開花:2
勉強会も終わり、夕食を食べ、風呂に入りあとは眠るだけとなった。しかしハヤトは眠る事はなかった。
ベッドには荷物や本で膨らみを出し、上から毛布をかけてあたかもそこでハヤトが寝ているかのように偽装した。そしてハヤトは忍装束に身を包み、窓から外へ出た。
昼間に歩いた道は覚えたのだが、まだ町を全て把握していない為にこうして外に出たのだ。
何か有った時に町を把握しているかいないかでは生存率はかなり変わってくる。何事もない可能性の方が高いのだが、忍として生きてきたハヤトにとっては事前に調査しておかないと落ち着かないのだ。
家の上を飛び回りながら大通りから横道、裏路地まで覚えていく。覚えた文字により看板がある店も一緒に覚える。途中で道は歩く白い鎧を着た人が2〜3人揃って歩いていたのだが、どうやらこの町の騎士らしく、夜の見回りをしているらしい。
他にも酒場からは酔ったハンターが騒いでいたり、夜の男の店も多数有った。
町の半分程見た頃に裏路地を走る人影を見つけた。その人物の後ろから5人の人が追いかけていた。
特に気にしなくてもよかったのだが、何となくハヤトは上から様子を伺った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ」
裏路地を走る人物は既に息が切れており、そろそろ限界が近づいていた。
後ろからは筋肉質な汗臭い男達がへらへら笑いながら追いかけて来る。 路地を曲がった所でそこが行き止まりだと気が付いた。しまった!と思った時には既に手遅れだった。
後ろには5人の男達が道をふさぐように立ち並んでいた。
「もう逃げないのか?」
男の一人がそう言った。
「くっ……」
「ひっひっひ。おい、こいつよく見りゃあ上玉の女じゃねぇか。丁度むしゃくしゃしてたんだ、楽しませて貰おうじゃねぇか」
男の一人がそう言った。そしてゆっくりと近づいて行く。
女は後悔していた。宿を抜け出した事。好奇心で裏路地に入った事。そして、こんな男達に何も出来ない自分に。こんな事なら言い付けを守り武術の訓練を受けていれば良かった。もはやこの状態では手遅れであるが、そんな後悔をしているとついに男の手が女に触れた。
そう思わた時、サクッと音が足元でした。女はそこに目をやると見たことのない物が地面に刺さっていた。それは菱形に柄が付いておりその先に丸い輪が付いていた。クナイなのだがこの世界にはない物である。
そのクナイは上から降ってきた物で、女に手を伸ばしていた男の手首をスッパリと切っていた。
男は突然の事に声も出なかった。血が流れる手首を反対の手で押さえながら後ろに下がった。
「なっ!なんだ!ちきしょうどこにいる」
「でっ、出て来い!仲間の仇だ」
男達はそれぞれ腰に下げていた剣を抜き、周りを見回す。しかし薄暗い裏路地は見通しが悪く見つける事が出来ない。その事が男達をさらに焦らせる。
女は自分から意識が外れた男達を見ながら、地面に刺さっているクナイを抜き、服の下に隠し持った。次に男達が近づいてくれば武器になると思ったのだ。
コツンと、裏路地の女と反対側、つまり男達の後ろから音がした。
一斉に振り返る男達。女もそちらに目を向けた。すると女と男達の間にスタッと黒い何者かが上から降りてきた。男達はまだその事に気が付いていない。その時、目の前が真っ暗になった。
すると何かが地面に落ちた音が聞こえてきた。
女は自分の目元に手をやると布があることに気が付いた。どうやらあの一瞬で布を頭から被せられたようだ。外した女が目にしたのは地面に倒れている5人の男達の姿だった。
あの黒い者はもういない。姿が見えたのもほんの1秒にも満たない時間だった。
何者かに助けられたようだ。残ったのは見知らぬナイフ(クナイ)と黒い布のみ。黒い布なんてどこにでもあるような布で手がかりにはなりそうにもなかった。しかしあともう一つ、見知らぬナイフ(クナイ)の方は手がかりになりそうだと思った。
クナイを握りしめ、男達の横を抜けた女は宿に戻ったのだった。
「お嬢様!!!また抜け出して何か有ったらどうするのですか!!!それでも公爵家の娘ですか!!もっとご自身の立場というものを理解して下さい。そもそもお嬢様は………………………聞いてますか?それだからお嬢様は……………………………」
宿に女が戻るとそこには身なりのいい女性が般若のような形相で立っていた。それから女が泊まる部屋からは一晩中説教が続いたという。
あの者は何者なのか、必ず探そうと決意した女…ラグフォール王国リンドブルグ公爵家長女スノウ・ベルサデル・リンドブルグだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
特に理由はなかったが、見逃せなかったハヤトは襲われそうだった女を助けて、と言ってもただ男達を気絶させただけなのだが、その後貴重なクナイを一本回収し損ねた事に反省しながらも、のこりの町を把握するために再び家の上を飛び回るのだった。