第29話 取引(3)
本作は「魔術が当たり前の世界」で、ただ一人そこから外れた少年の物語です。
静かに歪み始める学院の日常と、気づいてはいけなかった違和感をお楽しみください。
ゼルは、ゆっくりと首を振った。
「……それはできない」
空気がわずかに固まる。
怒りはない。
だが、失望が広がる。
「理由は?」
「一つの場所に留まれば、
他を切り捨てることになる」
「だが、救える数は増える」
「数の問題じゃない」
ゼルは、はっきり言った。
「基準が
場所に縛られた瞬間、
世界は“使い方”を覚える」
沈黙。
反論は出ない。
だが、納得もされていない。
ノクスが淡々と記録する。
《交渉結果:不成立》
《基準:契約拒否》
《次段階予測:強制的枠組みの構築》
ゼルは立ち上がり、扉へ向かう。
背中に、男の声が追いついた。
「……後悔しますよ」
振り返らず、ゼルは答える。
「もう、後悔の中にいる」
契約は結ばれなかった。
だが世界は諦めない。
取引が無理なら、
指定を作る。
基準を、
例外ではなく
前提にするために。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意や好奇心が、必ずしも優しさにならない世界を描いています。
続きもゆっくりと深まっていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
第30話 契約(1)へ続く




