番外編 とある夏の休日
「兄さん、世の中にはやるべき事とやりたい事の2つがあります。
言い換えれば、義務と権利ですね。
人が人であるためにはやはり最低限の義務は果たさなければなりません。
例えるなら、法を守るですね。
義務というものは、どうしても閉塞感を感じてしまいますが、決して悪いことばかりではありません。
義務は義務を果たすものを守ってくれます。
これも法を守るがいい例ですね。
それに反して権利、これは義務の下にあってこそ意味をなすものです。
反するというのに、下というのも矛盾した話ですね。
ですが、そうでなければ秩序が保たれない人の社会というものは歪ですが、まぁ、そんなことはどうでもいいのでおいて置きましょう。
義務あっての権利、しかし、義務を果たしたものへ与えられる権利というものは使わなければ、これまた秩序を乱してしまいます。
誰もが義務のみを果たす社会というものは無駄がないとも言えますが、それは人の社会として死んでいます。
権利、これは欲ともいえます。
欲がない人などいません、つまり、権利がなければ人は人となりえない。
つまり、義務と権利、両方を満たさなければ人とは言えないというわけですね。
これは学校という1つの社会に適応させてみましょう。
学生の義務といえば、やはり勉強です。
勉強という義務を果たすことで、部活動、学生という身分という権利を手に入れることができるのです。
その中でも学生という身分は一生の中でもとても短い間しか手に入れることのできない権利です。
学生という身分だからこそできる事、つまるところ青春ですね。
最終的に何が言いたいかというと、勉強という義務、青春という権利、この両方があってこそ学生は人となりえるのです。
特に高校生という時期は青春真っ盛り、ここで権利の使い方を知るか、知らないかで人生が変わってくると私は思います」
「で、何が言いたいんだ?」
「兄さん、暇です」
何を突然語りだしたかと思えば身も蓋もない理由だった……
「残念ながら俺は忙しいんだ。
そんなに暇なら、適当な友達を誘って遊んで来い」
「それは友達のいない私に対する嫌味ですか?
それとも、ツンデレな兄さんの分かりずらい照れ隠しですか?
私のごく個人的な意見を言わせてもらいますと、もっと家族サービス旺盛に遊びに連れて行って欲しいという意味を含めたというのに、それを分かっていながら蔑にするのは兄、いえ、男としてどうなのかと疑ってしまいます」
今日はやけに饒舌だな。
いろいろ突っ込みたいがこういう時、藪をつついて蛇で済んだことがない経験を持つ以上スルーすべきだろう。
「お前は今俺が何をしているのか分からないのか?」
「勉強ですね」
「俺は今年受験生だということは俺の1つ年下で、俺と同じ学校に現在2年生で通っているなら分かってくれると思っていたんだが?」
まぁ、今の志望校ならここまで根を詰めずとも受かるだろうが、油断大敵。
浪人なんてしようものなら舞花に飼いならされてしまいそうで怖い。
「今の兄さんなら9割以上で合格します。
そこまで、勉強する必要は皆無であり絶無です。
そんな事より、友達もいない寂しい妹をもっと構ってやるべきです」
「そこまで堂々とした自虐を聞くのは始めでだ。
そもそも、友達なんて作る気ないだろ?」
「何を言っているんですか。
これでも、外面だけは散々に騙され私の本気でさえも見抜いてきている兄さんですら見抜けない程、厚く、何枚も猫をかぶっているんですよ。
誰しもが、私のことを誰にでも分け隔てなく優しい、完全無欠の美少女だと思っているはずです」
「成程、だから、お前目的で俺に近づいてくる奴が増えるわけだ。
最初は何をとち狂ってるんだと疑ってしまったが、そういう理由だったか」
「こんな純情可憐な美少女から兄と慕われている兄さんはどれだけ恵まれているか、もっと感謝するべきです。
そしてそのお礼に、遊びに連れて行くべきです」
「ふむ、この際はっきり言わせてもらえば、お前が俺の妹だということで被った被害はお前が大切だと熱弁していた青春の時間を分単位でも時間単位でもなく、日単位で削っている。
何が言いたいかというと、もう少し自重しろ」
「終わったことをいつまでも根に持つなんて、男らしくありませんよ。
それに、青春なんて大学生になってからでもできるじゃないですか」
「3分前に言ってたことを完膚なきまでに否定したな。
ここまで見事に手のひらを返されると逆に清々しい」
「お褒めの言葉ありがとうございます。
私も兄さんの素直なところは大好きですよ」
「嫌味を言ったつもりなんだがな……
いい加減この不毛な会話を止めないか?」
「それは兄さん次第ですね。
さっさと首を縦に振れば、こんな美少女とデートできる素晴らしい休日が待っていますよ」
「『群を抜いてすぐれている』『大変見事である』『この上なく好ましい』、『素晴らしい』とは日本の辞書で引けば以上のような意味だ。
よって、さっきの使い方は誤用だな。
そこに入る言葉は『めんどうなこと』『わずらわしいこと』を意味する『厄介』だ」
「……兄さん、私はこれでも平和主義なんです。
会話が成立するなら、それに越したことはないと思っています。
ですが、同時に目的はどういう過程であれ達成することが最優先、それがたとえ主義に反することがあってもです」
あ、これはやばいな。
演技でもなんでもなくかなり切れてる。
その証拠に見惚れるような笑顔だというのに、目が一切笑っていないどころか見た者を凍てつかせるような目だ。
だが、ここで引いてしまっては、なんでも我儘が通ってしまうと思わせてしまう。
ここは心を鬼にして大切な妹の為にも頑として抵抗を続けるべきだろう。
決して、こんな真夏の昼間から外に出歩きたくないという堕落的な理由ではない。
「確かに、主義を貫き通すかどうかは本人の意思だろう。
だが、一度曲げてしまえば、また次もと堕落していく。
そうならないためにも、最初の1度を許してしまうのはよくないな」
「そんな言い回しをしたところで無駄ですよ。
もう、出かけるのは決定事項です。
これからは兄さんの心持次第ですよ。
いやいや、私に付き合い休日を無駄にするか、諦めて楽しむか。
どっちが有意義か問う必要すらありませんね」
「分かった、分かったよ。
そのかわり1つ聞かせてくれ。
どうして、今日はこんなに強引なんだ?
普段のお前なら、もう少し聞き分けがいいだろ?」
「ああ、それは先週兄さんが何処で誰と何をしていたか思い出せばおのずと答えは出るかと思います」
「……言い訳をさせてもらうとあれは拉致された上、脅された上の行動だ」
「成程、腕を組んだり、ご飯を食べさせてもらったり、果てにはキスまで、誰がどう見てもできたてのカップルのようなあれも脅されてと言いたいわけですね?」
「み、見てたのか……」
「はい、ですがそれはまだ許しましょう。
私が許せないのはそれを私に黙っていたことです」
「いや、それはお前が和緩先輩と2人でいたと言ったら機嫌悪くなるだろう?」
脅された内容もそれだ。
機嫌が悪くなった舞花は誰の手にも負えない。
以前、舞花の目の前で和緩先輩にキスされたときは1週間口をきくどころか姿すら見せてくれなかった。
さらに、一方的に恨み辛み、人の言われたくないところを的確に抉ってくるようなメールが毎日届くという徹底ぶり。
「それは当然です。
大好きな兄さんを取られたくない、でも、兄さんには幸せになって欲しいという、複雑かつ繊細な妹の心境を理解してください」
こういう時の舞花は本当に性質が悪い。
これが無意識での行動なら、可愛いですまされるが、自分の感情を理解した上での言葉だ。
その言葉に嘘偽りなんてあるわけもなく、悟りきれなかった俺が悪いように思えてくる。
「つまり、今日はご機嫌をとるチャンスを与えてやったぞ、ってことか?」
「兄さんがどういう意味で取るかは自由ですが、先ほどのようにどうしても渋るというなら私にも考えがあります」
これは結局脅されているだけじゃないだろうか……
「誰も行かないと言ってないだろう。
それで、どこに行く気なんだ?」
「兄さんはご機嫌を取るつもりなのに、行き先を私に選ばせるつもりですか?」
遊びに行きたいと言ったのはお前だろう。
声を大にして言ってやりたいが、軽く受け流されることは目に見えている。
理不尽だがさっさとデートプランを立てるとするか……
「では、支度をしてきますのでそれまでに計画を立てておいてくださいね」
「つまらなくても、文句は受け付けないからな」
「それは心配いりませんよ。
兄さんと一緒ならどこでも楽しいですから」
「─────はぁ、あれは反則だろう……」
飴と鞭とでも言うべきか、あんなに嬉しそうな顔を見たらやはり楽しませてやりたいと思ってしまう。
結局、舞花のお願いは断れないんだよな……
「よし、支度には30分は掛かるだろうし、手早く調べるか」
可愛い妹の頼みだ、例え、舞花の思い通りに動いているとしても、あいつが笑っていられるなら夏の日差しくらい我慢するか
というわけで番外編第2弾でした。
デート前の前哨戦で嫌味と皮肉の応酬、ちなみにレンは一度も勝ったことがありません、基本的にシスコンなので最終的にはレンが折れます。
舞花は舞花でブラコン全開ですが、恋愛対象にはならず、レンと同じくどこまで行っても仲のいい兄妹
そして肝心のデートですが……
また次の機会に(・x・ノ)ノ⌒ポイッ
次回は本編に戻り、レンの身に危機が迫ります。
誰が厄災をもたらすかは次回のお楽しみで!
それではまた次回(。・ω・。)ノ~☆'・:*;'・:*'・:*'・:*;'・:*'バイバイ☆