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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

紫薔薇、紫綺。

作者: 久遠瑠璃子
掲載日:2013/11/17

温室の扉を、開け放つ。

すると、薔薇の香りと紅茶の香りが漂ってくる。

その上、話し声が聞こえると言う事は誰かがお茶会をしているのだろう。

お茶会と呼べるのかどうかわからない、ほとんど一人でお茶会を開くような。

そんなお茶会の事を。

紫の薔薇のエリアを、優雅に歩きお茶会の開かれているテーブルへと来てみた。

そして、少し驚いた。

「――珍しいですね。赤弛(あかし)青泉(せいれん)はともかく、黒都(こくと)白夜(びゃくや)が同席しているのは」

紫色の髪をし、(すみれ)色の瞳をした彼。

紫綺(しき)がそう呟いた。

「ンだよ。なンでテメェが居ンだ黒都ォ」

「そこの白髪に無理矢理連れて来られたんだ」

「だって、みんなでお茶した方が愉しいよ? そうでしょ?」

「確かに、そうでしょうが」

紫綺は溜め息を飲み下してそれぞれに聞く事にした。

「学校は、どうしたのですか? あなた方は学生でしょう?」





「「「「年齢不詳」」」」




四人とも、同時に。

綺麗に息を合わせてそう答えた。

こういう時だけ、青泉は喋る。

それ以外は無言だというのに。

流石にそれには、溜め息を堪える事が出来ない。

別に、今いるメンバーが嫌いなわけではない。

かと言って、好きでもないが。

平日に、白昼堂々と制服を来た人物三人と。

一人はパーカーの上に学生服を着ている眼帯は。

どう考えても学生であろうに。

学校でもサボって来ているのだろうか。

紫綺はこれ以上考えまいと思い、自分の色である〝紫〟の椅子に腰を下ろす。

「そういうアンタこそ、仕事サボって来てンのかァ?」

「違います。サボりではありません」

「でも、たまにサボって来てるの――僕知ってるよ?」

可愛らしい笑顔で、白夜がそう口にする。




――そういう日も、時にはありますが――




そう思いはするが、決して口にはしない。

それに、ここへ初めて来た時もそうだった。

全てが嫌になり、逃げ出したいと思った時にここへ来た。

紫綺は、誰が用意したのかもわからない紅茶に口を付けてその時の事を思い出す。






紫綺は、ある財閥の御曹司だ。

幼い頃から、家柄を継ぐ為に縛られた生活を送っていた。

しかし、逃げようとはしなかった。

逃げても、無駄だとわかっていたからだ。

逃げても、すぐに捕まるだろうし。

逃げても、行き場などない。

ずっと、耐えて生きてきた。

すると、周りの人間は調子に乗り始めた。

否定をせず、なんでもするからどんな事でも紫綺に押し付けるようになった。

それは、社会に出てもそうだった。

どんなに上の存在でも、無理難題を押し付けられる。

苦しくて、堪らなかった。

まともに息も出来ないような感覚。

気が付けば、紫綺は逃げ出していた。

幼い頃にはしなかった事を。

成人した、良い大人が。

逃げ出して、逃げ出して――

しかし、行く宛などなかった。

それに、少し息抜きをしたら会社へ戻るつもりだった。

自分が居なくては、どうにもならないとわかっていたからだ。

今頃は恐らく、みんなが血眼になって探しているだろう。

だが、すぐには戻りたくなかった。

本当に、子供のような事をしている。

自分でもそう思い、苦笑する。

その時だった。

上着のポケットに手を入れた時に、何かが入っている事に気付いた。

それを取り出し、見てみる。

それは、手紙だった。

手紙には、こう書かれていた。

〝あなたをお茶会へご招待しましょう。落ち着けて、気品あるあなたに相応しい場所を提供致しましょう〟

そう書かれた手紙と共に、地図が入っていた。

地図の示す場所へ来てみると、ここへ辿り着いた。

広い温室の、薔薇園。

紫綺は温室の中に入り、一瞬で薔薇の香りに包まれた。




――確かに、ここならば落ち着けるかもしれない――




そう思い、紫綺は薔薇園内を歩く。

そこで、紫綺はある人物と出逢った。

薔薇園の中央。

テーブルが置かれており。

薔薇園に咲いている薔薇と同じ色の椅子。

そしてそこには、ある人物が。

美しい、琥珀色の髪が腰まである男性だった。

男性は紅茶をティーカップへ注いでいる様子だった。

この人が、招待状を送った人物だろうか?

そう思い、紫綺は声を掛ける。

「――すみません」

「ん? おや、見掛けない顔だね。新入りかな」

「もしかして、あなたが招待状を……?」

「いやいや、違うよ。僕はただの、招待客さ。君達と同じように」

その割には、随分と我が物顔で紅茶を注いでいるのだが。

更に、とても優雅にティーカップとソーサーを手にして〝虹色〟の椅子へ腰掛ける。

その人物の顔を、紫綺は失礼ながらもまじまじと見つめる。

――何処かで、見た顔のような気がするのだが。

「僕の淹れた紅茶で良ければ、どうぞ」

優しく微笑み、彼はもう一つティーカップを取り出してティーポットから紅茶を注いでくれる。

そして、それを優しく紫綺の前に差し出してくれた。

紫綺も椅子に腰掛けようとして。

自分の〝色〟である紫の椅子に腰掛ける事にした。

「うん。やはりみんな、わかっているようだね。ここに来た人達はみんな、誰に言われたわけでもないのに、〝自分の色の椅子〟に腰を下ろす。不思議なものだね」

そう言いながら、目の前の彼は優雅かつ上品に紅茶に口を付ける。

紫綺も、彼に釣られて紅茶を口にする。

だが。

思わず、吹き出してしまった。

「おや、どうかしたのかい?」

「あ、あの……これは、一体……?」

紅茶を見つめながら、紫綺は聞く。

――飲む前に気付けば良かった。

紅茶の色が、かなり濁っていると言う事に。

そして、黒っぽい色になっていると言う事に。

「この紅茶かい? これは、僕がオリジナルブレンドした紅茶だよ。ここに来る招待客達がそれぞれ好きな紅茶をミックスしたんだ。美味しいだろう?」

どうやら、この男の味覚は狂っているらしい。

どうしたらこんなに不味いものを〝美味しい〟と思えるのだろうか。

紫綺は差し出された紅茶を、失礼ながらも少しだけ彼の方へ押し返した。

そんな紫綺を見て、彼はクスリと笑ったが。

押し返された事に対しては怒っていない様子だった。

「さて、自己紹介が遅れたね。僕は(にじ)。噂は聞いているだろう?」

目の前の彼はティーカップとソーサーをテーブルに置き、そう口にした。

虹。

その名前を思い出そうとして、記憶を巡らせる。

そして、ある人物が思い浮かんだ。




――通称、欲張り芸能人だ――




目の前に居る彼は、芸能界ではかなりの有名人だ。

その理由が。

歌手、俳優をしている。

それだけなら、普通だろう。

しかし、彼は違うのだ。

映画監督、小説家、漫画家、芸術家など。

作曲家、プロデューサー、ファッションモデル等など。

ありとあらゆるジャンルで特集を組まれたりしている人物だ。

やりたい事を、何でもやる。

それも、全て同時に。

掛け持ちでだ。

そんな彼曰く。




〝僕は、無限の可能性に従っているだけですよ〟




それなのだ。

彼の噂は、紫綺も耳にする。

初めて彼の事を知った時、自分も思ったくらいだ。

欲張りな人だと。

「世間は僕の事を欲張り芸能人だとか言うけれど」

「そう、ですね……」

「人には誰しも、無限の可能性が秘められている。そうは思わないかい?」

「え――」

「ほら、子供が良い例だろう? 子供に将来のなりたい夢は、と聞けば。パイロットになりたい、アイドルになりたい、女優になりたい、オリンピック選手になりたい、様々な答えが返ってくる。それと同じだ。僕はその可能性を、実現しているだけさ」

「――――」

改めて、目の前に居る人物は大物だと思う。

普通、そんな事を考えて実行する人間の方が珍しい。

出来る訳のない事をしているのだから、凄い人間だ。

「と、言うのはただの建前だよ」

「え」

「付けられた名前通りさ。僕はただの欲張り。ものに対して貪欲なだけさ」

そう呟き、彼――

虹はあの美味しいとは言えない紅茶を美味しそうに啜る。

「ここには、何かを抱えた人々が集まる。大方(おおかた)、少々イカレた連中や狂った者の方が多いが。君は、その中でもまだまともな方だろう? 一応、忠告しておくよ。君のような人間は、ここには来ない方が良い」

「――どうして、ですか?」

「君も、その色に染まってしまうよ。良い例の子がここには来る。真っ白な子が、真っ黒に近付いて。近付き過ぎて黒に染まってしまった。まぁ、元々そういう〝色〟を持っていたのだろうが」




――彼の、言っている事が理解出来ない――




「此処には、ほとんど異常者しか居ない。僕も含んでそうだ。中にはそうでない人も居るが――いや、青泉も異常者か。そう思い込んでいるのだから仕方ない。どんなにここの薔薇が美しいものでも、惑わされてはいけない」

紫綺は、静かに虹を見つめる。

薔薇に、酔う。

紫綺は、一応自分の色である紫の薔薇エリアにも足を踏み込んだ。

しかし、特に何も感じなかった。

何かを感じるとすれば――

目の前に居る、この男だ。

「けれど、僕が忠告した所で君はここへ来るだろう」

そう言って男は笑い、紫綺を見つめる。

そして、こう言った。

「知っているかい? 瑠璃色は、全ての色を吸収する。吸収して、輝くんだ。一度は真っ黒に染まる、けれどしばらくすれば元の美しくも強く、眩しい光を放つ。瑠璃色だけは、決して真っ黒には染まらない。君も、そうだろうか? 君は、ここに来る招待客とはタイプが少しばかり違う」

「そう、なんですか?」

「そうだよ。みんな、心の奥に深い何かを抱えている。主に、歪んでしまった〝愛情〟というものを」

そう虹が言った瞬間。

急に虹の表情が変わった。

真剣な表情、鋭い眼差しへと。

「さぁ、もうおかえり。君がここへ来るか来ないかは君次第だ。僕にはどうしようもない。それでもまた来るのならば、また逢おう」

最後に、優しく微笑み掛けられた。

その瞬間、紫綺の胸が熱くなったように感じられた。




――不思議な、不思議な温室の薔薇園――




紫綺は会社に戻り、時間に余裕があればいつの間にやら虹について調べていた。

どんな事をし、どんなものを作ったのか。

挙句の果てには虹の出ている脚本、演出、出演しているドラマや映画。

虹が出ている雑誌、虹の書いているブログ、作曲している音楽や。

虹の書いた小説も全て漁る始末。

どうして、こんなにも彼の事が気になるのだろうか。

もっと、彼と居たいと貪欲になる。

もっと彼の事を知りたいと、強く想う。

彼に触れたいと。

彼の傍に居たいと。

彼の事ばかり、考えてしまう。

彼の事が〝愛しい〟と想ってしまう。

それは、何故だろうか。

あの薔薇園の魔法か、何かだろうか。

彼の言った、〝異常〟な色に自分も染まりつつあるのだろうか?

いや、違う。

人間には誰しも、裏も表もある。

(ぜん)(あく)があるようにして。

人の心の中にも、膳と悪が存在する。

ならば、〝悪〟のない人間などこの世界に存在するのだろうか?

答えは否。

〝悪〟がない人間など、存在しない。

犯罪者というものが居る時点でそうであろう。

〝悪〟は必ず、存在する。

それを裁く〝膳〟が存在するのも確かだ。

しかし、彼には――

虹からは、〝悪〟というものが全く感じられない。

彼の作品から感じ取れるものは、いつも必ず。

〝寂しげ〟 〝悲しげ〟

そして、〝切なげ〟だった。

それを初めて感じ取った時、紫綺は虹の言葉を思い出した。

〝みんな、心の奥に深い何かを抱えている〟

その〝何か〟を知りたいと思ってしまうのは、いけない事だろうか。

彼の事を知りたいと思ってしまうのは、いけない事だろうか。

――あの薔薇園へ招待されたという事は、自分も十分〝異常〟という事なのだろうか。

ならば、再びあの薔薇園へ足を踏み入れても良いのだろうか。

「――――」

それから、少し考える。





――今まで、こんなにも〝何か〟に執着した事はなかった――




ここまで、気になって仕方がない事はなかった。

こんなにも、調べてその人にまつわるものを漁った事もなかった。

自分でも、我に返って少し思った。

〝異常〟だと。

紫綺の部屋は、虹にまつわるもので埋め尽くされている。

そんな部屋に戻る度に、一体自分はどうしたんだと思う。

それと同時に、彼に依存していると自分でもわかる。

また、彼に逢いたいと強く願ってしまう。

彼の、あの優しい笑顔を見たいと思ってしまう――

そして、時間の空いた時。

紫綺は再び、薔薇園へと向かった。

そこにはやはり、虹の姿があった。

彼は紫綺の姿を見て、最初は驚いたような表情をして見せたが。

嬉しそうに、可笑しそうに、狂おしそうに、笑って口にした。




「いらっしゃい。どうやら君も、こちらの住民のようだ」




毒牙に刺された、とでも言うのだろうか。

自分は、一人の人間に今依存している。

いや、毒牙ではない。

恐らく、薔薇の棘に触れたのだ。

決して触れてはいけない。

異常者達の毒で満ち溢れているこの、薔薇の棘に――






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