相良秋
本作は短編「秋雨」の関連作品です。先にそちらを読んでいただくと、より深くお楽しみいただけます。
出会いは、高校一年の秋だった。
実技も座学も、昔から人よりできた。
努力はしたけど、常軌を逸したように力を注いだわけではない。
友人にも恵まれ、適度に遊んだ。それでもテストで点は取れ、評価をされる方だった。
盆暮正月程度にしか会わない親戚には、「末は医者か弁護士か」などと言われ苦笑した。
どちらも人生を預かる仕事だ。簡単に「なる」といっていい道ではない。それに、なんとなくしっくりこなかった。
いずれにせよ、進路を考えないと。
本気で何かを目指すなら、高校一年の秋というのは遅いくらいなのかもしれない。
そんな考えで立ち寄った本屋。
進路に関して適当な本を二冊手に取った。
普段なら、漫画売り場くらいしか行かない。けど、せっかくなので店内をくるっと回ってみる。
雑誌コーナー、料理コーナー。最後に行き着いたのは、小説のコーナーだった。
そこで、一冊の本が目に留まった。
普段小説なんかほとんど読まない俺だが、それでも、不思議と中身が気になった。
なんでだろう。映像化した作品じゃないし、今まで知らなかったタイトルだ。
派手なポップがあったわけでもない。ただ無意識に、表紙に惹かれた。
それを、すごいと思った。
気がつくと今来た道を辿って戻り、デザインに関する本を手に取っていた。
「デザイン、か」
考えたことがなかった未来。どんな職業があるかすら知らない。
「別に、仕事にするって決めたわけじゃないし」
将来の参考を探しに来たにも関わらず、そう言い訳して本を買った。
デザインに関する仕事といっても、多岐に渡った。
「WEBデザイナー、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、パッケージデザイナー……」
自分の生活の中には、たくさんのデザインが根付いているのだと、初めて気付いた。
そう思うと、世界が今までと異なって見えた。
「そういえば……」
本の表紙を作る人は、なんというのだろう。何デザイナーになるんだ?
「“本の表紙を作る人”っと」
検索欄に入れ、Enterを押す。
「ブックデザイナーか。他にも呼び方があるな。――“装丁家”か。装丁っていうのか、あれ」
覚えのない単語だが、ふりがながあったため読み方を迷わずに済んだ。
「そっか。装丁家か」
なんとなく、心に残った。
俺は人に囲まれる方だった、らしい。らしいというのは、他者に言われて知ったことだからだ。
当時、そんな自覚はなかった。ただ、時折息が詰まって抜け出したくなった。
「屋上は立ち入り禁止」
そう聞いて、屋上に向かってみた。
立ち入り禁止の場所なら静かに昼飯を食べられるだろ。
ガチャリとドアを開けると、誰も居ないはずのその場所には人がいた。
たしか――隣のクラスの榊だ。
榊は一瞬顔を上げたが、すぐに手元に視線を戻した。
その様子になんだかホッとして、俺も適当に座って昼食をとった。
その空間は、どこか心地よかった。
その日からたまに、友の集まりから抜け出して、一人屋上に向かった。
そこではいつも榊が本を読んでいた。速読らしく、しょっちゅう違う本を持っている。
あるとき彼の手にあったのは、あの日俺の目を奪った本だった。
「なぁそれ、何読んでんだ?」
タイトルは知ってる。中身は知らない。でも、知りたいと思う。その装丁を見て、改めてそう思う。
初めて話しかけたことに気づいたのは、口に出してからだった。
不躾だったな、と考えたが、榊は本を差し出してきた。
あぁ、この装丁だ。
デザインというものに興味を持って、いろいろなものに触れて、ここに帰ってきた。ここに惹かれている。
「本が好きなのか?」
榊に訊かれ、答えた。
「俺、デザイン系目指してるっていうか。この本の装丁、かっこいいよな」
口が勝手に動いた。
自分はデザイン系を目指してるのか。
いつの間にか、それを将来と定めているのか。
口についたその台詞で、ようやく悟った。
「初めて手に取ったときは、この表紙を見たはずだ。どんな話なのかはここから伝わる。――そういうの、作りたいんだよなぁ」
そんな自分は望まれない。
医者か弁護士――とまでは言わずとも、それなりの将来を期待されてるはずなのだ。
だから俺は、自分が何になりたいかなんて、このときまで知らなかった。
気づいたところで、そんな俺は、誰にも許されない。
「作りたいのならば、作ればいいだろう」
誰にも許されないと、思った。
だが、興味なさげに放られたその一言は、たしかに俺の輪郭を浮かび上がらせた。
「ふ……はは、そうだな。なぁ……名前、なんて言うんだ?」
「榊」
「それは知ってる。下の名前を教えてくれ」
「慎。慎重の慎だ」
「へぇ……なんか、似合うな。俺はシュウ。季節の“秋”でシュウだよ。よろしくな、シン」
「シン?」
「慎重の慎だろ? だから、シン。お前もシュウって呼んでくれ」
「なんで――」
「お! そろそろチャイムが鳴るな。急がねーと午後の授業遅刻だぞ!」
仲良くなりたいと思った。
シンにとっては迷惑な話だろうが、こいつのことを知りたくなった。
自分でも図書館や本屋に通ったが、実際に目の前で読まれている本というのは、また違ったように見えた。
命がある、とでもいうのか。
だから俺は、シンにしょっちゅう「本を見せてくれ」とせがんだ。
シンは面倒そうにしながらも、ときにはため息をつきつつも、俺にそれを差し出してくれた。
装丁を見ることはもちろん、中身も読んだ。シンに感想を聞くこともあった。
そのうえでまた、装丁に触れた。特別だと思った。
自分でも、デザインを作ってみた。往年の名作から、新進気鋭の作家の小説まで。
読んで、考えて、作った。シン以外には話していなかったので、シンに見せて意見を尋ねた。
高校三年の春。親に進路を訊かれた。
一般的には訊くには遅すぎるが、信頼されていたのだと思う。
だけど俺は、信頼を裏切った。
「装丁家になる。デザイン系の専門に行きたい」
他の道は、もう考えられなかった。
親にも教師にも反対された。仕方ない。彼らは、俺の未来を信じてくれてた。期待してくれてた。
それを知ってて、俺は敢えて黙ってた。
言えなかったし、言わなかった。
参考書に紛れたデザインの本。数式とスケッチが入り混じったルーズリーフ。
悩んだし、迷った。期待とか責任とか、そんなのでぐちゃぐちゃだった。
ガキなんて、そんなもんだろ。
友達だって似たような反応だろうと思った。
反対までしなくても、「なんでそんな」だとか「もったいない」だとか言われるだろうなと思った。
ここは進学校だ。まともな大学を受験しないなんて、と後ろ指刺される可能性だってある。
そんなとき、一人の顔が浮かんだ。
あいつなら、どう返すだろう。
屋上に向かい、シンを見つける。そして、言った。
「俺、装丁家になるわ」
一世一代の告白ともいえるそれに、返されたのはただの一言。
「そうか」
面白かった。ありがたかった。シンらしいと思った。
「ハハ、冷てーの。デザイン系の専門行くって伝えたら、『何言ってんだ』って親と教師両方に言われたよ。お前なら東大も狙えるのに、とか。でもさぁ、仕方ないよなぁ。……お前はどう思う?」
『どう思う?』と言いつつも、シンは否定も肯定もしないと思った。
「私が決めることじゃない。それに、私がなんと言おうと、お前は変わらないだろう」
「……あぁ」
そうだな。お前は、そういうやつだ。それに俺も――こういうやつだ。
「ありがとう」
ほんの小さな声で、つぶやいた。
すでに手元に視線を落としたシンには、たぶん届いてないと思う。
届かなくてよかった。それでも、言っておきたかった。
お前が自然と、手に取るような装丁を作るよ。
見上げると、雲ひとつない快晴。青く澄んだ空。
ひとつ息を吸って、身を翻す。
微かに笑みを浮かべながら、屋上を後にした。
お読み下さりありがとうございます!
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