開花:7
「言い残す事はあるか?」
その場の空気が重くなる。
「くっ。言い残すのはお前の方だ!!」
ゲイツは剣を振り上げる。完全に冷静さを失っている。
「つまらない言葉だな」
ハヤトの姿が消えた。まさしく消えたのだ。消えたハヤトに驚くゲイツ。そして次の瞬間ゲイツの視界は黒く染まった。
スノウが見たのはあまりにも信じられないものだった。
ゲイツがハヤトに向かって斬りかかったのだが、ハヤトは一瞬のうちにゲイツの後ろに立っていた。
そしてゲイツはハヤトを見失って狼狽えていたが、突然糸が切れた人形のように倒れたのだ。
ハヤトは振り返りスノウを見る。そして腰のポーチに手を入れる。
スノウは一瞬ビクッと身体を強張らせる。
「おい。薬だ受け取れ」
ハヤトは丸薬を2つスノウに投げ渡す。
スノウはそれをキャッチする。そして疑問の顔をハヤトに向ける。
「解毒の薬だ。早く飲ませないとそいつら死ぬぞ」
スノウはハッとして二人に目を向ける。二人共顔は白く汗が滲んでいた。
スノウは丸薬を飲ませて大丈夫かと悩む。それに気が付いたハヤトは口を開いた。
「疑うのは自由だ。もしかしたら薬じゃなくて毒かもしれないからな」
スノウは迷いが無くなったかのように二人に丸薬を飲ませた。
それにはハヤトも驚いた。まさか迷い無く飲ませるとは思わなかったからだ。
丸薬の効果はすぐに出た。二人の顔色は良くなっていくのが目に見えてわかった。それにスノウは安心したように大きく息を吐いた。
その光景を見たハヤトはその場を後にしようとしたが、
「待って下さい。お礼を言わせて下さい。助けて頂きありがとうございました。あなたが居なければ私達は生きていなかったでしょう」
「気にするな。偶然だ」
「しかし、助けられたのは事実です。お礼がしたいので一緒に我が屋敷へ」
「遠慮する」
スノウの言葉を遮りハヤトが否定の言葉をいい放つ。
「………ならせめてお名前を……。私はスノウ。スノウ・ベルサデル・リンドブルグ。何か役に立てる事があれば屋敷へお越し下さい」
ハヤトは無言のままスノウを見つめる。
「………………名前は言えない。……俺は忍だ」
「しのび?」
それだけ言うとハヤトは歩き出し、突然姿を消した。
スノウはハヤトが居た場所を見つめる。
その心には『シノビ』と言う言葉が刻まれた。
「またいつかお会いしましょう。………シノビ様」
スノウの呟きはハヤトにはもう届いていなかった。
「お嬢様!」
「マルス!!生きていたのですね」
スノウを呼ぶ声を出したのは死んだと思っていた護衛のもう一人のマルスだった。
まだ多少ふらつくのか壁に手を当てながら歩いていた。
「はい。何者かに何かを飲まされ……。それよりゲイツが裏切りました。早く逃げなくては………なっ!それはゲイツか!………死んでいるのか?」
マルスは倒れているゲイツに気が付いた。警戒しながら近づき首に手を当て脈を調べる。
そして脈が無いことがわかると警戒を薄めた。
スノウはおそらくマルスを助けたのもシノビと名乗った人だと予測した。
「また一つ助けらるましたね」
スノウは再び呟いた。
「マルス。私はもう逃げません。我が屋敷に帰りましょう」
驚くマルスだったが、すぐに顔を戻すが嬉しいのか口角が多少上がっている。
「はい。お嬢様の命ずるままに」
夕方にはビーストの襲撃は納まり、いつもの町の賑わいを見せ始めていた。
しかし、ハヤトは自身の部屋で正座をしていた。
その前には怒った顔のカルシアと無表情だが怒っているのがわかるメイリアだ。
ハヤトが部屋を抜け出したのに気が付いたゴウとカルシアとメイリアの三人は凄い心配したと窓から帰って来たハヤトに説教をしたのだ。
「聞いていますかハヤトさん」
「………はい」
ちなみにゴウはリビングで帰って来たフィリアとお茶を飲んで次に控えているのだった。
ハヤトの長い正座はまだ終わらない。