プロローグ
俺の名前は神風連夜。
普通の高校二年生でただのオタクである。
そうただのオタクである。
なのに…………
「どこだよここ…………」
現在、一面真っ白な空間に一人放り出されております。
右を見ても、左を見てもどこまでも白、白、白。
最初こそ「これが本当の白昼夢ってか」などと思っていたが、待てど暮らせど一向に目が覚める気配はないし、おまけに夢にしては体の感覚が随分はっきりしていて、さっき腕をつねってみたら普通に痛かった。
そこで流石にこれは夢じゃねえと思い至ったのだが………さっき自分で確認した通り俺は普通の高二オタクである。
今日だって寝る前までニ〇動の動画見て、実況プレイに触発されて東〇やってたんだ。
こんな不思議空間に放り出される理由がない。
<あなたは選ばれたのです>
「っ!?誰だっ!?」
突然、声が脳に直接響くように聞こえ、辺りを慌てて見回す。
<私はここですよ>
また声が聞こえたかと思うと、白い空間に光がどこからか集まってきて、それが見る間に人の形を取り始めた。
光が集まり一際強い光を放った後、そこに現れたのは白い服に身を包み、純白の髪を背中まで伸ばした可愛い女の子だった。
「お、お前は………?」
<私の名前はクレア。
あなたが住んでいる世界の管理者…………簡単に言うと神のような者です>
そう言って女の子―――クレアが微笑む。
まるで聖母のような微笑み………確かに神と言われれば納得する。
<聖母だなんて………嬉しいです>
「……………え?
もしかして…………心読めるのか?」
<はい、一応管理者ですから。
このくらいは朝飯前で>
「いやあああああああ!!」
俺は耳を塞いでその場にうずくまった。
クレアがビクッ!とするが俺にそれを気にする余裕はなかった。
(見た目)同年代の女の子に心の中で思ったことが筒抜けになる………ましてそれを口に出されるこの俺の恥ずかしさ、伝わるだろうか?
<あ、あのー………大丈夫ですか………?>
「相手は神だ………人間じゃない人間じゃない人間じゃない人間じゃない人間じゃない………」
<あの…………>
「あんたも何でそんな姿なんだよお!
神なら神らしく髭生えたじいさんにしとけや!!」
<ひうっ!す、すみません…………>
―――10分経過―――
「…………すみません、取り乱しました」
<いえ…………気にしてませんから…………>
と言いつつこの神様、さっき涙目だったが。
ちなみにさっきの件は心を勝手に読まないことで決着した。
「で…………あんたが神様だっていうのは分かった。
でもその神様がなんの用だ?」
俺がそう聞くと、クレアは目を瞬かせ
<そうでした、忘れるところでした。
実は…………>
クレアは一拍置いて、勿体つけた後、微笑んで言った。
<神風連夜。
異世界で暮らす気はありませんか?>
…………はっ?
「お、おいおい、何言ってんだよ。
俺は普通のオタクだぞ?
そういうのは何かこう…………もっと特別な奴がやるんじゃねえのか?」
<いいえ、あなたです。
あなたでないといけないんです>
クレアの目が真剣なものだったので、俺は続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
<もちろんタダでとは言いません。
転生すればもれなく、今流行りのチート能力を授けます。
異世界でのあらゆるトップクラスの者を遥かに凌駕する基礎能力、ちょっとやそっとじゃ死なない丈夫な体、学習能力の高さ、それと異世界のあらゆる言語を予め習得済み>
すらすらと並べられる能力に俺は目を見開いた。
確かにそれら全ての能力を与えられれば、俺は異世界で並ぶものがない、まさにチート転生だ。
<どうですか?
転生しますか?>
クレアがルビーのような綺麗な眼で見つめてくる。
こんな可愛い女の子に頼まれ、しかもチート転生、普通なら即転生だろう。
もちろん、俺の答えは――――
「断るっ!!」
全力の拒否だ。
<そうですよね、やっぱり転生します…………えっ?>
クレアが赤い瞳を瞬かせながら少し黙った後
<すみません………今、断りました?>
「全力で拒否したが」
俺が事も無げに言うとクレアは目に見えて慌て始めた。
<え、え?
な、何でですか?>
「まず、いくらチートでも知り合いが一人もいないとこなんて、肉体より先に精神が壊れる。
あと、異世界にチート転生して成功するのは主人公だけだ。
俺みたいなオタクが行ったって利用されるのがオチ。
それと最大の理由だが――――」
俺はさっきのクレアのように一拍置いて
「アニメもラノベもゲームもない世界になんて行くわけねえだろ!」
ビシッ!と言い切ってやった。
うわ、今の俺めっちゃ輝いてね?
全国数百万の同士達も頷いているに違いない。
俺がドヤ顔で悦に入っているとクレアは呆然とした後に、ハッと我に帰り
<で、でもほら、豪華能力ですよ?
この能力があれば異世界での生活は安定したも同然ですよ?>
となおも説得してきた。
あれだけ強く否定しても諦めないとは………仕方ない、別口から攻めるか。
「それなんだが、何で俺にそんなに大盤振る舞いしてくれるんだ?
俺が選ばれた理由はなんだ?」
理由があるならなんてことはない質問のはずである。
しかし、クレアは俺の言葉を聞いた瞬間、ビクッと身を震わせた。
ん?引っ掛かる反応だな。
まるで理由がないか、話せない理由のような反応じゃねえか。
そもそも最初から引っ掛かってたんだが………小説とかだと普通、転生する前に死んだりとかするよな?
なのに俺はまだ生きてるし、普通に生活もしてた。
要するに唐突すぎるのだ。
これは………確かめた方が良いな。
俺はクレアに一歩詰め寄った。
「どうした?
あるんだろ、何か。
普通に生活してた普通のオタクを転生させなけりゃいけない理由が」
<えっと…………その……………>
「今なら怒らねえから言ってみろ」
目に見えて狼狽えるクレアにさらに詰め寄る。
まああんな姿してるが神様だ、簡単にはいくまい。
そうなったらあの手を使うしか<実は>ないなってはや!?
「はええよ!?
悪の組織の下っ端だってもうちょい根性あるぞ!!」
<だって痛いのは嫌ですし>
人間の脅しに屈したよこの神様。
クレアは続きを話し始めた。
<神様にも上下関係があるんですが…………私の上司に当たる人がちょっと…………変じ、変わってまして………>
変人って言おうとしたな今。
<その人がいきなり、お前の世界から一人、誰でも良いから私の世界に飛ばしてくれ、と言い出しまして………>
「は?何で?」
<面白そうだから、だそうです………>
「……………」
<何しろ上司直々の命令ですから…………力でも敵いませんし………>
………神様の世界も世知辛いもんだな。
本当はもっと色々言いたかったが、クレアに非はなさそうなので呑み込んでおく。
「で、何で俺なんだ?」
一番気になっていたことを聞くと、クレアは申し訳なさそうな顔をして話し始めた。
<えっと…………その…………くじ引きで………>
…………今、聞き捨てならない単語が聞こえたんだが。
聞き間違いかもしれないな、もう一度聞こう。
「すまん、もう一度言ってくれないか?」
<くじ引きです………>
「…………それは、その、なんだ、全人類を対象にしたやつか?」
<はい………つまり70億分の1であなたが選ばれたことになります>
「嘘だろおおおおぉぉぉぉ!!」
俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
70億分の1って、どんだけ俺は運がないんだ!?
自らの運の悪さに打ちひしがれてると、クレアがおずおずと聞いてきた。
<あの…………それで、転生してくれますか………?>
背が俺より低いためか上目遣いで、不安なのか心なしか目も潤んでいる。
クレアが悪いわけでもないし、70億分の1で選ばれたのならいっそ運命だと言ってもいいかもしれない。
でも…………やっぱり俺は…………
<…………全く、まだ説得に手間取ってるとはな>
「っ!?」
クレアの声と同じように、突然大人びた声が聞こえ、慌てて辺りを見回す。
見るとクレアと同じように、光が人型を形作っていた。
一際強い光を放った後、現れたのは紅い髪を腰まで伸ばし、金属の鎧に身を包んだ眼光鋭い美女だった。
<れ、レンテ様!
どうしてこんな所に――>
>
クレアが畏怖の表情を浮かべながら言うと、女―――レンテはギン!とクレアを睨み付けた。
<お前がいつまで経っても転生させないからわざわざ見に来たのだ>
<ひう!す、すみません………>
ああ………ただでさえ小さいクレアがさらに小さくなっていく…………。
<大体、一々聞く必要はないだろう。
適当に説明してさっさと転生させてしまえば良かったんだ>
<で、でも………本人の意思も確認しないと…………それに異世界に一人放り出すのはやっぱり無茶苦茶だと思います…………>
クレアがおずおずと反論するとレンテは凄味のある笑みを作った。
<ほう?この私に意見する気か。
良い度胸だな>
そのあまりの迫力に俺は思わず一歩後ずさる。
<しかしまあ、お前の言うことも一理あるな>
……………あれ?意外な反応だ。
クレアも意外そうに目を瞬かせている。
この人、いや神様意外に話が通じるのかも………
<ならお前も一緒について行くと良い>
<……………え?>
<ただし、神としての能力はほぼ制限させてもらう>
<え?え?>
レンテが一方的に進める展開にクレアがついていけずおろおろしている。
レンテはおろおろしているクレアを不敵な笑みを浮かべながら見ている。
前言撤回、こいつはただ単に自分が面白そうな展開に持っていってるだけだ。
<で、でも、管理者がいなくなるのは>
<お前がいない間は私が管理しといてやる。
これで問題ないだろう?>
<いえ…………その…………>
<ないだろう?>
<……………はい>
よわっ!!俺達の世界の管理者よわっ!!
<そうと決まれば早速行こうか>
レンテが指を鳴らすと俺達の前に黒い穴が現れた。
「ってちょっと待て!!
俺はまだ納得したわけじゃ」
ナチュラルに流されそうになり、慌てて反論しようとするが
<よし、逝ってこい!>
その前に、ゲシッ!!と穴の中に蹴り飛ばされてしまう。
「今、字がちが………!
うわあああああああああ!!」
穴の中に入った瞬間、俺の意識は闇に包まれた。
―――――――――――
「…………やれやれ、クレアももう少し自信がついたら良い管理者になれるんだけど」
紅髪の神が去ってから、しばらくして一人の男が白い空間に現れる。
一見、ごく普通の日本人に見えるが、その背中には使い込まれた一振りの剣が吊るしてあった。
「まあ、あれから一応成長してるし…………大丈夫………とは言い切れないな。
ドジだし、泣き虫だし、天然だし」
男はそう言ってクレアをこき下ろすと、溜め息を吐いた。
「ま、あの神様に見つかったら面倒くさいし…………こっそり行くか…………」
男はそう言うと姿を消し、白い空間に再び沈黙が戻った。
――――END――――