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秋雨

相良秋

掲載日:2026/03/29

本作は短編「秋雨」の関連作品です。先にそちらを読んでいただくと、より深くお楽しみいただけます。

 出会いは、高校一年の秋だった。


 実技も座学も、昔から人よりできた。

 努力はしたけど、常軌を逸したように力を注いだわけではない。


 友人にも恵まれ、適度に遊んだ。それでもテストで点は取れ、評価をされる方だった。


 盆暮正月程度にしか会わない親戚には、「末は医者か弁護士か」などと言われ苦笑した。

 どちらも人生を預かる仕事だ。簡単に「なる」といっていい道ではない。それに、なんとなくしっくりこなかった。


 いずれにせよ、進路を考えないと。

 本気で何かを目指すなら、高校一年の秋というのは遅いくらいなのかもしれない。

 そんな考えで立ち寄った本屋。


 進路に関して適当な本を二冊手に取った。

 普段なら、漫画売り場くらいしか行かない。けど、せっかくなので店内をくるっと回ってみる。

 雑誌コーナー、料理コーナー。最後に行き着いたのは、小説のコーナーだった。


 そこで、一冊の本が目に留まった。


 普段小説なんかほとんど読まない俺だが、それでも、不思議と中身が気になった。

 なんでだろう。映像化した作品じゃないし、今まで知らなかったタイトルだ。

 派手なポップがあったわけでもない。ただ無意識に、表紙に惹かれた。


 それを、すごいと思った。


 気がつくと今来た道を辿って戻り、デザインに関する本を手に取っていた。


「デザイン、か」


 考えたことがなかった未来。どんな職業があるかすら知らない。


「別に、仕事にするって決めたわけじゃないし」


 将来の参考を探しに来たにも関わらず、そう言い訳して本を買った。

 デザインに関する仕事といっても、多岐に渡った。


「WEBデザイナー、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、パッケージデザイナー……」


 自分の生活の中には、たくさんのデザインが根付いているのだと、初めて気付いた。

 そう思うと、世界が今までと異なって見えた。


「そういえば……」


 本の表紙を作る人は、なんというのだろう。何デザイナーになるんだ?


「“本の表紙を作る人”っと」


 検索欄に入れ、Enterを押す。


「ブックデザイナーか。他にも呼び方があるな。――“装丁家(そうていか)”か。装丁っていうのか、あれ」


 覚えのない単語だが、ふりがながあったため読み方を迷わずに済んだ。


「そっか。装丁家か」


 なんとなく、心に残った。



 俺は人に囲まれる方だった、らしい。らしいというのは、他者に言われて知ったことだからだ。

 当時、そんな自覚はなかった。ただ、時折息が詰まって抜け出したくなった。


「屋上は立ち入り禁止」


 そう聞いて、屋上に向かってみた。


 立ち入り禁止の場所なら静かに昼飯を食べられるだろ。

 ガチャリとドアを開けると、誰も居ないはずのその場所には人がいた。


 たしか――隣のクラスの榊だ。

 榊は一瞬顔を上げたが、すぐに手元に視線を戻した。


 その様子になんだかホッとして、俺も適当に座って昼食をとった。

 その空間は、どこか心地よかった。


 その日からたまに、友の集まりから抜け出して、一人屋上に向かった。

 そこではいつも榊が本を読んでいた。速読らしく、しょっちゅう違う本を持っている。

 あるとき彼の手にあったのは、あの日俺の目を奪った本だった。


「なぁそれ、何読んでんだ?」


 タイトルは知ってる。中身は知らない。でも、知りたいと思う。その装丁を見て、改めてそう思う。


 初めて話しかけたことに気づいたのは、口に出してからだった。

 不躾だったな、と考えたが、榊は本を差し出してきた。


 あぁ、この装丁だ。


 デザインというものに興味を持って、いろいろなものに触れて、ここに帰ってきた。ここに惹かれている。


「本が好きなのか?」


 榊に訊かれ、答えた。


「俺、デザイン系目指してるっていうか。この本の装丁、かっこいいよな」


 口が勝手に動いた。


 自分はデザイン系を目指してるのか。

 いつの間にか、それを将来と定めているのか。


 口についたその台詞で、ようやく悟った。


「初めて手に取ったときは、この表紙を見たはずだ。どんな話なのかはここから伝わる。――そういうの、作りたいんだよなぁ」


 そんな自分は望まれない。

 医者か弁護士――とまでは言わずとも、それなりの将来を期待されてるはずなのだ。

 だから俺は、自分が何になりたいかなんて、このときまで知らなかった。

 気づいたところで、そんな俺は、誰にも許されない。


「作りたいのならば、作ればいいだろう」


 誰にも許されないと、思った。

 だが、興味なさげに放られたその一言は、たしかに俺の輪郭を浮かび上がらせた。


「ふ……はは、そうだな。なぁ……名前、なんて言うんだ?」


「榊」


「それは知ってる。下の名前を教えてくれ」


(まこと)。慎重の慎だ」


「へぇ……なんか、似合うな。俺はシュウ。季節の“秋”でシュウだよ。よろしくな、シン」


「シン?」


「慎重の慎だろ? だから、シン。お前もシュウって呼んでくれ」


「なんで――」


「お! そろそろチャイムが鳴るな。急がねーと午後の授業遅刻だぞ!」


 仲良くなりたいと思った。

 シンにとっては迷惑な話だろうが、こいつのことを知りたくなった。



 自分でも図書館や本屋に通ったが、実際に目の前で読まれている本というのは、また違ったように見えた。

 命がある、とでもいうのか。


 だから俺は、シンにしょっちゅう「本を見せてくれ」とせがんだ。

 シンは面倒そうにしながらも、ときにはため息をつきつつも、俺にそれを差し出してくれた。


 装丁を見ることはもちろん、中身も読んだ。シンに感想を聞くこともあった。

 そのうえでまた、装丁に触れた。特別だと思った。


 自分でも、デザインを作ってみた。往年の名作から、新進気鋭の作家の小説まで。

 読んで、考えて、作った。シン以外には話していなかったので、シンに見せて意見を尋ねた。


 高校三年の春。親に進路を訊かれた。

 一般的には訊くには遅すぎるが、信頼されていたのだと思う。

 だけど俺は、信頼を裏切った。


「装丁家になる。デザイン系の専門に行きたい」


 他の道は、もう考えられなかった。

 親にも教師にも反対された。仕方ない。彼らは、俺の未来を信じてくれてた。期待してくれてた。


 それを知ってて、俺は敢えて黙ってた。

 言えなかったし、言わなかった。


 参考書に紛れたデザインの本。数式とスケッチが入り混じったルーズリーフ。


 悩んだし、迷った。期待とか責任とか、そんなのでぐちゃぐちゃだった。

 ガキなんて、そんなもんだろ。


 友達だって似たような反応だろうと思った。

 反対までしなくても、「なんでそんな」だとか「もったいない」だとか言われるだろうなと思った。

 ここは進学校だ。まともな大学を受験しないなんて、と後ろ指刺される可能性だってある。


 そんなとき、一人の顔が浮かんだ。

 あいつなら、どう返すだろう。


 屋上に向かい、シンを見つける。そして、言った。


「俺、装丁家になるわ」


 一世一代の告白ともいえるそれに、返されたのはただの一言。


「そうか」


 面白かった。ありがたかった。シンらしいと思った。


「ハハ、冷てーの。デザイン系の専門行くって伝えたら、『何言ってんだ』って親と教師両方に言われたよ。お前なら東大も狙えるのに、とか。でもさぁ、仕方ないよなぁ。……お前はどう思う?」


『どう思う?』と言いつつも、シンは否定も肯定もしないと思った。


「私が決めることじゃない。それに、私がなんと言おうと、お前は変わらないだろう」


「……あぁ」


 そうだな。お前は、そういうやつだ。それに俺も――こういうやつだ。


「ありがとう」


 ほんの小さな声で、つぶやいた。


 すでに手元に視線を落としたシンには、たぶん届いてないと思う。

 届かなくてよかった。それでも、言っておきたかった。 


 お前が自然と、手に取るような装丁を作るよ。


 見上げると、雲ひとつない快晴。青く澄んだ空。

 ひとつ息を吸って、身を翻す。


 微かに笑みを浮かべながら、屋上を後にした。

お読み下さりありがとうございます!

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