開花:5
フィリアとの出会いから数日。
ハヤトは今日も変わらず店の仕事をしている。良いことなのだがここ2〜3日は客足が多くなっていた。
何事かと客の一人に聞いてみると、数日前から徐々にビーストの数が増えているらしく、 それにより、武器の消耗が激しくなっていると言う。
夜に町の探索をしているハヤトだが、まだ町の外には来て以来出ておらず、ビーストというのを見たことがないのだった。
町と町を繋ぐ道には、定期的に騎士団が大軍で討伐をしている為、ビーストはあまり道には近付かないらしい。しかし例外がたまに居て、馬車を襲うビーストが出る為、護衛にハンターを着ける人は少なくない。
なにより町近くのビーストは比較的弱い個体ばかりの為、どちらかと言えば盗賊達の方が脅威になる事が多いのだ。
しかし、最近では道や門の近くまでビーストが来るようになっているらしく、原因を探っているところらしい。
ハンターでも、騎士でもないハヤトにはあまり関係のない事だとその時は考えていた。
その日の夜もハヤトは忍装束に身を包み、夜の町を飛び回っていた。
今日も相変わらず酒場では騒いでいるハンター達や、客引きをしている女達、そして宿の窓から抜け出そうとしているローブに身を包んだ女。
……ん?と少し気になったので屋根の上から監察する事にした。
三階の窓からおそらくシーツで作ったロープ(?)で下りた女は足早に裏路地へと入って行った。
ローブで顔が見えないがどこかで見たようなその人物を追うと、一軒の酒場に入って行った。
その酒場は他の店とは違い、にぎやかな雰囲気はなく、バーのような薄暗い静かな酒場だった。
それが窓から中を覗くハヤトの感想だった。
中では女が店主だろう男に話掛けていた。ハヤト聴力を上げて中の話を聞く。
「あなたが情報屋で間違いないかしら」
「……なんの事だ」
「とぼけても無駄よ。『ガイル』。情報屋ガイルと言えば有名よ」
「……はぁ。そっちの名前を知っての客か。で、なにが聞きたい。言っておくが俺の情報は安くないぞ」
情報屋ガイルと言われた男は、40ぐらいの髭を生やし、白髪をオールバックにした眼鏡を掛けた男だ。
「この武器を使う人を探しているの。あなたなら何かしってるんじゃない」
そう言って取り出したのは一本のクナイだった。
そしてハヤトは思い出した。あの時追われていた女だと。しかしなぜハヤトを探しているのかがわからない。これは探らなければと考えるハヤトだった。
「……ちょっと貸してくれるか」
女が男にクナイを渡した。男はクナイをじっくりと見たあと女に返した。
「……すまねぇな。知らない武器だ。おそらくは特注品だろう。どうする嬢ちゃん?調べるには時間がかかるぜ」
「……ならいいわ。あなたでも知らないっていう情報が手に入ったし」
そう言うと女はカウンターに銀貨を5枚置き、酒場を出た。
ハヤトも窓から離れ、女の後を上から追う。
女はまっすぐ抜け出した宿に戻り、苦戦しながらもシーツを登り自分の部屋へ戻っていった。
その光景を見たあと、ハヤトは宿への侵入を開始する。
その宿は四階建てで、使用されていない部屋を探す。
ちょうど四階に空き部屋を見つけ、その窓に張り付く。これは忍の基本で、手の平を吸盤のように使い壁に張り付く特に名前も無い技だ。
この世界の窓はそこまで複雑な鍵では無く、窓にある穴に棒を差すような鍵のため、ハヤトはその棒の位置を感じ取り、デコピンを裏から当てる。
すると棒は穴から抜け床に落ちる音がした。その音も微かな物で、余程注意してなければ気が付かない程だった。
しかしハヤトは音がした事に反省していた。実は落としつもりは無く、窓が開くぐらい抜くつもりだったのだ。
気を取り直し窓をゆっくりと開け、中に入る事に成功したハヤト。
気配を探りながら廊下に出る。四階は大部屋らしく、複数の人間が明日の討伐は…など話しているのが聞こえた。
今はハンターの話には興味がないので足早に三階へ降りる。
女の部屋の場所は分かっている為、その隣の部屋を調べる。なぜ隣なのかというと、女にはお付きがいると読んだからだ。いないならわざわざ抜け出す必要はない。玄関から出れば済むのだから。故に女の近くにお付きがいると思い、可能性の高い隣の部屋を探り、正体を探ろうとしているのだ。
ハヤトは聴力を上げ、中の会話を聞く。
「どういたしましょう?ビーストが増えている為、町から出るのが難しくなっておりますが。ハンターを雇って、次の港町まで行きますか?」
「そうね。でもハンターを雇うのも難しいところね。リンドブルグ公爵の娘がこの町にいるとバレればお嬢様に危険がおよぶかもしれないわ」
「ですが…。いずれはバレれてしまいます。彼らはどこまでも追って来ると聞きます。……まさかこのビーストの異常は彼らの仕業という可能性はごさいませんか?」
「それは私も考えたわ。彼らなら可能かもしれないわね。でもまだ場所まではバレていないはずよ。バレていれば必ず何かしらの行動を見せるわ」
「そうですね……。旦那様も屋敷にお嬢様が居るように振る舞っていらっしゃいますし、なんとしてでも期日までは逃げなくてはいけませんね」
「えぇ。あと6日…いえあと5日になったわね。出来れば港町まで行きたかったけど、この町でなんとしてでもお嬢様を守り抜くわよ」
「はい」
どうやらあの女は、リンドブルグ公爵の娘らしく。何者かに狙われているらしい。あと5日で何があるのかはわからないが、複雑な事情があるのだろうと思う事にした。
それよりも狙われているお嬢様が抜け出した事に気が付かないのはどうなのかと呆れるハヤトだった。
女の正体がわかったがまだハヤトを探す理由は分かっていない。お付きが調べないという事は、お嬢様が個人的に調べているという事。
それを考えるのは後にして反対側の部屋の話を聞く。
「………………………あぁ、手筈通りだ。…………大丈夫だ。バレてない。……………安心しろ。俺は信頼されてるからな。……………そっちもしくじるなよ。…………全てはマシュリア様の為に……………」
部屋の中の男は誰かと話していたらしい。しかし中の気配は1つ。電話のような物があるのか、魔法具なのかはわからないが、もしこの男がお嬢様のお付きの一人ならスパイの可能性はかなり高い。
面倒な事になりそうだな。と思いながら部屋の前から離れる。
すると何者かが近付いてくる気配を感じ、急いで天井に張り付き隠れる。
現れたのは背中に剣を二本クロスさせ着けている青い鎧姿の男だった。その男は先程ハヤトが盗み聞きしていた部屋に入る。
「おっ!おかえり、マルス。見回りご苦労様。異常なしか?」
「あぁ。大丈夫だ」
「まぁまさかあいつらもこんな宿にリンドブルグ公爵の娘が居るとは思わないだろう」
「あまり声に出すな。聞かれたらどうする」
「大丈夫だよ。いざとなれば俺らがお嬢様を守るんだからよ。俺とお前が居れば無敵だろ」
「……………うむ」
予想通り男はスパイだったようだ。