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「って待った!
馬鹿正直に戦わなくても街に逃げ込めば…………」
「こんな怒り狂った龍を街の中に入れるつもり?
冗談じゃなく、街が滅びるわよ」
「………つまり?」
「ここで街まで追撃できないくらい弱らせるか、落ち着いて話が聞ける状態になるまで戦うしかないってことよ!」
「マジかよ………」
いよいよもってあのバカを殴りたくなったが、今はその余裕はない。
「尾が来るぞーーー!!」
誰かの叫び声とともに龍が尾を鞭のようにしならせ、横凪ぎに振るってきた。
「密集陣形!」
「「「おう!!」」」
重装備で身を固めた男数十人が、盾を構え龍の尾を受け止める。
「ぬう…………!重い………!」
「おいおい………この人数で受け止めてんだぞ………!?」
しかし数十人がかりで受け止めたというのに、男たちは徐々に押され始めていく。
「援護しろ!龍の注意を引く!」
「おおおっ!!」
このままでは不利と見たか、残った者たちが、武器を構え龍に接近する。
「私たちも援護するわよ!
フリーズランス!」
アルティアの号令に合わせ、弓や銃、それに魔法が四方八方から龍に飛んでいく。
しかし、魔法はことごとく障壁に阻まれ龍に届いていない。
弓や銃も厚い鱗に全て阻まれ全くダメージになっていない。
「くそ、固すぎるぞ!?」
「刃が通らねえ!?」
一方、龍の足元で体を攻撃している人たちも、武器はことごとく龍の鱗に弾かれダメージを与えるどころか、武器が次々とダメになっていく。
『鬱陶しい!』
ズンッ!!
龍はそう言うと足の一本を少し浮かせ、地面を踏みつける。
それだけの動作にも関わらず、龍の近くにいた人たちは爆発でも食らったかのように吹き飛ばされた。
「おいおい、チート過ぎるだろ!?
こんなのどうやって倒すんだよ!?」
「生命の頂点と言われてるだけあるわね…………。
こうなったら固有魔法を………!」
アルティアがそう言って杖で魔法陣を描こうとした時
『人間ども、そろそろ終わりにしてやろう』
龍はそう言うと翼を広げ、空中に浮かび上がる。
「な、なんだ………?」
「何をする気だ………?」
全員が立ち止まり、空の龍に視線を向ける。
龍は空中でホバリングしたまま、地上に体を向け口を開く。
「っ!!皆さん、早く逃げてください!!」
「ど、どうしたクレア、血相を変えて」
「ブレスを放つ気です!」
「ぶ、ブレスって龍の使う固有特技!?
ただの一発で街が消し炭になるほどの威力を持つ!?」
「そうです!
だから早く逃げーー」
『消し炭になるが良い!』
クレアの言葉を遮るように龍は真っ赤な炎の息吹を放つ。
勢いよく放たれたその炎は、俺が今までに見たどの炎よりも荒々しく、そして豪々と燃え盛っていた。
俺………マジで死………
その時、燃え盛る炎の前に立ち塞がった者がいた。
「…………させない」
「ミリィ!?」
ミリィは迫る炎を見つめ
ジュウッ!!
躊躇いなく手を炎に突っ込んだ!
「…………うっ………!!」
「な、何やってんだ!!ミリィ!!」
「………反………転………!
………方向………!」
炎に身を焼かれながらもそう呟いた瞬間、まるで炎はビデオの巻き戻しのように龍の元へと返っていく。
『なに!?』
龍はそう驚きの声をあげた後、自らのブレスに飲み込まれた。
それと同時にミリィは倒れ込んだ。
慌ててミリィのもとへと走る。
「おい、ミリィ!!
大丈夫か!?」
「…………う………大………丈………」
「嘘つけ!大丈夫なわけあるか!!」
「どいて、治療するから!」
数人の白魔法士っぽい格好をした人たちが、全身に火傷を負い、息も絶え絶えなミリィに回復魔法をかけ始める。
「ミリィは大丈夫なんですか!?」
「…………命に別状はないわ。
咄嗟にバリアをかけてくれた魔法使いたちに感謝するのね」
その言葉にホッとし、アルティア達に心中で感謝する。
「やった…………のか………?」
「いや、待て、アレは…………!?」
周囲からそんな声が聞こえ、まさかと思い上を見上げる。
「っ!そ………んな………」
ミリィが命がけで反撃したにも関わらず、龍はほぼ無傷で宙を漂っていた。
『まさか反転の魔法を人が使うとはな………。
少し驚かされたが………これで終わりだ』
龍の言葉とともに、龍の背に巨大な魔法陣が現れる。
「ま、魔法…………?
この魔力は………!?」
『フレイムメテオ』
魔法が発動した瞬間、俺は吹き飛ばされ意識を一瞬失う。
次に目覚めた時、他の人たちは全員倒れ、残っていたのは俺とクレアだけだった。
慌ててアルティア達の状態を確認するも、息はあるが意識は完全に失っているようだ。
「よ、よりによって残ったのが俺らかよ………!?」
この場で一番戦力にならない二人が残ったと言っても過言ではない状況に自分の顔が青くなっていくのを感じる。
チラッと龍の方を見ると
『むっ………仕留めきれなかったか。
さっきと言い、人も中々やるものだ…………だが今度こそ終わりにしてやろう』
そう言うと龍は再び魔法陣を展開する。
「ま、待ってくれ!
もう決着はついてるだろ!?」
『異なる世界の少年よ。
口を挟むな、こやつらが我の命を狙ってきた以上、我が狩るか狩られるかのどちらか。
そして今回は我が勝ったというだけの話だ』
「だから、それは誤解なんだ!」
『先に攻撃を仕掛け、討伐するとまで言っておきながら何を抜かす!
どくが良い、異世界の少年よ。
巻き込まれても我は知らぬぞ!』
龍は俺の話にも聞く耳を持たず、魔法を発動するーー
「やめなさい!」
その時、聞き覚えのある声だが、今までに聞いたことのない凛とした声が響く。
「く、クレア…………?」
クレアが今までに見たことない凛とした表情で、龍の前に立ち塞がっていた。
『む…………?
っ!?まさか、あなたは………!?』
「あなたの言う通り、この人の子らに非があったのは認めます。
しかし、命まで奪うのはやり過ぎです。
どうかここは私に免じて許してあげて下さいませんか?」
『は…………あなたがそう言うのであれば』
あれほど怒り狂っていた龍は、何とクレアの言葉に深々と頭を垂れて応じる。
「え?え?
何がどうなってんだ?」
俺はと言うと訳が分からず混乱していた。
『異世界の少年よ、この方のことは知らぬのか?』
「え、いや薄々予想がついてきたけど、一応聞かせてもらっても良いか?」
『この方は神龍様、我ら龍を統べる神にして守護者だ』
「……………まさか、本当に…………?」
予想はついていたとは言え、信じられない事実に呆然とする。
「ふふん、どうですか連夜?
あまりの驚きに声も出ないでしょう?」
「こんな子供っぽくて、大食らいでアホな奴が…………」
「…………本人を前にしてよくそんなにボロクソに言えますね」
『主はお前たち人の歳で言うと、まだ子供だから仕方あるまい』
「あなたも遠回しに肯定してますね!?」
クレアはさっきまでの威厳はどこへやら、いつもの調子に戻ってぎゃーぎゃーと騒ぐ。
うーん…………龍が嘘ついてまでこいつを神と言う理由もないし、本当のことなんだろうが………全く神々しさの欠片もないな。
『しかし主よ、主から感じる神気がかすれるほどに小さくなっているのですが………』
「う、じ、実はですね………」
クレアは言いにくそうながらも今までの経緯を説明する。
『何とレンテ様ですと………?』
「知ってるのですか?」
『レンテ様は火の神、そして我は火の属性故』
あの神様、火の神だったのか。
俺はあの神様の燃えるような赤い髪を思い出していた。
「私たち、レンテ様が隠した私の封印を解除するアイテムを探してるのですが………心当たりはーー」
『ううむ…………その、主よ。
すまぬが我はレンテ様とはあまり関わりたくないので………』
「え?」
龍はそう言った後、バサッ!と翼を広げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
『異世界の少年よ、主のことを頼む』
「えっ!?」
「何ですかその嫌そうな顔!?」
クレアが俺に文句を言うために顔をそらした隙に、龍は空高く飛び上がり、あっという間に飛んでいった。
「ってああ!?
逃げられました!?」
「薄い信仰心だな」
「うう~~!
最近の若いのは信仰心が薄くて困ります!」
「お前何歳だよ」
「女性に年齢を聞くものではありませんよ連夜」
「こっちを向いて言え」
ともあれ、どうにかこうにか助かったようだ。
異世界に来て何度か命の危機はあったが、今回ほどヤバイ時はなかった。
アレが龍か………皆が怖れるだけの存在ではあるな。
そのトップがこのダメ神とは思わなかったがな。
「また私をバカにしてませんか?」
「いや、今回はお前のおかげで助かったって思ってたんだよ。
いやー流石神龍、憧れちゃうなー」
「そうでしょう!
連夜もようやく私の凄さに気がついたのですね!」
ちょっと誉めたらクレアは得意気な顔をして、ほぼ無い胸を張る。
うん、単純な奴は扱いやすいな。
だがこうしてまたバカなやり取りをできるのも、クレアのおかげだ。
たぶん言うとさらに調子づくから、言わないけどな。
と、生き延びた幸せを噛み締めてると
「はっはっはっ!
まさか本当に龍を撃退してしまうとは!
流石、僕の!僕の選んだ精鋭たち!」
今最も会いたかった奴の声が聞こえてきた。
声のした方に視線を向けるとそこには鎧が少々焦げてるものの、ほぼ無傷なあのバカが騎士二人を連れて現れていた。
「いや、しかし奴は強大だった!
危うく僕も凶悪な奴の炎に焼かれて死んでしまうところだった!」
「そのまま焼かれてしまえば良かったのに」
ボソッと聞こえるように呟くも、奴は聞こえてないのか特に何の反応も示さなかった。
「僕の選んだ君たちが奴を撃退したんだね!
僕の!選んだ!君たちが!
君たちのような逸材を選んだ僕の功績が一番なのは明らかだが、君たちの働きも少しはある。
何か褒美を取らせよう、何が良い?」
「…………ならば簡単なものなんですがそれでも良いですかね?」
「ふむ、まあ言ってみたまえ。
用意できるものなら用意してやるぞ」
「いや、用意はいりません。
今目の前にいるからなあああぁぁぁ!!」
バキィッ!!
「ぐぼらっふぉおおおお!?」
俺は拳を固め、思いきり目の前のバカを殴りつける。
バカは奇声を上げながら地面を転がっていく。
「き、貴様ぁ!
領主の息子であるこの僕を殴ったね!?」
「てめえのせいでこっちはガチで死の一歩手前に強制エンカウントさせられたんだ!
しかも自分だけちゃっかり逃げやがってこの野郎!!
今からここにいる全員分殴ってやるから覚悟しやがれ!」
「ひ、ひい!?
お、お前たち、こいつを捕らえろ!」
バカの命令で騎士たちが俺を羽交い締めにする。
「おい!この、離しやがれ!!」
「くそ、この僕の顔を殴るなんて貴様覚悟は」
「このバカ息子があああああああぁぁぁ!!」
バカが俺に言いかけていた台詞を遮ったのは、馬に乗って疾走してくる一人の男性だった。
「ぱ、パパ!?
ちょうど良かった、今こいつが僕をげふらっ!?」
バカが俺を指差して言っていた言葉をその男性は馬で轢いて黙らせた。
「話は全てムールから聞いたぞ………!!
よりによって街を巻き込んで自分の権力誇示のためだけに龍に挑もうとするとは…………!
おまけに無理矢理ギルドの人たちも巻き込みおって…………!!
挙げ句の果てに、この惨状だ!
お前はどれだけワシを怒らせる気かあああ!?」
「ちょ、がふっ!ごめ、ごぼっ!?」
その男性………恐らくこの街の領主、つまりこのバカの父親と見られる男は、言葉を言うごとに怒りのまま、拳を叩き込んでいく。
その拳の連打は凄まじく、バカが地面に落ちるのを許さないほどだ。
「だ、旦那様!
そ、その辺でおやめに!ぼっちゃまが死んでしまいます!」
「このバカなら死んでも構わん!」
「ぼっちゃまの暴走を止められなかった私にも責任があります!
裁くのなら私もご一緒に!」
「む…………」
執事らしき初老の男性の言葉に、領主は連打をやめ黙り込む。
「ぎゃふん!?」
コンボが途切れたことで、バカ息子が地面に叩きつけられ悲鳴をあげる。
「そうだ、迷惑をかけられたのはギルドの人たち。
ここは当人たちに処遇を決めてもらうとしよう」
「え!?」
視線が俺に注がれてるのを感じ、思わず声をあげる。
「さあ、このバカ息子を煮るなり焼くなり好きにしてください」
「嫌だあ!もう痛いのはどふらんっ!?」
「やかましい!これ以上恥を晒すな!」
わめくバカ息子をボディブローで黙らせ、領主はずいとバカ息子を近づける。
「えーと………そのー………」
「どうしました?いかような罰でも受けさせると誓います。
だから遠慮なさらずに」
そうは言われても………あなたが散々殴り倒したおかげで怒りもいつの間にか吹き飛んだし、殺すってのは少々やり過ぎな気がする。
助けを求めてクレアの方を見るが、奴はわざとらしく視線をそらしやがった。
あの野郎…………!!
「さあ!さあ!」
せっつく領主に焦らされ、かと言って特に思い付かず
「ええと………後日ギルド全員で話し合うということで………」
と、結局無難なその場しのぎのことを言って逃れる。
「そうですな。
皆さんの意見も聞かなければいけませんな。
おい、こいつを牢に入れておけ、食事は一日二食、質素な物しか与えるな」
「そ、そんな!?
僕、高級な物しか口に受け付けな」
ドフウッ!!
「連れていけ」
「は、はいっ!」
「……………」
ぐったりしたバカ息子を騎士二人が抱え、その場を離れる。
「皆の者!
倒れているギルドの人たちの介抱を!
それと街の者に龍は去った、安心せよとの通達を送り、不安を除け!」
「「「「はっ!」」」」
領主の指示を受けて、騎士たちがテキパキと仕事に取りかかる。
そして領主は仕事があるからと、馬に乗りどこかへと駆けていった。
「何か…………凄い親父さんだったな」
「はい…………」
こうして一人のバカが始めた騒動は、その親によって終わりを告げることとなったのだった。
ーーーーーENDーーーーー