第29話 取引(1)
本作は「魔術が当たり前の世界」で、ただ一人そこから外れた少年の物語です。
静かに歪み始める学院の日常と、気づいてはいけなかった違和感をお楽しみください。
敵意は、感情のままでは長く続かない。
怒りは疲れ、恐怖は慣れ、やがて――言葉を探し始める。
それが「取引」だった。
指定区域の一角に設けられた応接室は、簡素だが整っている。
豪奢さも威圧もない。
ここが話し合いの場であることだけが、明確だった。
向かいに座るのは三人。
街の代表、宗教関係者、そして行政側の調整官。
共通点は一つ――決める側であること。
「感謝している」
最初に口を開いた男は、穏やかな声だった。
「基準が来てから、死者は減った。
魔術も安定した」
感謝。
だがそれは礼ではない。
前置きだ。
「だからこそ、お願いがある」
ゼルは黙って聞いている。
ノクスは壁際に立ち、介入しない。
これは世界と基準の直接対話だ。
敵意は消えていない。
ただ、形を変えただけだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意や好奇心が、必ずしも優しさにならない世界を描いています。
続きもゆっくりと深まっていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
第29話 取引(2)へ続く




