10 裏
「クロミネーーーー!!
起きてーーーー!」
「うわっ!?」
突然、耳元で大声を出され反射的に跳ね起きる。
横を見ると、耳元をウサリィがパタパタと飛んでいるのが見えた。
「あ、起きた起きた」
「起きた起きた、じゃないよ………。
もうちょっと優しく起こしてくれても良いじゃないか」
「だって、こうでもしないと起きてくれるか心配だったんだもん………」
僕の非難の目にしょんぼりとした顔でそう言うウサリィ。
「起きるのと引き換えに鼓膜を犠牲にしそうだったけどね…………」
「まあまあ、良いじゃない。
おかげで目が覚めたでしょ?」
「他人事だと思って…………」
もうちょっと言いたかったが、倒れた手前あまり文句を言えないので渋々引き下がる。
「で、ここはどこ?」
「ここはカノンの部屋だよー」
カノン?と首を傾げてから、犬耳の少女のことを思い出す。
「あの後、倒れたクロミネを何とか引きずって街まで戻ったんだけど…………」
「道理で背中がヒリヒリすると思った…………」
「しょうがないでしょ?
私の力じゃとてもクロミネを抱えられないんだもん。
むしろ、街まで引きずってあげたんだから感謝してよね!」
「あーゴメンゴメン、悪かったよ。
で、どうなったの?」
膨れっ面で文句を言うウサリィに謝りつつ先を促す。
「うん。そしたら憲兵に見つかって『妖精が人をさらってきている!捕まえろー!』とか言われちゃって。
その時、カノンが通りかかって憲兵に説明して、クロミネをここに寝かせてくれたんだよ」
「なるほど、そういう経緯か。
で、カノンは?」
「何か買い物があるとかで、出ていったよ。
でもそんなに遠くには行かないって言ってた」
ウサリィの返答を聞きながら、また借りを作っちゃったなと思う。
「そう、それよりさっきのことよ!」
「ん?何の話?」
「とぼけないでよ!
あのりゅーそうきへい?とか言う龍の手のこととか、クレアっていう神龍様のこととか!」
あー…………そういえばすっかり忘れてた。
「とは言われてもなぁ………あいつとはかなり前からの付き合いだし、龍装騎兵のこともちょっとややこしい話になるんだけど」
「もう!勿体ぶらないでよ!」
「勿体ぶってるわけじゃないんだけど…………」
単に説明するのがめんどくさいとか言ったら怒るだろうか、うん怒るな。
久々の龍装騎兵で疲れたから、もうちょっと寝かせてほしいけど、たぶんこの好奇心旺盛な妖精に言っても無駄だろう。
「何から話そうかな………とりあえず僕、子供の頃死にかけたことがあって」
「い、いきなりへヴィーだね」
「その時に師匠が僕を助けるためにクレアと契約したらしくて。
クレアの血を分けてもらって助かったんだ」
「へ~じゃあクレアは命の恩人なんだね」
「そう…………なる、のかな?」
実際はクレアが「私を倒せたら良いですよ」と条件を出してどうせやれる訳ないと高をくくってたら、見事に師匠にボコボコにされて泣きながら血を分けたらしいけど。
黙っていた方が美談になるしウサリィには黙っとこう。
「で、クレアの、つまり神龍の血のおかげでああいう力が使えるんだ。
龍魔法、龍装騎兵、あと龍の召喚とか」
「龍を召喚できるの!?
見たい見たい!」
「ちょ、落ち着いて!
こんなところで龍召喚したら大騒ぎになるから!」
まとわりついてくるウサリィを宥めながら、そういえばあの紅い龍はどうなったのかが気になった。
と言うか結局、あの龍とは話せなかったな…………。
「そういえば、あの紅い龍はどうなったの?」
「え?えーと…………知らない」
「…………まあ、討伐はされてないだろうけど」
でももう街の近くにはいないだろう。
クレア探しはまた手がかりなしの状態に戻ったわけだ。
「あ、クロミネさん………起きたの………ですね?」
状況を再認識していると、カノンが買い物から戻ってきた。
「うん、二度も助けてもらってごめん」
「い、いえ………気にしないでください」
「いやーカノンがいなかったら私、捕まって最悪売られちゃうとこだったよ」
「僕も身分を証明するもの持ってないからたぶん、そのまま捕まってたと思う」
会ったのは二回目だが、すでに頭が上がらない程の借りを作ってる。
「ほ、ほんとに気にしないでください…………!」
カノンは照れるように顔を真っ赤にして、買ってきた物を置いて奥へ消えてしまった。
「人見知りなのか、上がり症なのか」
「さあ?でもどうするの?
また足で歩いて探す?」
「いや、もうそれはやめよう。
またトラブルに巻き込まれるかもしれないし」
妖精を狙ってまた絡まれてはかなわない。
服にでも隠れてくれれば良いのだが「つまらないからやだ」と一蹴されたので、なるべくあまりうろうろと歩きたくない。
「じゃあどうするの?」
「うーん……………情報屋みたいなのってこの街にいる?」
「情報屋?」
ウサリィが首を傾げる、どうやらこの世界では情報屋という言葉は一般的ではないらしい。
「えーと、ざっくり言うと人の居場所とかを教えてくれるような職業の人を言うんだけど」
「私知らなーい」
ウサリィが首を振る。
うーんいないのかなぁ。
例えばそう忍者とかそういう感じのーー
「ああっ!?
そういえば!」
「ちょ、クロミネ!?
どうしたの!?」
僕は立ち上がり、カノンが消えた奥の部屋へと入る。
「カノン!ごめん、ちょっと頼みたいこと、が……………」
「……………」
唖然とした顔で固まるカノンは、着替え中だったのか服を脱ぎかけて、下着姿だった。
「きゃ…………きゃああああ!?」
「うわ、ご、ごめん!
何も見てない!何も見てないから!」
僕は慌てて顔を背け、ダッシュで元の部屋へと戻る。
「あ、お帰りー。
何か聞けた?」
「いや、それどころじゃなかった…………」
まさか着替え中とは…………そういえば、さっき買ってきた物の中に服らしき物もあった気がする。
「………あの、終わりました…………」
後悔に苛まれてると、カノンが顔を俯かせて奥から出てきた。
「ごめんカノン!本当にごめん!
まさか着替え中だとは思わなくて!」
「ははーん、さてはクロミネ覗いたんでしょ?」
「ちが、アレは偶然なんだって!」
ニヤニヤ笑いながら言うウサリィの言葉を慌てて訂正する。
「あ、あの…………気にしないで………ください…………。
私も………言ってませんでしたから…………は、恥ずかしかった……ですけど」
「う、いやほんとにごめん…………」
ミラや千歳がいたら激怒されてたな…………今後は気をつけよう………。
「で、クロミネはいきなり行ったかと思ったら、覗きがしたかったの?」
「違うって!
えーとカノン、頼み事があるんだけど…………良いかな?」
「な、何でしょう…………?」
カノンはまだ恥ずかしいのか、顔を俯かせたまま答える。
その姿に罪悪感を感じつつ聞いてみる。
「僕たち、実は探してる人がいるんだけど…………カノンって前にスカウトギルドにいるって言ってたよね?」
スカウト、僕の世界でのイメージで言うと、忍者とかそういう情報を集めるような職業だったはずだ。
この大人しそうな少女が、忍者みたいに走り回って情報を集められるとは思わないが、そこに所属している人達ならクレアの情報を教えてくれるかもしれない。
「は、はい…………下っぱ、ですけど…………」
「そこのギルドにさ、僕たちを案内してくれないかな?
頼みたいことがあるんだ」
「え、で、でも……………その……………」
カノンは何故か言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「どうしたのカノン?」
「いえ、その…………あの…………」
「クロミネ、頼むのは良いけどお金あるの?」
「お、お金?
もしかして頼むのにお金いるの?」
「当たり前じゃん。一応、それって依頼な訳でしょ?
なら当然、報酬出さないと」
常識無さそうな妖精のウサリィに呆れ顔で言われ少しヘコむ。
お金か…………ほぼ野宿で済ましてきたからないな…………お金と言えばカノンに借りたお金も返さなきゃだし、そろそろこの辺でできる仕事でも見つけるべきか。
「じゃあお金を稼がないといけないな…………。
カノン、この辺でお金を稼げるようなとこ知らない?」
「えと………お金を稼ぐなら………ギルドに………」
「ギルド?
ギルドに入らないとマトモに稼げないってこと?」
「はい…………」
それは参ったな…………ギルドに入るつもりはないし、かと言ってこのままじゃこの街でご飯もマトモに食えない、サバイバルはウサリィが嫌がるだろうし。
「クロミネ、ギルドに入らないの?
クロミネ強いから入ったら良いじゃん!」
「いや………ほら、ギルドって何か依頼とかやらないといけないんでしょ?
そうなったらクレアを探すどころじゃなくなるじゃないか」
「クレアさん…………?
クロミネさんは………その人を探してるのですか…………?」
「あ、うん。
もしかして知ってるの?」
「そ、その人かどうかは分からないですが…………龍を撃退した人が…………クレアさん、という名前でした………」
「龍を撃退した?」
「は、はい。
その、龍を素手で殴り飛ばしたとか…………」
「……………無茶苦茶だな」
少なくとも俺の知ってるクレアはそんなどこかの拳法家みたいなことはできない。
「ち、違いましたか………?」
「あ、ああうん。
僕の知ってるクレアは違うと思う」
あいつはどっちかと言うと、神である自分を信仰させたいが、龍達からは子供を扱うように生暖かく見守られてる、そんな扱いだ。
「す、すみません!」
「い、いやいや、謝らなくて良いよ。
それより他に稼げる方法知らない?」
「えと…………他だと倒したモンスターの素材を売る、とかですが…………」
「モンスター?
あいつらって倒したら消えるけど」
「その…………解体士という職業の人がいれば…………」
「解体士?」
「倒したモンスターを消えさせずに、素材を取ることができる人のことです…………特殊なスキルなので………この街にはあまり、そのいないですけど…………」
「それもダメっぽいなぁ…………他は何かないの?」
「ほ、他ですか………?
えと………………………」
「い、いや、もう良いよ。
そこまで必死になって考えなくて良いから!」
うんうん唸りだしたカノンを慌てて止める。
「しかしギルドに入らないとマトモに稼げないってのは…………どうしたら良いんだろう?」
「人間の社会って複雑だねー」
「他人事のように言ってるけど、僕が稼がないと君もご飯食べれないからね?」
「クロミネ、何でも良いから稼いで!
ほらギルドでも良いじゃない!ギルド!ギルド!」
「だからギルドには入らないって。
うーん…………他にないかなぁ」
ウサリィのギルドコールをあしらいつつ、何とか稼ぐ方法を考える。
「あ…………あ、あの…………もうひとつあるのですが………」
「え?あるの?
教えてもらっても良い?」
「は、はい。
それは…………個人的に依頼を受けること、なんですけど………」
「個人的に?
つまりギルドを介さずに直接依頼を受けるってこと?」
「はい…………その代わり、危ない依頼とか、その…………多いですけど…………」
「まあその辺は目を瞑らないとね。
よし、行くよウサリィ」
「はーい」
僕は立ち上がり、ウサリィを連れて部屋を出ようとする。
「あ……………行くの、ですか?」
「やることは決まったから。
じゃあ色々とありがとう、借りたお金もいつか返すから」
「あ…………その…………」
出ていこうとする僕を見ながら、カノンは何か言い出そうとして言い出せない、そんな顔をしていた。
「何か言いたいことがある?」
「えと………………その……………」
カノンは口を開いたり閉じたりしていたが、一呼吸して僕の方をまっすぐ見つめた。
「わ、私も…………連れていってください…………!」
「え?ど、どうしたのいきなり」
「め、迷惑ですか………?
や、やっぱり迷惑ですよね…………!」
「うわ、違うって!
迷惑じゃないから!
でも結構危ない依頼でも受けるつもりなんだけど、大丈夫?」
「はい!」
カノンは笑顔で良い返事をした。
何でそんなに付いてきたいんだ…………?分からん。
「でも何でいきなり付いてきたいなんて言ったの?」
「クロミネさんが…………私の憧れた人に、似ていて………」
「憧れた人?」
「はい。
その人は忍者の方だったのですが…………昔、私を助けてくれて…………それで、私も、その人みたいになりたくて…………」
そう語るカノンの目は真剣で、その人にどれだけ憧れてるかがうかがえる。
「クロミネさんに付いていけば……………その人に近づけるような気がしたんです」
「うーん…………僕はその人みたいな大層な人ではないけど…………まあ理由は分かった。
カノンの好きにしたら良いさ」
「…………は、はい!」
僕の言葉に嬉しそうに頷くカノン。
耳と尻尾もピコピコと喜びを示すように動いていた。
「クロミネー話終わったー?
ちゃっちゃっと稼ぎに行くよ!」
「お前は気楽で良いよな………」
こうしてカノンと一緒に、依頼を探して街へ出るのだった。
ーーーーーENDーーーーー