第25話 責任(3)
本作は「魔術が当たり前の世界」で、ただ一人そこから外れた少年の物語です。
静かに歪み始める学院の日常と、気づいてはいけなかった違和感をお楽しみください。
夜。
街外れの瓦礫のそばで、
一人の子どもが泣いていた。
助けを呼ぶ声は、
もう枯れている。
治癒魔術が使えない時間が長すぎた。
回復できる者は、
とうに限界を迎えている。
ゼルは、子どもの前に立った。
詠唱はしない。
手も伸ばさない。
ただ、
基準として、
そこに在る。
誰かの詠唱が通る。
小さな治癒が、かろうじて間に合う。
助かった。
――だが。
「……ありがとう」
その一言が、
胸に重く沈む。
感謝は、
責任を固定する。
助けた事実が、
次に助けなかった理由を奪う。
ノクスは、淡々と記録を続けている。
《基準:関与継続》
《心理負荷:上昇》
《逃避選択:不成立》
ゼルは、夜空を見上げた。
動かない選択は、
終わった。
関与は、
一度きりではない。
続く。
終わらない。
逃げられない。
それでも――
ここで立ち去ることはできない。
「……これが、責任か」
誰に言うでもなく、
ゼルは呟いた。
世界は、
基準を
手放さない。
そして彼もまた、
世界を手放せなくなっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意や好奇心が、必ずしも優しさにならない世界を描いています。
続きもゆっくりと深まっていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
第26話 境界線(1)へ続く




