異世界訪問
「レン、旅行に行きましょう!」
「────つまり、強力な手駒が欲しいんだろう」
「アリスの部隊は最強だからね、扱いづらさもトップだけど。
そもそも、『懲罰部隊』って、隊長のアリスに命令拒否権があったはずだよね?」
「ああ、だから、それを無くせとのことだ。
鬱陶しい事、この上ない」
「いっそ、解散しちゃおっか、あんな隠れ蓑なくてもフランお姉ちゃんとアリスならどこでも諜報活動できるし」
「それは、まずいな、『懲罰部隊』は俺の支持を後押ししてくれる存在だ。
できるだけ、保ってお────なんだ?」
「どーして、無視するんですか」
まったく、こいつは死ななければ治るから何をやってもいいと思ってるんじゃないだろうな。
無理矢理向き合わされて所為で、首が変な音したぞ。
「突拍子過ぎる、もう少し計画を持って行動しろ。
それに、旅行なら、頻繁に行ってるだろ」
「それは皆でじゃないですか、私はレンと2人きりで行きたいんです」
「お母さん、私も置いて行くの……」
うるうると瞳を潤ませて、訴えかけるリアだが、まだ粗が抜けていないな。
あれで騙されるのは
「そんなわけありませんよ、親子水入らずで行きましょうね」
こいつくらいだろうな……
素直なところは良い事なんだが、こいつの場合突き抜けてるんだよな。
「まてまて、ついこの間行ったばかりだろ?
そんなに頻繁に休みは取れないぞ」
「いいじゃありませんか、家族サービスを怠った先には離婚しか待っていませんよ」
「私は離婚なんて絶対にしません!」
「───はぁ、どうして義姉さんはこんなに可哀想なんでしょうか?
いったい、兄さんと何年連れ添っているんですか?」
「私とレンはこれでいいんです!
難しいことはレンに任せて、単純な事は私が受け持てばバランスは取れてるんです!」
「まったく、あのまま義姉さんが乗っておけば兄さんは折れたでしょうに」
まったく、仲がいいのやら悪いのやら、舞花のあれは最上の愛情表現のつもりなんだろうが、それをフリッグが理解できているのか、未だにわからないときがある。
それにしても、愛娘にまでねだられては、どうにかしないわけにはいかないか。
これといって急ぎの仕事はないが、打っておきたい布石はある。
「兄さん、仕事と家族、大事なのはどっちですか?」
「───分かった、分かった、だが、あんまり我儘は言ってくれるなよ?
俺も立場上、そう何度も席を開けるわけにはいかないんだから」
今の立場も、過剰な力を持つ、フリッグやアリスに余計な干渉をさせないために手に入れたものだ、それで、家族を蔑にするのは間違いだろう。
「で、何処に行くつもりなんだ?」
「それはですね────レンの元いた世界です!」
「舞花、神でも風邪はひくらしい、看病してやってくれ」
「仕方ありませんね、私が付きっきりで手厚い看病を約束しましょう」
「私は風邪なんてひいてないですし、正気です!
それと、舞花が付きっきりなんて、逆に病状が悪化しますよ!」
「───あの、兄さん、もしかして、私は義姉さんから嫌われます……?」
「心配しなくても、あいつの言うことは全部その場限りのものだ」
表にこそ出さないものの、舞花はかなりフリッグに懐いてるからな。
流石にあそこまで言われると少しは傷つくらしい。
「俺がいた世界に行くのはいいとしよう。
だが、予定は組んでるのか? 言っておくが俺が案内できるところなんてたかが知れてるし、そもそも、俺が案内できるところなんて、俺の活動範囲だったところだ。
そこに、死んだはずの俺がいたら不自然だろ?
それに、大前提として、旅費がない」
「う~、名案だと思ったんですが……」
やはり、その場で思いついたことをそのまま口に出しただけみたいだな。
当たり前だが、こっちとあっちの世界では通貨がまるで違う。
こっちではそこそこ裕福だが、向こうに行けば無一文だ。
「仕方ありませんね、甲斐性なしの兄さんの代わりに、私が準備しておきましょう。
その場合、私も付いて行くことになりますが、構いませんね?」
「いっつも、意地悪な舞花が私の味方になるなんて、いったい何を企んでいるんですか!?」
「───兄さん……」
「そう思うなら、少しは素直になれ」
「善処します……」
よほどショックだったのか少し涙目になってる。
ここはフォローしておくか。
「前にも言った思うが舞花は舞花なりに俺たちのことを思って言ってくれてるんだ。
少しは理解してやってくれ」
「───それは、分かってますけど、舞花はいっつも一言多いんですよ……」
これで、すぐに仲直りするだろう、ここ数年のいつものパターンだ。
しかし、舞花がついてくるとなると、アリスが一人になるわけだ、いっそ連れて行った方が……
「アリスはミナお姉ちゃんのところにでも転がり込むから大丈夫だよ。
それに、お兄ちゃんがいない間に余計な事をさせないようにするためにもアリスは留守番しとくよ」
「助かる、いつもすまないな」
「ううん、アリスもお兄ちゃんにはいろいろ楽しませてもらってるし、でも、これは借り1つね」
「ああ、俺にできる事なら何でも言ってくれ」
「それでは、明日には出発しますので準備しておいてくださいね」
「ここが清水寺になります。
ここは───────────」
最初にやってきたのは京都。
日本の観光名所の代名詞みたいなところだな。
俺が学生の頃は寺を見て回っても正直面白くもなんともなかったが、歳を取ると観かたが変わるのか、意外と楽しい。
芸術に並々ならない関心を持っているフリッグは勿論大喜びで、舞花のガイドを受けている。
やはりと言っていいのか、反してリアは少しつまらなそうだ。
そもそも、人が多いところはあまり好きじゃないからな……
「舞花、フリッグを頼んだぞ」
「────という説も、どこに行くんですか?」
「リアに、ここは少し退屈みたいだからな。
いろいろ、連れまわしてくる」
「レンさん……?」
「ほら、行くぞ、せっかく旅行に来たんだから、楽しむぞ」
「~~~~♪」
連れてきたのは、何処にもありそうな書店だが、本好きのリアにとって、一番楽しめる場所だろう。
あの世界にも書店がないわけじゃないが、娯楽を目的とした本が少ないからな。
ちょうどいい機会だし、俺も何冊か買っていくか。
「レンさん……」
「どうし……」
こうなるとは思っていた、フリッグの血を継いでいる、リアは当然目を引く。
そして、瞳は蒼だが、髪は黒だ、地元の人間じゃなくても、観光に来ている日本人なら、同じ日本人だと思い、連絡先くらい手に入れようとしても不思議じゃない。
実年齢がどうであれ、見た目は10代中盤なんだ、当然声くらいかけられるだろうと思っていたが、まさか、書店でナンパする馬鹿がいるとは思わなかった。
まったく、せっかく娘がご機嫌だったというのに……
「っち、男連れかよ……」
相手は4人、手を出そうという雰囲気ではないが、なんの訓練も受けていない一般人が4人程度集まったところで相手じゃない。
こっちは、腕が鈍らないように舞花やフリッグと手を合わせてるんだ。
むしろ、リアを不快にさせたんだ、少々痛い目を見せてやりたいところだ。
「行こうぜ」
が、期待に反し、何処かへ行ってしまった。
まぁ、乱闘騒ぎになるよりましか、娘のこととはいえ頭に血が上りすぎたな。
と、頭を冷やしていると、突然手を奪われる。
「こうしてれば、もう寄ってこないから」
頬を赤く染め、分かりきった建前を言う。
別に手を繋ぐくらい問題はない、むしろ、娘に慕われていることは、父として嬉しい限りだが、リアの場合はそうもいかない。
本気で俺をフリッグから奪い取るつもりなのだから……
とはいえ、この手を振りほどくことはしない……というか無理だ。
物理的に俺がリアに腕力で敵う筈もなければ、無理に振りほどけばその結果は見えたものだ、精神的も不可能というわけだ。
仕方ない、最近あまり構ってやれないんだ、これくらい許してやるか。
「欲しいものはあったか?」
「うん、いっぱい」
時は過ぎ、すでに日は登りきっているが、フリッグが興奮して舞花を連れまわしているということで、合流せず、俺とリアは昼食を食べようと、飲食店を探していた時だった。
俺の不幸体質というか巻き込まれ体質は嫌になるほど平常運転のようだ。
「~~~~~♪」
これ以上なくご機嫌だ、ここまでご機嫌なのは、俺から婚約の言質を取った時くらいじゃないだろうか。
数時間に及び、書店を見て回り、100冊に届きそうなくらいに本を購入。
レジに持って行ったときは店員の顔が引きつっていたな。
そして、変わらず、手を繋ぎ……、いや、これもう腕を組んでいると言った方が正しいか。
周りの目が気になるが、この程度で緊張していては老獪共の相手はできない。
別に後ろ暗い事をしているわけでもないしな。
「何か食べたいものあるか?」
「レンさん」
「手を離すぞ」
「ごめんなさい……、お任せします」
まったく、アリスの影響を受け過ぎだ。
しかし、俺も京都は初めてきたようなものだ、土地勘があるわけでもないし、ましてや、どの店が美味しいなど知っているはずがない。
ここは適当に選ぶ他ないな。
「────はぁ、いけませんね……
蓮君が亡くなって、もう5年も経っているのに、まだ蓮君のことを忘れられず幻覚まで見るなんて、我ながら重症ですね」
────おい、まさか、この人は……!?
「しかし、幻覚というのは本当によくできているんですね。
これを堪能しないのは勿体無いですよね」
間違いない、あれから数年が経って、大人びているが、語尾が伸びてしまう癖、穏やかな目の奥にあるもの、あのころの面影もある。
「蓮君のせいで、彼氏が一人も作れないんですから、責任取ってくださいね」
おっとりとした外見とそぐわぬ、鋭い踏み込み、流石は剣道有段者。
以前なら、なすすべなくやられていたが、今は違う。
「───っ、落ち着いてください、和緩先輩」
「む~、幻覚の癖に、あの頃と同じように生意気ですね。
蓮君なんて、私を美味しくいただいて付き合ってしまえばいいんですよ」
「俺は幻覚ではありませんし、その話は何度もお断りしたはずです」
「そうですか~、それじゃあ、蓮君、助けてください」
「見つけたぞ!」
明らかに堅気ではないと思われる男数名、そういえば、最初にあった時も
「蓮君、覚えてますか?
私たちが最初にあった時もこんな感じでしたよね」
「そうでしたね、あの時は舞花が助けてくれましたが……」
銃を取り出せば勝てない相手ではないが素手となると限界がある
情けない限りだが、背に腹は代えられないか
「リア、悪いが手伝ってくれ」
「後であの人のこと説明してくださいね」
「分かったよ……」
2人きりのところを邪魔されて不機嫌だったのが、俺と親密な関係であったことが露見したせいでさらに不機嫌になったようだ。
「それにしても、蓮君の傍にいる女の子は強いですね」
「頼りなくて済みませんね」
「いえいえ、むしろ蓮君は弱い方が襲いや……、多少欠点がある方がいいんですよ」
「和緩先輩、お願いですからこれ以上リアを刺激しないでください。
誰もが舞花のような精神構造をしていないんです」
和緩先輩を追っていた男たちを追い返した後、和緩先輩のお薦めの店を教えてもらいそこへ、入ったが、先ほどから、リアが怒りを込めて睨んでいる。
それも、遠慮なしに手を取るは、リアを挑発するような過去の話を持ち出すからだ。
確かに、俺とリアは親子だが、外見だけ見れば親子と思えないはずだ。
俺は20代でリアは15,16位に見えているはずだし、見方によっては歳の離れたカップルにすら見える。
和緩先輩ならそれくらい考慮に入れてもよさそうなのだが、いや、それを考慮に入れて挑発しているのかもしれない。
「舞花ちゃんですか……、あの子がいなかったら、今頃私とレン君は結婚していてもおかしくないんですけどね」
「うるさい妹で申し訳ありませんね」
「分かっているなら自重して欲しかったですね」
ここで、お前が戻ってくるのか……
フリッグがいないのは、適当に理由をつけて置いて行ったんだろう。
あいつは別に舞花がいなくても、楽しめる奴だからいいんだが
「嫌な予感がしてきてみれば、まさか、和緩先輩だとは、相変わらず兄さんは厄介な人を惹きつけますね」
「私蓮君と楽しくおしゃべりをしていただけですよ。
舞花ちゃんがそんな風だからいつまでたってもレン君に彼女ができないんですね。
仕方がないから、私が蓮君を貰ってあげるんですよ」
「それは今となっては余計なお世話ですね、兄さんはすでに結婚していますし子供だっていますから」
「───舞花ちゃんの冗談は面白いですね。
蓮君の隣いる子はどう見ても成人すらしてませんよ」
「リアは早熟ですが9歳で、兄さんの子供です。
それと兄さんは既に30歳を超えてるんですよ。
そもそも、死んだはずの兄さんが突然現れたことをよくもそのまま受け入れましたね」
「そこは蓮君への愛で問題ありませんよ。
それにしても妻子持ちですか、よくも舞花ちゃんが許しましたね」
「ええ、ですから、早く兄さんから離れてもらえませんか?
義姉さんを待たせているんです。
ちなみに、和緩先輩を誘拐しようとした輩は警察に突き出しているのでご心配なく」
「───はぁ、分かりましたよ。
ですが、蓮君、1つだけお願いがあります」
いつものように語尾を延ばさず、真剣な顔つきで俺と向き合う。
「蓮君の子供を産ませてもらえませんか?
蓮君が夫となってくれるならそれが一番ですが、それは叶いそうにありません。
だからといってはなんですが、蓮君との子供だけでも欲しいんです」
「お断りします」
「───それでこそ、蓮君ですね」
「それでは、今度は厄介事に巻き込まれないでくださいね」
次の瞬間にはすでに舞花の姿はそこにない、俺は見慣れていると言えば見慣れているからいいんだが、和緩先輩がいるんだぞ?
「いやですね、蓮君、今更舞花ちゃんが魔法使いだからって驚きませんよ」
「さいですか……」
「それじゃあ、また、会いましょう」
「──そうですね、また」
流石に1日に2度も誘拐されることはないだろう。
すでに舞花が何か手を打ってるかもしれないしな。
「レンさん、どうして、あんな約束を?」
「あの人は俺の先輩なんだ、別にまた会う約束くらい問題ないだろ?」
「でも、あの人はレンさんのことを……」
「ああ、そうだった、リアは知らないんだったな。
あの人は別に俺の事が好きなわけじゃない、あの人は、舞花が欲しかったんだ」
「────え?」
「正確に言えば和緩先輩の家がだな、リアも知っての通り舞花は全知全能ってくらいの力の持ち主だ、誰もがその恩恵にあやかりたいと思うし、その力を手に入れられるなら手に入れたいだろ?
そこで、目を付けられたのが俺だ、俺が言うのもなんだが、舞花は俺にべったりだったからな。
俺も最初は騙されたが、目を見ればわかる、あの人は空っぽだ。
虐待されたわけでも特別な環境で育ったわけでもない、俺と似たようなものだ」
「でも、最後にあんなことを……」
「だから、あれすら演技だ、あの人に本当のことは何一つない。
そういう人なんだ」
「この世界は素晴らしいです!
歴史が重なった芸術がたくさんです!」
「楽しかったか?」
「はい! また来ましょう!」
お母さんは満足そうだけど、あんな建物を見て何が楽しかったんだろう?
でも、この世界は面白そうな本がいっぱいあるから好き。
だけど、それ以上にこの世界は怖い。
あんな人がいるなんて想像すらできなかった。
「舞花さん、レンさんはどうしてあの人と関わり続けるんですか?」
「リアには難しい話かもしれませんけど、兄さんはあの人に中身を上げようとしているんですよ」
「中身?」
「兄さんから聞いてると思いますが、あの人は正真正銘何も感じません。
例え、親を殺しても、犯されても、何一つ思うことなんてありません。
そんなあの人に自分を重ねてしまったんですね、生まれながらに死にたいと思ってしまった兄さんと、生まれながらに全てを失っていたあの人。
加えて、兄さんはどうしようもないお人好しですからね、自分と関わることで、なにかが変わるかもしれないと思ってるみたいです」
最期に「そんなことはありえないと思いますけど」と付け加えた。
どうして、自分を利用しようとした人を助けようとしたんでしょうか?
そんなことはどうでもいい、そんなのレンさんが底抜けのお人好しだからで説明がつきます。
それより分からないのは、どうしてレンさんはあの人と自分を重ねてしまったんでしょう?
レンさんとあの人は真逆です、悩み苦しむレンさんと、何も感じないあの人と共通点なんて、理由がないからという点だけです。
それだけなら、他にもたくさんの人がいるはずなのにどうしてでしょうか?
「それが分かれば、兄さんは振り向いてくれるかもしれませんね」
時々、レンさんを誰にも見つからないところに閉じ込めてしまいたいと思うことがあります。
でも、レンさんはその黒い感情をもまとめて私を愛してくれる。
それが、理解できません、私はレンさんに危害を加えてしまうかもしれないんです。
それなのに……
「リアは楽しかったか?」
「レンさんは私が怖くないんですか?」
「娘を怖がる親が何処にいるんだ?」
「───私が……私がレンさんを殺したいと思っていてもですか?」
あの人もレンさんも全く理解できないのに、あの人は怖くて、レンさんは好き。
自分のことが分からなくてもやもやします。
「そうだな……、教えてやってもいいが、それはリア自身が気付くことだ。
リアにもきっと分かるときがくる、リアは俺とフリッグの娘だからな」
レンさんは時々深い意味を持ってそうな事を言うことがありますけど、今日のそれは一段と意味が分かりません。
でも、それが解れば、レンさんのことが理解できるんでしょうか?
そして、私自身のことも。
───ごめんなさい……
フリッグ編を書くつもりがどうしてかこうなってしまいました……
皆キャラが強くて一度出すとなかなか引っ込んでくれないんです(ノ_;)
失敗作なので消そうかと思いましたがせっかくなので投稿、フリッグ編はまた後日ということで……
※ リアが9歳の時は15年後となっていますが、地球では5年後の時間軸に飛んでいます。
理由としては15年後って日本ってまだあるのかちょっと不安だったので……