運ぶの手伝え。
二人がかりなら何とか運べるだろ」
「いや、もう少し待ってもらおう」
「「っ!!!」」
バカな、この声はーーーー
俺は緩慢な動きで首を後ろに向ける。
そこにはーーー五体満足の吸血鬼が立っていた。
「な、何でだ……………?」
「お主らは、いやそこの娘らも知らぬだろうが、伯爵以上の吸血鬼は、弱点以外の攻撃では死なぬ。
トドメを刺すなら清めた道具でやらんとのう」
「そ、そんな………………」
俺は足から力が抜け、地面に崩れ落ちた。
こんな……………こんなデタラメな奴がいるなんて。
アルティア達が動けない以上、俺たちにはどうしようもない。
「さて、余をここまで追い詰めたお主らにはお礼をしないとのう」
吸血鬼は懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。
槍か、はたまた別の武器か。
でももう良い、どうせ俺には勝てっこないのは分かってる。
「連夜!しっかりしてください!
アルティアさん達を起こせばーーー」
「無駄じゃ。油断しておるときに睡眠の魔法をかけた。
ちょっとやそっとじゃ起きんぞ?」
「ーーー!
それでも…………それでも私は死ぬわけにはーーー」
「威勢が良いのう。
ならばお主にこれをくれてやろう!」
吸血鬼は懐から取り出した何かをクレアに突きつける!
「クレーーー」
「余を倒した功績、見事じゃ!
よってお主らに褒美を与える!
ありがたく受け取るのじゃ!」
「「……………………………は??」」
吸血鬼がいきなり手を叩き始め、俺たちを称賛する。
そのいきなりの変わりように、俺とクレアはたっぷり十数秒間は固まり、ようやく口から出た言葉がそれだった。
「何じゃ何じゃ、嬉しくないのか?
お主の封印を解く一つ目のアイテムじゃと言うのに」
「いや……………その…………状況がよく分からないんだが」
何の反応も示さない俺たちに不満げな顔をする吸血鬼にそう言うと、吸血鬼は怪訝な顔をした。
「レンテ様から預かってないのか?」
「またあの神様かよ…………あれからってなにも…………」
むしろ無一文、裸一貫で異世界に放り出しやがったからな。
服をごそごそと探っていると、ポケットの中に何か入っているのに気がついた。
取り出してみると一枚の紙が出てきた。
「あ、これってまさかーーーー」
出てきた紙を見ながら呼んでみる。
『宝のありかを示す言葉をここに残す。
其は地下に眠る者達』
「あのアンデッドのことじゃな」
『幾千の魂従えし王を越えし時』
「余のことじゃ」
『そなたらの望む物は手に入るだろう』
「で、これがそうじゃ」
吸血鬼はひらひらと手に持った物を振る。
「って分かるかああああああああああ!!
渡すんならもうちょい平和的に渡せええええええええ!!」
理解した瞬間、俺は吸血鬼に怒鳴っていた。
「えーと、つまりどういうことですか?」
「つまり余はレンテ様に頼まれてお主の封印を解くアイテムを預かっていたわけじゃ」
「ええっ!?」
「しかも条件付きでの。
『タダであげても面白くないから何か試練を用意しておけ』とな。
余はあまり凝った趣向は好きでないのでな、力試しをさせてもらった」
「いやいや、俺、マジで殺されるかと思ったんだけど!?」
どう見ても、俺への攻撃は力試し、なんて部類の攻撃じゃなかった。
「いや、それに関してはすまぬ。
あまりにもうまそうな血があったのでな……………ちょっと我を忘れていた時も、な」
「おいっ!?」
「まあまあ、無事だったから良し、結果オーライではないか」
吸血鬼は人の気も知らないで朗らかに笑う。
当事者にとっては笑い事ではないんだが。
「ほれほれ、それよりお主らの欲しいのはこれじゃろう?
受け取れ、受け取れ」
吸血鬼は持っていた物を、俺の手にポンと渡した。
意外に薄い…………というか、これって…………
「写真……………?」
何でや。
「写ってるものに、何か意味があるんでしょうか?」
クレアに言われ写真をよく見てみると、そこにはーー
どこかの家で、だろうか、若干今より幼い容姿のクレアと、見覚えのない人達が数人集まっており、そしてクレアは何かのお皿の前で涙目になって誰かに泣きついていた。
「ちょ、これいつの間に!?
というか何でレンテ様が持ってるんですか!?」
その写真を見たクレアは目に見えるほど慌て、写真を奪い取った。
「何の写真なんだ?」
「れ、連夜は知らなくても良いんです!」
「レンテ様に貰った説明文によると、調子に乗って食べた激辛料理でーーー」
「言わないでください!!」
吸血鬼が読み上げていた紙を奪い取り、ふー!と猫のように威嚇してくる。
気にはなるが、正直疲れてるし早く帰って休みたいので追及するのはやめておく。
「で、もう話は終わりか?」
「ふむ、それなんじゃがのう…………もう一つ、個人的な頼みがある」
そう言うと吸血鬼は視線をずらし、クレアの方を見る。
しかもちょっと熱のこもった。
「あ、あの、何でしょう……………?」
「いや、お主らとの戦いでちょっと、血を失い過ぎてのう。
このままでは理性を無くして、お主らに襲いかかるかもしれない可能性もなきにしもあらず」
「つ、つまり?」
「血を吸わせてくれぬか?」
「嫌です!」
吸血鬼の頼みにクレアはキッパリと断る。
しかし、吸血鬼は笑いながらジリジリとクレアに近づく。
「いや、ちょっと、ほんの少しで良いんじゃ。
仲間の安全のためにも、な?」
「れ、連夜のを吸えば良いじゃないですか!」
「だから人を巻き込むな」
「先程も言うたが、あやつのは薄味で不味そうじゃからのう。
神龍の血なんて滅多に吸えーーもとい、魔力が濃い方が回復も早いからの」
「い、嫌ですって!
だからジリジリと近づかなーーれ、連夜!助けてください!」
クレアが懇願の表情で俺を見るが、皆の安全がかかってる以上、俺は見て見ぬふりをするしかできない。
すまん…………せめて耳と目は塞いでおくから…………。
「なに、痛いのは最初だけじゃ。
少し我慢すればすぐ気持ちよくなる」
「い、嫌………………きゃああああああ!!」
ーーーーーーーーーーーーー
「ふう、お腹一杯じゃ!」
数分後、恐る恐る目を開けると、満足そうな顔をしている吸血鬼と、ぐったりして床に倒れ荒い息をついているクレアがいた。
「あー、その、終わったか?」
「うむ、大変珍しいーーもとい、栄養になったぞ」
「く、クレアは大丈夫か?」
一握りの罪悪感から聞くと
「…………………」
クレアは無言で俺を睨む。
こりゃ後で相当言われるな…………。
「さて、用は終わったしの。
家に帰るとするかの」
「え?ここじゃないのか?」
「余の家はこんな狭い所ではない」
そういえば、高貴な家とか何とか言ってたよな。
貴族ならもっと良い家に住んでてもおかしくないか。
「おっと、そうじゃ。
お主は面白いから気に入ったからの、これをやろう」
「?」
吸血鬼が急にそんなことを言って何かを手渡してきた。
見るとそれは、紅い宝石だった。
「これは?」
「持っているといざというとき、お主を助けてくれるかもしれんアイテムじゃ」
「かもかよ」
宝石をマジマジと見てみるが、特に変わった様子はない。
もしかして金が尽きたときに売るための物だろうか。
「それは売れんぞ、装備したら外れんからのう」
「呪いのアイテムかよ!?」
「冗談じゃ」
「お前ならマジで渡しそうだから怖いわ!」
俺が怒鳴ると吸血鬼はまた笑い、マントを翻して俺たちに背を向けた。
「ではさらばじゃ、異世界の少年と龍の神よ。
血を分けてくれるならいつでも呼んでくれ、喜んで行くからの」
「いや、そんな用事で呼ぶことは一生ねえよ」
吸血鬼の言葉にそう返すと、吸血鬼は少し黙り
「なあレンヤよ」
「どうした?」
「余のことも名前で呼んでくれぬか?」
「は?何で?」
「吸血鬼、吸血鬼では誰のことを指してるか分からぬであろう?」
いきなり訳の分からない理屈をかましてくるが、まあそれぐらいなら手間でもない。
えーと………………こいつの名前なんだっけ?
確かレフ……………ール・なんたらかんたらだった気がするが……………いかん、思い出せんから適当に
「じゃ、じゃあ、レフはどうだ?」
「ふむ、いきなりあだ名とはな。
まあ良い、面白いから許す。
ではなレンヤ」
「あ、ああ。
じゃあな、レフ」
手を振ると吸血鬼ーーレフは霧に姿を変え、どこかへと消えてしまった。
「何か…………疲れたな」
倒したと思ったら復活して色々と衝撃的な事実を言うだけ言って帰ってしまった。
正直、まだ理解してない部分はあるが、とにかくも、これで元の世界に帰れる可能性が上がった、ということだ。
「うーん……………私、何で…………急に眠く…………?」
「………………目覚めばっちり…………………」
「くっ……………まだ戦闘区域だというのに…………不覚」
吸血鬼が帰ると同時に、三人がそれぞれ気だるそうながらも起き上がる。
そうか、三人を眠らせたのは話を聞かれないようにするためか。
さっきの会話を聞かれると、レフは困らないだろうが、俺たちは困る。
それを察して眠らせてくれたのだろう、意外な気遣いに驚きつつも、今度会ったらお礼でも言おうと決める。
「みんな、疲れは取れたか?」
「うん……………ごめんね、私たちだけで先にーー」
言いかけていたアルティアの言葉が止まり、不審に思う。
「おい、どうしたーー」
「何で………クレアちゃん、そんなに憔悴してるの?」
「は?」
アルティアの無感情な声に、思わず今の状況を客観的に見てみる。
眠っていたアルティアたち。
荒い息をつきながら倒れており、恨みしげな視線を俺に送っているクレア。
一人、元気な俺(ロリコン疑惑付き)。
………………………
「いや、待て待て!!
これにはややこしい事情があって!!」
「レイアさん……………やっちゃってください」
「貴様……………!!
クレア殿に不埒な真似をするとは…………………!!」
レイアがすらりと太刀を抜き、俺にずんずんと近づいてくる。
ああ………………俺、今度あいつに会ったら死ぬほど文句を言ってや
死亡フラグを立ててる途中で意識がなくなったのだった。
ーーーーーENDーーーーー