第4話 染まっていない目(3)
本作は「魔術が当たり前の世界」で、ただ一人そこから外れた少年の物語です。
静かに歪み始める学院の日常と、気づいてはいけなかった違和感をお楽しみください。
演習後。
彼女は、迷いながらも俺のところへ来た。
「……先輩」
声が、少し震えている。
「さっきの、偶然ですよね?」
答えを求める目。
否定してほしい目。
俺は、ほんの一瞬だけ迷ってから言った。
「偶然だ」
彼女は、ほっとしたように笑った。
だが、その笑顔はすぐに曇る。
「でも……」
言葉を続けるか、迷っている。
「でも、先輩の近くにいると、
魔術が……怖くないんです」
その言葉に、胸の奥が冷えた。
それは――
安心してはいけない感覚だ。
「それは、勘違いだ」
少し強めに言う。
「俺の近くにいる理由なんて、ない」
彼女は驚いた顔をした。
拒絶された、というより、
理由が分からない、という表情。
「……すみません」
そう言って、頭を下げる。
その姿を見て、
俺は理解してしまった。
彼女は、善意で動いている。
恐怖も、侮蔑もない。
だからこそ――
一番、見えてしまう。
染まっていない目は、
世界の歪みを、そのまま映す。
彼女が去ったあと、
俺は小さく呟いた。
「……近づくな」
それが彼女のためであり、
俺自身のためでもあると、
分かっていたから。
だが同時に、
もう遅いとも感じていた。
世界が気づく前に、
人が気づく。
それは、
最下位の席よりも、
劣等生という安全圏よりも――
ずっと、危険な兆候だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意や好奇心が、必ずしも優しさにならない世界を描いています。
続きもゆっくりと深まっていきますので、お付き合いいただければ幸いです。第5話 「観測される違和感」(1)へ続く




