ぜんぺん
高橋さん(♀・28歳独身)のお話です。
これまでのあらすじ&2話と3話の間のあらすじ
高橋千奈美の暮らすこの神界は、人間界の一つ上の次元に存在しており、気象やイベントなど、ある程度のコントロールをしている世界である。
仕事の忙しさも収まってきた年明け。高橋の上司である鈴木が失踪した事件がきっかけとなって、高橋は動き出した。数ヶ月かけてつかんだ真実は驚くべきもので、実は彼女が住んでいる神界の上にも更に支配者の世界が存在する可能性があったのだ。
時給1000ゴッドという、お世辞にも高いとはいえない給料である(人間界換算で時給約800円)神様のアルバイトを続ける中、更に高位の次元の揺らぎを発見する事に成功した。
そして、彼女は異世界の戦地へと赴く。口の臭いどうしようもない上司を連れ戻し、終電前に早く帰るため、自身の仕事の量を何とかして減らすために。あと、恩を売って給料を上げてもらうために――。
高橋さん 3rd Extreme (神様歴3年2ヶ月。時給1000ゴッド)
でさぁ、この世界って一体何なの?
「どうでい、ウチのラーメンは一味違うだろ? ドラゴンゾンビの濃汁背脂をこってりと配合した代々自慢の味噌スープだぜ」
「はい、おいしいですね。この背脂の意外なまでの臭みの無さと、食欲を誘う濃厚な匂い。ラーメンと相性ぴったりだと思います」
何で私、異世界に来てラーメンとか食べてんのかな。予定では、この世界はおどろおどろしい暗黒が空に渦巻いていて、死者の都の如くモンスターがはいかいしていると思っていたのに。
神界にも普通に有りそうな、横丁の切符の良いおじさんの切り盛りする小さなラーメン屋で、なぜか私は今ドラゴンラーメンと餃子、キムチを頼んでカウンターで食べている。後でブレスフレッシュ噛んでおかなきゃ。餃子はにんにくたっぷりだし。
この世界は常に夕暮れ。いくら時間が経とうとも、寂しい夕暮れが街を包んでいる。朝が無ければ、夜が来る事も無い。寝ても覚めてもいつでも夕陽が見られる。そんなだから、この世界の人達は時間の概念に乏しい。永遠とも思える夕陽の中で、ただゆったりと流れてゆく時に身を任せているといった感じだ。
世界の中心にあるご神木ユグドラシルの頂上にて禁断のゲートを開き、この世界に辿り着いて早一週間が経とうとしている。未だに鈴木部長の手がかりはつかめない。あの口臭い男を連れ戻さないと、仕事が忙しすぎて私の身がもたないのだ。
全く、神界では崩壊イベント起こそうとばかりするし、居なくなったら居なくなったで使えない部下ばかりだから結局忙しくなる。私に安息は無いのかな。
「まぁ、姉さんにどんな事情があるのかは知らねえが……、あんまり深く悩まない方がいいぜ」
ああもぅバカ、いちいちこのおじさんカッコイイんだよ! タバコ吸う姿に妙に色気があるしさぁ。惚れちゃったらどうすんのさ。きっと歳の差三十五歳くらいだけど。
「ちぃっす」
その時扉を思い切り開けて入ってきた男は、高橋の心を一瞬でおじさんから奪い取るのに十分であった。
(うわ、イケメン)
歳は高橋より下であろう。愛嬌のある優しそうな二重の瞳に、フェミニンなセミロングに伸ばした髪がにくい。年下好きな高橋にとっても、にんにくたっぷりを摂取した自身の臭い息の漏れる口で唇を奪いたいくらいであった。
男は高橋には目もくれずにカウンター席へと慣れた調子で座り、お品書きすらも見ずに注文した。
「ラブ&ピースつけめん大盛り。ねぎ大盛りにして。きゅうりいらね」
「あいよ」
「たまには大盛り分おまけとかしてくれよ」
「やだね」
離れた席からちらりちらりと見る高橋の目は、どこか輝いている。上から下まで気付かれないように見回し、中性的な顔立ちを眺めた。
(いいなぁ、こんな彼氏)
高橋の頭の中では、鈴木の存在が薄れ掛けてきていた。