甘い誘惑
遅くなって済みません><
「今日もお疲れ様です。」
「それじゃあ、私たちは先に帰って晩御飯の準備をしときますね。」
肉体的疲労はないものの、やはり戦闘になると精神的疲労はたまるものだな。
俺も今日は早めに帰るとするか。
「風峰さん、あの噂を聞いてますか。」
「あの噂というと、また吸血鬼が現れたってやつか?」
「はい。
単刀直入に聞きます、それはアリスちゃんではありませんよね?」
流石にアリスが吸血鬼だってことは知ってるか。
アリスもこの人にかなり懐いてるようだから話していても不思議じゃない。
「アリスは俺以外の血は飲まないと言っていたし、真祖の吸血鬼は生きるために血を必要としないらしい。
アリスが態々、外で血を吸う理由はないな。」
「・・・・そうですか。」
そうだ、アリスが外で血を吸う理由がない。
だが、万が一アリスが噂の吸血鬼だったら・・・・
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「ちょっと散歩に行ってくるね。」
「遅くならいように帰ってくるんですよ。」
「うん、じゃあ、いってきます。」
ここのところ連日で夜になると出かけてる。
しかも、アリスが出かけた日に吸血鬼による被害が出ている。
これが偶然なわけがない。
そうなると、可能性は2つだ。
アリスを貶めようとするやつがいるのか、それともアリスが犯人かだ。
だが、前者だとするとアリスが態々外を出歩く意味が分からない。
同族と言うだけで庇ったりするような甘い考えなんて持ってないはずだろうし、例えそうだったとしても、アリスならこんな噂を立てさせることなんてへまはしないはずだ。
「フリッグ、また吸血鬼が現れたって話は知ってるか?」
「はい、でも、血を吸われたというだけで特に怪我もしてないらしいですし放っていましたが、どうかしたんですか?」
「その吸血鬼はアリスじゃないよな・・・」
アリスが犯人じゃないと信じたい・・・・が、それを本能が拒絶する。
「それはありえませんよ。」
「どうしてそう言い切れる?」
「それは、アリスがレンのことを好きだからです。
あのアリスがレン以外の血を飲むなんてありえませんし、悪戯はしても本気でレンを困らせることなんてしませんよ。」
「・・・・・そうか。」
フリッグは確実に成長している。
ミナも夢を現実にするために歩き続けている。
それなのに、俺は・・・・
「俺も少し歩いてくる。」
「・・・・・はい。
一応気を付けてくださいね。」
side フリッグ
「まだ、変われていないんですね・・・・」
たぶんですけど、アリスが犯人ではないことくらいレンは分かっているはずです。
それでも、自分を信じることができず結果的にアリスを信じることもできないんですね。
自分を信用できないということはどういうことなのでしょうか?
レンの眼にはこの世界はどう映っているんですか?
「私にはレンの苦しみは一生理解できないんでしょうね。
でも、私は諦めませんよ。
苦しみは理解できなくても、傍にいて支えることはできます。
私は絶対に諦めませんからね。」
side out
不気味なほど綺麗な月だ。
月明かりが恐怖を連想させる。
「あ、お兄ちゃん、こんなところで何をしてるの?」
「それはこっちのセリフだ。
足元に倒れている奴は誰だ?」
生きてはいるみたいだが、どうやら意識はないようだな。
「ん~、偶然通りかかっただけだよ。
見た感じ血を吸われているだけみたいだからお医者さんのところにでも連れてってあげようかなって。」
月明かりに照らされたアリスはより一層神秘的で底知れない力を感じさせる。
そして、体の芯から凍てつきそうな冷たい空気
「どうしたの?
アリスのことが信用できない?」
いったいどういうつもりだなんだ?
状況はアリスが犯人だと示している。
「まぁ、お兄ちゃんが信じることなんてできないって分かってるんだけどね。
それじゃあ、もし、アリスが犯人だったらどうするの?」
落ち着け。
落ち着いて思考を展開させろ。
相手はあのアリスだぞ。
ろくに思考もまわらない状態でどうにかできる相手じゃない。
「これ以上被害を拡大させるつもりなら相応の対処はするだろうな。」
「ふふっ、お兄ちゃんにはお姉ちゃんがいるから、できないことなんてほとんどないもんね。
アリスもお姉ちゃんが相手だと流石にどうにもできないから捕まるしかないけど・・・・」
もし、アリスが犯人だとしたら動機はなんだ?
アリスにとって吸血は娯楽と言っていいもののはず。
だが、アリスのあの言葉は信じていいものなのか?
もしも、あれが嘘だとしたら・・・
「お兄ちゃんはアリスになにもできないよ。」
「なに?」
「だって、アリスはお兄ちゃんの大事な大事な妹だもん。
アリスの為に切り捨ててきたニーズヘッグの人たちや、この街の役員の人、他にもアリスの為に支払ってきた代償はいろいろあるよね。
だから、その代償に見合うだけの理由がなければお兄ちゃんはアリスに手を出せない。
そして、お兄ちゃんが渋ればお姉ちゃんも足踏みしちゃう。
あのお姫様ならアリスに拮抗できるかもしれないけど、今のアリスに勝てる存在なんてこの世界にお姉ちゃん以外いないよ。」
っ、的確に揺さぶりをかけてくる。
アリスが犯人だったら俺はどうする?
いや、アリスの言うとおり俺は相応の理由がなければどうすることもできない。
死人どころかけが人1人として出していないこの状況ならアリスを説得し続けるしか・・・
「う~ん、もうちょっと苛めていたい気もするけどそろそろ種明かしにするね。
そろそろ、帰らないとお姉ちゃんも心配するだろうし。」
「・・・これはアリスの仕業じゃないのか?」
「当然だよ。
アリスがお兄ちゃんの血以外飲むわけないもん。
これは、この街に流れ込んだ他の吸血鬼の仕業だよ。
その吸血鬼ももう捕まえてるからもうこの事件は終わりだよ。」
こんなことで嘘をついても調べればわかるから嘘ではない。
そうなると、なぜアリスは自分が疑われるようなことを・・・
「それはね、お兄ちゃんを試しかったからだよ。」
「試す?」
「そう。
ミズガルズでお兄ちゃんにアリスを信じさせるって言ったでしょ?
だから、今どれくらいなのかなぁって気になっちゃって。」
「それだけの為にこんな騒ぎを起こしたのか・・」
「お兄ちゃんは鋭いから、下手な手を打ってもすぐに躱されちゃうんだもん。
だから、アリスの目的がわかりにくいようにことを大きくしたんだよ。
一応言っておくけど流れてきた吸血鬼をこの街に呼び寄せたってわけじゃないよ。
偶然見かけたから、ちょっと利用してあげたんだよ。」
ここまでとは・・・
正直、まだアリスは俺に及ばないと踏んでいたが見込みが甘かったか。
「意外と大変だったんだよ。
吸血鬼の行動を把握しておかないとその場に居合わせられないし、下手にけがでもさせたらお兄ちゃんが捕まえに来る可能性もあったから血を吸わせたら離れていくように仕向けたりね。
でも、収穫はあったから頑張ったかいがあったかな。」
ここまで用意周到ということはフランも一枚かんでるってことか。
ごく自然にその噂に興味を持つようにわざとアリスの名前をだし、アリスの行動に注目させた。
「収穫だと?」
「うん。
でも、その前に喉乾いちゃったから血を貰うね。」
こんなに小さな体だというのに人類最強クラスの力をもち、悪魔のような知略を持っているなんてだれが信じるだろうか。
「んー、やっぱりお兄ちゃんの匂いは落ち着く。」
どこまでも純粋で一片の穢れもないような笑み。
だからこそ、アリスは自分の行為に躊躇いを持たない。
「ごちそうさま。
それで収穫の話なんだけどね、お兄ちゃんは変わりたいっていってるよね?
何かを信じることで、それを支えに他人を傷つける痛みから逃げ出さないように強くなるって。」
「それがどうしたんだ?」
「うんとね、アリスはお兄ちゃんが変わりたいって言ってることは信じてるけど、お兄ちゃんが変われるとは信じてなかったんだ。
だから、今回それを確かめたんだけど、やっぱりお兄ちゃんは変われないね。
お兄ちゃんにとって生きている理由にすらなっているアリスを信じてなかった。
これじゃあ、いまだに一歩も前進してないってことだよね。」
『兄さんは一生変われませんよ。
その暗闇の中で一生怯え続けるんです。』
っ、嫌な言葉を思い出させてくれる。
俺はあの頃から全く進めていないのか!
「あ、勘違いしないでね。
別に責めてるわけじゃないんだよ。
アリスはどんなお兄ちゃんでも受け入れられる。
お兄ちゃんがどんなアリスでも受け入れてくれるように。」
やはり、俺は変われないのか?
死に逃げることもできずただ狂っていくのをまつだけなのか?
「ねぇ、お兄ちゃん、アリスに溺れていいんだよ。」
「・・・・なに?」
「誰かを傷つけることも、誰かを助けることも、息をすることでさえアリスの為ってことにしていいんだよ。
何も信じることができないお兄ちゃんには理由が必要でしょ?
お兄ちゃんのすべてアリスに捧げて、アリスに尽くして、アリスの為だけに生きれば、きっと楽になれるよ。」
それは・・・・
「お兄ちゃんは頑張ったよ。
だから、もう休もう?
アリスがずっと守ってあげる。」
これが俺の救いなのか?
変わることも死ぬこともできない俺には・・・
「ふふっ、それじゃあ誓いのキスでもしようか?」
俺は・・・
「大好きだよ、お兄ちゃん。
これからは、アリスの為だけに生きてね。」
「そこまでです!」